第17話:王の犠牲/後編
白銀のグリフォンが、その翼を誇示するようにゆっくりと広げる
その神々しくも冒涜的な姿を前に、格納庫の空気は死そのものの重みで張り詰めていた
半壊したリースとギャレスの機体からは黒煙が上がり、戦闘の続行が不可能であることは誰の目にも明らかだった
動けるのは、自分とファルシアだけ
「ブライン、下がるな」
内部通信で響いたファルシアの声は、鉄の意志を宿したかのように冷静だった
だが、その声色とは裏腹に、彼の駆るヘブリンの機体からは、揺らめく陽炎が見えるほどの熱が放たれている
機体も、そしてパイロットも、限界が近い
ブラインは乾いた唇を強く噛み締め、クレセントの操縦桿を握り直す
恐怖は、怒りが塗り潰していた
ただ、目の前の白銀の存在が、仲間たちを玩具のように蹂躙したという事実だけが、冷たい炎となって心を焼いていた
「同時に仕掛けるぞ」
ファルシアの短い合図を縁に、二機のフェザーフレームが左右から同時に飛翔する
ブラインはクレセントを低空で滑らせ、グリフォンの死角へと回り込む
ファルシアのヘブリンは、陽動を兼ねて上空から急降下し、雨のようなビームを浴びせかける
だが、白銀の機体はまるで未来を予知しているかのように、最小限の動きでその全てをいなしていく
ヘブリンのビームは翼の一振りで虚空に弾かれ、クレセントの放ったミサイルはクローの一閃で虚しく爆ぜる
その動きには一切の無駄がなく、あまりにも優雅で、それ故に絶対的な格の違いを見せつけていた
まるで、熟練の騎士が振り回されるだけの子供の剣を、退屈そうにあしらうかのように
「くそっ…!」
焦りがブラインの思考を鈍らせ、動きを硬直させる
コンマ数秒の隙
それを見逃すグリフォンではなかった
白銀の機影が、蜃気楼のように揺らめいたかと思うと、音もなくブラインの背後に回り込んでいた
警報が悲鳴を上げるよりも早く、巨大なクローがクレセントのコクピット目掛けて振り下ろされる
――終わる
ブラインの脳裏に、故郷で待つネフィナの笑顔が浮かんだ、その刹那
衝撃の代わりに、視界の端を蒼い閃光が駆け抜けた
ファルシアのヘブリンが、クレセントを突き飛ばすようにして、その身を盾にしたのだ
轟音
グリフォンのクローが、ヘブリンの分厚い装甲をまるで紙のように貫く
激しい火花が散り、機体の一部が破片となって弾け飛ぶ
「ファルシアッ!」
ブラインの絶叫が、破壊され尽くした格納庫に木霊した
「…生きろ、ブライン」
途切れ途切れの通信
ノイズ混じりの声は、それでもリーダーとしての威厳を失ってはいなかった
「お前が…希望だ」
致命傷を負ったヘブリンは、それでも最後の力を振り絞り、隠された頭部のビームシールドを展開する それは一度使えばメインカメラの視界と引き換えに全てを貫く、禁じ手とも呼べる最後の牙
蒼い光の槍と化したヘブリンが、グリフォンの懐深く突き刺さる
白銀の装甲が、初めて赫い火花を散らし、大きく砕け散った
だが、反撃もそこまでだった
グリフォンは意に介した様子もなく、貫かれた腕でそのままヘブリンを握り潰す
肉が潰れるよりも生々しい、嫌な音が響き渡る
ネストの誇るハヤブサは、原型を留めないほど無残な鉄塊へと変わっていく
コクピットからの返答は、もうない
「あ……ああ……」
時間が止まったようだった
守ってくれたリーダーが、目の前で
あの、無機質な鉄の塊に
「う……ああああああああああああああああああああああッ!!」
ブラインの喉から迸ったのは、悲しみでも怒りでもない、魂そのものが引き裂かれるような叫びだった
その慟哭が、白銀のグリフォンを止めた
今まで無感情に破壊を繰り返していた機械が、ピタリと動きを止める
ゆっくりと、本当にゆっくりと、その無機質なカメラアイがブラインのクレセントに向けられる
何かを確かめるように
何かを思い出すように
その瞳の奥で、一瞬だけ赤い光が揺らいだように見えた
数秒の静寂
やがてグリフォンは、握り潰したヘブリンの残骸をゴミのように無造作に放り投げると、音もなく背を向けた
そして、砕かれた岩盤の向こう側へ、まるで役目を終えたかのようにただ静かに飛び去っていく
残されたのは、煙の立ち上る格納庫と、地に伏した仲間たちの機体
そして、最大の支えであった男の、歪みきった鉄の墓標だけ
ブラインは、操縦桿を握りしめたまま、動けなかった
ファルシアを失ったという、あまりにも重い現実が、彼の心を支配していた