表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯台の猫と、嘘をつく少女  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/32

転校生の違和感 第4話

 灯台を離れた後も、澪の胸は重かった。夕暮れの海が鈍い色に沈んでいく。

 白猫の言葉が、波の音に混じって何度も蘇る。

 

 ──「選べ」「俺か、前に進むか」

 

 どちらかしかない選択肢のように突きつけられた気がして、足取りが鈍る。

 それでも、嫌でも時間は進む。

 

 家に帰っても、夕食の味がよくわからなかった。食卓には湯気が立ち上るのに、匂いだけが遠い。家族の会話に相槌を打ちながら、頭の中では別の景色が広がっていた。

 

 灯台。白猫。薄れていく影。

 

 夜、澪は自分の部屋で膝を抱えた。

 誰かに話したい。けれど。

 ──全部話せない。

 誰かに知られる。それが怖い。

 スマホを手に取り、遥斗の名前を見る。

 画面に触れる前に、指が止まる。

 送っていいのかわからない。

 頼っていいのかもわからない。

 結局、そのまま画面を伏せた。

 

 翌日。

 学校はいつも通りに始まった。

 澪は、教室で遥斗と目が合う。

 一瞬、何かを言おうとして、やめる。

 遥斗も、何も言わなかった。

 距離が少しだけ、前のように戻った気がした。

 

 昼休み。

 澪は屋上へ向かった。階段を上がるたび、外の風の音が近づく。

 風に当たれば、少しは頭が冷める気がした。

 扉を開けると、先客がいた。

 遥斗だった。

 澪は足を止めた。

 

「あ……」

 

 遥斗は、振り返って気づく。

 

「来ると思った」

 

 その言い方に、澪は少し驚いた。

 

「どうして?」

 

「教室での顔」

 

 短い答え。

 

「悩んでいる顔してた」

 

 澪は苦笑いを浮かべる。

 隠せていない。

 遥斗は、フェンスの方へ視線を戻した。

 

「無理に話さなくてもいいよ」

 

 その言葉が、何度目かわからないほど、胸に沁みる。

 

「でも」

 

 遥斗は続ける。

 

「話したくなったら、ここに来ればいい」

 

 澪は、胸の奥が熱くなる。

 

「……何も、聞かないの?」

 

 遥斗は首を振った。

 

「聞かない。鈴谷が話してくれるまで」

 

 沈黙が、屋上を満たす。風がフェンスを鳴らす。

 澪は唇を噛み締めた。

 

 ──選ばなくていい時間。その存在が、どれほど救いになるか。


「ありがとう」

 

 澪は小さく言った。

 遥斗は振り返らずに言う。

 

「礼を言われるようなことじゃない」

 

 それ以上は踏み込まない。それ以上引かない。

 その距離感が、澪には心地よかった。

 

 放課後。

 澪は、灯台へ向かう足を止めた。

 今日は、行かない。

 そう決めた。

 白猫のことを考えなかったわけじゃない。

 選択を、少しだけ保留するため。

 

 海沿いの道を歩きながら、澪は空を見上げる。雲がゆっくりと流れている。

 

 ──前に進むって、どういうことだろう。


 その答えは、まだ見えなかった。

 

 翌日。

 澪は、無意識のうちに、灯台の方向を見ていた。

 学校からの帰り道、分かれ道の手前で足が止まる。昨日は行かなかった。その選択が正しかったのかどうか、まだわからない。

 

 風が、潮の匂いを運んでくる。

 

 ──今日は? 自分に問いかけて、澪は小さく首を振った。


「……行かない」

 

 そう決めて、灯台とは別の道に進む。

 胸の奥がちくりと痛んだ。

 

 その夜の眠りは浅かった。

 夢の中で、灯台の階段を何度も上がる。上がっても上がっても、頂上には辿り着かない。

 白い影が、途中の踊り場で立ち尽くしている。

 呼びかけても、声は届かない。

 目を覚ました時、喉がひりついていた。

 

 数日後。

 澪は、授業が終わると、気づけば灯台へ向かっていた。

 足が勝手に動く。

 

 ──依存。

 

 その言葉が頭をよぎる。

 灯台に入った瞬間、空気が変わった。

 

「遅かったな」

 

 白猫の声。

 澪は、胸が詰まる。

 

「ここ最近……来なかったな」

 

 白猫は手すりに座っている。

 だが、その姿はさらに薄い。

 

「知っている」

 

 白猫は、淡々と言った。

 

「全部、見ていたから」

 

 澪は、ハッとする。

 

「どこから?」

 

「ここから」

 

 白猫は、灯台を見渡す。

 

「お前が来ないと、俺は、動けない」

 

 澪は息を呑む。

 

「……それって」

 

 言葉が続かない。

 

「縛られているんだ」

 

 白猫は短く言った。

 

「お前が俺を必要とするほど、俺はここに縛られる」

 

 澪の胸が、ぎゅっと締め付けられる。

 

「私……」

 

 声が震える。

 

「あなたに依存しているの?」

 

 白猫は、すぐには答えなかった。

 やがて静かに言う。

 

「依存は、悪じゃない。だが」

 

 澪に視線を向ける。

 

「手放せないのなら、歪んでいく」

 

 澪は膝をつく。

 灯台の冷たい床が、手のひらに伝わる。

 

「私……」

 

 俯いたまま言う。

 

「あなたがいないと、どうしていいかわからない。正しさなんて知らない」

 

 白猫は、澪の前に降り立つ。

 だが、距離は、まだ遠い。

 

「それが、お前の影だ」

 

 澪は、涙が落ちるのを止められなかった。

 

 ──守れなかった。

 ──また同じ。


「違う」

 

 白猫の声が、強くなる。

 

「お前は、もう気づいている」

 

 澪は顔を上げる。

 

「依存していることに。遅れていることに。それが、最初の一歩だ」

 

 海から流れてくる風が、灯台を揺らす。

 白猫の姿が、一瞬かき消えかける。

 

「……お願い……消えないで……」

 

 澪が叫ぶ。

 白猫は、静かに答える。

 

「まだ、消えない。だが、時間は進んでいる。止めることはできない」

 

 澪は、拳を握りしめた。

 

 ──選ばなきゃ。依存か、前進か。


 その問いが、はっきりと輪郭を持って、澪の前に立ちはだかっていた。

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ