第6話:想いの行方
あの日、あなたが空の彼方へ消えてから、何度夜を越えただろうか
私の日常は何も変わらない
灰色の空、定められた時間に鳴り響く無機質なチャイム、配給所に並ぶ人々の無感情な瞳 そして、終わりのない静寂の中で、あなたを待つこと
組織の管理区画の境界、鉄条網のすぐ外れ、旧時代の巨大な旅客機の残骸
大地に半身を埋め、赤錆びた巨体を横たえる、飛べない鉄の鳥
子供の頃、私とあなたが組織の監視の目を盗んで見つけた、二人だけの秘密の場所
コクピットだった空間は計器類のほとんどが失われ、ただ大きな風穴が空いているだけ
そこから見える景色は、管理された街の全景と、その向こうに広がる荒野
ここから空を見上げていると、いつかあなたがその翼で帰ってきてくれるような気がして、私は今日もこの鉄の亡骸の元へ来る
「…ブライン」
風が、ひび割れた窓の隙間を抜け、私の呟きを攫っていく
返事がないのは、もう慣れたはずなのに
まるで、胸の奥に砕けたガラスの破片が突き刺さっているような痛みが走る
街を歩けば、肌を刺すような視線を感じる
『命令違反者の恋人』
誰も口にはしない
けれど、その視線が、囁き声が、冷たい刃のように私を切りつける
時折すれ違う組織の兵士は、値踏みするような、あるいは侮蔑するような目を隠そうともしない
彼らにとって、あなたはただの不良品で、私はその付属品でしかないのだろう
鉄の亡骸の片隅で、金属の隙間から芽吹いた名も知らぬ草
私はそれに、配給の貴重な水を少しだけ分け与える
これは、あなたと私だけの、この灰色の日々に対するささやかな反逆
俯いてしまえば、堪えていた涙が零れてしまいそうで
あなたが信じてくれた、私の強さを、こんなところで失うわけにはいかない
配給所で受け取る栄養バーを齧る、いつもと同じ、湿った粘土のような食感と、微かな薬品の匂い
ただ『空腹を満たす』という機能だけがそこにある
あなたは、これが嫌いだと言って、いつも子供のように顔をしかめていた
『パンっていうのは、熱いらしいね、この絵みたいに、中からチーズってのが溶け出すんだって』
旧時代の広告を指差しながら、あなたは少し照れくさそうに言った
『いつか、俺がそれを食わせてやる』
そう言って私の頭を撫でた、あなたの不器用で、でも、とても優しい大きな手
その不器用な約束が、手の温もりが、今も私の心臓を温めている
その温もりを思い出せば、どんな味気ない食事でも、なんとか喉を通っていく。
夜、自室の固いベッドに横になり、窓から空を見上げる
星の見えない、濁った空
あなたは今、どこを飛んでいるのだろうか
傷ついてはいないだろうか
凍える夜、一人で震えてはいないだろうか
あなたが私の知らない世界で戦っているという事実だけが、鉄の爪のように私の心を締め付ける
答えのない問いが、夜ごと胸をよぎる
あなたの旅路に、光は差しているだろうか
この想いが、声が、鼓動が、どうか空を翔るあなたに届いて欲しい
遠い、遠いあなたに届くようにと、祈ることしかできない
壊れそうな心を抱きしめる
飛べない鉄の鳥の中で交わした、他愛ない会話
夕日に染まるあなたの横顔
私の名前を呼ぶ、少し照れたような声
「無理するなよ」
いつかあなたが言ってくれた言葉が、今になって私に返ってくる
でも、あなたのために強くならなければ、私はとっくに壊れていた
私が信じなくては、誰があなたの、あの不器用で優しい「心の強さ」を信じてあげられるというのだろう
だから、私は今日も祈りを錆びついた空に捧げる
あなたがどんなに傷つき、道に迷い、その翼が背負うもの全てを
痛みも苦しみも、私が受け止めるから
だから、どうか生きて、帰ってきて
私は、ずっとここであなたを待っていると