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H//iraeth  作者: 呟貝
第二章:ネスト
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第12話:壊れた騎士

雪は、あの日から降り続いていた

白く、音のない世界が、過去の傷跡も、未来への不安も、全てを等しく塗りつ潰していくかのようだ

ネストと元山賊たちによる共同警護任務は、奇妙な緊張感の中で続けられていた

俺たちネストのメンバーと、山賊だった男たちとの間には、まだ見えない壁がある

だが、ファルシアが言った通り、同じ釜の飯を食べ、同じ寒さに震える中で、憎しみとは違う、何か別の感情が芽生え始めているのも事実だった


「ブライン、三時の方向、低空から機影が一つ接近」


ギャレスの冷静な声が、通信回線に響く

彼のヴァウルが捉えた機影は、ホログラムモニターに赤い点で表示された

その速度は、異常だった

通常のフェザーフレームではありえない、弾丸のような速度


「所属不明機か…!この吹雪の中を、単騎で?」

俺は眉をひそめる


「いや、違う…!」 ギャレスの声が、恐怖に引きつる


「このパターン…前にお前を襲った、あの赤い機体だ!」


その言葉に、俺の背筋を冷たい汗が伝う

あの、圧倒的な力で俺のクレセントを弄んだ、正体不明のエース機

なぜ、今ここに…


『全員、戦闘態勢!

 リース、村の避難誘導を急げ!

 ブライン、ギャレス、俺に続け!

 絶対に深追いするな、目的は村の防衛だ!』


ファルシアの的確な指示が飛ぶ

俺たちは、三機のフェザーフレームで編隊を組み、赤い機体を迎え撃つ

吹雪で視界は最悪だ

だが、敵はそんなことなど意にも介さないかのように、一直線にこちらへ突っ込んでくる


「速い…!」


俺は、クレセントのスロットルを最大まで開くが、距離は一向に縮まらない

赤い機体は、まるで重力を無視しているかのように、雪のカーテンを切り裂いていく


『ブライン、右!』


ファルシアの警告と同時に、赤い機体が放ったビームが、俺の機体のすぐ脇を掠めた

回避が、一瞬でも遅れていたら…

俺は、冷や汗を拭う


『奴の狙いは、村だ!

 ここで食い止めるぞ!』


ファルシアのヘブリンが、機体の損傷を顧みず、クローを突き立てながら赤い機体に突貫する

だが、相手はそれを読んでいたかのように、ひらりと身を躱し、逆にヘブリンの背後を取った

信じられない反応速度

ファルシアですら、翻弄されている


「くそっ、化け物か…!」

ギャレスのヴァウルが、腹部のレールガンを放つ

しかし、赤い機体はそれを予測していたかのように、最小限の動きで回避し、そのクローでヴァウルの腕部を破壊した


『ぐあっ…!』


「ギャレス!」


もはや、まともな戦闘になっていない

一方的な蹂躙

これが、組織のエースの実力なのか

いや、俺が知っている組織の誰よりも、このパイロットは強い

そして、その戦い方は、どこか狂気に満ちていた


俺は、覚悟を決めた

このままでは、村も、仲間も、全てが破壊される

俺はクレセントのブースターを全開にし、赤い機体との白兵戦を挑む

至近距離での、一か八かの賭けだ


「うぉぉおおお!」


俺のクレセントが、赤い機体にクローを叩き込む

相手は、それを待っていたかのように、俺の機体を受け止めた

機体同士が激しくぶつかり合い、火花が散る

その衝撃で、俺たちの機体は、もつれ合うように地面へと落下していった


雪原に叩きつけられ、モニターにノイズが走る

だが、俺は好機を逃さなかった

至近距離での接触

この距離なら…!


俺は、強制的に接触回線を開いた

ノイズの向こうから、途切れ途切れの声が聞こえてくる


『…キ…シ…メイ…イハン…シャ…ハイジョ…』


その声に、俺は全身の血が凍りつくのを感じた

忘れるはずがない

かつて、友と呼んだ男の声


「…エフニス…なのか…?」


俺の問いに、通信の向こうの相手は、一瞬だけ動きを止めた

そして、ノイズの中から、苦しげな、しかし聞き覚えのある声が聞こえてきた


『…ブラ…イン…?

 なぜ…お前が…ここに…』


「エフニス!やっぱりお前なのか!

 一体、どうしてこんなことを…!

 人狩りなんて、お前がするはずないだろう!」


俺の叫びに、エフニスの声は、さらに混乱を増していく


『…人狩り…?

 違う…俺は…ネフィナを…守らなければ…

 そうだ…組織は、俺が…』


ネフィナ…?

なぜ、ここで彼女の名前が…?

エフニスの言葉は支離滅裂で、正気とは思えなかった

彼の瞳には、かつての冷静な光はなく、ただ赤黒い、歪んだ光が宿っている

何か、得体の知れない力に、彼の精神は蝕まれている


『お前がいるから、空が割れる…!そうだ、お前の翼をもげば、あの鳥籠は…!』


エフニスの機体が、憎悪を込めてクローを振り上げる

その一撃が、俺のクレセントのコクピットを捉えようとした、その瞬間


『させるかぁっ!』


ファルシアのヘブリンが、俺たちの間に割り込んできた。エフニスのクローとヘブリンの装甲が激突し、甲高い金属音と火花が吹雪の中に舞う。エフニスの攻撃は、あまりに速く、そして重い。ファルシアは機体を捻って直撃を避けるが、ヘブリンの左翼が装甲の一部を抉り取るように深く引き裂かれた。


「ファルシア!」


俺は、なすすべもなく、その光景を見つめていた。エフニスは、なおも攻撃を続けようとする。だが、その動きは、不意に止まった。彼は、苦しげに頭を抱えるように機体を震わせると、一言、何かを呟き、猛スピードでその場から離脱していった。


残されたのは、深手を負ったヘブリンと、呆然と立ち尽くす俺だけだった。

雪が、静かに、俺たちの機体に降り積もっていく

信じていたものが、音を立てて崩れていく。かつての友は、狂気に蝕まれた敵になった。守るべき仲間は、俺の目の前で次々と傷ついていく。ネストで手に入れたはずの温かい日常が、いとも簡単に引き裂かれる。その事実だけが、降り積もる雪のように、俺の心を冷たく、冷たく凍らせていった。

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