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H//iraeth  作者: 呟貝
第二章:ネスト
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第四話:食卓の契約

意識が浮上する

鉄とオイルの匂い

そして、ゆっくりと動く巨大な機械の振動

俺は、敗れたのだ


冷たい金属の感触が、手首に食い込んでいる

目を開けると、そこは知らない機体の輸送スペースだった

ごつごつとした内壁と、床に無造作に置かれた工具箱

手首にはめられた手錠が、俺が捕虜であることを無慈悲に告げていた


ハヤブサの男…通信から漏れ聞いた男の名はファルシアというようだ


彼の圧倒的な力の前に、俺はなすすべもなくねじ伏せられた

あの赤い機体はなんだったのか

そして、この男は一体何者なのか

組織の人間ではないとすれば、別の勢力…?


考えようとしても、思考はまとまらない

全身の打撲と、なによりも心の奥底に突き刺さった、絶対的な敗北感が俺から全ての力を奪っていた


やがて、機体の振動が止まる

外部ハッチが開く音が響き、眩しい光が差し込んできた


「…立て、小僧」


スピーカー越しではない、低く、落ち着いた男の声

ファルシアだった


俺は無言で立ち上がり、彼の後について輸送機を降りる

そして、目の前に広がった光景に、息を呑んだ


そこは、巨大な洞窟だった

旧文明時代の地下ドームか何かを、再利用しているらしい

天井の岩盤の隙間からは、地上光を取り込むための巨大なレンズがいくつも埋め込まれ、柔らかな光がドーム全体を照らしている

中央には広場があり、そこでは子供たちが走り回り、大人たちが畑を耕したり、家畜の世話をしたりしていた

広場を囲むように、岩壁をくり抜いて作られた住居や作業場が並んでいる

フェザーフレームの格納庫らしき場所からは、整備の音が聞こえてくる


軍事基地ではない ここは、人が生きるための「村」だった

俺がいた組織の、無機質で殺風景な兵舎とは何もかもが違う

生活の匂いが、ここには満ちていた


「ここが俺たちの『ネスト』…鳥の巣だ」


ファルシアが、俺の反応を面白がるかのように言った


「お前のようなヒヨッコには、少し眩しいか」


俺は何も答えられなかった ただ、呆然と目の前の光景を見つめる 他のアダリズたちが、俺に気づいて遠巻きにこちらを見ていた 敵意、好奇心、そして憐れみ 様々な感情が入り混じった視線が、俺に突き刺さる


ファルシアは俺を広場を横切って、一つの居住区画へと連れて行った 質素だが、清潔な部屋 ベッドと机が一つずつ置かれているだけの、簡素な部屋だった 彼は俺をベッドに座らせると、手錠の鎖を壁のフックに繋いだ


「しばらくここで大人しくしていろ」


そう言い残し、彼は部屋を出て行った

一人残された俺は、ただ虚空を見つめるしかなかった

これからどうなるのか

殺されるのか、それとも…


数時間が過ぎた頃、部屋のドアが開き、一人の若い女が入ってきた

手にしているのは、湯気の立つ皿


「…食事よ」


ぶっきらぼうな口調で、彼女は皿を机に置く

俺は警戒しながら、その皿を見つめた


それは、俺が知らない料理だった

ペースト状の栄養食でもなければ、味気ないプロテインバーでもない

表面には綺麗な焼き色がつき、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる


「…これは、なんだ」

「シェパーズパイ、知らないの?」


女は呆れたように言った


「まあ、組織の連中が食べるものじゃないか…ほら、冷めるわよ」


俺は恐る恐る、フォークを手に取った 手錠がガチャリと音を立てる フォークをパイに入れると、サクッ、という軽快な感触 表面のマッシュポテトの下から、肉と野菜を煮込んだものが見える それを口に運んだ瞬間、俺は目を見開いた


熱い


そして、美味い


様々な食材の味が、複雑に絡み合って口の中に広がる 組織で食べていた、ただ腹を満たすだけの「餌」とは全く違う これが、「食事…」


俺は夢中でパイをかき込んだ その姿を見て、女は少しだけ表情を和らげた


「…あんた、名前は?」

「…ブライン」

「私はリズ、よろしくね、新入り」


リズと名乗った女は、空になった皿を手に取ると、部屋を出て行った


その夜、ファルシアが再び部屋に現れた 彼の後ろには、油まみれの作業着を着た、人の良さそうな初老の男がいた


「お前の機体を見させてもらった」


ファルシアが切り出し、隣の男を顎でしゃくった


「こいつはイオロ。ここの鳥たちの面倒を見てる、腕利きの技術者だ」


イオロと呼ばれた男は、人の良さそうな笑顔で顔の汚れを手の甲で拭った


「面白い細工がしてあったな。組織の連中が見たら卒倒しそうな、手製のジャミング装置だ。わしも長いことフェザーフレームをいじっとるが、あんな無茶苦茶な配線は初めて見たわい。おまけに、リミッターまで無理やり解除しようとした跡がある。坊主、よっぽど組織が嫌いと見える」


俺は何も言わず、彼らを睨みつけた


脱走兵だと分かった上で、どうするつもりなのか


ファルシアは俺の視線を真っ直ぐに受け止めると、静かに言った


「ここにいる連中の出自は様々だ。組織に見捨てられた者、元から誰にも縛られずに翔んでいた者…」


「だが、行き着く先は同じだ。俺たちは皆、あの管理された空を良しとしない…同じ翼を持つ鳥なのさ」


彼は懐から鍵を取り出すと、俺の手錠を外した


カシャン、と軽い音がして、手首が解放される


「…どういう、つもりだ」


ファルシアの目が、鋭く光る


「お前を試す」


「お前が何を見て、何のために飛んできたのかは知らん  だが、その目にはまだ光がある」


彼は部屋の出口を指差した


「明日から、ここで生活してみろ、俺たちの戦いを、暮らしを、その目で見てみろ」


「組織のルールが全てじゃないことを、その身体で知れ」


ブラインは、解放された自分の手首を見つめた


自由…


だが、それはあまりに唐突で、どう受け止めていいのか分からなかった


「…もし、俺が気に入らなかったら?」


「その時は好きにしろ 、ただし…」


ファルシアは、挑戦的な笑みを浮かべた


「一度だけ、俺たちと共に戦ってもらう  お前が本当に翼を持つに値する男か、それで見極めさせてもらうぞ」


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