表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
H//iraeth  作者: 呟貝
第一章:離脱
2/5

第二話:橄欖の枝

どれくらいの時間、飛び続けたのか


思考はとうに麻痺し、操縦桿を握る両腕は鉛のように重かった

背後から追手の気配はない エフニスが俺を見逃したのか、それとも起動したジャミングが完全に機能しているのか

確かめる術はなかった


ただ、生きている、その事実だけが、明滅する意識をかろうじて繋ぎとめていた


機体はとっくに限界を超えていた 、警告音が断続的に鳴り響き、機体のあちこちから嫌な軋み音が聞こえる

高度は徐々に下がり、翼の揚力が不安定に揺らぐ 、モニターに表示されるエネルギー残量は絶望的なほど残り僅かだった


不時着できる場所を探さなければ…


焦りが全身を駆け巡る だが、眼下に広がるのは見渡す限りの瓦礫と、赤茶けた大地ばかり、その時だった

地平線の向こうに、僅かな隆起が見えた 黒々とした、森のような影 旧時代の地図データにも載っていない、未知の領域


もう迷っている暇はなかった


「……そこまで、もってくれ……」


祈るように呟き、最後のエネルギーを振り絞って機首を森へと向ける

だが、無情にも機体は俺の願いに応えなかった

視界の全てのモニターがブラックアウトし、機体は急速に推力を失う

重力に引かれるまま、鉄の塊は森の木々を薙ぎ倒しながら、凄まじい衝撃と共に地面へ叩きつけられた


意識が戻った時、最初に感じたのは完全な静寂だった

けたたましいアラートも、風切り音も、自分の荒い呼吸さえも聞こえない

ただ、森の匂いがする 湿った土と、むせ返るような濃い緑の匂い

戦場では決して感じることのない、生命の匂いだった


「……っ、ぐ……」


身体を起こそうとして、全身に走る激痛に顔を歪める

どうやら衝突の際に強く打ち付けたらしい

だが、骨は折れていないようだ ゆっくりとキャノピーを手動でこじ開け、よろめきながら外へ這い出した

そこは、言葉を失うほどの光景だった


天蓋のように生い茂った木々の隙間から、柔らかな光が差し込んでいる

苔むした巨木が何本もそびえ立ち、足元にはシダ植物が絨毯のように広がっていた

ブラインが知っている荒廃した世界とは、何もかもが違っていた


墜落した機体は、森の一部を痛々しく抉り、黒い煙を上げて沈黙している

完全に動かなくなる前に、最低限のサバイバルキットと、姉さんのロケットだけは回収しなければ…

機体に戻ろうとした、その時、ふと、足元に咲く一輪の花に気づいた


瓦礫と金属片の隙間で、健気に咲く青い花 組織の施設で見た、データ上のどんな花とも違う、力強い生命力に満ちた青色だった


思わず、その場に膝をつく


指先でそっと花弁に触れると、朝露に濡れた柔らかな感触が伝わってきた


「こんな場所があったのか」


世界はまだ、完全には死んでいなかった


近くの茂みで、カサリと小さな物音がした


警戒して身構えるが、飛び出してきたのは掌に乗るほど小さな、毛のふさふさした生き物だった

その小動物は俺を一瞥すると、素早く木々の奥へと消えていく


何もかもが、初めて見るものばかりだった


支配され、管理された世界しか知らなかった俺にとって、この森はあまりに眩しく、そして少しだけ恐ろしかった


機体から荷物を回収し、近くの岩陰に身を隠す

身体の痛みと極度の疲労が、一気に全身を襲う

もう、指一本動かせそうになかった


霞む意識の中、俺は首にかけたロケットを握りしめた

冷たい金属の感触が、自分が今ここにいるという現実を教えてくれる


『本当の強さって、なんだと思う?』


姉さん、ウェナの声が蘇る

あの頃の俺には、その問いの意味が分からなかった

組織の中で教え込まれた「強さ」とは、より高いスコアを叩き出し、より多くの敵を撃墜すること それ以外の価値観を、俺は知らなかった


だが、今なら少しだけ分かる気がする


あのまま命令に従い、非戦闘員を撃ち、スコアを稼いでいたら、俺はきっと何か大事なものを失っていただろう

自分の魂の一部を、自分で殺してしまっていたはずだ

本当の強さとは、何かを破壊することじゃない

きっと、何かを守るためにある力のことだ あの青い花のような、か弱く、しかし美しいものを

まだ答えは見つからない

でも、この旅の果てに、きっとその答えがあるはずだ


姉さんが遺した座標が示す、「希望の場所」に


ブラインは浅い眠りへと落ちていった

夢も見ない、深い闇の中、ただ、瓦礫の隙間に咲いていた青い花の残像だけが、瞼の裏でいつまでも揺れていた

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ