第14話:災厄の残骸
ブラインたちが、雪原で変わり果てた友と対峙していた、ちょうどその頃
ネストが警護を請け負っていた、別の村にも、災厄は舞い降りていた
そして、その災厄は、一つの「残骸」となって、ネストの格納庫に運び込まれた
リース、彼女の機体「ネイスダール」は、自力での飛行が不可能なほどに大破し、僚機の肩を借りて、ようやく巣へと帰り着いたのだ
だが、彼女の功績は、その犠牲を補って余りあるものだった
彼女は、エフニス機と同じような異質さを放つ敵機体を相打ち覚悟の一撃で撃墜し、その残骸を持ち帰ってきたのだ
格納庫の冷たい床に、その異形の残骸が横たわっている
歪で、有機的なシルエット
所々が抉られ、焼け焦げているにもかかわらず、その機体はまるで呼吸をしているかのように、微かな唸りを上げていた
イオロは、運び込まれた残骸を前に、食い入るようにそれを見つめていた
彼の目は、普段の温厚なそれとは違い、技術者としての飽くなき探究心と、未知のテクノロジーに対する畏怖の念で、爛々と輝いていた
「…なんだ、これは…」
イオロは、まるで独り言のように呟く
その手には、様々な計測機器が握られていた
俺たちも、固唾を飲んで彼の作業を見守る
格納庫には、イオロが立てる機械音と、時折漏らす感嘆の声だけが響いていた
「装甲の材質が、全くの別物だ 自己修復機能まで備わっている… 組織の最新鋭機でも、こんなものは見たことがない」
彼は、残骸の断面を特殊なスキャナーでなぞりながら、唸るような声を上げた
スキャナーが示すデータは、俺が見ても異常だった 合金の分子構造が、まるで生き物の細胞のように、破壊された箇所からゆっくりと再結合を始めているのだ
「エネルギー伝達経路も、我々の知るフェザーフレームの構造とは、根本的に違う
まるで、機体そのものが一つの生命体のように、エネルギーを循環させている… こんな設計、正気の沙汰じゃない」
解析は、夜を徹して行われた 俺も、ギャレスも、そして、傷の癒えぬリースも、誰一人としてその場を離れようとはしなかった
この残骸の正体を突き止めることが、エフニスが変貌してしまった理由を知るための、唯一の手がかりになるかもしれない そう、誰もが感じていたからだ
「…おかしい…」
夜が白み始めた頃、イオロが呟いた 彼の顔には、疲労の色と共に、深い困惑が浮かんでいた
「動力源が、見つからんのだ これほどの性能を発揮するからには、相応のジェネレーターがあるはずだ だが、どこにも、それらしきものがない まるで、この機体は、何もない空間からエネルギーを生み出しているかのようだ…」
何もない空間から生まれるエネルギー… その言葉が、俺の記憶の奥底に眠っていた、ある光景を呼び覚ました 姉さんが、俺にこのロケットを託した、最後の日 彼女は、何かを恐れるように、そして、何かを願うように、こう言ったのだ
『いい、ブライン。この世界には、目に見えるものだけが全てじゃない。爆発や熱量だけが、力じゃないの。もっと静かで、もっと小さくて、でも、世界を根底から覆すほどの力が、どこかに眠っている…』
そして、ロケットに触れながら、囁いた
『このロケットが、鍵になる。黄金の光を見つけて…』
「…イオロさん」
俺は、気づけば声をかけていた
「その機体、動力源が、すごく小さいものだとしたら…?」
「小さい?」 イオロは、怪訝な顔で俺を見た
「例えば…砂粒よりも、もっと… 目に見えないくらい、小さな…」
俺の言葉に、イオロはハッとしたように目を見開いた
彼は、何かを思い出したかのように、慌てて別の解析装置を起動させる それは、物質を分子レベルで解析するための、旧文明の遺物だった
「まさか…そんなはずは… あれは、ただの伝説のはずだ… 旧時代の科学者たちが夢見た、机上の空論…」
イオロは、ぶつぶつと呟きながら、装置を操作していく
やがて、ホログラムモニターに、複雑な分子構造式が映し出された
それは、螺旋を描きながら、まるで生き物のように、ゆっくりと明滅を繰り返していた
イオロは、その場にへたり込んだ 彼の顔から、血の気が引いている
「…分かったぞ…」 彼の声は、震えていた
「こいつを動かしていた、動力源の正体が…」
彼は、震える指で、モニターを指差した
「自己増殖し、他の金属を取り込み、そして、無限に近いエネルギーを生み出す…
こんなものは、一つしかありえん 旧時代の伝説…『ユーライド』なのか?…」
その言葉に、部屋にいた全員が息を呑んだ
ブラインは気がつくと姉が遺したロケットを、強く握りしめていた
伝説は、本当だったのだ
そして、そのおとぎ話のはずだった力が、現実に存在している
その事実は、俺たちの戦いがより過酷になることを告げていた。