第24話 「ヤンデレ対決、病室の惨劇」
十二月八日。
元樹は今日も学校を休んで、病院に向かっていた。
朝の冷たい空気が頬を刺す。
息を吐くと、白い湯気が立ち上る。
「もう冬だな……」
小さく呟きながら、コートのポケットに手を突っ込む。
電車に揺られながら、窓の外を見る。
通勤する人々、登校する学生たち。
みんな、それぞれの日常を生きている。
「俺も……普通に学校に行きたいな」
そう思いながらも、足は病院に向かっている。
奈々美のために。
それが今の自分にとって、一番大切なこと。
駅に着いて、病院までの道を歩く。
いつもの道。
もう何度も通った道。
病院の入り口が見えてくる。
白い建物。
清潔な雰囲気。
でも、どこか冷たい。
「おはようございます」
受付の看護師に挨拶する。
「おはようございます、渡部さん」
看護師も笑顔で返してくれる。
もう顔を覚えられている。
エレベーターで三階に上がる。
廊下を歩いて、奈々美の部屋に向かう。
ドアの前で、少し深呼吸をする。
(今日も、元気でいてくれ)
ノックをする。
「はい」
奈々美の声が聞こえる。
ドアを開けると、奈々美がベッドに座っていた。
「元樹くん!」
奈々美の顔が明るくなる。
「おはよう、奈々美」
元樹は笑顔で答える。
「今日も来てくれたんだ」
奈々美が嬉しそうに言う。
「当たり前だろ」
元樹は椅子に座る。
「毎日来るって、約束したじゃないか」
「うん……」
奈々美が頷く。
「でも、学校……大丈夫なの?」
その問いに、元樹は少し困った顔をする。
「まあ……なんとかなるよ」
「ごめんね……」
奈々美が俯く。
「私のせいで、学校休んで……」
「謝らないで」
元樹が奈々美の手を握る。
「俺が来たいから、来てるんだ」
その言葉に、奈々美の目に涙が浮かぶ。
「元樹くん……」
「ありがとう……」
二人は手を繋いだまま、しばらく黙っていた。
窓の外では、冬の日差しが差し込んでいる。
「そういえば」
奈々美が口を開く。
「なに?」
「もうすぐ……私の誕生日なの」
その言葉に、元樹は目を見開く。
「誕生日? いつ?」
「12月15日」
奈々美が答える。
「あと一週間……」
「そうか」
元樹は考え込む。
「何かプレゼント、欲しいものある?」
その質問に、奈々美は少し考えてから答えた。
「プレゼントは……いらない」
「え?」
元樹は驚く。
「でも、お願いが一つあるの」
奈々美が元樹を見つめる。
「お願い?」
「うん」
奈々美が頷く。
「15日の日……一日中、一緒にいてほしいの」
その言葉に、元樹の胸が温かくなった。
「もちろん」
元樹は即座に答える。
「一日中、奈々美と一緒にいる」
「本当!?」
奈々美の顔が輝く。
「ああ」
元樹が頷く。
「朝から晩まで、ずっと一緒だ」
「嬉しい……」
奈々美が涙ぐむ。
「一日中、元樹くんと一緒……」
「夢みたい……」
その純粋な喜びに、元樹も胸が熱くなる。
「俺も嬉しいよ」
元樹が微笑む。
「奈々美の誕生日を、一緒に祝えるなんて」
「元樹くん……」
奈々美が元樹の手を両手で握る。
「大好き……」
「世界で一番、大好き……」
その言葉に、元樹は何も言えなくなった。
ただ、奈々美を優しく抱きしめた。
「俺も……奈々美が大切だ」
元樹が囁く。
「これからも、ずっと一緒だ」
「うん……」
奈々美が元樹の胸に顔を埋める。
「ずっと、ずっと一緒……」
二人は抱き合ったまま、時間が止まったように感じた。
窓の外では、冬の日差しが二人を照らしている。
温かい光。
でも、その温かさは――
やがて訪れる冷たい現実を、一時的に忘れさせてくれるだけだった。
しばらくして、二人は離れた。
「そういえば」
元樹が話題を変える。
「最近、体調はどう?」
「うん……」
奈々美が答える。
「元樹くんの血のおかげで、すごく良くなってる」
「そうか」
元樹が安心する。
「良かった」
「でもね」
奈々美が続ける。
「もっと元樹くんの血が欲しいな」
その言葉に、元樹は少し驚く。
「え?」
「だって」
奈々美が微笑む。
「元樹くんの血が、私の中を流れるの」
「それって……すごく幸せなことなの」
その言葉の意味を、元樹は完全には理解できなかった。
でも、奈々美が幸せそうなら、それでいい。
「そうか」
元樹が頷く。
「じゃあ、また輸血が必要になったら、言ってくれ」
「うん!」
奈々美が嬉しそうに頷く。
「約束だよ」
二人は再び手を繋いだ。
午後二時。
元樹は奈々美の部屋を出た。
「じゃあ、また明日来るよ」
「うん」
奈々美が微笑む。
「待ってるね」
「ああ」
元樹はドアを閉めて、廊下を歩き始めた。
エレベーターに向かう途中、看護師とすれ違う。
「こんにちわ」
「こんにちわ」
元樹は頭を下げる。
エレベーターのボタンを押す。
扉が開いて、中に入る。
一階のボタンを押す。
ゆっくりと降りていく。
(奈々美、元気になってきてる)
元樹は安心する。
(このまま、良くなってくれれば……)
エレベーターが一階に着く。
扉が開く。
元樹は病院を出て、駅に向かった。
その後ろ姿を――
遠くから見つめている影があった。
玲だった。
「……元樹」
小さく呟く。
「今日も……奈々美さんのところに」
玲の手が、強く握られる。
爪が手のひらに食い込む。
「……っ」
でも、痛みは感じない。
心の痛みの方が、もっと痛いから。
玲は元樹が完全に見えなくなるまで、じっと見つめていた。
そして――
病院の入り口に向かった。
受付で、面会の手続きをする。
「柊奈々美さんの面会です」
「はい、三階の302号室です」
看護師が答える。
「ありがとうございます」
玲はエレベーターに乗る。
三階のボタンを押す。
ゆっくりと上がっていく。
胸の鼓動が、激しくなる。
(久しぶりに……会う)
(奈々美さんに)
エレベーターが三階に着く。
扉が開く。
廊下を歩く。
301、302。
302号室。
奈々美の部屋。
玲はドアの前で、深呼吸をする。
(落ち着いて)
(冷静に)
ノックをする。
「はい」
奈々美の声が聞こえる。
ドアを開ける。
「こんにちは」
玲が入ると、奈々美は驚いた表情を見せた。
「上野さん……?」
「お見舞いに来たの」
玲が微笑む。
でも、その笑顔は――どこか冷たい。
「そう……」
奈々美も微笑む。
同じように、冷たい笑顔。
「ありがとう」
玲は椅子に座る。
二人の間に、沈黙が流れる。
空気が張り詰めている。
「体調は……どう?」
玲が聞く。
「良くなってるわ」
奈々美が答える。
「元樹くんのおかげで」
その名前を聞いて、玲の表情が変わる。
「……そう」
「うん」
奈々美が続ける。
「元樹くんが、毎日来てくれるの」
その言葉が、玲の心に突き刺さる。
「知ってる」
玲が答える。
「今日も、会ってたんでしょ」
その言葉に、奈々美の目が鋭くなる。
「見てたの?」
「たまたま、見かけただけ」
玲は嘘をつく。
「そう……」
奈々美が頷く。
「元樹くん、すごく優しいのよ」
奈々美が続ける。
「毎日、私のこと心配してくれて」
「そして……」
奈々美の目が、危険に光る。
「私に、血をくれたの」
その言葉に、玲は息を飲む。
「血……?」
「うん」
奈々美が頷く。
「私、急性骨髄性白血病なの」
「血小板が減って、輸血が必要で」
奈々美が続ける。
「元樹くんが、ドナーになってくれたの」
「元樹くんの血が……」
奈々美が自分の胸に手を当てる。
「今、私の中を流れてるのよ」
その言葉に、玲の顔が青ざめた。
「……っ」
「すごいでしょ?」
奈々美が得意げに微笑む。
「私と元樹くん、血で繋がったの」
「文字通り、一つになったのよ」
その宣言に、玲の拳が強く握られる。
爪が手のひらに食い込んで、血が滲む。
「それって……」
玲が震える声で言う。
「それって……ずるいじゃない」
「ずるい?」
奈々美が首を傾げる。
「血で繋がるなんて……」
玲が続ける。
「私には……できないことじゃない」
「そうね」
奈々美が冷たく微笑む。
「上野さんには、できないわね」
その言葉が、玲の心を抉る。
「でも……」
奈々美が続ける。
「これが運命なのよ」
「元樹くんと私は、運命で結ばれてるの」
「血で、命で、全てで」
その言葉に、玲の中で何かが弾けた。
「運命……?」
玲が立ち上がる。
「ふざけないで」
その声は、静かだが――怒りに満ちていた。
「元樹は……」
玲が続ける。
「元樹は、私の幼馴染なのよ」
「小さい頃から、ずっと一緒だったの」
「あなたなんかより、ずっと長く一緒にいたの」
その言葉に、奈々美は笑った。
「長さが問題じゃないわ」
「大切なのは……」
奈々美が玲を見つめる。
「元樹くんの心が、誰を向いているか」
「そして今……」
奈々美が続ける。
「元樹くんの心は、私に向いてるの」
「元樹くんの血も、私の中にあるの」
その事実を突きつけられて、玲は何も言えなくなった。
「認めたくないでしょう?」
奈々美が続ける。
「でも、これが現実よ」
「元樹くんは……もう、あなたのものじゃない」
その言葉が、玲の最後の理性を奪った。
「黙れ……」
玲が小さく呟く。
「え?」
「黙れって言ってるの!」
玲が叫ぶ。
その声に、廊下の看護師が驚いて部屋を覗く。
「どうかしましたか?」
「大丈夫です」
奈々美が笑顔で答える。
「友達と、少し話が盛り上がっただけです」
「そうですか……」
看護師は納得していない様子だったが、去っていった。
ドアが閉まる。
再び、二人きり。
「上野さん」
奈々美が冷たい声で言う。
「もう帰ったら?」
「ここは、病院よ」
その言葉に、玲は歯を食いしばる。
「……わかった」
玲が椅子から立ち上がる。
「でもね、柊さん」
玲が振り返る。
「私……やっぱり諦めない、元樹には幸せになってほしいって言ったけど」
「元樹は……いつか、私の側に戻ってくるから」
その宣言に、奈々美は笑った。
「無理よ」
「元樹くんは、もう私のもの」
「血で繋がった、私のもの」
「誰にも……渡さない」
二人の視線が、激しくぶつかり合う。
火花が散るような緊張感。
「……っ」
玲は何も言わずに、部屋を出た。
ドアが閉まる音が、静かに響く。
残された奈々美は、窓の外を見つめた。
「上野玲……」
小さく呟く。
「まだ諦めてないのね」
奈々美の口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
「でも、無駄よ」
「元樹くんは……もう、私から離れられない」
「血で繋がった以上、永遠に」
その確信に満ちた言葉と共に、奈々美は静かに笑った。
一方、病院を出た玲は、冷たい風に吹かれていた。
「……っ」
拳を握りしめる。
「血で繋がった……」
その言葉が、何度も脳裏に蘇る。
「そんなの……」
「そんなの……ずるいじゃない……」
涙が溢れそうになる。
でも、堪える。
ここで泣いたら、負けだ。
「私は……」
玲が呟く。
「私は……諦めない」
「絶対に……」
その決意と共に、玲は病院を後にした。
しかし――
その心の中には、確実に暗い感情が渦巻いていた。
嫉妬。
憎悪。
そして――
歪んだ愛情。
玲の中の「ヤンデレ」奈々美の一言によって、完全に覚醒しようとしていた。
同じ日の夕方。
光明と未菜は、駅前のカフェにいた。
「未菜、ケーキ美味しい?」
光明が聞く。
「うん! すごく美味しい」
未菜が笑顔で答える。
二人は、放課後のデートを楽しんでいた。
「光明くん、最近忙しそうだったから……」
未菜が続ける。
「こうやって会えて、嬉しい」
「俺も」
光明が微笑む。
「未菜と一緒にいると、落ち着くんだ」
その言葉に、未菜の頬が赤くなる。
「もう……」
「本当だよ」
光明が続ける。
「元樹のことで、色々心配してたけど……」
「未菜がいてくれるから、頑張れる」
その真剣な表情に、未菜の心が温かくなった。
「光明くん……」
二人は見つめ合う。
周りの喧騒が、遠くに感じられる。
「あの……」
未菜が口を開く。
「元樹くんのこと……最近、どう?」
その質問に、光明は少し考えてから答えた。
「正直……心配だ」
「毎日、病院に通ってるらしいし」
「学校も、もう一週間以上休んでる」
光明が続ける。
「柊さんの病気が重いのは分かるけど……」
「元樹も、体調崩すんじゃないかって」
その心配そうな表情を見て、未菜も不安になる。
「そうだよね……」
「玲ちゃんも……」
未菜が続ける。
「最近、すごく様子がおかしいの」
「上野も?」
「うん」
未菜が頷く。
「元樹くんと別れてから、ずっと元気なくて」
「学校には来てるけど、心ここにあらずって感じで」
その言葉に、光明は深刻な表情になる。
「やっぱり……」
「何?」
「元樹と柊さんが付き合ったことで……」
光明が続ける。
「色々なことが、狂ってしまった気がする」
その言葉に、未菜も頷く。
「私も……そう思う」
二人は黙り込む。
しばらくして、未菜が口を開いた。
「でも……」
「私たちにできることって、何だろう」
その問いに、光明は答えられなかった。
「……わからない」
「でも、見守るしかないのかな」
光明が続ける。
「元樹も、上野も……」
「自分たちで答えを見つけないといけない」
その言葉に、未菜は少し寂しそうに頷いた。
「そうだね……」
二人は再び黙り込む。
でも、その沈黙は――重く、暗いものだった。
「あ、そうだ」
未菜が話題を変える。
「光明くん、来週の日曜日、空いてる?」
「来週? たぶん大丈夫だけど」
「じゃあ、映画見に行かない?」
未菜が提案する。
「新しいアクション映画、やってるんだって」
「いいね」
光明が笑顔を見せる。
「行こう」
「やった!」
未菜が嬉しそうに言う。
二人の会話が、少し明るくなる。
でも――その時、窓の外を誰かが通り過ぎた。
「あ……」
未菜が声を上げる。
「どうした?」
「今……玲ちゃんが通った気がする」
その言葉に、光明も窓の外を見る。
確かに、玲の後ろ姿が見えた。
「本当だ」
「でも……」
未菜が続ける。
「玲ちゃん、こんな時間に何してるんだろう」
その疑問に、光明も首を傾げる。
「わからないけど……」
「様子、おかしくない?」
光明が言う。
「うん……」
未菜も頷く。
玲の歩き方は、どこかおかしかった。
まっすぐ歩いているようで、ふらふらしている。
まるで、夢遊病患者のような。
「ちょっと……」
未菜が立ち上がる。
「玲ちゃんの後、追ってみない?」
「え?」
「心配なの」
未菜が真剣な表情で言う。
「玲ちゃん、最近本当におかしいから」
「何か……危ないことしないか、心配で」
その言葉に、光明も立ち上がった。
「わかった」
「行こう」
二人は会計を済ませて、カフェを出た。
玲の後ろ姿は、まだ見える距離にある。
「静かについて行こう」
光明が囁く。
「うん」
二人は距離を保ちながら、玲の後を追い始めた。
玲は商店街を抜けて、住宅街に入っていく。
「どこに行くんだろう……」
未菜が小声で言う。
「わからない……」
光明も答える。
玲は時々、立ち止まる。
何かを考えているような。そして、また歩き出す。
「……っ」
未菜が光明の腕を掴む。
「どうした?」
「玲ちゃん……」
未菜が指差す。玲が、家の前で立ち止まっていた。
その家は――
「あれって……」
光明が気づく。
「元樹の家じゃないか?」
「え……」
未菜も驚く。
「本当だ……」
玲は、家の入り口を見つめている。
じっと。
動かずに。
まるで、石像のように。
「何してるの……?」
未菜が心配そうに言う。
「まさか……」
光明が続ける。
「元樹を待ってる?」
「でも、元樹くんは家にいるのかな?……」
未菜が言う。
「どうだろう……」
二人は遠くから、玲の様子を見守る。
5分。
10分。
15分。
玲は、ずっと立ち続けている。
動かない。ただ、家の入り口を見つめている。
「これ……」
未菜が震える声で言う。
「これ、やばくない……?」
「ああ……」
光明も頷く。
「完全に、ストーカーじゃないか……」
その言葉に、未菜は背筋が寒くなった。
「玲ちゃん……」
「一体、何を考えてるの……」
二人が見守る中、玲はついに動き出した。
でも――
チャイムを鳴らすこともなく。その周りを、ぐるぐると歩き始めた。
何度も。
何度も。
まるで、何かを探すように。
「おかしい……」
光明が呟く。
「完全に、おかしい」
「光明くん……」
未菜が不安そうに言う。
「どうしよう……」
「声をかける?」
光明が提案する。
「でも……」
未菜が迷う。
「今の玲ちゃんに声かけたら……」
「何されるか、わからない……」
その言葉に、光明も黙り込む。
確かに。
今の玲は、普通じゃない。
何をするか、予測できない。
「とりあえず……」
光明が決断する。
「今日は、見守るだけにしよう」
「でも、明日……」
「明日、元樹に連絡する」
光明が続ける。
「この状況、知らせないとまずい」
「うん……」
未菜も頷く。
「そうしよう」
二人は、玲が視界から消えるまで見守り続けた。
そして――
玲が去った後、二人は重い足取りで帰路についた。
「光明くん……」
未菜が小声で言う。
「怖いね……」
「ああ……」
光明も頷く。
「玲が……あんな風になってるなんて」
「元樹くんとの別れが……」
未菜が続ける。
「相当、ダメージだったんだね」
「ああ……」
光明は拳を握る。
「くそ……」
「俺たちが、もっと早く気づいてれば……」
「光明くんのせいじゃないよ」
未菜が慰める。
「誰も……予想できなかったよ」
その言葉に、光明は何も言えなかった。
ただ――
胸の中に、重い罪悪感が残った。
友達を、助けられなかった。
そして今――
友達は、壊れかけている。
「明日……」
光明が呟く。
「明日、絶対に元樹に連絡する」
「うん」
未菜も頷く。
「お願い」
二人は、それぞれの家に帰っていった。
でも、心は重いままだった。
夜。
元樹は自分の部屋で、宿題をしていた。
学校を休んでいる間の課題が、山積みになっている。
「はぁ……」
ため息をつく。
「こんなに溜まってたのか……」
ノートを開いて、問題を解き始める。
でも、集中できない。
頭の中は、奈々美のことでいっぱいだった。
「15日……」
小さく呟く。
「奈々美の誕生日」
「何か、特別なことしてあげたいな」
そう考えながら、スマホを手に取る。
ネットで、誕生日プレゼントを検索する。
「アクセサリー……」
「服……」
「本……」
様々な候補が出てくる。でも、どれもピンとこない。
「奈々美が本当に喜ぶものって……」
考え込む。
その時、スマホが震えた。光明からのメッセージだった。
『元樹、明日話があるんだ。学校に来てくれないか?昼休み、屋上に来てくれ』
その内容に、元樹は首を傾げる。
『話? 何かあったのか?』
すぐに返信する。
しばらくして、光明から返事が来た。
『詳しくは明日話す。大事なことなんだ』
その真剣な口調に、元樹は不安になる。
『わかった。明日、学校行くよ』
『頼む』
やり取りはそこで終わった。
元樹はスマホを置いて、天井を見つめる。
「光明が……何を話すんだろう」
不安が込み上げる。
でも、今は考えても仕方ない。
「明日……」
「明日、聞けばわかる」
元樹は再び、宿題に取り掛かった。
でも――
集中できないまま、時間だけが過ぎていった。
同じ頃。
玲は自分の部屋で、ベッドに横になっていた。
天井を見つめながら、考え続けている。
「元樹……」
小さく呟く。
「奈々美さん……」
二人の顔が、脳裏に浮かぶ。
「血で繋がった……」
その言葉が、何度も蘇る。
「そんなの……」
拳を握りしめる。
「そんなの……認めない」
「元樹は……」
玲が続ける。
「元樹は、私のものなのに……」
その執着は、もはや病的だった。
正常な恋愛感情を、完全に超えている。
「どうすれば……」
玲が自問する。
「どうすれば、元樹を取り戻せる……」
様々な考えが、頭の中を巡る。
でも、どれも現実的ではない。
「……っ」
苛立ちが募る。
「奈々美さんが……」
玲が呟く。
「奈々美さんが……いなければ……」
その瞬間。
玲の中で、何かが弾けた。
「そうだ……」
玲が起き上がる。
「奈々美さんが……いなくなれば……」
その考えに、玲自身も驚く。
「私……何を考えてるの……」
でも――
その考えは、消えなかった。
むしろ、どんどん大きくなっていく。
「もし……」
玲が続ける。
「もし、奈々美さんが……」
その先を、口にすることはできなかった。
でも、心の中では――
確実に、暗い計画が形作られていた。
「……っ」
玲は頭を抱える。
「私……おかしくなってる……」
自覚はある。
でも、止められない。
元樹への想い。
奈々美への憎悪。
その二つが混ざり合って、玲を狂わせていく。
「でも……」
玲が呟く。
「私には……これしか方法がない……」
その決意と共に、玲は立ち上がった。
机の引き出しを開ける。
そこには――
カッターナイフが入っていた。
「これで……」
玲がカッターナイフを手に取る。
「これで……全て終わらせる……」
その目は、もはや正気ではなかった。
完全に――
「ヤンデレ」に堕ちていた。
窓の外では、月が輝いている。
綺麗な満月。
でも、その光は――
玲の心の闇を、照らすことはできなかった。
翌日。
元樹は久しぶりに学校に来ていた。
「おお、元樹!」
クラスメートが声をかけてくる。
「久しぶりだな」
「ああ……」
元樹は笑顔で答える。
「ちょっと色々あって」
「体調悪かったのか?」
「まあ……そんなところ」
元樹は曖昧に答える。
席に座ると、周りが集まってくる。
「元樹、大丈夫か?」
「勉強、遅れてない?」
「プリント、溜まってるぞ」
様々な声が飛び交う。
「ああ、ありがとう」
元樹は皆に感謝する。
でも――その中に、玲の姿はなかった。
「上野は……?」
元樹が聞く。
「ああ、玲なら……」
クラスメートが窓際を指差す。
「あそこにいるよ」
元樹が見ると、玲が一人で座っていた。
窓の外を、ぼんやりと見つめている。
「玲……」
元樹は席を立って、玲の元に向かおうとした。
でも――
「元樹」
光明が腕を掴む。
「今は、やめとけ」
「え?」
「後で説明する」
光明の真剣な表情に、元樹は頷いた。
「わかった……」
授業が始まる。
元樹は教科書を開くが、集中できない。
玲のことが、気になって仕方がない。
(何かあったのか……?)
そして――
光明が話すという「大事なこと」も。
昼休み。
元樹と光明は、約束通り屋上に来ていた。
「それで……」
元樹が聞く。
「話って何?」
光明は深呼吸をしてから、口を開いた。
「元樹……」
「昨日、未菜と一緒に……」
「上野を見たんだ」
その言葉に、元樹は首を傾げる。
「玲を?」
「ああ」
光明が頷く。
「でも……普通じゃなかった」
「普通じゃない?」
「ああ」
光明が続ける。
「上野、お前の家の前で……」
「ずっと立ってたんだ」
その言葉に、元樹は驚く。
「え……?」
「それも、一時間近く」
光明が真剣な表情で言う。
「動かずに、ずっとお前の家を見つめてた」
元樹の顔が、青ざめていく。
「そんな……」
「それだけじゃない」
光明が続ける。
「お前の家の周りを、何度も何度も歩き回ってた」
「まるで……」
光明が言葉を選ぶ。
「ストーカーみたいに」
その言葉が、元樹の胸に突き刺さる。
「玲が……」
「ああ」
光明が頷く。
「上野、完全におかしくなってる」
「お前と別れてから、ずっとおかしかったけど……」
「昨日の様子は、異常だった」
元樹は言葉を失う。
「そんな……」
「元樹」
光明が元樹の肩を掴む。
「お前、気をつけろよ」
「上野が……何するか、わからない」
その警告に、元樹は震えた。
「玲が……俺に……?」
「可能性は、ゼロじゃない」
光明が真剣に言う。
「特に……」
「特に?」
「柊さんに、何かするかもしれない」
その言葉に、元樹の血の気が引いた。
「奈々美に……?」
「ああ」
光明が頷く。
「上野、昨日病院に行ってたんじゃないか?」
「未菜が、そう言ってた」
元樹は思い出す。
確かに、昨日――
自分が帰った後、携帯で連絡を取っていた時、奈々美の様子が少しおかしかった。
「まさか……」
「元樹」
光明が続ける。
「柊を、守ってやれ」
「上野が、何かする前に」
その言葉に、元樹は強く頷いた。
「わかった……」
「ありがとう、光明」
「礼はいい」
光明が微笑む。
「俺たち、友達だろ」
「ああ……」
二人は拳を合わせた。
でも――
元樹の心は、重いままだった。
玲が、そこまで追い詰められていたなんて。
俺のせいだ。
俺が、玲を傷つけたから。
「……っ」
罪悪感が込み上げる。
「元樹」
光明が声をかける。
「お前のせいじゃない」
「え……?」
「お前が、自分を責めてるの、わかるよ」
光明が続ける。
「でも、お前は悪くない」
「お前は、自分の気持ちに正直になっただけだ」
その言葉に、元樹は少し救われる。
「光明……」
「だから、これ以上自分を責めるな」
光明が微笑む。
「今は、柊さんを守ることに集中しろ」
「ああ……」
元樹は頷いた。
「そうだな」
二人は屋上を後にした。
階段を降りながら、元樹は決意する。
(奈々美を……守らないと)
(玲から)
その決意と共に、元樹は教室に戻った。
でも――玲の席は、空いていた。
「玲……どこ行ったんだ……」
不安が込み上げる。
まさか――
「くそ!」
元樹は教室を飛び出した。
「元樹!?」
光明が追いかける。
「どうした!?」
「奈々美のところに行く!」
元樹が叫ぶ。
「玲が……奈々美のところに行ったかもしれない!」
その言葉に、光明も青ざめた。
「まずい!」
二人は全速力で、階段を駆け下りた。
でも――午後の授業が始まろうとしていて、先生に止められる。
「渡部! 木口! どこ行くんだ!」
「す、すみません!」
元樹が頭を下げる。
「緊急事態なんです!」
「緊急事態?」
「友達が……危ないんです!」
元樹の必死な表情に、先生は戸惑う。
「でも……」
「お願いします!」
元樹が土下座する。
「今すぐ行かせてください!」
その迫力に、先生は押される。
「……わかった」
「でも、後で説明しろよ」
「はい! ありがとうございます!」
二人は再び走り出した。
校門を出て、全速力で駅に向かう。
「間に合ってくれ……」
元樹が祈る。
「奈々美……」
「無事でいてくれ……」
二人は必死に走り続けた。
でも――病院は、ここから電車で30分。
間に合うのか。
それとも――すでに、遅いのか。
元樹の心は、恐怖で満たされていた。
同じ頃。
病院の三階。302号室。
奈々美の部屋。
ドアがノックされる。
「はい」
奈々美が答える。
ドアが開く。
そこには――玲が立っていた。
「こんにちは」
玲が微笑む。
でも、その笑顔は――どこか歪んでいた。
「上野さん……」
奈々美は警戒する。
「また来たの?」
「うん」
玲が部屋に入る。
「話があるの」
ドアが、静かに閉まる。
二人きり。
密室。
「話……?」
奈々美が聞く。
「ええ」
玲が近づいてくる。
「大事な話」
その目には――狂気が宿っていた。
「上野さん……」
奈々美が後ずさる。
「あなた……」
「私ね」
玲が続ける。
「決めたの」
「何を……?」
「あなたの……」
玲の手が、ポケットに入る。
「元樹の血が混ざってるあなたの血を……全部抜いてあげるって」
その瞬間。
玲の手には――
カッターナイフが握られていた。
「!!!」
奈々美の顔が青ざめる。
「やめて……!」
奈々美が叫ぶ。
でも――玲は、もう止まらなかった。
完全に――狂っていた。
「さようなら……」
玲が呟く。
「柊奈々美」
カッターナイフが、振り上げられる。
そして――
その時。
ドアが勢いよく開いた。
「奈々美!!!」
元樹の声が響く。
「!?」
玲が振り返る。
そこには――息を切らした元樹と光明が立っていた。
「元樹くん……!」
奈々美が涙を流す。
「玲!」
元樹が叫ぶ。
「何してるんだ!」
その声に、玲は我に返った。
手に握られたカッターナイフ。
目の前の奈々美。
そして――駆けつけた元樹。
「あ……」
玲の手から、カッターナイフが落ちる。
床に、カチャンと音を立てて落ちる。
「私……」
玲が震える。
「私……何を……」
その瞬間。
玲の中で、何かが崩れた。
理性の最後の砦が。
「あああああああ!!!」
玲が叫ぶ。
その叫びは――絶望と後悔と、狂気に満ちていた。
「玲!」
元樹が玲に駆け寄る。
「落ち着け!」
「触らないで!!!」
玲が元樹を突き飛ばす。
「私に……触らないで!!!」
そして――玲は部屋を飛び出した。
「玲!」
元樹が追いかけようとする。
「元樹!」
光明が止める。
「今は、柊さんを!」
その言葉に、元樹は我に返る。
「奈々美!」
元樹が奈々美に駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「元樹くん……」
奈々美が元樹に抱きつく。
「怖かった……」
「もう大丈夫だ……」
元樹が奈々美を抱きしめる。
「俺が守る……」
その言葉に、奈々美は安心する。
でも――心の中では、別のことを考えていた。
(上野玲……)
(あなた、完全に壊れたわね)
奈々美の口元に、小さく笑みが浮かぶ。
(これで……)
(元樹くんは、完全に私のもの)
その計算高い思考は――元樹には、気づかれなかった。
一方。
病院を飛び出した玲は、泣きながら走っていた。
「何を……」
「私、何をしようとしたの……」
涙が止まらない。
自分が、人を傷つけようとした。
その事実が、重くのしかかる。
「私……」
「私……もう……」
玲は走り続けた。
どこに行くのかも、わからないまま。
ただ――全てから、逃げたかった。
現実から。
自分から。
全てから。
「助けて……」
「誰か……助けて……」
その叫びは――
誰にも届かなかった。
冬の冷たい風が、玲の涙を乾かしていく。
でも――心の傷は、癒えることはなかった。
その夜。
元樹は奈々美の病室にいた。
「本当に……大丈夫か?」
元樹が心配そうに聞く。
「うん……」
奈々美が頷く。
「元樹くんが来てくれたから」
「ごめん……」
元樹が謝る。
「俺が、もっと早く気づいてれば……」
「元樹くんのせいじゃないよ」
奈々美が微笑む。
「上野さんが……おかしくなってただけ」
その言葉に、元樹は複雑な表情になる。
「玲……」
「元樹くん」
奈々美が元樹の手を握る。
「もう、上野さんのこと……」
「考えなくていいよ」
「でも……」
「今は……」
奈々美が続ける。
「私だけを、見て」
その言葉に、元樹は頷いた。
「ああ……」
「奈々美を、守る」
「うん……」
奈々美が嬉しそうに微笑む。
二人は手を繋いだまま、しばらく黙っていた。
窓の外では、夜の闇が広がっている。
冷たい。
暗い。
でも――部屋の中には、温かい光がある。
二人の間には、確かな絆がある。
血で繋がった、絆が。
「元樹くん」
奈々美が呟く。
「大好き……」
「俺も……」
元樹が答える。
「奈々美が、大切だ」
その言葉と共に、二人は抱き合った。
でも――その抱擁は。
どこか、歪んでいた。
奈々美の執着。
元樹の罪悪感。
それらが混ざり合った、歪んだ愛。
それでも――二人は、離れられなかった。
もう、離れられない。
血で繋がった以上。
運命で結ばれた以上。
永遠に。
同じ頃。
光明と未菜は、公園のベンチに座っていた。
「今日は……大変だったね」
未菜が言う。
「ああ……」
光明が頷く。
「まさか、あんなことになるなんて」
「玲ちゃん……」
未菜が心配そうに言う。
「どこ行ったんだろう」
「わからない……」
光明が答える。
「でも……」
光明が続ける。
「このままじゃ、まずい」
「うん……」
未菜も頷く。
「玲ちゃん、完全におかしくなってる」
「明日……」
光明が決意する。
「明日、上野の家に行ってみる」
「私も行く」
未菜が言う。
「二人で、玲ちゃんを説得しよう」
「ああ」
光明が頷く。
二人は立ち上がった。
「じゃあ、今日はこれで」
「うん」
「気をつけて帰れよ」
「光明くんも」
二人は別れた。
それぞれの家に向かう。
でも――心は重いままだった。
友達が、壊れていく。
それを、止められない。
その無力感が、二人を苦しめていた。
その夜。
玲は自分の部屋で、膝を抱えて座っていた。
「私……」
小さく呟く。
「私……何をしようとしたの……」
今日のことが、何度も脳裏に蘇る。
カッターナイフを握った自分。
奈々美に向かって、振り上げた自分。
「やめて……」
頭を抱える。
「思い出したくない……」
でも、忘れられない。
自分が、人を傷つけようとした。
その事実は、消えない。
「私……」
「私、もう……」
涙が溢れる。
でも、泣く気力もない。
ただ――虚しさだけが、残っている。
「元樹……」
その名前を呼ぶ。
「ごめん……」
「ごめんなさい……」
謝り続ける。
でも――元樹には、届かない。
元樹は今、奈々美の側にいる。
私の側じゃない。
「……っ」
また、嫉妬が込み上げる。
でも――今日のことを思い出して、その感情を押し殺す。
(私は……もう、終わりだ)
(元樹を……傷つけてしまった)
(奈々美さんを……傷つけようとした)
(私は……)
(もう……)
その先を、考えることができなかった。
ただ――暗闇の中で、玲は一人で震えていた。
窓の外では、冷たい風が吹いている。
冬の夜は、長い。
そして――玲の心も、長い夜の中にいた。
終わりの見えない、暗い夜。
翌日。
十二月十日。
元樹は再び学校を休んで、病院にいた。
「奈々美、今日の体調はどう?」
「うん、大丈夫」
奈々美が微笑む。
「元樹くんが側にいてくれるから」
その言葉に、元樹も微笑む。
「そうか」
二人は手を繋いで、窓の外を見つめる。
冬の日差しが、部屋を照らしている。
「あと五日……」
奈々美が呟く。
「え?」
「私の誕生日まで、あと五日」
奈々美が元樹を見つめる。
「楽しみだな」
「うん」
奈々美が頷く。
「元樹くんと、一日中一緒……」
「夢みたい」
その純粋な喜びを見て、元樹は胸が温かくなった。
「俺も楽しみだよ」
二人は笑い合う。
でも――その笑顔の裏には。
それぞれの、複雑な感情が隠されていた。
元樹の罪悪感。
奈々美の執着。
そして――玲への恐怖。
それらが混ざり合って、二人の関係を複雑にしていく。
でも、今は――ただ、この瞬間を大切にするしかない。
二人は、そう思っていた。
一方。
光明と未菜は、玲の家を訪れていた。
インターホンを押す。
しばらくして、玲の母親が出てきた。
「あら、光明くんと未菜ちゃん」
「こんにちは」
二人が挨拶する。
「玲ちゃん、いますか?」
未菜が聞く。
「ええ、部屋にいるけど……」
母親が心配そうに言う。
「最近、様子がおかしくて」
「部屋から、全然出てこないの」
その言葉に、二人は顔を見合わせる。
「私たち、玲ちゃんと話したいんです」
未菜が言う。
「そう……」
母親が頷く。
「じゃあ、上がって」
二人は玲の部屋の前に立った。
ドアをノックする。
「玲ちゃん、未菜だよ」
「光明もいる」
「入ってもいい?」
しばらく、返事がない。
「玲ちゃん……」
未菜がもう一度呼びかける。
「……入って」
小さな声が聞こえた。
二人はドアを開ける。
部屋の中は、カーテンが閉まっていて暗い。
玲はベッドに座っていた。
「玲ちゃん……」
未菜が近づく。
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
玲が小さく答える。
「私……もう、大丈夫じゃない」
その声は、震えていた。
「玲」
光明が口を開く。
「昨日のこと……」
「言わないで」
玲が遮る。
「お願い……」
「言わないで……」
その懇願に、光明は黙る。
「玲ちゃん」
未菜が玲の手を握る。
「私たち、心配してるの」
「心配……」
玲が呟く。
「みんな、心配してくれるのね」
「でも……」
玲が続ける。
「私は……もう、終わりなの」
「そんなこと、ない」
未菜が強く言う。
「玲ちゃんは、まだやり直せる」
「やり直せない……」
玲が首を振る。
「私……人を傷つけようとした」
「カッターナイフを、握った」
「奈々美さんに、向けた」
その告白に、未菜は言葉を失う。
「そんなこと……」
「そんなことをする私は……」
玲が涙を流す。
「もう、人間じゃない」
「玲」
光明が厳しい声で言う。
「逃げるな」
「え……?」
「お前がやったことは、確かに間違ってた」
光明が続ける。
「でも、お前はまだやり直せる」
「やり直せない……」
「やり直すんだ」
光明が玲の肩を掴む。
「このまま、部屋に閉じこもって」
「一生、後悔し続けるのか?」
その問いに、玲は答えられない。
「元樹と、話せ」
光明が続ける。
「ちゃんと謝って、許してもらえ」
「でも……」
「きっと、元樹は許してくれる」
光明が微笑む。
「あいつは、優しいからな」
その言葉に、玲は少し希望を持った。
「本当に……」
「許してくれるかな……」
「大丈夫」
未菜が玲を抱きしめる。
「玲ちゃんなら、大丈夫」
「未菜ちゃん……」
玲が泣き出す。
「ごめん……」
「ごめんなさい……」
未菜は黙って、玲を抱きしめ続けた。
光明も、二人を見守る。
しばらくして、玲は泣き止んだ。
「ありがとう……」
玲が二人を見つめる。
「二人とも……」
「来てくれて、ありがとう」
「当たり前だろ」
光明が微笑む。
「俺たち、友達だからな」
その言葉に、玲も小さく微笑んだ。
「そうだね……」
「友達……」
三人は、しばらくそこにいた。
暗い部屋の中で。
でも――その暗闇の中に、小さな光が見えた気がした。
希望の光が。
玲が、やり直せるかもしれない。
そんな希望が。
窓の外では、冬の日差しが差し込み始めていた。
カーテンの隙間から、光が入ってくる。
その光が――玲の顔を、優しく照らしていた。
こんにちは、柊奈々美です。
24話、読んでいただきありがとうございました。
今回は……正直、私も少し怖かったです。
上野さんが病室に入ってきた時、手にカッターナイフを持っていて――
あの瞬間、本当に終わりかと思いました。
でも、元樹くんが来てくれた。
間に合ってくれた。
やっぱり、元樹くんは私の運命の人なんです。
血で繋がった私たちは、何があっても離れられない。
上野さんは……可哀想だとは思います。
元樹くんを愛してるのに、報われない。
その気持ちは、わからなくもありません。
でも――元樹くんは私のものです。
誰にも、渡しません。
もうすぐ、私の誕生日。
12月15日。
元樹くんが、一日中一緒にいてくれるって約束してくれました。
嬉しい。
本当に、嬉しい。
元樹くんと二人きりで過ごせる、特別な日。
何をしようかな。
何を話そうかな。
考えるだけで、ドキドキします。
上野さんのことは……
正直、まだ怖いです。
また来るかもしれない。
また、私を傷つけようとするかもしれない。
でも――
元樹くんが守ってくれる。
そう信じています。
というか、元樹くんは私を守る義務があります。
だって、私の体には元樹くんの血が流れているんですから。
私は、元樹くんの一部。
元樹くんは、私の一部。
もう、離れられない。
永遠に、一緒。
それが、私たちの運命です。
次回は、私の誕生日のお話になります。
元樹くんと、どんな一日を過ごすのか。
楽しみにしていてくださいね。
それでは――
柊奈々美




