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第4回

「あきれられたかな」

「心配してるだけだ。気にするな」


 苦笑でもらした蒼駕のつぶやきに、それまで聞きに徹していた碧凌がグラスを持ち上げて答えた。

 そのまま飲むわけでなく、ただ指先で(もてあそ)んでいる彼を見て、そちらに椅子ごと体を向ける。


 蒼駕は、5年ぶりに顔をあわせた無口で無愛想な親友の端正な横顔をしげしげと見つめたあと、自嘲気味に声を出さず笑って、目線を横へ流した。


「きみも、やはり反対かい?」


 その問いに、碧凌は何も答えない。問いなど聞こえなかったとばかりに落ちてきた前髪を横に硫き流し、グラスを机上に戻すと足を組みかえる。


 どう答えるべきか思案しているにしても、これは長い間だった。歯痒い沈黙がしばし部屋を満たす。


 同室者として長く時間を共有していたこともあり、彼という者を知る蒼駕だからこそ待てたのだろう。白悧などほかの者であれば再度問い直しておかしくないだけの間をあけて、碧凌は重い口を開いた。


「……補佐職についていればそれなりのことが耳に入る。

 おまえがどう考えたかはあらかた分かっているし、そちらを重視すれば正しい判断だと思う。

 問題は、成せるかどうかだ」

「そうだね……」


 ため息にふさがれながらした返答は蒼駕自身重くて、気が沈む。


 大陸中の全退魔師を養育する権利を一手にしているこの宮は、各国から選抜されてきた子どもたちを預かり養育してはいるが人材不足はいかんともしがたく、その穴埋めのように孤児の受入体制もとっていた。

 しかしそれは『退魔師になれる見こみのある者』に限られ、10歳以上というきまりがある。

 あの少女は3歳に満たない幼さだ。当然、素質があるかなど判断できるはずもない。加え、蒼駕は魔断。人型に変化(へんげ)できてもしょせん剣であり人間ではない。


 近年徐々に権利を認められだしているとはいえ、魔断はいまだ法の上では『物品』なのだ。


 一時的な所有者(借出人)である操主が死亡した場合、ただちに宮へ返還しなくてはならないというとりきめが各国と宮の間にある以上、宮への帰還は避けられず、当然子どもの保護者となる資格も認められない。


 けれど少女を1人残し、どんな場所とも知れない保護施設に入れて見知らぬ者を里親として預けるなど、絶対にいやだった。


 ならば、あとは宮に身柄を引き受けてもらうしか、ほかに道はない。


「わがままだというのはよく分かってるよ。ぼくだって元補佐長だしね。似た例はいくらだってあった。みんな、自分の気持ちを殺して宮に戻ってきたんだ」


 でも、約束したんだよ。


 頬杖の中に、ため息のように声にもならない言葉を蒼駕はつぶやいた。

 操主との約束。そんなことが理由にならないのは分かりきっている。そんなもの、公の場で通じるわけはない。


 だけど……!

 それでも、この約束だけは守りとおすとの強い意志のこもった静かな瞳に、碧凌は少しばかり眉を寄せて息を吐くと、変わらず素っ気ない声でこう告げた。


「明日の昼前に宮母との面会時間をとってある。そのとき話してみることだ。

 もう聞いているかもしれないが、先月よりアルフレートが宮母になっている」

「もう宮母の代替わりが? 今度はずいぶん早いね」


 初耳と、目を(みは)る。

 そうか、それでさっき白悧が……と、部屋に入ったときの説明を思い出して納得した。


「彼女は訓練生だったころからおまえが大のお気に入りだったからな。わがままが通る可能性はないこともない」


 との言葉に、まさかと笑って返したその口元から、風を受けた砂紋のようになごやかな笑みが消えたとき。


「とにかく、最善をつくすよ。あの子をここに置いてもらえるように」


 ふと、遠い目をして、聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいた。

 それは、自分自身に言いきかせているようでもあり、この場にいないだれかに告げているようでもあり。

 間違いなく自分にではないということを承知していた碧凌は、ちらとも彼を見ようとせず、無言で、グラスの底にわずかばかり残っていた琥珀色の液体を干した。



◆◆◆



 幻聖宮の奥庭は、主に剣操術の修練場とされている。


 そこに、夜明け前から人影がぱらぱら現れ出して、陽が完全に昇りきるころには結構な人数が集まっていた。

 朝食前の自由時間を、訓練生たちが自主練に使っているのだ。


 魔断との感応式もつつがなく終えて、出立を間近に控えた者が多いこの時期の修練場は、特にすさまじく、打ちこみゃ柔軟、走りこみなど、互いが互いの邪魔とならないよう自然と区分けして使っているものの、空間のほとんどが人で埋めつくされ、空気が白くけぶるほど熱気であふれかえっている。


 だがよく見れば、中に数名、あきらかに訓練生や候補生ではない者がまじっているのが分かる。

 実技の教え長として出立年次生を受け持っている魔断が、当番制でこの自主鍛練を見てやるのが慣習となっているのだ。

 白悧もその中の1人で、今朝も数人の教え子たちの剣さばきや足運びを見てやっていたのだが、彼の頭の奥を占めているのは、あのだれよりも優しい頑固者のことだった。


 昨夜遅くまで話しあい、なんとか説きふせようと、時にはおどしたりもしたのだが、蒼駕は考えを変える気はないの一点張りで、がんとして譲ろうとしない。

 赤字続きの宮の運営状況は年々深刻さを増しており、はっきり言えば正式な訓練生だろうとやるだけ無駄と分かっている者はさっさと切り捨てたいというのが宮の本音だ。そんな中で訓練生にも満たない年齢の子どもを育てるなど無理なのだから、せめてサキスに養子として出せば、時々会いに行くことはできると、あれほど言ったというのに。


 まったく……あの宮一の頑固者め!!


「そこ! 踏みこみが全然浅い! 断つ気がないならそんな大振りするんじゃない!!」


 1対2で剣をかみあわせている奥の3人を指さしてどなる。

 いつもなら見逃してやっている、この程度のことまで目端について口にせずにはいられないほどいらついてる自分に、まったくもって腹がたつ!


「それとも、片道2カ月はかかる国に親権とられてもいいってのかよ、あいつはっ」


 とか、独り言が口をついたりもする。

 よけいな世話だと思うし自分には関係ないことだとは思うのだが、どうにも心配で頭からはなれないのだ。


『このわからずや! 聞く耳持たず!

 これだけひとが言ってやってるってーのに! おれはもう知らないからなっ!!』


 なんて宣言ぶちかまして部屋を出たくせに、結局あいつのこと考えてたりして、ほんと、我ながらおせっかいだよな、とぽりぽりこめかみのあたりをかいていたら。


「うっわあああっ!」


 という悲鳴がすぐ近くで起きた。


「なんだ? どうした!」


 ほかのことへ気をとばしていたこともあって、突然の出来事にあせりながらも生徒には継続の指示を出し、急ぎそちらへかけつける。


 やじ馬がわいのわいのと意見をとびかわせているそこに、人垣を押しやりながらたどりつき、視線の集中した草むらの奥を覗きこむ。そこにいたのは、てっきりまだ眠っているとばかり思っていたあの少女の、うずくまった姿だった。

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