パーティー
お店が軌道に乗ってから2年後。
リリア13歳、ウィル17歳の時。
とある客が『ローザの服屋』を訪れた。
カランカラン
「いらっしゃいませー……って」
「あ! 久しぶりだな、リリア!」
「ラウルお兄ちゃん!? どうしてここに?」
そう、とある客とはラウルのことであった。
「いや、たまたま親父がこっちに来る用事があってさ。リリアってば、急にいなくなってから音沙汰ないんだもん。心配してたらなんかいつの間にかこっちで成功してるしさぁ。色々びっくりしたぜ」
「あー、ごめんね。色々あってね……」
「まぁ元気そうならよかった。ところでリリアって、そのー、今気になってる奴とかいるの?」
「気になってる人?」
「そ。あーと、だから……好きな人ってこと」
「す……!?」
リリアの頭の中をよぎったのは、何故かウィルだった。
だがほんの一瞬のことで、きっと気のせいだろうと頭の奥に閉じ込めた。
「い、いないよ! そんな人!」
「あ、あーそうなのか。良かっ……いや、なるほどな! そろそろ年齢的に恋愛しててもおかしくないと思ってさ。なら……えっと、お、俺と──」
「リリアー、ただいま!」
タイミング悪く、ウィルが帰ってきた。そしてラウルの姿を目に留めるなり、速攻でリリアの前に立ちはだかる。
「おや、これはこれは幼なじみのラウル君ではないですか」
「な、なんだよウィル。気持ち悪いなぁ」
ラウルはバツの悪そうな顔をして、顔を逸らす。
「とにかく、リリアに会えてよかった。まだこっちに滞在するから、顔出すな。じゃっ」
そう言うとラウルはそそくさと去って行った。
「なんだ、あいつ何しに来たんだ?」
「わかんない。でも久しぶりに会えて良かった!」
「まぁ、元気そうだったな。……そうだリリア、これお土産」
そう言って、ウィルは小包を手渡す。
「わー、なになに? ……わ! 美味しそうなクッキー! ありがとう」
「どういたしまして。さて、父上と母上にも差し入れするか。今頃2人とも疲れてるだろ」
「うん!」
ここ数年で、ウィルはリリアの父と母を父上と母上と呼ぶようになった。
リリアに対しても、本当の妹のように接している。
だがリリアに対しての感情は相変わらず恋愛感情であった。あと1年。あと1年経てば兄妹の関係ではなくなる。そうしたら、リリアに対してこの感情を表に出せる。そのための布石を今から打っておく。
既にリリアの両親へはリリアに対する恋心を打ち明けている。そして18になったら自分の薬屋のお店を持てるように計画している。
そのために今たくさん働いて資金を貯めているのだ。
リリアはモテる。何せ絶世の美少女だ。それに昔は天真爛漫すぎるところもあったが、歳を重ねるにつれ落ち着きも持ち、おしとやかな一面も持つようになった。それに今のところリリアからは、好きな人の話は聞いたことがない。
まぁ、アプローチをかけようとする人たちは僕が排除しているから、当然だけれど。
後はリリアに僕を好きになってもらうだけ。どうしようか。1年後が楽しみだ。
そんな事を考えながら日々を過ごしていたある日。
ランベル家宛に1つの手紙が届いた。
送り主は、なんと国王陛下から。何でも今度王家が主催するパーティーに参加してほしいとの事だ。元は公爵家とは言え、今は平民の身でありながら王都のドレスに1大ブームを巻き起こした一家ということで、王家としてもここらでつながりを持とうということなのである。
ローザは張り切って、自分たちのドレスやタキシードをデザインし作り上げた。パーティーの場= 宣伝の場所である。この一大イベントに乗っからないわけがなかった。
パーティーマナーは元貴族である両親は問題ないとして、娘であるリリアや義理とはいえ息子であるウィルは今まで経験がないことである。そのためパーティー当日まで両親からのスパルタ講習が行われた。その結果、どうにか合格点をもらえる位にはなった。
そして、パーティー当日。
リリアは首元や胸元はしっかりとカバーされているが、肩の部分が露出し腰元に大きめのリボンがついたアメジスト色のAラインドレス 。
対してウィルは黒のタキシードだが、胸元にチェリーピンクのハンカチをチラ見せして入れている。両親がお互いエスコートするのだからと、お互いの色で合わせたコーデに仕立てた。
メイクや髪の毛はプロに任せ、女性陣が完成するのには3時間もの時間が掛かった。
そして完成したリリアを見たウィルは、思わず硬直してしまった。
美少女だとは思っていたが、きちんとした格好をすると並の貴族よりも貴族らしく見える。透き通る肌、ほんのり染まった頬、ぷるぷるの唇。エスコートの為腕を組んだ瞬間、今はまだ兄妹で良かった! と思うウィルであった。
そしてパーティー会場入りすると、そこにはこちらに視線を寄せてコソコソと話す貴族の多い事。きっとリリアが綺麗だからだな、とウィルは思っていたが、実際は、ウィルも艶やかな黒髪を目にかからないようかきあげ、宝石のようなアメジスト色の瞳をゆっくりと瞬かせる様は、王子にも負けず劣らずの美貌である。そのため、ご令嬢からは熱い視線を集めているのである。
そんなご令嬢の視線を一心に集めているウィルを見て、リリアはなぜか胸が苦しくなった。そのことに疑問を持つも、王族の入場のファンファーレが鳴り響いたため、視線をそちらに切り替えた。
最後に入ってきた国王陛下は、今年41歳になるダンディなおじ様だ。
「皆の者、よくぞ集まってくれた。今夜はよく食べ、よく飲み、楽しんでいってくれ。乾杯!」
『乾杯!』
国王陛下の音頭に合わせて皆がお酒やジュースを飲む。
その後は位の高い貴族から順に国王陛下へと挨拶に向かい、その後は歓談の場となる。
ランベル家は平民の為、一番最後の予定だ。
それまで滅多に食べれない食事を楽しもうとリリアとウィルは腕を組みながらテーブルへ向かう。
すると道中、強い視線を感じてそちらをチラリと見やる。そこにはこの国の第一王子であるムタルドが居た。こちらを……というよりはリリアをじっと見つめている。
なんだか嫌な予感がしたウィルはその視線から遮るようにリリアを食事のテーブルに誘導した。
幸いリリアは視線に気づいてないようで、豪勢な料理に目を輝かせている。
そうして料理に舌鼓を打ち、ついに国王陛下への挨拶の順番になった。
ウィルは陛下の御前に着き、リリアのカーテシーとタイミングを合わせてボウ・アンド・スクレープで挨拶をする。
陛下からは頷きが帰ってきた。メインで話をしたいのは両親の方らしい。
リリアとウィルはホッとしながら御前を辞した。
──と思いきや、第一王子であるムタルドが声を掛けてきた。
「少し待て。リリア……と言ったか」
リリアは突然王子に話しかけられ、緊張した面持ちで返事をする。
「初めまして、リリア・ランベルと申します」
「ああ、私はムタルド・トワール。リリア嬢、よろしければ私と一曲踊っていただけないか」
ここで断るのは不敬に当たる。だがいくら両親からスパルタ講習を受けたとはいえ、ダンスには自信がない。どうしたものかと悩んでいると、ウィルが助け舟を出す。
「ムタルド殿下、恐れながら私どもは平民でして。碌にダンスをしたことがございません。どうかこの場でのダンスは控えさせていただけないでしょうか」
するとムタルドはリリアを見つめ、こう言った。
「リリア嬢、ならば少し外に出ないか。そこでなら人目もなく踊れるだろう」
リリアは戸惑った。
王子とは言え見ず知らずの人と2人きりになるのはどうなのだろう。
思わず縋るようにウィルに視線を送る。
するとウィルは心得たとばかりに視線で頷き、こう言った。
「それではムタルド殿下、妹はまだ幼いゆえ粗相があってはなりません。私が見守りますので、どうぞ外へ」
「な……っ」
あくまでこちらに非があるような言い回しでリリアとムタルドを2人きりにはさせないつもりのウィル。そんなウィルに機嫌を損ねたムタルドは、ここが公共の場であることを思い出したのかすんでで言葉を止めた。
そして小さく舌打ちすると、「失礼する」と一言発して踵を返した。
その様子を眺めていたウィルは、内心苛立ちながらもその様子をおくびにもださずリリアを伴って壁際へと移動した。
その後は特に話しかけられることもなく(ご令嬢はウィルに話しかけたそうにしてたし、男性陣にはウィルが視線で牽制していたが)、無事パーティーは終わった。