薔薇は貴族私はビオラ
人間の3代欲求である食欲のない世界で生きる少女たちの
出会いと別れ。
薔薇の季節になると胸が痛む
忘れもしない、あの甘くて、落ち着かない香りとすぐ傍にあった、かけがえのない日々を。
眩しい日差しのなかで私は瞼を開ける。
幹の大きなベットからムクリと起き上がり、ペタペタと洗面所へ向かう。
冷たい床をペタペタと歩き、洗面所の鏡に映る自分に微笑みかける。
今日もいい日になるわ。
そういい視線を落として、蛇口をひねり水を出す、透明な水を手ですくって顔にかけ、丁寧に洗う。
すぐそばの柔らかいタオルで顔を拭き、歯ブラシを取って歯磨き粉をぬりシャカシャカと音を立てて磨く。
歯磨きをおえ、リビングに向かう、窓際にズラリと並んだプランターを吟味する、色んな花、色んなハーブが生き生きとして、カモミールとラベンダーに手を伸ばし持ち上げる鼻を近づけカモミールの爽やかな香りを楽しむ。
さっきまで、重かった体が軽くなり始め、頭もさえる。
次にラベンダーに鼻を近づけ、独特の薬のような香りに目を閉じる。
ライラック色の瞳に光が戻り、体が満たされて行くのを感じる。
気力が湧いたので、壁にかけてある制服に手を伸ばす。
紺色のプリーツワンピースを着て赤色のネクタイをキツめに締める。
白色のブレザーに袖を通して、変なところがないかすぐそばの全身鏡を見つめる。
特に見つからない。濃いキャラメル色の学生カバンを持ちローファーを履いて振り向く。「行ってきます。」
小さな声が部屋に消えていった。
ガチャリとドアを開け、外の空気を吸い込む。
爽やかな朝だが、ここ最近の暑さでややモアっとする。
後でビーッと鍵が閉まる音を確認し、学校へ歩き出す。
学校のすぐ近くのマンションには、沢山の学生たちで賑わい、皆同じ方向へ歩いていく。
今日も、いい日になるといいなぁ。
そう思いながら、靴を履き替える。
いつも通り、少し遠回りをして、使われてない旧校舎を通る。
旧校舎の廊下に飾られているそこそこ大きなピンクの薔薇の油絵。
そっと金色の額縁に触れ眺める。
「今日もとても綺麗」
本物は見たことないけれど、きっととても綺麗でいい香りに違いない。
そう思いながら、歩き出すと、目の前に見たことない白い制服を着た天使のような子が歩いてきた。
咄嗟にうつむきすれ違う。
一瞬嗅いだことのない、いい香りがした気がした。
ハッとして振り向くと彼女の姿はない。
「不思議な人」
そう思い、教室に向かった。
「おはよう柚!」
勢いよく抱きつく彼女の力が強くて少し苦しい。
「お、おはよう桃香ちゃん」
ツインテールを揺らしながら、彼女が離れていき、ようやく息ができる。
「今日転校生!来るんだってさぁ!」
「転校生?新学期始まったばかりで?」
不思議に思いつつも、さっきの見かけない制服の子を思いだす。
なんとなく、クラスの期待に満ちた空気を横目に、桃香ちゃんが「どんな子だろうね〜カッコいい美少女なら嬉しい〜」とうっとりしながらこちらを見る。
「カッコよかったら皆に人気になるね。」と微笑む。
「柚みたいに小さくて可愛い子かもよ〜それなら我が女学校の可憐な花がまた独り増えるね!」
桃香ちゃんは、そっと頬に手のひらを触れ近づく。
「ち、近い。」慌てて手を伸ばし振り払う。
「小さくはないよ、成長途中です。」
ぷくっと頬を膨らませてみせる。
「アハハ、ごめんごめん。柚があまりにも可愛くて〜」
桃香ちゃんは、手を合わせて謝る。
ガラッ勢いよくドアが開くと「ほら!席についてください!」
白いシャツに黒いスカートを着た、ショート部屋の女性が入ってきた。
元椿先生は、コホンと咳払いし、「知ってるものもいるかも知れないが、今日からうちのクラスに新しい仲間が増える。」
教室の空気が期待と緊張で溢れ始め、元椿先生が、「入っておいで」と優しく話しかけた。
ゆ……っくりと、中央に向かって、先ほどの女の子がゆっくり歩いてきた。
白いワンピースの様な制服に、柔らかな銀色のゆるふわロングの髪が風になびく。
色白でスラッとした身長、吸い込まれそうな赤いルビーような瞳をしていた。
彼女は、凛とし堂々と、「ごきげんよう、花遊 麗です小鳥遊女学園から参りましたよろしくお願いいたします。」
花遊さんは美しくカーテシーをした。
皆彼女の美しさに釘付けになって拍手した。
「じゃぁ、一番窓際の後の席に座って」
元椿先生に言われ、彼女は、すっと歩いて私の隣に座った。
「花巻学校案内してあげてね」
元椿先生は、私にひらひらと手を振る。
「は、はい。」
花遊さんの方を向くと、柔らかな笑顔で微笑んでくれた。
「はじめまして、花巻 柚 (はなまき ゆず)ですよろしくお願いします。」
モジモジ指を動かしながら言うと「よろしくお願いします。花巻さん。」
花遊さんの、くすぐったいような聞いていたいような声が心に響く感じがした。
ぎこちないながらも授業が進み、いつもの教室が少しだけ現実離れして見え、あっという間に時間だけ過ぎ中休みになり、校舎内を案内する。
「ある程度、教室や玄関などは案内できたと思うけれど……」
花遊さんと並んで、外の温室テラスのドアを開けた。
「気分が落ちたり、身体が重いときは、ここの温室の植物で癒されてください。」
「切ったりしても大丈夫ですし、胸ポケットに入れても大丈夫です。引っこ抜くのだけはダメなんですけど…」
花遊さんは「ふふ」と笑い。辺りを見回す。
「ビオラが多いんですのね…ハーブや木も多いですけど薔薇はありませんの?」
ビックリして目を見開く。
「ば、薔薇はありません……庶民的な学校なので…。」
花遊さんは、手を口の前に広げ「まぁ…伝統的な学校と聞いたのでてっきりあるものと。廊下の絵も立派でしたし。」
「ですよね!!あの薔薇の絵私とても好きなんです!」
「まだ薔薇を一度も見たことないんですけどきっと、あの絵の様に美しいに違いありません!」
つい熱くなってしまい、耳まで熱をもった。
花遊さんは、そっと私に近づき、「よろしければ今度私の家に来ませんか?お庭に薔薇が咲いてるので……」
バッと花遊さんの両手を持ち、「いいんですか!?薔薇を拝見できるのですか!?」
思わず、顔を近づける。
「ええもちろん。花巻さんってお可愛いのね……」
ビックリしながらも、微笑んでくれる花遊さんを女神だと心のなかで賞賛した。
百合の花の近くのベンチに腰掛け、しばらく談笑していると、目の前でリスが木の実を加えて走っていった。
花遊さんはぼんやり見つめて、「動物は不思議ですわよね、時折あぁして体に何か入れないと死んでしまうなんて」
コクンと頷き、「植物の香りや水で生かされてる私たちと違って、どこか幸せそうに感じる時もあります。」
お互い微笑みながら、側の百合にめをやる。
柔らかな髪を耳にかけ、花に顔を近づける彼女は、日に照らされ女神のように美しかった。
花遊さんは、百合を1輪ポキッと折りこちらへ向けた。
「ねぇ、案内のお礼に百合を花巻さんの胸ポケットに飾らせてもらえないかしら?」
日溜まりの中キラキラと赤い瞳が火花のように輝き、思わず「えぇ」と返事してしまった。
まずい……「ごめんなさい百合をお互い胸元に付けるとこの学園では、特別仲良しって言う意味になるんです。」
「花遊さんと仲良くなりたい方は沢山いらっしゃると思いますし……今日話したばかりの私とじゃ…」
花遊さんは、目を見開き、ずいっと顔を寄せてきた。
「素敵ね、私花巻さんともっと仲良くなりたいわ……でも、誤解されるのも嫌よね…それなら、ビオラを胸にさすのはよくって?」
「えぇビオラは、さしてる人多いので……」
花遊さんは、嬉しそうにビオラを見比べて濃い紫と淡いピンクが混ざったビオラを1輪摘むと、優しい笑顔で、そっと胸ポケットに挿してくれた。
ボソッと耳元で「花巻さんと仲良くなれますように」
と言われ、恥ずかしくて顔が熱くなった。
「私こそよろしくお願いします……」モジモジしながら伝えると、私の手を勢いよくギュッと握り、百合の花を持たせてくる。
「私の胸ポケットに入れて下さる?とても綺麗なんでずもの。」
「お互いじゃなきゃ問題ないよよね?」
小悪魔の様な笑みに、胸がキュゥとつけられた。
(なんだろう?この感じ?)
そう思いながらも、笑顔で待つ彼女に震える手でそっと百合の花を胸ポケットに挿し込んだ。
白い制服に、真っ白な百合の花が映えて、彼女自身が美しい百合の花の様。
私達は、照れながらも教室に戻り授業を受けた。
それから数週間、花遊さんはすっかりクラスに馴染み、明るく優しい性格から百合姫と呼ばれるようになった。
私と花遊さんは中休みを共に過ごすことが多くなり、気づけば名前で呼び合っていた。
「柚は今日もビオラ?」
銀色の髪をなびかせ赤色の瞳がキラリと揺れる。
「今日は鈴蘭にしたの。いい香りだから。麗ちゃんは?」
麗ちゃんは、にっこり微笑み、「今日は、ライラックにしたの。」
二人で、お互いの花を見せ合い交換する。
柔らかな紫色のグラデーションの小さな花から、ジャスミンや桜の香りが混ざったいい香りがする。
身体が軽くなっていくのを感じながら、隣に視線を移すと、瞳を閉じ鈴蘭をそっと堪能する女神がいる。
日の光でキラキラと輝く銀色の髪がとても綺麗で、麗といると、桃香ちゃんや他の友人とは、違うくすぐったい用なキラキラとした感情が胸の中をいっぱいにする。
「明日は何のお花にするか楽しみ」
「今日も胸ポケットに飾ってくださる?」
そんな会話をしながら、一緒に過ごしていた。
二人で交換した花を胸ポケットに飾って微笑みあう。
「柚の瞳や髪の色と合うわね」そういって、ライラックをひと撫でする。「あら、鈴蘭だって真っ白でどこか儚げで美しい麗によく似合うわ。」麗ちゃんが打ち解けてくれて、私にだけ少し砕けた話し方をしてくれるのが、とても嬉しい…。
「そうそう、今日私招待状を持ってきたの」
そう言って彼女は、真っ白な封筒をポケットからだした。
差し出された封筒からは、嗅いだことのないいい香りがして、古い本の様な…ダージリンの用な…。
焦らされてるような、幸せでいっぱいになるような…不思議な感覚がする。
封筒には、仲良し会と書かれており、後は赤い色のシーリングで留められていた。
よく見るとシーリングの中央に花の柄が立体になっている。
「コレもしかして…薔薇!?」
ビックリして彼女をみると頷きながら微笑む。
「ふふ、薔薇のシーリングスタンプよ。封筒の香りは、私が作った薔薇のアロマスプレーを数回吹きかけましたの。」
「初めての薔薇の香りはいかが?」
「想像よりも華麗で…強くて…好きな香りです」
これが薔薇…すっと身体に入るような、どこか持っていかれるような…。
「ふふ、香りだけ楽しまないで、開けてみてくださると嬉しいわ…」
ハッとして、封を慎重に剥がし、手紙を開くと、白地に金色の小鳥がデボス加工された紙に黒字で、
「明後日の土曜日の12時から我が家にて薔薇鑑賞しませんか?
お待ちしております。
どうぞ、普段着でお越しくださいませ。」
と書かれている。
思わず、「行きたい!」と即答する。
「あっ、手紙でお返事のほうが良かったかな…?」
照れて手紙で顔を隠す私に、麗は優しい声で
「いいえ、来てくださるのとても嬉しいわ。」と微笑んでくれた。
教室に戻った後、授業が全然頭に入ってない。
時折机から、招待状を取り出し眺めて夢じゃないか確認した。
友人たちとの挨拶もそこそこに、 放課後急いで、家に帰ると勢いよくクローゼットからよそ行きの服を次々出しベットへ並べた。
だが、どれも少しクタッとしていたり、ピンとこなかったりして、着ていく服に悩む。
何より、先ほど桃香ちゃんから、麗ちゃんのお家は、家から少し離れた豪邸が立ち並ぶ一角にあるらしい。
「お嬢様学校から来たもんね…どうしよう…」
スマホを手に取り、服を検索する。少し大人っぽくて、優雅なワンピースを次々と見比べた。
良さそうなものを見つけるたび、立体映像を身体に重ねてみる。けれど、どれもしっくりこなくて、気づけば数時間も悩んでいた。
ようやく納得のいくワンピースを見つけ、購入した頃にはもう時計の針が11時を回っていた。
いけない!明日も早いし寝なきゃ!
明日の準備を終わらせ、布団に潜るも落ち着かない。
そっと鞄から招待状を手に取り文章を指で優しくなぞる。
「お友達からの招待状初めて…こんなに嬉しいのね…」
薔薇の香りに包まれて、ウトウトしていたら朝になっていた。
お守りの用に、招待状をそっと手帳にはさみ机の上に置いた。「行ってきます」と呟いて、学校へ向かう。
昨日寝るのが遅いせいか、時折「ふぁ〜」っとあくびが出てしまう。
いつも通り、校舎の薔薇の絵を眺め、香りを想像する。「香りがわかるって素敵ね、前より輝いて見える」
軽やかな足取りで教室に入ると「柚!!おはよう!」と桃香ちゃんが勢いよく抱きついてくる。
「おはよう桃香ちゃん」微笑むと「柚今日は久々に中休み一緒にお昼寝しようよ!」
桃香ちゃんは、私の腕を掴みスリスリする。
「中休みは…」言いかけて…(約束してないのに毎日一緒じゃ麗ちゃん迷惑かな?)
と思い「いいよ」と微笑んだ瞬間。
窓際でクラスの子達と話してた麗ちゃんがガタッと立って「ちょっとお手洗いに…」と早歩きでクラスから出てしまった。
「麗ちゃん?」
思わず後を追おうとする。 けれど、桃香ちゃんが腕を掴む力は思ったより強く、振り払うことができない。
席につくしかなくて、休み時間に話そうとしても、他の子と麗ちゃんが話してたり、桃香ちゃんが話に来てくれたりして、タイミングが掴めず、中休みになる。
「柚!仮眠室行こう!」
桃香ちゃんに手を引っ張られ、ベットの並ぶ仮眠室に連れて行かれる。
隣同士に桃香ちゃんと寝そべり、桃香ちゃんがはしゃぎながら、「柚とこうして寝るの久しぶりだね!最近柚ってば花遊さんとばかりいるんだもん!つまんない!」
「ゴメンね、でもお話してると楽しくて…それに麗ちゃん桃香ちゃんとも仲良くなりたいって話してたよ?」
桃香ちゃんは少しムスッとした顔をし、ほっぺを膨らませ、背中を向けた。
いじけたような声で「私、柚だけいてくれればいい。」
「私はどこにも行かないよ?」と慌てるも。
「柚のばか!わかってないんだから。」と怒られ「もう寝る!」といじけた用に布団を頭から被ってしまった。
しょうがなく、瞳を閉じると瞼に浮かぶのは、授業中のどこか寂しそうな麗ちゃんの横顔…。
一言くらい、今日中休み一緒じゃなくてごめんねって言いたかったな。
そう思いながらも、すれ違ってしまい…。
結局今日は麗ちゃんと一言も話せなかった。
家に帰ると、ドアの前に段ボールが置かれていた。
明日着ていくワンピースが届いた。
箱を抱えながらも、頭に浮かぶのは麗ちゃんのことばかり。
今日、一言も話せなかった。
隣にいるのに遠く感じて、もっと話したかった。
……少しだけ、寂しかったな。
え……寂しい?
なんで……?
胸にポッカリと穴が空いたような…不思議な感覚。
思えば、麗ちゃんが転校してきてからずっと、私の毎日は麗ちゃんでいっぱいだ。
昨日はなかなか寝付けないまま、朝になってしまった。
今日は、麗ちゃんと約束した土曜日。
ベットの近くの段ボールから、届いた服を取り出す。
ネイビーのしっかりした生地に白いレースの襟がついたシンプルなワンピースをベットに広げ、先にシャワーを浴びに行く。
温かなお湯を勢いよく出し、細かなお湯に当たると少し落ち着いた。
「今日は、沢山お喋りできるかな…」
雫と一緒にモヤモヤを流すようにシャンプーを手に取り泡立てながら頭を洗う。
早歩きしたから時間もあるし…手土産にお花屋さんあとで寄ろうかな…。
泡を流し、トリートメントをして、ザラザラのボディータオルを泡立て、体を念入りに洗う。
「一応半袖を着るし、毛も剃っとこう。」
腕や足に念入りにボディーシェイバーを滑らせ、シャワーで流す。タオルにくるまりながら洗面台へ行き、歯ブラシをシャカシャカしながら、リビングの窓際にあるプランターを眺める。
ラベンダーの鉢を持ち上げ、香りを楽しむ。
青草のような香りと、鼻の奥まで届く強い香り。初夏の風みたいな香りのおかげで、緊張した肩が少し軽くなった。
洗面台で口をゆすぎ、ドライヤーで髪を乾かしていく。熱い風にのって、髪がゆらゆらと揺れる。
ヘアアイロンで毛先を軽く巻き、髪をアップにする。
リビングへ戻り、下着を着けワンピースに袖を通す。腰のリボンを後ろで蝶々結びにし、胸元には小さな白いガラスの鈴蘭のブローチをつける。お揃いのバレッタを髪に留めた。
ストッキングを履き、お気に入りの白い小さな斜め掛けバッグを持つ。 机の上の手帳に挟んでいた招待状を大事に取り出し、鞄へしまう。 ネイビーのパンプスを履き、家を出た。
招待状の裏に書かれた住所を頼りに歩く、途中お花屋さんで百合の花束を買って、ちょっと急な坂道を進んでいく。
重くなる足で、坂道を越えると、同じ地区とは思えないほど、素敵な豪邸が並び、別世界に来たように感じる。
「私変じゃないよね…」
緊張して手に力が入る。
紙袋のお花にぶつからないように気をつけて、歩いていくと、赤茶のレンガの塀に囲まれた、緑色の洋館がひっそりと佇んでいた。
銀色の重たそうな門の横に、同じ色のプレートが壁についていて、花遊と書いてあった。
念のためもう一度招待状の住所を確認し、想像よりも大きな豪邸に息を呑む。
インターホン押して…いいのかしら…
変な格好してないよねとクルクルとスカートを揺らし、意を決して指に力を込め、インターホンを押す。
冷たいスイッチからピンポーンと軽やかな音がし、「ハイ」とお婆ちゃんの声がした。
やや上ずった声で、「すみません、花遊さんの友人の花巻柚と申します…」
…「お待ちしておりました」
お婆さんの、優しそうな声とともに、ガチャリと音がし、重そうな銀の門が開いた。
「入っていいのかな?」ひょこっと門をのぞき、恐る恐る敷地に足を踏み入れる。
木々の木陰を数歩歩くと、洋館の深緑のドアが勢いよく開き、「お待ちしてましたわ!」と白いワンピース姿の麗ちゃんが息をきらして、出迎えてくれた。
「どうぞ入ってらして」いつもよりも、やや強引な気がする…。
「お邪魔します。あ、こちら良ければどうぞ」紙袋から花束を取り出し麗へ手渡す。
麗ちゃんは、ビックリした顔をしつつ受け取ってくれた。
「ありがとう、着いてきて」
ニコリと微笑む麗ちゃんと進むと、広いお部屋に案内された。
ピアノや像などの調度品と豪華な猫足ソファーとテーブルがあり、麗ちゃんは奥の窓辺に手招きした。
窓を開けると、外には、赤とピンクの花が…
思わず両手で口を抑える。
「これもしかして…」
「ふふ全部薔薇よ」麗ちゃんは頷きサンダルを勧めてくれ、薔薇の近くに寄る。
「どうかしら?」
「素敵すぎて…言葉にならない…」麗ちゃんは微笑みながら「良かった」と私の髪をスルッと撫でる。
顔が近くて思わず少し下がって目をパチパチする。
「ふふ、ごめんなさいね?いつもと違うハーフアップも可愛らしくて…」
「あ…ありがとう」顔が熱くて、心なしか、髪まで熱持ったような…顔が見られない。
「麗ちゃんのお団子ヘアも…素敵です」顔からプシューと煙がでそうだ。
「良ければ、あちらで紅茶でも飲みません?」
麗ちゃんが奥側を指差した。
並んで少し歩くと薔薇の蔦に覆われた白い東屋の様な物があり、同じ色のガラスのテーブルと鉄製の椅子が2つ並んでいた。
「素敵ねぇ〜。ここにも薔薇が…」
思わず見上げていると。
「ふふ、ガゼボ見るのは初めて?」
「この建物東屋じゃないの!?」
「ヨーロッパ風だとガゼボっていうの、木製じゃなくて鉄製だから触ると今の時期は暑いわよ」
麗ちゃんと一緒に座ると、テーブルの上のティーポットに赤い缶から茶葉を入れ、お湯を注いでくれた。
お湯を入れた瞬間茶葉が揺れ、ふわりと紅茶のいい香りがした。
「柚は紅茶の授業はもう受けていて?」
彼女はポットに布の帽子を被せながら微笑む。
「ええ、何回かは受けていて、一応飲むことは出来るわ。あまり作法に詳しくはないけれど…。」
「良かった…作法は気にしないで、楽しみましょう。」
「ありがとう」と微笑む。
やがて時計を確認した麗ちゃんは、白いカップに金色の縁取りが施されたティーカップへ、琥珀色の紅茶を静かに注いだ。
まるで絵画のような美しさで、もし私が絵描きだったなら、この瞬間を描いていたと思う。
静かに滑らかな手つきで、目の前にティーカップを置いてくれる。
恐る恐る持ち手をつまみ、紅茶の香りを感じながら、一口飲む。
紅茶の香りとは別にふわりと何か華やかな香りが広がった。
麗ちゃんは、察したのか「美味しい?アールグレイって言って、柑橘の果物の皮の香りをつけてるの。香水とかにも使われていて、このベルガモットの香りが好きで…」
「とても、美味しいです!この香りの香水…きっとリラックス出来るね」
にっこり微笑むと麗ちゃんは、微笑み、なぜか俯いた。
「私…昨日柚とお話できなくて…中休みもバラバラで、とても寂しかったの。」
彼女は、テーブルの上で手を祈るようにぎゅうっと握って、こちらを見る。
一瞬ゆらりと瞳が揺れ、真剣な…迷ったような表情をして、「こんな事言うと、柚に嫌われるかも知れないけれど‥聞いて。」
静かに頷く。
「私…柚を独り占めしたいの」
思わず、えっと眉をひそめる…(独り占めって誰とも遊んでほしくないってことかな?でも、難しい場合もあるし…)
「束縛したいわけじゃ…たぶんなくてね…私柚の特別になりたいの。」
「でも、柚は困るでしょ?私貴方が好き。」
目がパチパチする。
え?好き?麗ちゃんが?私を?
「私も好きよ?」と恐る恐る答える。
麗ちゃんは首を振り「私の好きと、柚の好きは多分違う。だって…」不意に彼女は席を立ち赤い薔薇を力任せにブチッと抜き取る。
なぜか、彼女の手から血が少し流れ、「大丈夫!?」と駆け寄る私に、彼女は花びらを1枚1枚抜き、ハラハラと花ビラを散らす、やがて1枚大きな花びらを持ち、私の唇に押しつけた。
「えっ」動揺して瞳が揺らぐ。
麗ちゃんの顔が近づき、「嫌なら避けて。」
花びら越しに、柔らかな彼女の唇の感触が伝わる。
頭の中は真っ白…。
でも、何処か冷静な自分もいて…嫌じゃない。
むしろ、なぜかとても嬉しくさえ思う。
顔が真っ赤な私の手を掴み彼女は耳元で悲しげに囁く「私はね、柚とキスしたくなるくらい好きなの。でも、これは友人と呼べないでしょ?」
「そんな事ない…これが恋かはわからないけど…麗ちゃんと一番仲良くなりたくて…私も…皆の憧れの麗ちゃんが少し妬ましいの。そばにいてほしくて。」
自分で言っててハッとした。
私、麗ちゃんを独り占めしたくて、寂しかったんだ。
「ねぇ、わかってる?私今凄い自分勝手なことしてるのよ?期待しちゃうじゃない。」
「してくれないの?期待?」
そう言うと、彼女の唇が直接触れた。
柔らかくて温かくて、柔らかな彼女の体温で頭がぼうっとする。
なぜか、お腹の下辺りがキュウっとして、涙が出た。
しばらくぎゅうっとお互い抱きしめ合い、落ち着くまでそうした。
しばらくぎゅうっとお互い抱きしめ合い、落ち着くまでそうした。
麗ちゃんが照れながら、「いきなりごめんなさい。でも、後悔はないわ。」と微笑む。
私もつられて微笑み「麗ちゃん、これで特別だね。」
彼女は、百合の花束に視線を移したあと、薔薇の花を見る。
「ねぇ、柚。百合の花を胸に飾るのは、特別仲良しなのよね?」
「えぇ、伝統らしいわ」
彼女は、薔薇の花を指差し、「なら、薔薇の花は?学園にないし…誰もしたことないんじゃなくて?」
ハッとしウンウンと頷く。
「薔薇の花言葉は一目惚れ…私達、2人で薔薇の花を挿すのはどうかしら?」
「で、でも薔薇は高価だし、一部の富裕層の人しか買えないわ…。お庭の薔薇も嫌よ…麗ちゃんだけ負担になっちゃうもの。」
麗ちゃんは少し頬に手を当て考える。
「それなら…薔薇のお揃いのチャームをつけるのは?」
「それなら…薔薇よりもある程度安いし、毎回買わなくてもいいわ…」
麗ちゃんの手を取り、「それは素敵ね、何処かで買いに行く?」と聞くと、彼女は首を附り、「我が家は、ジュエリーデザインをしてるのよ…作らせてみるわ。」
「なるべくご予算以内にするわ」とほほ笑んだ。
「出来るまでは…」そう言って、百合の花を1輪花束から抜き取り、私の髪に挿す。
「麗ちゃん?」
麗ちゃんは、じっと私を見つめ、愛おしそうにそっと頬を撫でる。
「柚……チャームが、出来るまで百合を胸元に刺してくださる?」
「もちろん…麗ちゃんは、私の特別だもん」
優しく微笑むと、麗ちゃんは優しく抱き寄せ、「ありがとう」と耳元で囁いた。
幸せな時間はあっという間に過ぎ…名残惜しいけれど、家に帰った。
帰り際に「また月曜日ね」と小指を絡め、2人でほほ笑んだ。
ドキドキして、何度も何度も初めてのキスが頭に浮かぶ…。
柔らかで、熱を持った麗ちゃんの唇。
「熱が…移ったみたいに胸が熱い…」
唇をそっと触れ、毛布から顔を出し、机の上の花瓶を見つめる。
月明かりに照らされ、輝く百合にそっとほほえみ瞼を閉じた。
次の日、ウキウキしながら麗ちゃんに「昨日は楽しかったね、月曜日の課題もうやった?」
とメッセージを送り、頭の中はすっかり彼女で溢れていた。
彼女の返信は、とても早く、私達はやり取りしながら更に仲良くなった。
待ちに待った、月曜日…。
ソワソワして早く起きてしまった…。
いつも通り、シャワーを浴び、歯を磨きながら、植物を選ぶ…。
今日は、机の上の百合に決めた…。
華やかで落ち着きのある香りに癒されつつ、身支度を済ませた。
百合を花瓶から抜き、水気を優しくとって、胸ポケットに刺し、鞄を持って、学校へと向かう。
「なぜだろう…足が速く動く…」
麗ちゃんに早く会いたくてたまらない。
教室に、息を切らして入ると、がらんとした部屋の窓際の席で外を眺める、麗ちゃんがビックリして、こちらを見た。
「柚!?」
「おはよう。麗ちゃんも早いね」
と言いながら近づくと、彼女はにっこり微笑み、「ごきげんよう、柚に早く会いたくて」
「麗ちゃん…制服」
思わず、両手で口を覆う。
「そう、昨日ようやく届いてね?似合うかしら?」
紺色のお揃いの制服に身をつつみ、胸元に百合を飾る彼女があまりに綺麗で、幸せが溢れる。
「とっても似合う…前の制服も素敵だったけれど…更に近づけたみたいで嬉しい。」
そう言うと、彼女は照れて顔を真っ赤にして、「ありがとう」と俯いた。
ガラッと少し乱暴にドアが開き、振り返ると、桃香ちゃんがクラスメイト数人と入ってきた。
「おはよう柚!早いね!」とこちらにかけてきて抱きつく。
「おはよう、桃香ちゃん」
桃香ちゃんが、私達の百合に視線を移すと一瞬固まった。
他の子達が、「おはよう花遊さん、花巻さん」と近づき、「わぁー」っと口を手で覆う。
「お二人って、親友なんですの!?」
「まぁ羨ましい!!」
と褒められ、「えへへ」と笑い。
「ごきげんよう、えぇ特別なんですの」と麗ちゃんは、微笑んだ。
次々、クラスメイトが登校し、代わる代わる「素敵ね」と言われて、お礼を言ってやり過ごした。
私達は、2人で居る時間が増え、2人で相談しながらチャームのデザインを決め、数週間が経った。
チャームが出来上がり、彼女の家に再び招かれた。
はやる気持ちを抑え、インターホンを押すと、お婆さんの優しい声で、「お待ちしてました」と重たい門が開く。
ガチャリと玄関のドアが開き、渋い緑色に淡い黄緑が混ざったようなお着物を着て、白髪を結い上げた優しそうな少し背の低いお婆さんがお出迎えしてくれた。
「麗お嬢様から聞いております。仲良くしてくださりありがとうございます。」
お婆さんは頭を深く下げ、私もつられて「こちらこそいつも、お世話になっております」と頭を下げた。
「ばぁや?」麗の声がして頭を上げると、彼女はお婆さんに、「早く、柚に上がってもらって…今日は私のお部屋だから……あとでお紅茶をお願い」といい、手招きしてくれた。
「お邪魔します」と上がり、靴をそろえ彼女の後をついていく。
長い廊下を歩き、歴史のありそうな、手すりと階段がツヤツヤと光る木の階段を登って少し歩くと彼女が白いドアをガチャリと開け、一緒に入ると白と薄ピンクで彩られた美しいお部屋に息を呑む。
教室より広いお部屋には、石像や花瓶などの調度品や薄ピンクのカーテン付きのベッド、真っ白なソファー、沢山の本が入った本棚。
部屋の中央のテーブルには赤い薔薇が数本生けてあり、窓際には寛ぎスペースや、バルコニーも見える。
「お姫様みたい」声に出てしまい驚く。
麗ちゃんは、にっこり笑って、「ふふ、なら柚もお姫様ね」と手を優しく引いてくれた。
ふかふかのソファーに座り、彼女が真っ白な机から、大切そうに、パールピンクのアクセサリーケースを目の前で開いてくれた。
まるで…プロポーズでもするかのように…彼女の手は少し震える。
「やっと完成したわ…受け取ってくださる?」
彼女の真剣な眼差しに、頷き「喜んで」と答え、「手に取ってもいい?」「えぇ」と言われ、そっと両手でチャームを包む。
全体が銀色のシルバーで作られ、やや重さがある。2連の長さの異なるチェーンの短い方に1輪の薔薇と雫型のパールがチェーンで繋がれ、もう一方のチェーンには鳥籠の上に小さなビオラの飾りがついてる。
それらが小指くらいの大きさのクリップに繋がれ、ポケットに挟めるようになっている。
「凄くきれい…ありがとう麗ちゃん!」
彼女も微笑み、「いえいえ、柚の3ヶ月分のご予算だから、慎重にデザインしましたわ。」
「私初めて、自分でデザインしましたのよ」
と彼女が顔を赤くして微笑む。
「なんだか、指輪みたい。」
……。
2人で顔を赤らめていると。
「実はこの鳥籠、秘密がありますの。」
と鳥籠の蓋部分をクルクルと回した。
「鳥籠の中に小さな硝子の器が入っていて…こうして…スポイトで好きな香りを入れられるんですのよ。」
彼女は器用に、茶色の小さな瓶からスポイトで鳥籠に移した。
彼女の手元から、招待状を貰った時と同じ香りがする。
古い本…ダージリンみたいな…。
「もしかして薔薇?」
彼女は、笑顔で蓋を閉めながら頷く。
「えぇ、アロマを入れました。これなら、香りもしつつ、いつでも思い出せるでしょ?」
「そばに居てくれるみたいで嬉しい」
そう言った途端。
コンコンとドアをノックする音が響き、「どうぞ」と麗ちゃんが答えると、先ほどの、ばぁやさんがトレーにティーセットを乗せてニコリと笑って部屋に入ってきた。
柔らかな優しい声で麗を見つめ「お嬢様ずっとデザインに悩んでいらして、気に入っていただけて良かったですね」と微笑み一礼していなくなった。
「そんなに悩んでくれたの?」
と見つめると、隣で顔を赤らめながら。
「だって…二人の恋人の証だから。妥協したくなくて…」と小さな声で呟く。
「恋人…改めて言うと照れるね…」
2人で照れて俯き、どちらともなく、手を絡める。
心臓の鼓動がうるさい中、そっとキスをし抱きしめた。
幸せすぎて時が止まってしまえばいいのにと強く願った。
抱きしめたまま、ずっと疑問に思ってたことを呟く、「麗ちゃんはなぜ名門校からわざわざ、庶民の学校へ転校してきたの?」
麗ちゃんの手に少しだけ力が入る。
「実はね、お父様から、一流だけでなく普通も知りなさいと言われて来たの。」
「撫子女学園はね、亡くなったお母様の母校で、柚の好きなピンク色の薔薇の絵は私のお母様が描いて学校に寄贈したものなの。」
思わず、顔を上げて「あれって、麗ちゃんのお母様の作品なの!?」
「あんな素敵な絵が描けるなんて素敵!!」
と勢いで話すと。
麗ちゃんは嬉しそうに、ふふっと笑い「私も転校して初めてみた時、とても綺麗でびっくりしたの。」
「母にとって、この学園はオアシスだったと言っていたわ。」
「柚はずっと学園に?」
「えぇ、私は初等部から、母がここの制服を着せたくて、お受験頑張ったのは覚えてる。」
「初めは、緊張して中々人と話せなくて、そんな時に桃香ちゃんが話しかけてくれて、なんやかんやずっと一緒に居てくれてるの。」
麗ちゃんの顔が少し曇る。
「で、でも、幼馴染みだし、桃香ちゃんに感じてる好きと、麗ちゃんに感じる好きは違うよ…麗ちゃんは、もう少し特別な…」
ぎゅっと抱きしめられ「今は、他の人の話をしないで」と力を込められる。
制服よりも薄い服だからか、彼女体温が伝わり、身体が強張る。
どうしよう…こういうときどうすればいいか、わかんない…。
突然ゆっくりと、麗ちゃんが離れ、「ねぇ柚、チャームに、ずっと一緒にいようって誓わない?」とチャームを箱から取り出す。
夕日に照らされ、キラキラ光る銀色の髪がややオレンジ色に染まり…やっぱり時が止まればいいのにと考えてしまう。
二人で向き直り麗ちゃんが目を瞑る。
お互いの持つチャームが揺れ、チャリチャリと音を立て、鼓動と共鳴する。
目を瞑ると、優しい声で「この先何があろうと、柚の特別でいれますように。柚を守れますように」と囁かれる。
心拍が早まるのを感じながら「麗ちゃんとずっといたいです。ずっと大好き……私も守りたいです。」
いっぱいいっぱいで、目を開けると……「ふふ、柚可愛い」と優しく抱きしめてくれた。
「ずっとそばにいて…」
この約束は、守れなかったけれど…今も好きよ麗ちゃん。
その後、幸せな気持ちが溢れて、走って帰り。
チャームを何度も眺めながら、ベッドで悶えた。
翌朝、ウキウキしながら学校へ行き、胸ポケットには、薔薇と鳥籠がユラユラ揺れ、薔薇のいい香りがほのかにして癒される。
校門の前に差し掛かると、銀色の髪をなびかせて、麗ちゃんが、誰かを待っていた。
「麗ちゃん!」声をかけ、笑顔で駆け寄る。
彼女の顔がぱっと明るくなり、「柚!」と右手を伸ばしてくれた。
自然と手を絡ませ繋ぎながら、学校へ入る。
お揃いのチャームを付けた私たちはあっという間に、クラスの注目の的になった。
それどころか、学年問わず、知られ、いつしか、薔薇とビオラと呼ばれるようになった。
たまに桃香ちゃんと喋ったり遊んだりしていたが、気づくと、3ヶ月くらい前から学校に来る日が段々と少なくなった…。
そして、それぐらいから、私の持ち物が、無くなったり、捨てられたりするようになった。
仲の良いクラスメイトに、桃香ちゃんのお見舞い行こうかな?というと、冷たい空気が流れ、はぐらかされる。
「柚?次移動よ?」
「ごめん麗ちゃん!」急いで、後を追うと。
後ろで「ビオラが薔薇に寄生して」と笑う声が聞こえた。
振り返っても、誰もこっちを見ていないし、それぞれ何かしらしている。
(気のせいかな?)
けれど、陰口は日に日に増えていった。
絶対に麗ちゃんに、聞かれたくはなくて、明るく振る舞い、教科書が見つからないときは、忘れたフリをして見せてもらった。
たまたま、麗ちゃんが、ピアノの発表会があり欠席した日…「花巻さんちょっといい?」
廊下で、他のクラスの気の強そうな女の子達に呼ばれた。
「なぁに?」と恐る恐る近寄ると、ぐいっと腕を強く引っ張られ、使われてない教室まで連れて行かれた。
彼女たちは私を壁に押し取り囲んだ。
「ねぇ、花巻さんさ?花遊さんと付き合ってるって本当?」
真ん中の子が、腕を組み機嫌悪そうに睨む。
「そうだけど…?」
震える手を抑えながら、睨み返す。
「花遊さんはね?皆の憧れなの。あんたみたいな雑草と変わらない花がそばにいていい人じゃない!」
勢いよく、お腹を蹴られる。
「痛」鈍い痛みにへたり込むと。
クスクスと笑い声がこだまする。
「貴方達に、何を言われても、私は麗ちゃんと一緒にいる。」
睨み返し立ち上がると皆で声を荒げ笑う。
「あんたが、そばにいる限り、だれもあんたと関わらないよ?」
「つーか、コイツ尻軽で親友にも迫ってそのせいで学校来ないんでしょ?」
嘲笑う声の中、お腹をギュッと押さえ勢いよく教室を出た。
(桃香ちゃん……桃香ちゃんって私のせいで学校来なくなったの!?)
職員室に近い、トイレに逃げ込み鍵をかけた。
息を切らしながら桃香ちゃんに電話をかける。
「プルルル…」呼び出し音がこだまする。
(お願いでて…。)
ガチャっとノイズが聞こえボソボソして声で「私、柚と話したくない。」
「私…桃香ちゃんに何かした?私が桃香ちゃんの事傷つけたの?」
「柚にはわからないよね。その程度ってことでしょ?」
皮肉めいた彼女の声色の意味がわからない。
「その程度って?」
「どうしても話したいなら、一人で今日家に来て」
「わかった」
さっきの人たちが居たらと思うと怖くてここから出られない。
麗ちゃん助けて…。 胸元のチャームを震える手で握る。 蹴られたお腹も少し動くとズキッとする。 スマホでクラスの子に連絡して鞄をもらい、早退した。 とにかく、桃香ちゃんと話をしようとなんとか足に力を込めて向かう。
学校近くの、女子寮と書かれた少し大きな横長のマンションの裏口の重いドアを開け、こっそり入る。
痛むお腹を押さえつつ、なんとか、彼女の部屋につき、ノックした。
紺色のドアに何度かノックし、観念したようにガチャっと少し開いた。
桃香ちゃんは、泣き腫らしたような顔で、「入って」と中に入れてくれた。
「学校はどうしたの?」
一瞬体がビクッとしたが、全部を説明したくない。
「桃香ちゃんと話したくて早退した…の」
ハーーーっと勢いよくため息をつき彼女はベッドにドカッと腰掛け、「柚にとってさ?私って何?」
質問の意味がわからない。
「大切な友達だよ?幼馴染だし…。」
たじろぐ私を桃香ちゃんは睨みつけ「それだけ?私はこんなに柚が好きなのに!!!?」
彼女の怒鳴り声にびっくりして数歩下がる。
桃香ちゃんは苛立った様子で距離を詰め、手を強く握った。
「なんで?なんで!花遊さんなの?柚は、私のなのに!なんで私じゃ駄目なの?」
「私、ずっと柚だけいればいいって言ってるじゃん!!」
ボロボロと泣いて、力くへたり込む。
しゃがんで、痛いのを我慢して、ぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、私桃香ちゃんの好きってちゃんとわかってなかった。」
「私も、何で麗ちゃんがいいのか分からない。」
「気づいたら、好きになってたの。」
「許さないから……。」
「え?」
ドンっと勢いよく押され視界が逆さまになり、起き上がると、桃香ちゃんが今までにないくらい怒った顔をしていた。
獲物を狩る狼のような彼女に、必死に名前を呼ぼうとすると。
桃香ちゃんの手には、麗とのチャームが握られていた。
「やめて!!返して!!」
必死に飛びかかろうとすると。
「こんな、物があるからいけないんだよ!!」
彼女は、勢いよくチャームを床に叩きつけた。
チャームからパリンと音がし、薔薇の強い香りが部屋に混じっていく。
「いやぁ」叫びだし、慌てて破片やチャームを拾い握りしめる。
「なんでこんなことするの!!」
必死に訴えるも彼女は、見下すように笑い。
「なんで?先に裏切ったのは柚じゃん。」
「柚には私以外いらないんだよ?絶対に花遊を追い出してやる」
彼女の目が恐ろしくて、急いで、その場を去った。
家に着いた途端玄関にへたり込んだ。
頭の中は、桃香ちゃんの初めて見る表情と態度…そして、優しくて離れがたい麗ちゃんでいっぱいだ…。
どうしたらよかったんだろ……。
正直、桃香ちゃんの好きがよくわかっていなかった。
いや、気づきたくなかったのかも。
どちらも大切だけど…やっぱり麗ちゃんと離れたくないよぉ。
でも、麗ちゃんを巻き込みたくはない……。
立ち上がると、ズキッとお腹が痛い、さっき蹴られたんだった……。
「皆面倒くさい。私が誰といようがほっといてくれればいいのに」
「そもそも、私と麗ちゃんの関係を他人にとやかく言われたくない!」
ふと、視線を移すと鏡にすごい形相の自分が映る。
「私もたいがい自分勝手だ…」
とりあえず、このことは麗ちゃんに気づかれないようにしなきゃ。守らなきゃ……。私のせいなのに……?私がいなければ、二人は…。
考えたくない。
力なくベッドに倒れ、まぶたを閉じた。
アラームの音で目が覚め、重たい体を何とか起こす。
お腹の痛みは昨日より和らいだが、体は重いし制服はシワシワ。
しょうがないので制服を一旦ハンガーに掛け、クローゼットから白い半袖ブラウスと紺のジャンパースカートを取り出す。
「ちょうど夏服期間で良かった……。」
急いでシャワーを浴び着替え、赤いネクタイをキュッと締め気合を入れる。
冬服のスカートのポケットから、割れた破片とチャームをそっと取り出す。
ポケットからバラの香りがする。
「よかったチャームは壊れてない…」
でも、瓶は割れてしまった…。
貰ったばかりなのに…。
視界がどんどん滲む…。
必死に抑えて、家を出る。
「私は、それでも、麗ちゃんといたい。」
そう強く思う。
学校に着くと、いつものように、校門の前で麗ちゃんが待っててくれた。
駆け寄ると、優しい笑顔で名前を呼んでくれる。
彼女の前で、くるりと一回転し「どうかな?夏服似合う?」と笑うと。
「ええ!涼しげでいいと思うわ!私も明日から夏服にしようかしら」
「最近、暑いものね〜」と微笑む麗ちゃんを前に、
1日しか離れてなかったのに1ヶ月離れてたような心境で飛びつく。
困った声で「甘えん坊さんね」と笑う彼女に胸がキュッっと熱くなる。
だからこそ、悲しい顔にしちゃいけないと強く思った。
教室に着くと、クラスが少しざわめいていて、何やら、教室の真ん中あたりに人だかりができていた。
「何かしらね?昨日、何かありまして?」
私は首を横に振り、「特に変わったことはないよ?」
一瞬、昨日の暴行された事が頭をよぎるも、取り消した。
とりあえず、席に着こうと人を避けながら進むと、桃香ちゃんが自分の席に座っていて、泣いていた。
(桃香ちゃん!登校してきたんだ!!)
思わず拳に力が入る。
クラスメイト達と桃香ちゃんが、一斉に振り返る。
桃香ちゃんから何故かバラの強い香りが漂う。
桃香ちゃんの近くにいる子が「ねぇ花巻さん、桃香ちゃん突き飛ばして、振ったって本当?」と声を荒げた。
「え?」
たじろぐ私に容赦なく、「昨日、柚が私のところに来て、アンタとはただの遊び…本命は麗ちゃんだからって…突き飛ばして…うぅ…抵抗したらチャームのアロマをかけられて…」
間髪入れずに「そんなことしてない!!」大声で否定するも周りは軽蔑の目でこちらを見る。
どこからともなく、「大人しい花巻さんがそんな事するなんて」「案外、花遊さんがそそのかしたんじゃない?」「百合姫はそんな事しないよ」、「最低な2人」
何を言ってもだめだ…。横にいる麗ちゃんの手を引いて急いで、教室から離れる。
走ってなんとか、使ってない教室に2人で駆け込み、鍵をかける。
息を切らしながら振り返ると、
麗ちゃんは、動揺した表情を浮かべ「柚…どういうこと?…」
唇を噛み、目を伏せる。
「誤解なの…。私、あんなことしてない…。大事なアロマを…かけたりなんかしない…。」
そう言うと、麗ちゃんは何も言わず、強く抱きしめる。
ふわりと彼女から香る薔薇の香りに安心して涙が溢れる。
麗ちゃんは、優しい声で、「柚は優しいもの、誰かに暴力を振るったり、かけたりしない事は、私が誰よりわかるわ。」
「だけど、彼女から薔薇の香りがしたのはなぜ?」
「あれは昨日…桃香ちゃんに割られたの…」
「桃香ちゃんに取られて、床に投げつけられて…瓶が割れちゃって…」
麗ちゃんは、私を優しく撫でながら…暫し考え込むように無言になった。
「ーー柚も彼女も怪我しなかった?服にかかったりは?」
「しなかったよ。破片は集めて帰ったし、少し距離のある所で割れたから…」
麗ちゃんから初めて聞く冷たい声で「そう…なら、割れたあとに、制服を被せたのね…」
そう言って撫でる手を止め、不安で顔を上げる私の顎を手でクイッとし、「でもね、柚。昨日、私にはその話、知らせて下さらなかったわね。せめて相談くらいしてほしいわ。」と冷たいような熱いような視線で見下される。
麗ちゃんは、寂しそうな笑みを浮かべ、「なんて…私も言えた義理では、ありませんのよ…」
「え?」と見上げる私に、「最近、他のクラスの名も知らぬ方々が、柚の私物を隠したり、色々陰で言ってるのをみてしまいまして…」
「私のせいで、貴方に被害が出てしまって…本当にごめんなさい。私ずっと、謝りたかったんだけど…柚が離れてくかもしれないと…怖くて…こっそり回収しては、元に戻してましたの。」
目をパチパチ瞬きしながら、
「いつの間にか、教科書やペンが机に合ったのはそういう事?麗ちゃんがしてくれてたの?」
嬉しくて、視界が滲んでいく。
「それしか出来なくてごめんなさい。」謝る彼女を抱きしめ、二人で「「ごめんね」」と抱きしめ合った。
ひとしきり泣いたあと、囁くように、「桃香さんの、件は何とかなるかもしれないわ。」
冷静に話す彼女に思わず「でも、話してた内容録音とかしてないし…」
「アロマを掛けたことは訂正できてよ。後でお話するわ。話した内容については、皆の前で、彼女に直接言えばいいわ。今は、貴方の潔白を明らかにしましょう!」
そう言って手を優しく引き、一緒に教室に戻る麗ちゃんが頼もしくて、嬉しくて、ぎゅっと手を握り返した。
教室のドアを開ける前にお互い、行くよと頷き合い、そっと開けると…席についてたクラスメイトと教卓に立つ、元椿先生と桃華ちゃんの視線が一斉にこちらに向いた。
先生は、「そこの二人も含め三人で部室で、話をしよう」ときり出す。
麗ちゃんの手をギュッと握り、「私は、やってません!」ときっぱり答えた。
「少なくとも、柚は薔薇のアロマを彼女にかけてません!」
私達は、教卓に少し近づきながら。
「桃香さんが、かけられたと仰る薔薇の香り、他の人はわからないかもしれませんが、柚に渡してる香りとは別です。」
桃香ちゃんは、睨みつけ、「私が嘘を言ってるって言うの?かけられてこんなに、辛いのに…」と手で顔を覆う。
だけど、麗ちゃんは冷静に「あのアロマは、私が作った自家製ので、数種類の薔薇をブレンドして作りましたの。薔薇のアロマは高価ですから、同じような香りを買うとしても、難しかったでしょうね…貴方からは、違う薔薇の香りがします。」
「私の持ってるものを嗅いで頂ければ、わかるでしょうね」
「そもそも、気化するアロマが昨日かけられて今日もこんなに強い香りというのが…無理な話ですし、柚子に渡した量はかけられるほど多くないんです。」
周りが、ザワザワと動揺の色を見せる。
先生も察したのか、止めようと桃香ちゃんに手を伸ばそうとした瞬間、桃香ちゃんがポケットからナイフを取り出し、麗目掛けて向かっていった。
咄嗟に身体が動き、麗を突き飛ばし、驚いて手をこちらに伸ばす彼女と目が合う。
ズクっという鋭い痛みと彼女の赤い瞳が重なり、視界がクラッとして倒れた。
鋭い、お腹の強い痛みと、生温かい液体が広がる感触…薄れゆく意識に、麗ちゃんが名前を必死に呼ぶ声と皆桃香ちゃんの叫び声がこだまして消えていく。
目が覚めると、真っ白な部屋だった。
何故か起き上がれなくて、右を見ると、「柚!?」と麗ちゃんが、泣き腫らしたような顔で、頬を優しく撫でる。
「ここは?」と呆けてる私に、救急車で運ばれ、手術をした事、桃香ちゃんの件は、誤解が解け、彼女は、警察に連れて行かれ、そのまま、退学処分になった事。
私が1週間目を覚まさなかった事を教えられた。
「私、柚に二度と会えなかったらって…本当に怖くて…私のせいで、本当にごめんなさい…。」
泣きじゃくりながら、手をギュッと握り謝る彼女に、微笑み、「泣かないで…麗ちゃんが無事で…よかったよ。」
手を少し、動かして励ますのが限界だけど…
刺されたのが、麗ちゃんじゃなくて本当に良かった。
けれど、私が退院する頃に…麗ちゃんは、お見舞いに来れなくなった。心配した両親によって、また転校してしまたのだ。
お別れの挨拶も、きちんと出来ないまま、本当に突然…居なくなってしまい。
スマホのメッセージには、「突然学園を離れる事になってごめんなさい。説明したけれど、両親を説得しきれなかった私をどうか許して…。柚は、私の大切な人よ。貴方のいない生活なんて色のない世界だわ…。いつか、貴方の傍に帰れる日を願って頑張るわ。私の柚子…私のビオラへ」と書いていた。
私は、泣き叫び、色のない日々を過ごした。
大切な人といれない悲しみは、本当に耐え難かった。
私たちは、若すぎたのだ。
お互いの想いを、責任の取れない年齢という壁が最終的に壊しにかかったのだ。
あの時、桃香ちゃんを止めれていれば…仲直り出来ていれば、結末は違ったのかもしれない…。
それだけが、ずっと心に棘のように刺さる。
麗ちゃんは、私がいない間、学園で、皆に特別なチャームの発注を受けて忙しくしていたらしく、お見舞いでも、よくその話をしていた。
お詫びにと、壊れたチャームを直してくれて、特製の薔薇のアロマが入った小瓶とスポイトをつけてくれた。
私が、退院し、学園には、チャームをつけてる人が沢山いた。
勿論私も外さなかった…いや、外せなかった。
彼女と私の想いは今でも生きていて、今でも、撫子女学園では、特別な相手とチャームをつけ合うのが、伝統になっている。
私は、学園のテラスで植物の面倒を見る仕事につき、ビオラの近くに薔薇も数種類育て、生徒たちの笑顔をみて過ごした。
麗ちゃんは後に風の噂によると結婚し、駅前の百貨店に大きなジュエリーショップを開いた。
名前は、ベーゼ・ド・ローズ(バラの口づけ)
撫子女学園のチャームは、あちらで買うのが、伝統と言われるくらい、とても人気のお店になった。
私は、怖くて一度も行けていないが、今でも、彼女はとても大切な人だ。
時折、あの薔薇の絵を眺めて、彼女を思い出す。
あまりに、見ていて学園長になった、元椿先生から、
私の熱意に負けたと、譲り受け、今でも、我が家の壁で、輝いている。
あの絵を眺めながら微笑んでいると、懐かしい制服を着た少女が、私の手を優しく引いた。
「お婆ちゃん、入学式始まっちゃうよ! 早く、ついてきて!」
振り返った少女が、私の胸元を見て笑う。
「そのブローチ、素敵ね」
私は胸元にそっと触れて、微笑んだ。
「そうでしょう?」
そして、少しだけ誇らしげに笑ってみせる。
「特別仲良しな人と、お揃いなの」
少女に手を引かれながら、私はゆっくりと歩き出す。
その胸元で――
薔薇と鳥籠のチャームが、キラリと光っていた。




