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H//iraeth  作者: 呟貝
第二章:ネスト
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第15話:過去からの呼び聲

ネストの空気に、(さび)がじわりと広がるような重い停滞(ていたい)が溶け込んでいた


ブラインが組織を離反し、この傭兵団の拠点に身を寄せてから数ヶ月

仲間として受け入れられたことで当初の緊張は薄らいだものの、組織への次の一手が見えないまま潜むだけの日々が続く

誰もが打開策を見出せないこの膠着(こうちゃく)した状況は、ブラインの心にも(おり)のようなものを沈殿させていくようだった


機体を整備する金属音、交わされる他愛ない会話、風の音――そのどれもが、内なる焦りを隠すための上辺だけの音に聞こえた


ブラインもまた、その停滞した空気の中で黙々と与えられた任務をこなす一人だった。この日、彼が駆るクレセントが向かったのは、組織の管理区域から外れた旧文明時代の商業区画跡。かつての繁栄を物語るビル群は見る影もなく崩れ落ち、無数の鉄骨が墓標(ぼひょう)のように灰色の空へ突き出しているだけの、寂れた土地だ


「こちらブライン。目標エリアに到着。これより偵察を開始する」


感傷(かんしょう)を振り払うようにネストへ定型報告を済ませ、ブラインはクレセントのメインモニターに表示される地形データを睨んだ。主な任務は資源探索。だが、彼の意識の片隅には常に「何か」を探す自分がいた。この膠着(こうちゃく)した状況を打破する、一筋(ひとすじ)の光。それが何なのか、彼自身にも分かっていなかった


低空を滑るように飛行し、ひときわ大きなビルの残骸(ざんがい)に機体を降ろす。旧文明時代、地域の情報を一手に担っていたとされるデータバンクセンターの跡地だった。メインフレームの大部分は破壊され、無数のケーブルが断末魔(だんまつま)のように垂れ下がっている。だが、奇跡的に非常用電源の一部が生きている区画があった


「……気休め、か」


自嘲(じちょう)しながらも、ブラインはコクピットから外部端末を接続した。膨大なデータはほとんどがノイズの海と化していたが、検索機能だけがかろうじて生きていた。ディスプレイに指を滑らせ、そこに打ち込んでいたのは、ずっと心の奥底に封じ込めていた名だった


――ウェナ


エラー音が(むな)しく響くだろう。そう思っていた。だが、ディスプレイには一つのファイル名が静かに表示された


Wenna_Personal_Log_7


「……姉さん」


思わず漏れた声は、自分でも驚くほどにかすれていた。ダウンロードの進行を示すバーが、やけにゆっくりと進んでいく。(はや)る気持ちを抑え、ブラインはファイルを開いた。そこに(つづ)られていたのは、彼が知らない姉の、孤独な闘いの記録だった


ログエントリー: Cycle 001


目覚めた時、%¥@aは終わっていた。冷凍ポッドが開いた先は、静寂と廃墟(はいきょ)が支配する墓場。エイラはどこへ消えた?『%@$の大釜(おおがま)』は?そして何より…弟はどこにいる?


ログエントリー: Cycle 084


瓦礫(がれき)の山をいくつも越えた。データバンクを漁り、エイラの痕跡(こんせき)を追う日々。断片的な記録が語るのは、エイラの崩壊と、ある『計画』の存在。彼らは一体、何を目指していたのか。この荒れ果てた世界で、私に残されたのは弟の記憶だけ。君の無事を信じることだけが、私を前に進ませる


ログエントリー: Cycle 152


ついに、一つの伝承(でんしょう)に行き着いた。エイラの研究者たちが追い求めていたという『希望の場所』。その道標(みちしるべ)は、伝承に隠されていた。もう、一人で追うには限界だ。だから、この記録を(のこ)す。いつか、誰かが…これを見つけてくれることを信じて


――知恵深(ちえぶか)(からす)のみが、道を知る

――傷ついた巨人の烏が星の海を渡り、涙の石をその目に宿(やど)す時、道は(ひら)かれん


私は、%&##@%と合流する。彼となら、何かを変えられるかもしれない。弟を必ず見つけ出す、だから、生きて


記録はそこで途切れていた。

ブラインは呆然(ぼうぜん)と画面を見つめていた。自分より先に目覚めた姉が、たった一人でこの荒廃(こうはい)した世界を彷徨(さまよ)い、自分を探し続けてくれていたこと。そして、その孤独な旅の果てに、未来へ繋がる一条(いちじょう)の光――(いにしえ)の伝承を見つけ出していたこと。その事実が、胸を締め付けた


「烏…涙の石…」


意味の分からない言葉が頭の中を巡る。これは座標ではない。暗号だ。姉が遺してくれた、未来への道標。ブラインの心に、この停滞の中で忘れかけていた熱い光が(とも)った


「姉さん…!」


必ず見つけ出す。ブラインは固く誓い、クレセントを発進させた。彼の胸には、姉の言葉が希望として、そして解くべき謎として深く刻み込まれていた。この発見に没頭するあまり、彼は気づいていなかった


その頃、遠く離れたネストの格納庫(かくのうこ)では

イオロが解析を続けていたユーライドの残骸が、まるで呼吸をするかのように、かすかな光を明滅(めいめつ)させていた。赤黒いナノマシンの集合体が、脈動(みゃくどう)するかのように(うごめ)き、静かに自己修復を進めていることに


そして、その光が放つ微弱な信号が死神(しにがみ)を呼び寄せていることにも、まだ誰も気づいてはいなかった

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