第一話「隣の席の君は、僕だけを見ている」
初めまして、暁の裏です。
最近、恋愛ものにハマっていてふと自分でもストーリーを書いてみたいと思いまして投稿致しました。
毎週火曜日17時に投稿予定ですのでよろしくお願いします。
四月。桜がきれいな季節。この日、黒峠町の黒峠高校に通う一人の男子高校生「渡部元樹」。
つい先日入学式を終え平穏な日常生活を送っていた。
身長は170㎝程でスポーツをやっていないためスリムな体系だ。
部活動もしていない、いわゆる帰宅部である。
そんなある日、担任の佐々木先生が教室に入ってきた、一人の少女を伴って。
「はい、静かに。今日は転校生を紹介するぞ」
ざわつく教室。
前に立った少女は、黒髪を肩に落とし、少し俯いていた。肩まで伸びた黒髪、整った顔立ちだが前髪で目元が隠れていて見えない。
「……柊奈々美です。よろしくお願いします」
小さな声。
作り笑いもせず、淡々と告げる。
その暗い雰囲気が逆に目を引き、クラスの空気を一瞬で変えた。
「都会から来たらしいぞ」
「かわいいけど…暗くない?」
囁きが飛び交う中、佐々木先生が言った。
「じゃあ、奈々美さんの席は……そうだな。渡部の隣が空いてるな。そこに座ってくれるか」
「えっ」
思わず声が出そうになった。
奈々美さんは無言で頷き、カバンを抱えて俺の隣に座る。
机を引く音がやけに大きく響いた気がした。
ふわりと漂うシャンプーの匂い。
そして、髪の隙間から感じる視線。
◇ ◇ ◇
休み時間。
「ねえ元樹、あの子さぁ…」と声をかけてきたのは幼馴染の上野玲。
親同士が友達で昔からの付き合いがある。
ボーイッシュな見た目で昔からよく男の子に間違われていた。
その玲が俺の机に腰かけてきて、短い髪を揺らして不満げに眉をひそめる。
「全然笑わないし、なんか変じゃない?」
「別に……人見知りなんだろ」
「でもさ、やけに元樹のこと見てない? 授業中とかも」
「……授業中?」
玲の言葉が引っかかった。
思い返せば――確かに。
国語の時間も、数学の時間も、ふと横を向くと、彼女の瞳がこちらを射抜いていた。
ノートを取る音もなく、ただじっと。
無表情のまま、何かを確かめるように。
背中に貼りつくような熱。
監視されているとしか言えない感覚が、授業中ずっと続いていた。
「……いや、考えすぎだろ」
「ふぅん……」
玲は不満げに肩をすくめ、席へ戻っていった。
◇ ◇ ◇
放課後。
気づけば教室には俺と奈々美さんだけが残っていた。
夕陽が差し込み、机と椅子の影が長く伸びている。
窓際に座る奈々美さんは、外を眺めているようで、実は俺を見ていた。
授業中のあの視線と同じ冷たさが、沈黙の中で突き刺さってくる。
「……帰らないのか?」
問いかけると、ゆっくり振り向き、淡々と答えた。
「……渡部くんは?」
「え?」
「帰らないの?」
無機質な声。
だが、その奥には確かに「執着」の影が潜んでいた。
「……帰るけど」
「……じゃあ、一緒に帰ろう」
言葉と同時に、頭の奥がざらりと揺れた。
――夕暮れの坂道。
――泣きじゃくる女の子。
――「置いていかないで」としがみつく小さな手。
こめかみを鋭い痛みが走り、記憶はすぐ霧散した。
奈々美さんはじっと俺を見つめ、口元をかすかに歪める。
それが笑みなのかどうかは、わからない。
ただ一つ、確かに言える。
――この転校生は、普通じゃない。
夕暮れの街道。
オレンジ色の光が住宅の壁を照らし、細長い影が伸びている。
俺と奈々美さんは、並んで歩いていた。
「……渡部くんって、ここに長く住んでるの?」
唐突に、奈々美さんが口を開いた。
声は穏やかで、さっきの教室で見せた無表情よりも柔らかい。
「まぁ……小さい頃からずっと」
「ふぅん……」
それだけ言って、彼女は黙り込む。
でもその横顔は、どこか満足げにも見えた。
「さっきは悪かったな。急に声をかけて」
俺がそう言うと、奈々美さんは首を横に振る。
「……嫌じゃないよ。むしろ……うれしい」
言葉の最後にかすかな熱が混じっていた。
その笑みは柔らかいはずなのに、なぜか背筋に冷たいものが走る。
「ねえ、渡部くん」
「……なに?」
「これからも、ずっと一緒に帰れるといいな」
ほんの一瞬、彼女の声が低く沈んだ。
笑っているのに、目だけは笑っていない。
ぞわりとした寒気が首筋をなぞる。
「……はは、そんなに俺と帰りたいのか?」
冗談めかして返すと、奈々美さんは足を止め、真剣な目でこちらを見た。
「……うん。本当にそう思ってる」
返す言葉を失う。
夕暮れの赤が彼女の頬を照らし、輪郭を滲ませている。
それは一見すると普通の女子高生の姿だった。
――けれど、その奥に、何か違うものを感じた。
◇ ◇ ◇
その夜。
布団に入っても、どうしても奈々美さんの視線を思い出してしまう。
――じっと見つめられる感覚。
――「ずっと一緒に」と囁かれた声。
耳の奥でこだまするたび、胸の鼓動が早まる。
不安と、どこか説明のつかない既視感が混ざり合う。
眠りに落ちる直前、俺はかすかに思った。
――あれは、前にも聞いたことがある。
――「置いていかないで」と泣く少女の声に、よく似ていた。