公爵家
それから3年の月日が流れた。
ウィルは15歳になり、リリアは11歳になった。ウィルはリリアたちの家族になってから、今まで培った薬草学の知識を生かし、村の人々の病気や怪我を治療したりして村へと馴染んでいった。隣の家のラウルは急にリリアの兄になったウィルを警戒し、事あるごとにつっかかってきたが、リリアが純粋にウィルを兄として慕っているのを感じると何も言わなくなった。
ただし、ウィルのリリアを見る目が兄と言うよりは愛しい人を見つめる視線であることに気づいており、同情するような目でウィルを見ている。そんな視線にウィルは気づいていたが、ラウルもリリアから一向に恋愛対象として見られていないことを知っていたため、気にしていなかった。
そんなある日、ランベル家に衝撃が走る出来事が起きた。
それは1つの手紙から始まった。
リリアの父が受け取った手紙は、ローザの実家からの手紙だった。
その内容とは、『公爵家当主であるローザの兄、ダンテ・カルディナーレが急逝した。至急実家へ戻られたし』との事だった。
その手紙を読んだ両親は、リリアとウィルを連れて急遽王都の公爵邸へと向かうことになった。
ウィルはもちろん、ローザが公爵家のご令嬢だとは知らなかったが、リリアもまた寝耳に水であった。通りで、ローザには平民にはない気品があったし、どことなく言葉遣いがお嬢様のような話し方であった事は納得である。
それに通常平民は、両親のことを父さん母さんなどと呼ぶのに対して、リリアにはお父様お母様と呼ばせていた謎が解けたウィルであった。
そうして急遽王都へと向かうようになったランベル家一向は、3日かけて公爵邸へと到着した。
道中にローザから事情を説明されたウィルとリリアは、あまりにも物語のような話に驚愕した。
もともと公爵令嬢であったローザは、格下である男爵家の令息である父と、偶然ダンスパーティーで出会った。それも、父がつんのめって転んだ先に母であるローザがおり、押し倒す形で倒れ込んだのだ。
その時お互いに雷に打たれたような衝撃が走り、一目惚れをしたのだと言う。その後は周囲に反対されながらも、お互いに家から離れるという条件の元、結婚が許されたとのことだ。
今回急逝した公爵家当主とはローザの兄にあたる。そして、ローザの兄には、子供がいなかった。公爵家は2人兄妹。当主を引き継げるのはローザしかいなかった。
ランベル家一行が公爵家へと到着したとき、出迎えてくれたのは亡き当主であるローザの兄の奥方であった。
とても憔悴している様子で、ローザ達を見るなり泣き崩れてしまった。
その後の話し合いで、奥方は実家に戻り静養することに決まり、ローザが急遽公爵家当主代理を務めることになった。なぜ代理なのかと言うと、ローザはもうすでに結婚しており、ランベル姓へと変わっている。
そのため、公爵家が当主にふさわしい人物を養子に迎えるまでのつなぎとして、ローザが代理となったのである。
ウィルは内心安堵していた。これがきっかけでリリアが公爵家令嬢となれば、自分が成人したとき、身分差によって結婚できなくなってしまう。よって代理であることに心底ほっとしていた。
ローザが公爵家当主代理となってから3ヶ月後。遠縁のものが公爵家を継ぐことが決まった。それまでの間、ランベル家は公爵家での生活を余儀なくされていた。
しかし、その間わかったことがある。
それは、ローザが作った服が王都ではとてつもない人気で売れているということだ。
ローザ自身も、いつも行商人に売っていたため、ここまで人気だとは思っていなかった。王都のおしゃれなお店に並んだローザ印の服が飛ぶように売れているのを見て、リリアの両親は考えた。王都に店を出そうと。
そうと決めた2人は、今まで貯蓄していたお金を切り崩し、王都のはずれに小さな店を作った。その名も『ローザの服屋』。
開業するにあたって、リリアとウィルもできる限りのことを手伝った。リリアは母に似て手先が器用で、ちょっとした服なら1人で仕立てられるし、ウィルは実の両親のお店を手伝っていたため、少しなら経営の仕方がわかる。
そうして二人三脚でお店を開業した結果、3ヶ月で大幅な黒字を達成した。
そのおかげで王都にこじんまりとしているが、家を建て、家族4人で暮らせるようになった。人生は何が起こるかわからないものだとしみじみ思った出来事であった。
そうして、お店が軌道に乗ったある日。
リリアは、いつものようにお店の開店準備をしていた。お店の奥では父と母が掃除をしたり、お釣りの用意をしたりしている。ウィルは特別なお客様用のハーブティーを用意している。これがなかなか人気で、ウィルはウィルでお店をやっても良いのではないかと、密かにリリアは思っている。
「リリア、開店準備はできたかい?」
「あ、ウィルお兄ちゃん。うん、できたよ」
「そうか。あー、なんだ。リリア、これ、やる」
「え?」
そう言って、ウィルがリリアに渡したのは、可愛らしい猫の顔をした小物入れだった。
「わあ、ありがとう! これどうしたの?」
「いや……今日、リリア誕生日だろ?」
「あ! そうだった!」
「おいおい、自分の誕生日忘れるなよ」
「えへへ……」
リリアはまじまじと猫の小物入れを眺める。黒猫にアメジストの目のそれは、どことなくウィルを思い起こさせる。
「でもなんで? いつもプレゼントは夕飯の時にくれるじゃない」
「あー、と。その……今日の夜は、連れて行きたい場所があるんだ」
「連れて行きたい場所?」
「そう。何か用事あるか?」
「ううん、ないよ」
「そうか。じゃあ夜、楽しみにしてて」
そう言ってウィルはリリアの頭をポンと撫でた。リリアは頭の上にハテナを浮かべながらも、久々のウィルとのお出かけに胸を弾ませるのだった。