喫茶店2
今なら聞けるかもしれない……。
相手は膨れっ面をやめ、俯き加減で時たま視線をこちらに向けるだけでだんまりしている。ただ、その視線は妙に気に障る。上目遣いで私と視線が合えば直ぐさま自分のコップに逸らし、暫くするとまた上目遣いでこちらを見ては逸らすの繰り返しだ。
差ほど興味は無いが、相手の名前を聞く機会は今を逃すとこれから先は訪れないかも知れない。それ程、相手が喋らずにいる事は珍しかった。余計なことを言い、話題が勝手に進行すると面倒なのでストレートに聞いてみた。
「今まで、聞けずに申し訳なかったのだけど、あなたは何処のどなたですか?」
「一体ぃ、何……、言ってるのぉ?」
「いえ、ここで初めてお会いしたのだと思いますが、それ以前は何処でお会いしたのか記憶が無くて」
「ひっ!」
「――ひっ!」
今まで聞けなかった事に対して頭を下げる。頭を上げ相手の様子を見ると、黒く縁取りされた目は顔からこぼれ落ちそうになる程見開かれていた。相手は何故か悲鳴を上げたが、私も顔に驚き同じような短い悲鳴を上げてしまった。しかし、何とか会話を続けようとする。
「何度かお伺いしようとは思ったんですが聞く機会が無かったもので……」
「――うわ〜ん!」
泣かれてしまった……。しかも、大声で。
一瞬、店内にざわめきが起こったかと思うと、大声で泣いている女性を確認できたためか、奇妙な静寂が訪れた。
店から出たかったが、泣き止まない相手に仕方なしと話し掛ける。
「えっと、何故泣かれているんでしょ?」
「うっ、うっ、うっ」
女性は泣きながら首を左右に振っている。
行動の意味が分からない。無視して話し掛ける事にした。
「もしかして、ジュースでお腹痛くなったんですか?」
「ずっ、ずっ、ずっ」
また首を左右にブンブンと振る。
「ひっ!」
振り終わった顔を見て、悲鳴をまた上げてしまった。
そこには、ゾンビがいた。
大量の涙により、見事に化粧が崩れている。目の回りは黒く滲み、生気を感じられず見るも無残だ。
そっと、ポケットティッシュを渡したが鼻をかまれた。
気にして欲しい所はそこではない。
「じゃあ、その睫毛が目に入ったんでしょうか?」
更に会話を続ける。
「くすんっ、くすんっ」
また首を左右に振る。
うん、意味分からない。
もう、何でもいいや。
「じゃあ、目にゴミが入っ――」
「ちがぁうよ〜!」
更に、ぼたぼた涙を流している。
ポケットティッシュをもう一つ渡すが、また鼻をかまれる。かみ終わると、関を切ったように話し始めた。
「なんでぇ、そんなことになっちゃうわけ〜、なんでぇ、そんなこと聞くわけ〜?」
「いえ、突然泣き出されたので理由を聞いておいた方が良いかなと思ったまでですけど」
「なんでこの流れでぇ、理由が分からないのかわからないんだけどぉ、私のこと嫌いなわけ〜?」
「好きも、嫌いも貴女のこと分かりませんし」
「ひどぉ〜いっ! 何それぇ! 私はあざみの事こんなに好きなのに〜。あざみが私のこと知らないってどういうことなのぉ?」
告白されても、大変嬉しくなかった。
性別を関係無く考えたとしても、相手の顔を見れば百年の恋も一気に氷河期が訪れるだろう。
やっと主人公の名前が出ました!
長かった……。