**「結婚するまでは触れない」という俺の堅い信念は、副会長の焼きたてクッキーの香りの前にもろくも崩れ去りました
キャッチコピー案
*生徒会室での「古の儀式」、甘いもの嫌い(嘘)の俺が副会長の愛に負けるまで
思わぬ暇ができた。
生徒会執行部の仕事が、早く片付いてしまった。
普段は何かと忙しいが、たまにこういったぽっかりと空く日があった。
書き終えた書類を引き出しにしまい、頬杖をつく。
他の者はいない。
他の生徒会執行部の面々は、学園各所に出払っていた。
いつもは書類を整理しながらの軽口や、紙の擦れる音が聞こえるのに、静かなものだった。
生徒会室に無駄に大きなアンティーク時計があって、それがぼろんぼろんと午後3時を告げた。
「ふむ」
俺は立ちあがり、部屋の隅にあるティーセットで、一人分の紅茶を入れることにする。
「さて、たしか」
たしか戸棚に、差し入れのマドレーヌがあったな。
何時でも水の湧き出る魔法のポットを、給湯台の小さな魔法陣に置くと、勝手にお湯を沸かしてくれる。
俺は湯が沸く間に、戸棚の菓子をさがした。
「む」
なかなか見つからない。
あと4つ残っていたはずだが。
絶対に残っていたはずだ。
どこだ。
がさごそやっていると、後ろから声をかけられた。
「会長、マドレーヌならありませんよ」
「おかえりシャーロット、べつにマドレーヌなんて探してないさ」
俺は取り澄まして、戸棚に寄りかかる。
俺に声をかけたのは、副会長のシャーロットだった。
「ソフィアとローズマリーと一緒に、食べちゃいました、すみません」
「いやいいんだ、ただティーカップを探していただけさ」
「3人で4つ。残り一つはって思ってませんか?
私がトランプで勝って、2つ食べました」
「別にいいんだ、俺は甘いものが苦手でね」
「あら残念」
シャーロットが後ろ手に持っていた小さなバスケットを、顔の前まで持ち上げて揺らす。
微かに、焼き菓子の甘い香りが漂った。
「歴史調理研究部に行ったら、ワイロを貰ってしまいました。
500年前のクッキーを、完全再現しらたしいです。
でもクロード会長は、甘いもの嫌いだったんですね」
「実に、興味深い」
ソファーテーブルに、淹れたてのエーテルグラス(茶葉名)を2つ。
そしてまだ温もりの残る、古のクッキーを皿に盛った。
俺はクッキーを一本摘まみ、まじまじと見た。
「分かった形だな、黒鉛ペンシルのようだ。
古の人々は、こう言った形を好んでいたのか」
「これ儀式用らしいですよ」
「儀式? どんな?」
「知りたいですか?」
「後学のために」
「では失礼します」
シャーロットが立ち上がり、テーブルを回り込んで、俺の隣に座った。
「なぜ隣に?」
「こうやって使うらしいんです」
シャーロットがペンシルクッキーの端を咥えて、顔を突き出す。
自然ともう一方の端が、俺の前に突き出される事になる。
「なぜ……突き……出す?」
「んー」さらに突き出す。
「なっ」
意図はだいたい分かった。
だがそれに乗るとは限らない。
俺はシャーロットの口からクッキーを引き抜き、勝ち誇った目をして、リスのようにポリポリ齧る。
シャーロットが目を細めて、分かりやすく不機嫌になる。
「クロード王太子殿下、甘いものは御嫌いなのでは?」
「臨機応変と言ってくれ。それと突然の継承呼び、それだけで怒りを表すとは見事だ」
シャーロットがぷいっと横を向いて、新しいクッキーを摘まみポリポリ齧り出す。
俺からはシャーロットの小さな耳と、もきゅもきゅ動く頬っぺたしか見えない。
頬にかかる金髪が、斜に差し込む光のようだった。
「クロードさまは、婚約者の私のこと、いつも子供扱いいたしますのね」
まだ怒ってる、言葉がかたい。
「そんなことはないさ」
「触れてくださらないし」
「それは前にも言っただろう? 正式に結婚するまではと」
「みんな、触れ合っていますわ」
「よそはよそ、うちはうち」
「また、おばあちゃんみたいな事をおっしゃって」
「せめて、おじいちゃんにしてくれ」
「嫌ですわ、私おじいちゃんのいう事ななんて、聞かないと決めていますもの」
「ふふ、おじいちゃんと言ってくれた」
「ふふっ」
「ふふふ」
シャーロットが笑いながら、齧っていたポッ……クッキーを咥えなおす。
また「ん」っと言って、唇を突き出してきた。
「シャーロット?」
「ですからこれです。これなら触れないでしょ?」
クッキーを咥えタバコのように揺らし、シャーロットがにんまりする。
確かにこれは触れていない。
触れていないが、しかしっ。
「シャーロット、さっきよりも半分ほど短いのだが?」
「仕方ないです、食べてしまったんですもの。だから、んー」
俺は唇を尖らすシャーロットを、まじまじと見つめた。
遠くで、笑い合う生徒たちの声が聞こえる。
無駄に大きいアンティーク時計の秒針が、こつんこつんと時を刻ざんでいた。
「……シャーロット」
「なあに」
「歴史料理研究部で、500年前のクッキーを貰ったと言うのは本当かい?」
「さあどうでしょうか」
「それが本当でないなら、この儀式も本当はないのかな?」
「もっと言いますと、マドレーヌはまだありますわ。
私の机の引き出しに、隠してしまいましたの」
「俺が甘いものを好きだから?」
「マドレーヌがありますと、古の儀式をして下さらないでしょう?」
「そこまで俺のことを……」
俺はシャーロットの愛に吸い寄せられた。
一口齧り、もう一口齧る。
これはどこまで齧ればいいのだろうか?
聞いても、シャーロットは教えてくれないだろう。
最後のひと齧りをしたとき、シャーロットが甘い吐息を漏らした。




