表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/28

第二十八話

 地上へ出た瞬間、風が違った。


 乾いている。

 だが、砂の匂いではない。

 どこか――焼け落ちた概念の残り香が混じっている。


 アルフレッドは、足元の大地を確かめるように踏みしめた。


 地下で何が終わったのか、世界はまだ理解していない。


 だが、確実に――影響は始まっている。


 黒い石は、複数の方向へ微細な共鳴を送り続けている。

 強弱はない。

 優先順位もない。


(……選べ、ってことか)


 アルフレッドは、しばらく空を見上げた。


 雲の流れが、三つに分かれている。

 偶然ではない。


 一つは、北。

 山脈の向こう。

 魔力の濁流が、周期的に噴き上がっている気配。


 一つは、西。

 人の営みが密集する方向。

 だが、その中心が、妙に静かだ。


 そして――


 最後の一つは、足元。

 今立っている場所そのもの。


 黒い石が、わずかに温度を変える。


「……まずは、ここだな」


 アルフレッドは屈み、地面に手を当てる。


 そこには、地下都市へ続いていたはずの裂け目はない。

 だが――


 塞がれた痕跡が残っている。


(誰かが、急いで隠した)


 その瞬間。


 背後で、草を踏む音。


 アルフレッドは振り向かない。

 剣に手をかけることもしない。


「ここはもう終わった場所だ」


「……そうでもない」


 声は、若い。

 だが、震えていない。


 アルフレッドが振り向くと、そこに立っていたのは――少年だった。


 旅装。

 武器は持っていない。

 だが、首元に下げられた護符が、微かに光っている。


「地下で……何か、壊しただろ?」


「見ていたのか」


「正確には……感じた」


 少年は、喉を鳴らす。


「俺、セイセス=セイセスとは関係ない。でも……“影響を受けた側”だ」


 黒い石が、反応した。


 今までと違う。

 敵意でも、導きでもない。


 共振。


(……生き残りか)


 アルフレッドは、少年から視線を外さずに言う。


「名前は」


「……カイ」


 一拍。


「俺の村、昨日まで存在してた。でも今は……」


 少年は、言葉を切る。


 アルフレッドは、ゆっくりと頷いた。


「選択肢は、三つある」


 黒い石の脈動が、三方向を示す。


「北へ行く。西へ行く。――あるいは、ここに残る」


 少年は、息を呑む。


「残るって……?」


「後始末だ」


 アルフレッドは、地面を見下ろす。


「壊したものの影は、必ず残る」


 風が、再び吹いた。


 物語は、“個人の戦い”から、“世界に波及する戦い”へと移る。


 アルフレッドは歩き出す。


「来るか」


 少年――カイは、一瞬だけ迷い、

 それから、強く頷いた。



 カイは、歩きながら何度も後ろを振り返っていた。


 もう何も残っていない場所。

 それでも、そこに“何かがあった”という感覚だけが、彼を引き留めている。


「……本当に、終わったのか?」


「構造はな」


 アルフレッドは簡潔に答える。


「だが、影響はこれからだ」


 二人が向かうのは、裂け目が塞がれた周辺――

 地下都市の“痕跡”が、最も濃く残る一帯。


 大地は微かに波打ち、

 踏みしめるたびに、現実が遅れて追いついてくる。


「ここ、変だ……」


 カイが呟く。


「音が、少し遅れる」


「現実の縫い目だ」


 アルフレッドは足を止め、剣を抜いた。


 その瞬間、空気が裂ける。


 姿を現したのは、

 人の形をした――空白。


 輪郭はある。

 だが、中身がない。


「……何だ、あれ」


「役割を失った残滓だ」


 アルフレッドは、剣先を下げない。


「中枢が壊れたことで、命令を失った存在」


 空白が、一歩近づく。


 音が消え、影も落ちない。


 次の瞬間――

 カイの視界が、歪んだ。


「っ……!」


 彼の頭に、映像が流れ込む。


 燃える村。

 逃げ惑う人々。

 自分が、何もできずに立ち尽くしている光景。


「やめろ……!」


「見るな!」


 アルフレッドが割り込み、空白を斬り裂く。


 刃は、何も斬っていないはずなのに、確かに、何かが砕け散った。


 空白は、音もなく消滅する。


 カイは、膝をついた。


「……今の、俺の……」


「記憶だ」


 アルフレッドは短く言う。


「残滓は、近くの“空き”に入り込む」


「……空き?」


「後悔、恐怖、怒り。埋まっていない感情だ」


 カイは、歯を食いしばる。


「じゃあ……俺は、狙われる?」


「可能性は高い」


 だが、とアルフレッドは続ける。


「それでも進むか」


 一瞬の沈黙。


 カイは立ち上がり、頷いた。


「……逃げても、同じだ」


 黒い石が、わずかに強く脈動した。


 ――肯定。


 二人は、さらに奥へ進む。


 そこではすでに、“後始末”を担う存在が、動き始めていた。


 風に紛れて、低い声が届く。


『……役割未定義個体、増加確認』


 虚空教団。


 記録官ではない。

 回収班。


 アルフレッドは、剣を握り直す。


「カイ」


「な、何だ?」


「ここから先は、俺の戦い方をよく見ておけ」


 視線を、前方へ。


「世界が壊れた後、どう戦うかをな」


 前方の大地が、ゆっくりと隆起し始める。


 後始末の戦いが、静かに幕を開けようとしていた。



 大地の隆起は、意思を持った動きだった。


 土砂が盛り上がるのではない。

 地層そのものが、裏返る。


 そこから現れたのは、黒衣の集団。

 顔は見えない。

 仮面ですらない――記録用の空白だけが、頭部の位置にある。


『回収班、展開完了』


 声は個体からではなく、全員から同時に響いた。


 カイが息を呑む。


「……あれが、虚空教団?」


「末端だ」


 アルフレッドは剣を抜く。


「記録官ほど、会話はしない」


 次の瞬間、回収班が動いた。


 走らない。

 飛ばない。


 距離を畳む。


 気づけば、三体がすでに目前にいた。


 アルフレッドは、躊躇なく踏み込む。


 一閃。


 胴が裂ける。

 だが、血は出ない。


 裂け目の中から、文字列が溢れ出す。


『破壊行動、確認』


『個体名:アルフレッド

 分類:中枢拒否型』


「分類してる暇があるなら――」


 アルフレッドは、剣を振り抜いたまま回転する。


「まとめて来い」


 二体目、三体目が同時に崩れる。


 だが、倒れた回収班の身体は、地面に触れた瞬間――再構成を始めた。


「……再生するのか」


 カイが叫ぶ。


「違う」


 アルフレッドは冷静だった。


「引き継ぐんだ」


 次の瞬間、後方にいた回収班が、前線で破壊された情報を反映したかのように、動きを変える。


 剣の軌道を、先読みしてくる。


『対応率、上昇』


『破壊者への最適化、開始』


「厄介だな……」


 だが、アルフレッドの声に焦りはない。


 彼は、あえて一歩下がった。


「カイ」


「は、はい!」


「目を逸らすな。こいつらは――」


 一体が、間合いに入る。


 アルフレッドは剣を振らない。


 素手で、掴む。


「“学習”しかできない」


 次の瞬間、彼は回収班を地面に叩きつけた。


 衝撃と同時に、黒い石が逆脈動する。


 情報が、断ち切られる。


『……引き継ぎ不能』


『記録、欠損』


 回収班の身体が、崩れ落ちる。

 再構成は、起こらない。


 カイは目を見開いた。


「今の……何を?」


「学ぶ前提を壊した」


 アルフレッドは淡々と言う。


「こいつらは、“正解を集める存在”だ」


 剣を構え直す。


「だから――正解が存在しない状況に放り込めばいい」


 黒い石が、静かに脈打つ。


 回収班の残りが、

 一斉に動きを止めた。


『……解析不能』


『撤退判断、申請』


 だが――


 その瞬間、空気が一段冷えた。


 上空。


 いつからいたのか分からない影が、ゆっくりと降りてくる。


 回収班とは違う。

 明確な“個”の圧。


「……ああ、なるほど」


 低い声。


「中枢を壊しただけじゃなく、後始末まで壊しに来たわけか」


 影が、形を結ぶ。


 虚空教団の上位存在。

 記録官でも、回収班でもない。


 監査官。


 アルフレッドは、剣を下げない。


「名前は」


 影は、薄く笑った。


「名乗るほどでもないが……君たちの記録には、こう残るだろう」


 一拍。


「――逸脱点対応官」


 風が止まる。


 後始末の戦いは、

 虚空教団そのものを引きずり出し始めていた。



 逸脱点対応官の足先が、地面に触れた。


 それだけで、周囲の回収班が完全に静止する。

 命令でも合図でもない。

 存在階位の差が、行動権を奪った。


「……見事だ」


 対応官は、アルフレッドを正面から見る。


 仮面はない。

 顔も、ない。


 だが、“視線”だけは確かにある。


「中枢を拒否し、役割を壊し、なお記録を断ち切る」


「用件は」


 アルフレッドは短く問う。


「排除か」


「いいや」


 対応官は、ゆっくりと首を振る。


「評価だ」


 空間に、淡い光が走る。

 記録符号。


「虚空教団は、逸脱点を三段階で処理する」


 指を一本立てる。


「観測」


 二本目。


「記録」


 三本目。


「再配置」


 その指が、折れた。


「だが君は、その全てを無効化している」


 沈黙。


 カイは息を呑み、アルフレッドの背中を見る。


「……それで?」


「だから、排除は後回しだ」


 対応官の声に、わずかな興味が混じる。


「君を“点”として扱うのをやめる」


 黒い石が、反応する。


「今後、君は――線として記録される」


「気に入らないな」


「当然だ」


 対応官は、どこか楽しげだった。


「線は、他の線と交差する」


 一拍。


「セイセス=セイセスの中枢再編計画。リリス=ノクティルの実体化プロセス。そして――」


 対応官は、カイへと視線を向ける。


「影響個体の増殖」


 カイが、びくりと肩を震わせる。


「この少年も、線の一部になる」


「…………」


 アルフレッドの剣先が、わずかに上がる。


「条件がある」


 対応官は言葉を続ける。


「この場での戦闘は、打ち切りだ」


 回収班が、音もなく後退を始める。


「代わりに、三つの情報を渡す」


 空間に、三つの光点が浮かぶ。


「一つ。セイセス=セイセスは、次の中枢を移動させた」


「二つ。その中枢には、君が壊した“空席”の代替原型が組み込まれている」


 アルフレッドの視線が、鋭くなる。


「三つ」


 対応官は、わずかに間を置いた。


「リリス=ノクティルは、次に君と会う時――敵としてではなく、対等な立場で現れる」


 風が、再び流れ出す。


「それで?」


「それだけだ」


 対応官の身体が、薄れていく。


「この世界は、もう“管理されるだけの箱”じゃない」


 最後に、低い声。


「……君が、壊したからな」


 対応官は消え、回収班も、跡形もなく去った。


 静寂。


 カイが、恐る恐る口を開く。


「……俺、何に巻き込まれてるんだ」


「世界の再計算だ」


 アルフレッドは答える。


「そして――もう戻れない場所だ」


 黒い石が、再び脈動する。


 今度は、はっきりとした方向を示していた。


「行くぞ」


 アルフレッドは歩き出す。


 次なる舞台は、移動する中枢。


 物語は、完全に“追う側”へと反転した。



 移動する中枢――

 それは「場所」ではなく、状態だった。


 アルフレッドとカイが辿り着いたのは、地図にも記されない荒野。

 だが、何もないはずの大地に、周期的な違和感が走っている。


「……揺れてる?」


 カイが足元を見る。


 地面は揺れていない。

 空気も、風も、静かなままだ。


 揺れているのは――因果だ。


「来るぞ」


 アルフレッドが足を止めた、その瞬間。


 視界が、横にずれた。


 風景が重なり、剥がれ、再配置される。

 荒野の上に、別の風景が“差し込まれる”。


 石造りの回廊。

 宙に浮く歯車。

 脈打つように光る紋章群。


「……現れた」


 これが、移動する中枢。


 固定された城でも、地下施設でもない。

 必要に応じて、世界の上に仮置きされる心臓部。


 黒い石が、強く脈動する。


 だが今回は、急かすような導きではない。


(……警戒している)


 中枢の入口は、すでに開いていた。


 まるで――

 待っていたかのように。


「アルフレッド」


 カイが、低い声で言う。


「……中、誰かいる」


 アルフレッドも、気づいていた。


 中枢の奥。

 歯車と紋章の交差点。


 そこに立っていたのは――

 人影が、二つ。


 一つは、見覚えのある影。


「グラウ=ヴァルツ……」


 影の家、セイセス=セイセスの幹部。


「また会ったね」


 軽い調子。

 だが、その背後で、空間がきっちり“閉じて”いる。


 そして、もう一つ。


 闇が、女の形を取る。


 夜そのものが、輪郭を持つ。


「久しぶり……と言うべきかしら?」


 リリス=ノクティル。


 今度は、確かに――実体だった。


「約束通り、対等な立場で来たわ」


 彼女は微笑む。


 狂気も、戯れも、隠していない。


「歓迎するわ、破壊者。ここは――新しい中枢の産声よ」


 歯車が回り始める。


 紋章が、光を増す。


 だが、どこか未完成だ。


 グラウが肩をすくめる。


「君が壊した“空席”の代替品だ。完全じゃないが……実験には十分だろ?」


 アルフレッドは、剣を抜く。


「二人まとめて、ここで終わらせる」


 リリスは、楽しそうに目を細めた。


「あら、違うわ」


 一歩、前に出る。


「今日は――三人で、選ぶ日」


 その瞬間、中枢が完全起動に向けて動き出した。


 世界の上に仮置きされた心臓が、初めて、本気で鼓動を打つ。


 戦記は、三者対峙の局面へ突入する。



 鼓動は、数ではなく質だった。


 地鳴りでも、地響きでもない。


 ――世界が一度、選択を迫られる音。


 中枢の歯車が逆回転を始め、紋章が次々と書き換わる。

 完成していないはずの構造が、完成を先取りする。


「早すぎる」


 グラウが舌打ちする。


「君が来るまで“待機”のはずだったんだが……」


「私が、少し背中を押したの」


 リリス=ノクティルは、軽やかに言った。

 指先で夜をすくい取るように、空間をなぞる。


「未完成のまま動かす方が、面白いでしょう?」


 彼女の周囲に、闇の花弁が咲く。

 一枚一枚が、独立した魔法式。


 アルフレッドは一歩前へ。


「選ぶだと?」


「ええ」


 リリスは微笑む。


「ここで完成させるか。ここで壊すか。あるいは――」


 視線が、カイへ向く。


「別の席を用意するか」


 カイの声が上ずった。


「……俺?」


 黒い石が、一瞬だけ沈黙する。


 それは否定でも、肯定でもない。

 可能性の提示。


「冗談じゃない」


 アルフレッドの声が低くなる。


「誰も座らせない」


「そう言うと思った」


 グラウが、懐から細い刃を取り出す。


「だから僕は、管理者不在の中枢を見たい」


 刃が空間を切り、中枢の一部が切り取られる。


 瞬間、歯車が暴走する。


『代替原型、欠損』


『補完先、探索』


 中枢の声が、無機質に響く。


 リリスが、愉快そうに笑った。


「ほら、始まった」


 闇の花弁が飛び、アルフレッドの動線を塞ぐ。


 同時に、グラウが距離を詰める。


「悪いね。今日は協力関係だ」


「一瞬だけ、ね」


 リリスが付け足す。


 アルフレッドは、剣を振るう。


 闇を斬る。

 刃が通る。


 だが、闇は意味を変えて再構成される。


 拘束。

 遅延。

 観測。


(……二人とも、本気だ)


 背後で、カイが叫ぶ。


「アルフレッド! 中枢が――」


 振り返る。


 中枢の中心に、仮の席が形成されつつある。


 形は定まらない。

 だが、“誰か用”なのは明らかだ。


「時間がない」


 アルフレッドは、深く息を吸う。


 黒い石が、再び脈動を強める。


 だが今度は――導きではない。


 選択の共有。


 アルフレッドは、剣を地面に突き立てた。


「カイ」


「は、はい!」


「耳を塞ぐな。目を逸らすな」


 リリスが目を細める。


「あら……まさか」


「これは――」


 アルフレッドは、黒い石に手を置く。


「誰も座らせないためのやり方だ」


 石が、砕けた。


 砕けたのに、消えない。


 欠片が宙に浮かび、中枢の鼓動と同じリズムで震え始める。


 グラウが、初めて本気で驚いた。


「……そんな使い方、記録にない」


「記録されなかっただけだ」


 アルフレッドは、前に出る。


 砕けた黒い石の欠片が、中枢と三者の間に――線を引く。


 席は、形成を止めた。


 代わりに、空間に刻まれるのは、座るための形ではない。


 壊すことを前提にした構造。


 リリスが、楽しそうに息を吐く。


「……いいわ。やっぱり」


 闇が、さらに濃くなる。


「あなた、壊し方が綺麗じゃない。だから――最後まで付き合う価値がある」


 グラウが刃を構え直す。


「三者対峙は終わりだ」


 視線が交差する。


「ここからは――三者決裂だ」


 未完成の中枢が、悲鳴のような振動を発する。


 世界の上に仮置きされた心臓は、いま、壊される覚悟を持たされた。


 戦いは、最終局面へと――踏み込んだ。



 最初に破れたのは、協力の仮面だった。


 リリス=ノクティルの闇が、グラウ=ヴァルツの影を――喰らった。


「っ……!」


 グラウが即座に距離を取る。

 闇は味方も敵も区別しない。


「一瞬だけって言ったでしょ?」


 リリスは笑う。

 その笑みは、狂気よりも純粋だった。


「あなたは“結果”を見たい。私は“過程”を楽しみたい」


 闇が渦を巻き、中枢の歯車に絡みつく。


『干渉系統、未登録』


『再計算、不能』


 中枢が悲鳴を上げる。


 アルフレッドは、その隙を逃さない。


 砕けた黒い石の欠片を蹴り上げ、剣で弾く。


 欠片が、中枢の要点へ突き刺さる。


 一拍。


 世界が、呼吸を止めた。


「今だ、カイ!」


「えっ……俺!?」


「見るんだ!」


 アルフレッドは叫ぶ。


「この場で、“座らない世界”がどう壊れるかを!」


 カイは、恐怖に足を震わせながらも、目を逸らさなかった。


 その瞬間――中枢が、彼を認識し損ねた。


『代替候補、検出失敗』


『役割割当、不能』


 席が、崩れる。


 グラウが歯噛みする。


「……クソ。“観測されない証人”か」


 リリスは、嬉しそうに拍手した。


「最高ね。壊し方としては、百点」


 闇が、アルフレッドへと向かう。


 敵意ではない。

 対話のための一撃。


「これで、ここは終わり」


 闇と剣が、ぶつかる。


 衝突音はない。

 代わりに、意味が削れ落ちる。


 中枢の歯車が、一つ、また一つと停止していく。


 グラウは、後退しながら呟いた。


「……今回は撤退だ」


 影に溶ける。


「次は、もっと整った舞台で会おう」


 姿が消える直前、視線だけがアルフレッドに残る。


「君は、やっぱり厄介だ」


 リリスは、闇を収束させ、ゆっくりと距離を取る。


「……完全破壊は、させないわ」


 微笑む。


「未完成のまま壊す方が、後が面白いもの」


 夜が、ほどける。


 彼女の実体が、薄れていく。


「またね、アルフレッド」


 最後に、囁くように。


「今度は、もっとちゃんと“敵”として会いましょう」


 次の瞬間。


 中枢が、自壊を始めた。


 爆発はない。

 光もない。


 ただ、構造が――存在する理由を失う。


 アルフレッドは、カイの腕を掴む。


「走れ」


 二人は、崩れゆく回廊を駆け抜ける。


 背後で、世界の上に仮置きされた心臓が、静かに、止まった。


 荒野に戻ったとき、そこにはもう、何もなかった。


 ただ、風だけが吹いている。


 カイは、膝に手をつき、荒い息を吐いた。


「……終わった、のか」


「一つはな」


 アルフレッドは空を見上げる。


 黒い石の欠片は、すでにただの石になっていた。


「でも、世界は覚えた」


 カイが顔を上げる。


「何を?」


「座らないという選択肢をだ」


 遠くで、雷鳴が鳴った。


 新しい嵐の、始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ