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失われた人生

作者: 口羽龍

 川江英之かわえひでゆきは刑務所の中にいる。5年前、英之は優秀なサラリーマンだった。多くの部下に恵まれ、とても頼られていた。彼の人生は順風満帆そのものだった。だが、あの日を境に、変わってしまった。もしもあの時、酒を飲まなかったら、人生が変わっていたかもしれない。もっと幸せな人生を歩んでいたかもしれない。


 英之は東京に生まれた。1戸建てのごく普通の家庭で生まれ育った。英之は優秀ではなかったものの、努力してここまで上り詰めた。英之は高卒でサラリーマンになった。サラリーマンになってから出世街道をひた走り、多くの部下を持つ、優秀なサラリーマンになった。そして、成人式では多くの人々が祝福してくれたという。誰もが英之の将来を楽しみにしていた。


 そんな英之に転機が訪れたのは、21歳の頃だ。会社に新しく入ってきた18歳のOL、さくらだ。彼女はとても優しくて、英之とは気が合う。そんな中で、2人は結ばれていく。週末は一緒に飲み、桜の住んでいるアパートで一夜を過ごす事もあったという。とても幸せそうな2人で、結婚は間違いないと思われていた。上司も部下も、2人の恋の行方を気にしていたという。


 そして英之が24歳、桜が21歳の時に2人は結婚した。結婚式には多くの上司や部下、重役が集まり、とても賑やかだった。その時の英之は幸せの絶頂期だった。誰もがこの夫婦はきっといつまでも幸せに過ごすだろうなと思っていた。


 それから数か月の事だった。桜の様子がおかしくなった。英之は気になって、病院に連れて行くと、嬉しい知らせだった。


「あなた、子供ができたのよ」


 何と、桜は妊娠していた。2人は喜び、2人の両親も喜んだ。その時は本当に嬉しかった。これから生まれてくる子供は、男の子だろうか? 女の子だろうか? どんな子が生まれてくるかわからないけれど、いい子に育ってほしいな。そして、思いやりのある子がいいな。


「本当かい?」


 英之は笑みを浮かべた。生きてきてよかったと思った。そして、これから生まれてくる子供はどんな名前がいいだろうと考えたものだ。


「うん。楽しみだね」

「うん」


 その時は結婚式の時と同じぐらい嬉しかったな。これから夫婦はいい日々を送っていくだろうと思っていた。


 それから半年後、桜は出産した。男の子だ。名前は泰正たいせいにした。みんな、いい名前だと思ってくれて、本当に嬉しかった。泰正の将来に、誰もが期待していた。


 だが、英之は結婚3年目の忘年会でとんでもない事を犯してしまった。その時の事は一生忘れていない。あの日、英之は車を運転して帰るから、酒は控えるようにしていたが、あの夜、1杯だけ飲んでしまった。もしもあの時、飲んでいなかったら、これからも幸せな日々を送っていたかもしれないのに。


 その夜、英之は車で帰っていた。酒でふらついてはいるもの、大丈夫だ。家まではそんなに遠くない。大丈夫だろうと思っていた。


 家まであと少しの所まで差し掛かった。突然、何かがぶつかったような揺れを感じた。英之が降りると、そこには幼児が倒れている。血を流している。幼児を引いてしまったようだ。慌てている中、横にいた保護者と思われる人が電話をしている。交通事故を通報しているようだ。もうダメだ。そう思い、英之は頭を抱えた。自分はとんでもない事をしてしまった。この先、自分はどうなってしまうんだろう。目の前が真っ暗になった。


 その幼児はその後、病院で死亡が確認された。そして、英之は逮捕された。


 気が付くと、英之は警察にいた。目の前には警察官がいる。刑事ドラマでよく見たあのシーンを、自分が体験している。まさか、自分がこうなってしまうとは。英之は泣いてしまった。これまでの成功が全て水の泡になったからだ。


 それから間もなく、英之は桜と離婚した。当然、泰正の親権は桜になった。それから、全く桜には会っていない。それから、英之は桜と泰正の事ばかりを考えている。2人とも、様々な所でいじめにあわないか心配だ。英之が飲酒運転で捕まり、刑務所の中だからだ。どんなに願っても、桜と泰正には会えないだろう。


 英之は毎晩、2人で過ごした日々を思い出しながら、考えている。もしもあの時、飲んでいなかったら、事故を起こしていなかったら、自分の人生は変わっていたのに。平凡な日々を送っていたのに。なのに、もう過去には戻れない。

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