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H//iraeth  作者: 呟貝
第二章:ネスト
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第5話:傭兵の流儀

解放された手首に残る、冷たい鉄の感触

ファルシアの言葉が、まだ頭の中で反響している


『お前が本当に翼を持つに値する男か、それで見極めさせてもらうぞ』


試す、か…

俺は結局、あの部屋で夜を明かした

逃げ出すこともできたはずだ

だが、足は動かなかった

あの男、ファルシアの目の奥に宿る光が、俺をその場に縛り付けていた


翌朝、俺はイオロに連れられて格納庫へ向かった

そこには、応急修理が施された俺の「クレセント」が、静かに佇んでいた

翼の傷跡は痛々しいが、それでも再び飛べる状態にまでしてくれたらしい


「坊主、腕は確かだが、ちいと乱暴すぎるわい」


イオロは機体の装甲を優しく撫でながら、苦笑いする


「こいつは、お前の身体の一部だ、もっと労ってやらんとな」


身体の一部…

組織では、機体はただの「兵器」であり、消耗品だった

スコアを稼ぐための道具であり、壊れれば代わりが与えられるだけ

イオロの言葉は、俺が今まで聞いたこともない価値観だった


その時、格納庫の奥から、圧倒的な存在感を放つ機体が姿を現した

隼を模した、気高く、そして獰猛なシルエット

あの日、俺を絶望の淵に叩き込んだ、あの機体だ


「…あれは」

「ファルシアの『ヘブリン』よ」


声のした方を見ると、腕を組んだリズが立っていた

彼女の視線もまた、どこか誇らしげにヘブリンに向けられている


「ヘブリン…」


その名を、俺は口の中で小さく反芻する


「今日の任務は、旧文明の観測施設跡地までの偵察と、資材の運搬、そこにお前も来い、とファルシアが言っていた」


有無を言わさぬ口調だった

これが、あの男の言う「お試し」か


コクピットに乗り込むと、通信回線が開かれる

そこから聞こえてきたのは、組織の無機質な管制官の声とは全く違う、ざわめきに満ちた会話だった


『ギャレス、そっちの索敵範囲、もう少し広げられるか?』

『了解、カイ。だが、あまり先行するなよ。リースに怒られるぞ』

『あんたたちが私に心配かけさせなければ、怒る必要もないんだけどね』


軽口を叩き合う声

それが、彼らの日常らしい

組織では考えられない

私語は厳禁、報告は常に簡潔に、無駄な通信はスコアの減点対象だ


やがて、ファルシアの落ち着いた声が回線に響く


『全員、準備はいいな、出るぞ』


その一言で、ネストの翼が一斉に空へと舞い上がった

俺の「クレセント」も、ぎこちなくその後を追う

編隊飛行、というにはあまりに自由で、それでいて不思議な一体感があった

彼らは互いの呼吸を読み、まるで一つの生き物のように空を泳ぐ

リーダーであるファルシアのヘブリンを中心に、それぞれの翼が有機的に連携していく


これが、傭兵の…ネストの流儀か


しばらく飛行を続けると、眼下に広大な渓谷が見えてきた

旧時代のダム建設跡地らしい

切り立った崖と、複雑な気流が渦巻く、フェザーフレームにとっての難所だ


『目標の施設はこの先だ

 だが、この渓谷には厄介な亡霊が居座っている』


ファルシアが告げる


『旧文明の自動防衛システムだ

 数は少ないが、性能はいい』


組織のやり方なら、問答無用で殲滅するだろう

それが最も手っ取り早く、スコアも稼げる

だが、ファルシアの命令は違った


『カイ、ギャレス、陽動を頼む、リースは俺とブラインを援護しろ』

『目標は破壊じゃない、突破だ、無駄な戦闘は避ける』


その言葉に、俺は耳を疑った

戦わない?

傭兵というのは、戦うことで金を得る存在ではないのか


カイとギャレスの機体が、囮となって防衛システムの射線を惹きつける

その隙に、ファルシアのヘブリンが、まるで渓谷を滑るように降下していく

俺も必死にその後に続いた


岩陰に隠された砲台が火を噴く

だが、ヘブリンはそれを予測していたかのように、最小限の動きで回避する

翼を巧みに使い、機体を真横にスライドさせるという、戦闘機ではありえない三次元的な機動

あの時、俺をねじ伏せた圧倒的な技量


『ブライン、ついてこい!』


リースの声が飛ぶ

彼女の機体が俺の側面を守るように展開し、飛来する砲弾を撃ち落としていく

守られている…

組織では僚機は自分のスコアを上げるための駒でしかなかった…

背中を預けるという感覚を、俺は初めて味わっていた


ファルシアのヘブリンは、ただの一度も反撃しなかった

彼はただ、飛んだ

敵の攻撃を全て見切り、仲間を信じ、最も安全なルートを切り開いていく

その背中が、やけに大きく見えた


渓谷を抜けた時、空はどこまでも青く澄み渡っていた

穏やかな光がコクピットに差し込む

その時、不意に、守られているという安堵感が、胸の奥の鋭い痛みを呼び覚ました


故郷の丘で、空を見上げる少女の横顔

風に揺れる髪

俺の名を呼ぶ、優しい声の記憶


『…ネフィナ…』


今頃どうしているだろうか

俺が何も告げずに消えたあの日から、彼女はずっと一人で…


助け出す


そのためには、もっと強くなり、ユーライドを見つけこの無意味な戦いを終わらせ、必ず…


ネストの仲間たちの温かさが、俺が守りたいものの輪郭を、より鮮明にしたのかもしれない


任務は、その後何事もなく終わった

ネストに帰還すると、リズがまたシェパーズパイを持ってきてくれた

今度は、手錠のない手でフォークを握る


「どうだった、傭兵団のお仕事は?」

リズが、少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべて尋ねる

俺は、熱いパイを頬張りながら、ただ小さく呟いた


「…悪くない」


その言葉が、本心なのか、強がりなのか

まだ、自分でもよく分からなかった


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