第一章(2):意外なる招待と、神界の真実
光の渦を抜けた私たちは、見慣れた神界の庭園に降り立つ。
そこは、何度訪れても心を奪われるほどの美しさ。温かい、全てを包み込むような光があふれ、心地よい風が頬を撫でる。
あんなに緊迫した状況だったのに、神界の穏やかな空気に触れると、張り詰めていた心が自然と解きほぐされていくようだった。
「いらっしゃい、さあどうぞ」
エリアス様が、柔らかな笑顔で迎えてくれる。
視線の先には、庭園の中央に設えられた優雅なテーブル。そこには、色とりどりの果物や、焼き立てのパン、そして見た目にも美しいケーキが並べられている。軽食、というにはあまりにも豪華なその光景に、私たちは目を瞬かせた。
「あの、エリアス様…これは一体…?ガイア様が何か…?」
アルドロンさんが、戸惑いを隠せない様子で問いかける。
ルシアン様も、カスパール君も、ローゼリアちゃんも、もちろん私も、皆が同じ疑問を抱く。まさか、世界に危機が迫っているというのに、茶会を開いているわけではあるまい。
エリアス様は、そんな私たちの緊迫した雰囲気を、楽しげに受け止めているようだった。
「ガイアならあそこよ~」
エリアス様が指さした方向を見ると、神界の広大な庭園の隅にある、ガイア様の専用スペースが目に入る。
それは、視界の限りどこまでも広がる神の世界の一角に、とてつもない規模で創り上げられた、まさに神業としか言いようのない芸術作品だった。
そこには、緻密な歯車と複雑なレバーで構成された巨大な蒸気機関が唸り、その動力で無数の小さな人形たちが生命を吹き込まれたかのように動き回る。煌びやかな宮殿がそびえ立ち、その周囲には虹色の光を放つクリスタルの森が広がる。ミニチュアの列車が、まるで生き物のようにうねるレールの上を駆け抜け、空には精巧な飛行船がゆっくりと浮かぶ。
その一つ一つが、ガイア様の無限の創造性と、途方もない情熱の結晶であり、神界の広大な空間を埋め尽くす、まさに「世界」と呼ぶにふさわしい光景だった。
「ねえ、セラフィナ君」
エリアス様が、私だけに聞こえるように、少し声を潜めて言う。
「ガイアったらね、君が前の世界から持ってきたブロックとかでいろいろ作るのに夢中なんだけど、あれほどのものを作ろうとすると、当然ながらすぐパーツが足りなくなる。そこで、自分で新しい素材や、既存の枠にとらわれないオリジナルパーツまで創り出しては、ああやって自分の作品に取り込むようになったんだよ。創造神の本領発揮ってやつかね」
エリアス様は、楽しげに、しかしあっけらかんとした口調でそう言う。
「ちょっと休憩」
なんと、そのガイア様が、私たちと同じテーブルへとゆっくりと歩み寄ってくる。そして、何事もなかったかのように、私たちの向かいの席に腰を下ろす。
「……っ!!」
私たちは、その光景に目が飛び出るほど驚いた。
ガイア様が!私たちと一緒に!テーブルを囲んでいる!
信じられない、という言葉では言い表せない衝撃が、私たちを襲う。
「ごめんなさいね。緊急で呼んだのには訳があるの」
エリアス様は、悪戯っぽく微笑んで、パンっと手を叩いた。
「じゃじゃーん!!!」
エリアス様は、満面の笑みで宣言する。
「なんと、『魔法使いの王ルシアンと四人の勇者の物語』の続編が完成しました!」
「…………はぁ!?」
まず口を開けたのはカスパール君だった。
いつも不機嫌そうな彼の顔も、呆れ返って口がぽかんと開いている。
続くアルドロンさんも、普段の冷静沈着な面影はどこへやら、目が点になり、口はわずかに開いたまま固まっている。
そしてローゼリアちゃんは、口を大きくぽかんと開けたまま、まるで世界がひっくり返ったかのように呆然としている。
その場にいる皆が皆、あまりの想定外の展開に、思考がフリーズしたかのようだった。
ルシアン様でさえ、その涼やかな瞳をわずかに見開き、口元は微かに開いたまま、静かにエリアス様を見つめる。その表情には、驚きというよりも、目の前の状況が理解できないという困惑と、どこか深い思案の色が浮かぶようだった。
「うおおおおお!マジですかあぁぁぁあああああ!!!」
その沈黙を破ったのは、紛れもない、私だった。
私は、感動で全身が震えるのを感じる。
まさか、あの『物語』の続編が!そんなことってある!?
私の推し活に、新たな、いや、無限の光が差した瞬間だった。
私はエリアス様に一直線に駆け寄り、思わずその手を掴む。
そして、エリアス様と共に歓喜の舞を繰り広げる。
その間、ルシアン様は、私のあまりのはしゃぎように、安堵したように微笑み、愛おしそうに私を見つめていた。まるで、私の喜びがそのまま彼の喜びであるかのように。
「え、えっと…つまり、ガイア様が、いきなり何か大変なことをなさった訳では……?」
ローゼリアちゃんが、恐る恐る問いかける。
「……ったく、冗談じゃねぇぞ。神界にまで呼び出しといて、こんな馬鹿げた話かよ。俺たちは、一体何のためにここまで来たんだか」
カスパール君は、不機嫌そうな顔はそのままに、しかしどこか呆れたような、それでいて心の底では安堵しているのが透けて見える表情で、腕を組む。
「そんなに言わなくたっていいじゃない」
ローゼリアちゃんとカスパール君のやり取りに、ガイア様が思わずといった様子で口を挟んだ。
その様子は、普段の威厳ある姿からは想像もつかないほど幼く、私たちをさらに驚かせた。
「つまり、神界の危機とか、魔界との均衡が崩れたとか、そういう話ではないということか?」
ルシアン様が、状況を整理するように確認すると、エリアス様はにこやかに頷く。
「ええ、全くその通りよ。世界の危機でなくて本当に良かったわね?」
私たちも、ようやく胸をなでおろした。
「でね、」
踊り終えた私とエリアス様は、再びテーブルに戻る。
エリアス様は、何でもないことのように続ける。
「出版社の人と打ち合わせやら何やらで、セラフィナ君の前の世界の日本に行くけど、一緒に行く?」
エリアス様の軽い問いかけに、私は頭が真っ白になる。
「えー?!だって、私、佐倉花からセラフィナに転移?して、それから、セラフィナで一度寿命を迎えて更に、今のセラフィナに転生してて、すでに、この世界の時間では三千年以上たってますよね。今、日本に行ったら、どうなってるのでしょうか?」
私の問いに、エリアス様はにこやかに答える。
「あなたが、あの日、眠りについて、ルシアン君のアクスタを鍵として、この世界に来たよね。あの日、あの眠りについている状態で佐倉花君の時間は止まってるよ」
「えー!!!」
私は、再び驚きの声を上げる。
そんなことが、可能なのだろうか。私の時間は、本当にあの日のままで止まっているというのか。