表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯台の猫と、嘘をつく少女  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/32

転校生の違和感 第1話

 朝の教室は、まだ完全には目覚めていなかった。

 窓から差し込む光はやわらかく、机の上に残った消しゴムの粉や、昨夜のままのプリントを淡く照らしている。澪は自分の席に座り、鞄の中身を整えるふりをしながら、周囲の音に耳を澄ませていた。

 笑い声。椅子を引く音。誰かの欠伸。

 それらはいつもと同じはずなのに、今日はどこか落ち着かなかった。


 理由は分かっている。

 ──遥斗が、同じ教室にいるから。


 昨日、灯台で少しだけ本当のことを話した。それだけで、何かが変わった気がしてしまう自分がいる。その変化を、誰かに見抜かれるのが怖い。

 

「おはよう、澪」

 

 友人が声をかけてくる。

 

「うん。おはよう」

 

 自然な笑顔。声の調子も、問題ない。

 ──嘘じゃない。

 そう確認してから、澪は小さく息を吐いた。

 ホームルーム開始のチャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。その後ろに見慣れない男子生徒が立っていた。

 

「えー今日は転校生を紹介する」

 

 その瞬間、教室の空気が変わる。

 ざわめき、好奇の視線。

 

「東京から来た、堀川遥斗だ」

 

 遙斗は、軽く会釈をした。

 

「よろしくお願いします」

 

 淡々とした声。

 澪は、胸の奥が小さく跳ねるのを感じた。

 

 ──昨日と同じ声。


 灯台の風の中で聞いた声と、今、教室で聞く声が重なる。

 遙斗の席は、澪の斜め後ろだった。

 椅子を引く音が近い。

 それだけで、背中が少し緊張する。

 遙斗の紹介も終えて、授業が始まる。

 黒板の文字を追いながら、澪は意識が散っていくのを感じていた。集中しようとすればするほど、背後の気配が気になる。

 

 ──見られている気がする。


 実際に、視線があるわけではない。

 それでも、視線を感じている気がしていた。

 

 昼休み。

 澪が一人で教室を出ようとすると、声がかかった。

 

「鈴谷さん」

 

 振り向く。

 遙斗だった。

 

「昨日の……」

 

 一瞬、言葉に詰まる。

 澪は、すぐに周囲を確認した。誰もこちらも見ていない。

 

「何?」

 

 短く返す。

 遙斗は、澪の表情をじっと見てから言った。

 

「無理に話さなくていい。ただ……」

 

 少し時間をおいた。

 

「教室だと、雰囲気違うなって思って」

 

 澪は、思わず笑ってしまった。

 

「それ、どう言う意味?」

 

「昨日は……」

 

 遙斗は、言葉を選ぶ。

 

「もっと、静かだった」

 

 澪は、その言葉に胸がざわついた。

 

 ──違和感。


 白猫が言っていた言葉が、ふと頭をよぎる。

 嘘をつく瞬間、自分はどう見えているのか。

 澪は、軽く肩をすくめた。

 

「学校では、こうしていないとね」

 

 その言葉に、遙斗も何も言わなかった。

 ただほんのわずかに、眉を寄せた。

 それを見て、澪は確信する。

 ──この人は、気づいている。

 自分が、場面ごとに違う顔をしていることに。

 そして、それを“間違い”だとは言わないまま、違和感として抱えていることに。

 澪は、その沈黙が少し怖くて、少しの救いだと思った。

 

 午後の授業が終わり、教室に少しだけ余白の時間が流れ始める。

 部活に向かう生徒。友人同士で談笑する声。窓の外では、蝉の泣き声が途切れ途切れに響いていた。

 澪は、鞄を肩にかけながら、視線を伏せて席を立つ。

 

 ──灯台へ。


 いつもの帰り道。

 誰にも見られないように、そっと教室を抜け出す。

 だが今日は、背中にわずかな視線を感じていた。

 校舎を出て、人気のない通用門を抜ける。

 風が、海の匂いを運んでくる。

 澪は足を止め、周囲を確かめた。

 

「……今日は静かだね」

 

 思わず口にした言葉。

 返事があるとわかっているようで、同時に、ないこともわかっている。

 白猫の姿は、まだ見えない。

 澪は灯台へ続く坂道を登る。

 草むらの中で影が揺れた。

 

「一人できたな」

 

 白猫の声。

 遅れて白い影が姿を現す。

 

「……いた」

 

 澪はホッとする。

 

「今日は、学校どうだった?」

 

 白猫が聞く。

 

「普通」

 

 澪は即答した。

 

「嘘だ」

 

 澪は唇を噛む。

 

「……ちょっとだけ」

 

「転校生だな」

 

 白猫は、あっさり言った。

 

「どうしてわかるの?」

 

「お前の嘘は音が違う」

 

 澪は苦笑いをした。

 灯台の影に腰を下ろし、膝を抱える。

 

「気付かれるの、怖い」

 

 澪は、ぽつりと漏らす。

 

「何が?」

 

「私が」

 

 言葉を探す。

 

「私が、私じゃないってこと」

 

 白猫は、すぐには答えなかった。

 その沈黙が、澪の背中を押す。

 

「ねえ」

 

 澪は空を見上げる。

 

「人って、場面ごとに態度を変えるよね」

 

「変わる」

 

 白猫は即答する。

 

「だが、嘘と仮面は違う」

 

 澪は、その言葉を胸に刻む。

 その時、足音がした。砂利を踏むしっかりとした足音。

 澪は、はっとして振り返る。

 

「……え?」

 

 坂道の途中に、人影があった。

 転校生の堀川遙斗だった。

 

「ごめん」

 

 少し息を切らしている。

 

「帰り道たまたま、見かけて……」

 

 澪の心臓が、強く打つ。

 

 ──聞かれた? 白猫と話しているところを。


 白猫の姿はもうない。

 澪は反射的に立ち上がった。

 

「な、何?」

 

 声が少し高い。

 遙斗は、澪の背後を見る。

 

「今……」

 

 澪の喉がひくりと鳴る。

 

「誰かと話してた?」

 

 世界が一瞬止まる。

 澪は即座に答えを選んだ。

 

「……独り言」

 

 笑顔を作る。

 

「考え事、してただけ」


 遥斗は、何も言わない。

 ただ、澪の目をじっと見る。

 その視線に、逃げ場がない。


「独り言、か」


 遥斗は、繰り返す。


 澪は、頷く。


 嘘。


 自分でも、はっきり分かる。

 その時、風が吹いた。

 澪の背後、灯台の影が揺れる。


 ――見られている。


 白猫の気配。

 遥斗は、視線を澪に戻す。


「責めない」


 静かな声。


「ただ」


 一拍置いて。


「違和感があった」


 澪の胸が、ぎゅっと縮む。

 遥斗は、続けなかった。


「今日は、帰る」


 それだけ言って、踵を返す。

 澪は、立ち尽くしたまま、その背中を見送った。

 白猫の声が、遅れて響く。


「今のが」


「お前の嘘だ」


 澪は、俯いた。


 ――ばれていない。


 けれど。


 ――誤魔化せてもいない。


 灯台の影が、いつもより濃く、澪を包んでいた。

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ