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第6回

 バタン、と大きく扉が開く音にそちらへ目を向ける。すると、そこには必ずと言っていいほど白悧と少女の姿がある。


「よかった。今回も無事見つかったんだね」


 にこにこ笑って蒼駕が歩み寄る。毎度毎度の追いかけっこの中で噛みつきと引っかき技を習得した少女のせいで、回を追うごとに生傷が目立ちはじめた白悧の目つきはだんだんとすさんできているのだが、迎え入れる蒼駕の対応は一向に変化を見せない。

 本当に気付いてないのか、それともフリなのか。判断に悩む邪気のなさだ。


「ありがとう。いつもいつもきみが真っ先に見つけて連れてきてくれるから、心配もずいぶんやわらぐんだ」


 と言って出される手に少女を引き渡す際、文句のひとつも言ってやろうと思うのだが、のどでつかえて言葉になったためしがない。


 一体どういう監視をしてたら、こう何度も逃げられるんだ!? ほんとに気をつけてるのか!? ガラス玉かその目は!! 首に縄つけて寝台の足にでもくくりつけてろッ!!


 という言葉はじゃりじゃり奥歯ですりつぶして飲みこんで、いつものように無言で少女を手渡した白悧はすすめられるまま椅子に腰かけた。

 少女に二言三言注意をし、隣室へ入れて戻ってくる蒼駕を目で追いながら頬杖をつき、ずるずる身を崩す。


「何か飲むかい?」


 戸棚を指して訊いてきた蒼駕に、


「それよりなんでこんなに行方をくらますのかを聞きたいな」


 と返す。蒼駕は戸棚から茶器を一揃い取り出しながら、さらりと答えた。


「たぶん、めずらしいからだよ。コーダの町はここの10分の1以下しかなくて、人口もせいぜいが1000人足らずだったしね。

 ここは大陸中から集められた人間だらけだから当然人種的に坩堝(るつぼ)だし、何かと恵まれていて食事ひとつ取っても文化的差異が大きい」

「おのぼりさんさながら見物して回ってるってか? それにしてはやけに強情じゃないか。しかもどこにいると思う? はじめがしげみで次もしげみ。その次が司書室、教壇の中に用具室に食堂に講堂に屋内習練室……医務室もあったな。そんでもって今日はなんと厨房だ!

 器具でごちゃごちゃしてる中を苦労して捕えた脇から当番の生徒に邪魔だの不衛生だのさんざ叱られたよ」


 自分に非がある以上、言い返せるはずもない。教え長の権威もかたなしだと身を縮める白悧の前に、蒼駕は申しわけないとの苦笑を浮かべながら紅茶をそそいだカップを置いて、自分も腰をおろした。


「言葉じゃたりないくらい感謝してるよ。いつも」

「……それはライやゼンに言ってやれ、おれはいいから。あいつらが手伝ってくれるようになって、捜すのもだいぶ楽になった」


 真正面から告げられた謝辞はくすぐったくて、視線をよそへ飛ばしながら返した。


「今度会ったら真っ先にね」


 との言葉を聞きながら、白悧は渇いたのどを潤す。

 一息で干したカップを離す前に、「支度はできたか」という問いかけが頭の上でした。


 碧凌だ。

 いつの間に近付いていたかは不明だったが、彼らにとって気配を殺すのは息をするほどごく日常的なものなので、いちいち驚くには値しない。


 声さえ聞けばわざわざ見て確かめるまでもないと、白悧はポットから紅茶をつぎ足しており、蒼駕はといえば、まるで先からの会話の続きのように白悧のすぐ後ろに立つ彼に返事を返した。


「テディがいなくなっててね。でも白悧が連れてきてくれたから、今隣で着替えをさせてるんだ。もう少ししたら行けると思う」


 その内容に白悧はあんぐりと口を開ける。


「行くって、まさか執務室? なに? おまえまだ宮母と顔あわせしてなかったの?」

「うん。あの子のことを頼むんだから、一緒に連れて行った方がいいと思ってね」


 つまりはそのたび逃げられて、日ばかりずるずる流れているわけだ。


 蒼駕が違法に少女を連れ戻っているのは宮母も知っているはず。なのにそれじゃあ逆効果じゃないか! とわなわな震えている白悧はひとまず放置して。

 蒼駕は寝室に続く扉を叩き少女を呼んだ。返事を期待して少し間をあけるが、ないことに小首を傾げる。中に半身を入れて様子をうかがったあと、身を戻して扉を後ろ手に閉めたその顔が、何と言うべきか思案しているふうに変化した。


「まさか……」


 その冴えない表情に白悧が頬をひきつらせる。

 次の瞬間蒼駕の口からもれた言葉は、白悧が頭に浮かべたものと一言一句変わらないものだった。


「ごめん、どうやら窓から逃げたらしい」


………………………………………………………………………………。


「………………しんっっじらんねーッッ!!」


 まるまる二呼吸分は絶句したあと。白悧は絶叫した。


「さっき、だぞ? ほんのついさっき、連れて戻って、あんな、捜して、苦労して……」


 血色の失せた面でふらふら立ち上がり、しどろもどろながらに独り言をもらして両手を見つめている。彼が狼狽しきっているのははた目にもありありと分かった。


 はたしてどう声をかけたものか。思案している蒼駕が目端に入りでもしたのか、ふと白悧の恨みがましい面が彼のほうを向いた。


「ちゃんと言いつけてあるんだろ? なのになんで抜け出すんだよ。ここに戻るのだってすげーいやがって、あんなに暴れて……。

 もしかしておまえ、何かおれに隠し――」


 てる事があるんじゃないだろーな? と付け足そうとしたところで、突然後ろから襟首をつかまれた。

 黙れ、と言うように指を差しこんで引いて、ぐいぐい締め付けてくる。これでは口をきけと言われても言葉は出ないだろう。

 直後、碧凌の放つ背筋も凍らんばかりの威圧を感知して、頭にのぼっていた血の気が一気に足元まで引いていく。


 このくそ真面目な男に限ってはおどしがただのおどしですまない。やると決めたら相手がだれだろうとやる男だ。

 長説教はごめんだと、口を閉じ、座り直しかけた白悧を立たせた碧凌は踵を返し、蒼駕には一見してそうと分からない自然な動作でそのまま白悧を扉まで引き立て、押し出した。


「まだそう遠くまで行ってないだろう、白悧と見てくる。戻ってくることもあるからおまえはここにいろ。

 戻ったら、こちらにかまわず執務補佐室へ行き擢吏(かいり)補佐長に会え」


 冷静沈着の模範のような口調で告げ、部屋から出て行く。2人の足音を見送る蒼駕の口元には、笑みとも苦笑いともつかない、あやふやなものが浮かんでいた。



◆◆◆



 出た早々、白悧は碧凌の手を振り払う。


「ちゃんと言葉で言えよ、そうやって実力行使に出る前にっ!」


 だから無口で無愛想で態度の悪いやつと思われるんだぞ、とぶちぶち言う。だがそう非難をしても、隣の碧凌の無表情はほんの少しも崩れない。憎らしくなるくらい、彼の感情は鉄壁の防御で隠されたままだ。


「……まあね。おれが短気なのは認めるけどね」


 うなじから、さすっていた手を外す。部屋にとって返し、先の文句の続きを並べる気はとうになかった。

 あれは、失言というべき言葉だ。あのまま口にしていたならさぞ気まずい空気となっていただろう。 


 その罰の悪さも加わって、碧凌と先を争うように階段を降りると部屋の窓に面した庭へ続く廊下を行く。

 宮には小さな子どもにとって危険な場がたくさんある。武器を置いてある倉庫。刃物が振り回される習練場や厨房などはその筆頭だ。そんな所に入り込んで、大事が起きる前に見つけなくては。


「にしても、ほんと、どうしてこんなに頻繁に逃げ出したりするんだろーな」


 それは、別殺深く意識したわけでもない独り言だったのに。


「コーダの町は魅妖の罠によって封鎖され、町民の半数以上が惨殺された」


 前置きもなく突然耳にとびこんだその言葉に、瞬時に足が凍った。


 蒼駕が戻ったのは操主を失ったからだ。それがはっきりしていたため、なぜ戻らなければならなくなったかなど、白悧は1度も考えたことがなかった。

 それを、碧凌は知っている。


 考えてみれば当然だ。彼は宮母補佐職についているのだから。各国からの書類は全て彼の目を通ってから宮母に渡される。


 碧凌はうそはつかない。

 だがこの事に限ってはおいそれとは信じがたく、うそとの言葉を期待して白悧の全神経は碧凌へと集中した。


「囲いの中、ほかの退魔師たちは重傷を負うか殺害され、まともに動けるのはアスールと蒼駕だけとなり、2人は別行動をとらざるをえなくなった。

 封鎖を解き、おびえる町民を安全な地へ誘導する者と、その間魅妖の注意を引きつけておく者にだ」

「ばかな!! 魔断と退魔師が別々に行動したら、共倒れじゃないか!!」


 魔断なしで中級魅魎である魅妖を断つ術などない。蒼駕が生き残ったというのなら、彼は誘導する側を任されたということだ。そしてアスールは、死しかない道を選んだ……。


「そんなこと、あるわけない。逆ならまだしも。操主を、死ぬと分かってるほうに行かせるなんて。

 おれたちは、人を守護するためにいるんだぞ? 魅魎の魔手から人命を救うことこそ誇りとしてるんじゃないか……」

「魔断返還の書は生存者の口述とやつ自身が記述した書により構成されている。

 事実だ」


 本当に彼は蒼駕の親友なのか、それをよく知る白悧すら疑いたくなるほど冷徹に、碧凌は言い切った。その声にも表情にも動揺はなく、蒼駕へのいたわりもない。


「そんな……」


 つぶやいた、そのときだ。

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