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H//iraeth  作者: 呟貝
第二章:ネスト
13/22

第13話:闇夜の鼓動

その夜、私は眠れずにいた

窓の外は、いつもと同じ、星のない闇

だが、今夜の闇は、まるで生き物のように、粘り気と重さをもって部屋に満ちてくるようだった


胸騒ぎがする

理由のない、それでいて確信に近い、嫌な予感

心臓が、誰かに鷲掴みにされたように、不規則に、そして痛みを伴って脈打っている


『ブライン…』


彼の名を呼んでも、静寂が返ってくるだけ

分かっている

彼は、ここにはいない

この管理された街の、遠い、遠いどこかで、今も戦っている


私はベッドから抜け出し、冷たい床に裸足で立った

窓に額を押し付ける

ガラスの向こう側、組織の管理塔が放つ、冷たい監視の光だけが、街をぼんやりと照らしていた


組織の締め付けは、日増しに厳しくなっている

配給はさらに減り、人々の顔からは表情が消え、街はまるで巨大な墓場のようだ

時折、夜中に響き渡るフェザーフレームの飛行音

それは、誰かが「ゲーム」に連れて行かれる音

あるいは、誰かが「人狩り」の犠牲になった音


この街で、ブラインの帰りを待つということは、彼の「共犯者」として生きるということ

周囲の視線は、日に日に冷たさを増していく

だが、私は決して俯かない

彼が信じてくれた、私の強さを、失うわけにはいかないから


ふと、あの旅客機の残骸のことを思い出す

私と彼の、秘密の場所

あそこなら、この息の詰まるような不安から、少しは解放されるかもしれない


私は、音を立てないように部屋を抜け出し、闇に紛れて鉄条網の外を目指した

雪が、降り始めていた

白い結晶が、私の頬を撫で、静かに溶けていく

それは、まるで遠い誰かの涙のようだった


鉄の鳥の亡骸にたどり着いた時、私の胸の痛みは、さらに強くなっていた

まるで、彼の痛みが、時空を超えて私に伝わってくるかのように


『…ブライン、あなたなの…?』


風穴の空いたコクピットに身を滑り込ませ、私は空を見上げた

吹雪が、視界を白く染めていく

その白い闇の向こうで、あなたが今、苦しんでいる

そう、直感が告げていた


届かない

この声も、この想いも

それでも、私は祈らずにはいられない


どうか、生きて

あなたの翼が、折れてしまわないように

あなたの心が、壊れてしまわないように


その時、一瞬、吹雪の向こうに赤い閃光が見えた気がした

そして、私の胸を、今まで感じたことのない激しい痛みが貫く


「…っ、あ…!」


思わず、胸を押さえてうずくまる

痛い

痛い

痛い


まるで、私の心臓が、直接引き裂かれるような痛み

ブライン…!

あなたの身に、何か、取り返しのつかないことが…!


涙が、後から後から溢れてくる

止まらない

止める術を知らない


だから、どうか あなたがどんなに傷ついても、道に迷っても

その翼が背負うもの全てを 痛みも、苦しみも、私が受け止める


だから、どうか生きて、帰ってきてほしい

私は、ずっとここであなたを待っている


私は、ただ、そう繰り返すことしかできなかった

この祈りが、この声が、どうか彼に届くようにと

この街で、私があなたを想うこの気持ちだけが、遠い空で戦うあなたの翼を支える力になると、信じたいから


どれくらいの時間が経っただろうか

胸の痛みは、いつの間にか鈍い疼きに変わっていた

吹雪も、少しだけ弱まっている

私は、震える足で立ち上がり、もう一度、空を見上げた


空は、相変わらず白く、何も見えない

だが、確かに感じた

一瞬だけ、私の祈りが、彼に届いたような気がしたのだ

それは、何の根拠もない、ただの願望かもしれない

それでも、私にとっては、暗闇の中に差し込んだ、一筋の光だった


私は、旅客機の残骸を後にした

街へ戻らなければならない

明日も、私はここで、あなたを待ち続けなければならないのだから


降りしきる雪の中、私はまっすぐ前を見て歩いた

もう、涙は出てこなかった

私の心は、決まっていた

あなたがどんなに傷ついても、どんなに道に迷っても、その全てを受け止める

そして、あなたが帰ってくる場所を、私が守り抜く


それが、私の戦い

それが、私なのだから

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