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H//iraeth  作者: 呟貝
第二章:ネスト
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第7話:魂の梢

コクピットから見える景色は、信じがたいものに変わっていた

数週間前まで拠点にしていた、赤茶けた岩山の渓谷とはまるで違う

眼下に広がるのは、この荒廃した世界ではおよそありえない、どこまでも続くかのような広大な森

旧時代の記録でしか見たことのない、深い緑の海だった


「…本当に、あるんだな。こんな場所が」


俺の独り言に、背後から声がかかる


「ああ、とんでもない『聖域』を見つけたもんだ」


機体の整備を終えたギャレスが、俺の隣に立ち、感嘆の声を漏らす

だが、その表情は驚きというよりも、懐かしむような、慈しむような色を浮かべていた


「ファルシアの奴、よくこんな場所を探し当てたよな。

 前に来た時から変わっていないところを見ると組織の連中も、まさかこれほどの森が手付かずに残ってるとは気付いていないようだ」


ネストに来てから、いくつかの季節が巡っていた

俺たちは旧文明の遺棄された施設から施設へと、獲物を追う鳥の群れのように移動を続け、その先々で一時的な「巣」を作っては、また次の場所へと飛び立つ

そんな旅暮らしにも、いつの間にか慣れていた


「ブライン、また空を見てるのか?どこにいても、お前はそればっかりだな」


ネストに来た当初はぎこちなかった会話も、長い旅を続けるうちに、今ではすっかり日常の一部になっている


「別に…次の寝ぐらのことを考えていただけだ」

「ははっ、殊勝なこった。まあ、この森ならしばらくは安泰だろうさ。水も食料もあるしな」


ギャレスはそう言うと、俺の肩を軽く叩いた


「ぼーっとしてないで、さっさと準備しろ

 今日は隣村までのお使いだ」


「お使い、ね…

 傭兵団も雑用をするんだな」


俺が少し皮肉を込めて言うと、ギャレスは肩をすくめて大げさに笑う


「当たり前だろ 、俺たちは正義の味方じゃねえ、傭兵団だ  流れ着いた先々で、村の連中と良好な関係を築いておくのも、大事な仕事なのさ  それに、ここで今の時期に食べられるミンスパイは絶品なんだぜ」


今日の任務は、ネストで採れた作物を近隣の村へ届け、代わりに医薬品や生活物資を受け取ってくるという、単純なものだった

フェザーフレームを出すまでもない、旧時代のバギーでの移動だ


道中、ギャレスはよく喋った

彼の故郷の話、昔の失敗談、そして、親友だというカイの話

カイは、俺も知っている

ギャレスと同じくらいの実力を持つ、ネストのトップエースの一人だ


「あいつ、無口で無愛想だから誤解されやすいんだが、根はいい奴なんだ

 この前も、俺が任務でヘマした時、黙って庇ってくれてな

 ま、後でファルシアに二人して、こっぴどく叱られたんだが」


そう言って笑うギャレスの横顔は、本当に楽しそうだった

親友…

俺にとって、その言葉の響きはあまりに遠い

組織にいた頃、隣にいたのは常にライバルだった

スコアを競い、蹴落とす相手

エフニスも、かつては…


俺たちの乗るバギーが村に近づくと、何やら人が集まっているのが見えた

村の中心にある、一本の大きな木の前に、人々が輪になって静かに佇んでいる

その輪の中心には、新しく掘られたらしい小さな穴があった


「…葬式か」


ギャレスが、ぽつりと呟いた

彼の表情から、いつもの陽気さが消えている

俺は、初めて見る光景に戸惑っていた

組織では、死はただの「損失」であり、データ上の数字でしかなかった

戦死した兵士の亡骸がどうなるのか、俺は知らない

知ろうとも思わなかった

死は、日常の風景に溶け込む、ありふれた出来事だったからだ


だが、ここにあるのは違う「死」だった

集まった人々は皆、悲しみに顔を歪め、静かに涙を流している

誰かが、小さな花束を穴の脇に手向けた

そこには、スコアも、貢献度も、損害率もない

ただ、一人の人間の死を悼む、純粋な悲しみだけがあった


その時、ふと、視線を感じた

見ると、人々が囲む大木の、一番高い枝に、一羽のフクロウが止まっていた

雪のように白い、大きなフクロウ

夕暮れの光を浴びて、その体はぼんやりと輝いて見える

まるで、この世の生き物ではないかのような、幻想的な姿だった


「…フクロウ…?」


俺の呟きに、ギャレスが静かに頷く


「ああ…この辺りの古い言い伝えらしいが

 フクロウは、死者の魂を天に導く鳥なんだとさ」


魂を、導く…


「カイの奴が、こういう話が好きでな

 あいつ、見かけによらずロマンチストなんだ

 俺が死んだら、きっとフクロウが迎えに来る、なんて馬鹿なことを言ってたっけな…」


ギャレスはそう言って、寂しそうに笑った


俺は、言葉を失くしたまま、その光景を見つめていた

村人たちの静かな祈り

そして、全てを見届けるかのように佇む、白いフクロウ

戦場で見る死とは、全く違う

そこには、失われた命への敬意と、残された者たちの温かい想いがあった


これが、ファルシアの言っていた「心の強さ」の一つの形なのだろうか

ただ敵を破壊する力じゃない

誰かの死を悼み、その魂の行方を案じ、そして、遺された者たちが明日を生きていくための、静かで、温かい強さ


俺は、まだその答えを知らない

だが、このネストという場所で、この終わりのない旅の途中で、俺が今まで知らなかった世界のカケラを、一つ、また一つと拾い集めている

そんな気がしていた

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