第19話:隼の残滓/前編
ネストの整備格納庫には、ファルシアの愛機、ヘブリンの残骸が横たわっていた
その傍らで、イオロは黙々と工具を動かしている
彼の指先は、かつてないほどに繊細で、まるで壊れ物を扱うかのようだった
ブラインは、そのイオロの背中を、ただ見つめていた
ファルシアの死から数日
ネスト全体を覆う悲しみは、未だ晴れる気配がない
ブライン自身もまた、深い喪失感の中にいた
「……イオロ」
ブラインは、意を決して声をかけた
イオロの手が、ピタリと止まる
「ファルシアは……どんな人だったのか教えてくれないか」
ブラインの問いに、イオロはゆっくりと振り返った
彼の目には、遠い過去を懐かしむような、そして少しばかりの寂しさが浮かんでいた
「ファルシアか……」
イオロは、ヘブリンの残骸に視線を戻し、静かに語り始めた
「あいつと出会ったのは、もうずいぶん前のことだ」
イオロは、かつて組織の管理下にあった街で、しがない技術者として働いていた
日々、組織の命令に従い、フェザーフレームの整備を行うだけの生活
そこには、何の希望も、未来もなかった
そんなある日、イオロは、街の片隅で、密かに緑を育てている男に出会った
それが、ファルシアだった
「荒廃した世界に、緑を取り戻す」
ファルシアの言葉は、イオロの心に、忘れかけていた希望の光を灯した
「最初は、馬鹿げていると思ったよ
こんな世界で、緑を育てるなんて
でも、あいつの目は、本気だった」
イオロは、ファルシアの情熱に触れ、彼の活動を手伝うようになる
そして、ファルシアの理想に共感する仲間たちが集まり、ネストが生まれた
「あいつは、いつも前を見ていた
どんな困難な状況でも、決して希望を捨てなかった
だから、俺たちは、あいつについていくことができたんだ」
イオロの言葉は、ファルシアへの深い尊敬と、そして彼を失った悲しみが入り混じっていた
ブラインは、イオロの話に耳を傾けながら、ファルシアの偉大さを改めて感じていた
「ファルシアの意志は、俺が継ぎます」
ブラインは、固い決意を込めて言った
イオロは、ブラインの言葉に、静かに首を横に振った
「お前には、無理だ」
イオロの言葉は、ブラインの胸に突き刺さった
「ファルシアの代わりは、誰にも務まらない
ましてや、お前のような未熟な人間に、彼の理想を背負うことなどできない」
イオロの言葉は、冷徹だった
彼の目には、ブラインを突き放すような、厳しい光が宿っていた
「......」
ブラインは、言葉を失った
ファルシアの意志を継ぐと決意したばかりのブラインにとって、イオロの言葉は、あまりにも残酷だった
「お前は、まだ何も知らない
ファルシアが、どれほどの覚悟を持って、この世界と向き合っていたのかを」
イオロは、ヘブリンの残骸に視線を向けた
「あいつは、常に命を懸けていた
緑を取り戻すためなら、どんな犠牲も厭わなかった
お前には、そこまでの覚悟があるのか」
イオロの言葉は、ブラインの心を深く抉った
ブラインは、ファルシアの死を目の当たりにし、彼の意志を継ぐと決意した
しかし、イオロの言葉を聞き、自分にはまだ足りないものがあることを痛感した
「俺は……」
ブラインは、俯いたまま、言葉を探した
イオロは、そんなブラインの様子を、静かに見つめていた
彼の表情には、ブラインを突き放すような厳しさの中に、微かな悲しみが混じっていた
イオロは、ブラインにファルシアの偉大さを語ることで、彼に現実を突きつけようとしていた
そして、ファルシアの意志を継ぐことの重さを、ブラインに理解させようとしていた
それは、ブラインを守るための、イオロなりの優しさだった
「ファルシアの意志を継ぐというのなら、まずは自分自身と向き合え
そして、本当に覚悟があるのか、自問自答しろ」
イオロの言葉は、ブラインの心に深く刻まれた
ブラインは、イオロの言葉の意味を理解しようと、必死に考えた
ファルシアの意志を継ぐこと
それは、決して簡単なことではない
多くの困難が待ち受けているだろう
ブラインは、再び顔を上げた
彼の瞳には、迷いの色はなかった
「俺は……必ず、ファルシアの意志を継いでみせます」
ブラインの言葉に、イオロは何も言わなかった
ただ、静かにヘブリンの残骸を見つめるだけだった
二人の間に、再び沈黙が訪れる
しかし、その沈黙は、先ほどまでとは異なり、どこか温かいものだった
イオロは、ブラインの成長を、静かに見守っていた
そして、ブラインは、イオロの言葉を胸に、ファルシアの意志を継ぐための道を歩み始めるのだった