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H//iraeth  作者: 呟貝
第二章:ネスト
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第11話:白雪の足跡

戦いが終わった森に、雪が舞い始めていた

音もなく降り積もる白い結晶が、戦闘の傷跡を静かに覆い隠していく

まるで、何もなかったかのように

だが、焦げ付いた土の匂いと、破壊された鉄の残骸が、ここで繰り広げられた死闘の記憶を生々しく留めていた


俺たちは、降伏した山賊たちをネストの一区画に集めていた

彼らのリーダー格の男が、ファルシアの前に引き据えられる

男は、俺たちを憎悪に満ちた目で見上げていたが、その瞳の奥には、諦めと疲労の色が濃く浮かんでいた


「…なぜ、こんなことをした」


ファルシアが、静かに問う

その声には、怒りよりも、むしろ深い哀れみが滲んでいた


「あんたたち傭兵には、関係のないことだ

 俺たちは、生きるために奪う

 それだけだ」


男は、吐き捨てるように言った


「生きるため、か…」

ファルシアは、男の言葉を反芻する

「そのために、村の女子供を脅かし、カイを殺したのか」


「…カイ…?」

男は、初めて意外そうな顔をした

「知らん名だ

 俺たちがやったのは、森に迷い込んできた偵察機一機だけだ

 それも、警告を無視して深入りしてきたから、やむを得ず…」


その言葉に、ギャレスが掴みかかろうとするのを、リースが制した

こいつらだ…カイをやったのは、間違いなくこいつらだ

だが、彼らは自分たちが殺した相手の名前も、顔も知らない

ただ「偵察機」として、数字の一つとして処理しただけだ

その事実が、復讐という単純な怒りさえも無意味なものに変えていくようで、やり場のない虚しさが胸に広がった


「…お前たちの『猟犬』、見事な戦い方だった

 あの森で、あれほどの連携を見せるのは並大抵のことじゃない

 なぜ、そこまでの力がありながら、村を襲うような真似をする」


俺は、気づけば口を開いていた

ただの山賊にしては、統率が取れすぎている

彼らの戦い方には、切羽詰まったような、悲壮な覚悟があった


俺の問いに、男は自嘲気味に笑った


「…狩場を、奪われたのさ」


「狩場?」


「ああ…俺たちにも、元々は縄張りがあった

 こんな森の奥深くじゃない、もっと組織の管理区画に近い、豊かな土地だ

 そこにある旧時代の工場跡から、使える部品を漁っては、他の地域の連中と取引して、なんとか食いつないでいた」


男は、遠い目をして語り始めた


「だが、数ヶ月前から、組織の連中の様子が変わった

 『人狩り』だ…

 今までとは比べ物にならない、残虐で、無差別な…

 奴らは、管理外区域の人間を、文字通り『狩り』始めた

 抵抗する者は皆殺し、女子供はどこかへ連れ去られる

 俺たちの仲間も、何人やられたか…」


その言葉に、俺は息を呑む

俺がいた頃よりも、組織のやり方はさらに非道になっている

エフニス…彼が師団長になってから、何かがおかしくなっているのか


「俺たちは、狩場を追われ、この森に逃げ込むしかなかった

 だが、この森には食えるものが少ない

 だから、村を襲うしかなかったんだ…!」


男の叫びが、冷たい空気に響き渡る

生きるため…

その言葉は、俺の胸に何の同情も生まなかった

ただ、醜い言い訳にしか聞こえない

彼らがこの歪んだ世界の被害者であることは、事実なのだろう

だが、それは、彼らが新たな加害者になることの免罪符にはならない

奪われたから、奪い返す

その連鎖の果てに、何が残るというのか

怒りとも、悲しみとも違う、どうしようもない虚しさが、ずしりと俺の胸にのしかかる


ファルシアは、黙って男の話を聞いていたが、やがて静かに立ち上がった


「…事情は分かった

 だが、それでもお前たちが村にしたことは許されることじゃない」


彼の言葉に、男は覚悟を決めたように目を閉じた


「償ってもらう」


ファルシアは、意外な言葉を続けた


「お前たちには、俺たちと共に、この地域の村々を警護してもらう

 それが、お前たちの犯した罪に対する、唯一の償いだ」


「…なっ…!?」

男だけでなく、俺たちネストのメンバーも、その提案に驚きを隠せない


「ファルシア、本気か!?こいつらは…!」

ギャレスが声を上げる


「そうだ、本気だ」

ファルシアは、ギャレスを真っ直ぐに見つめる

「復讐は、何も生まん

 カイも、そんなことは望んでいないはずだ

 だが、彼らが犯した罪は、消えない

 ならば、その命、俺たちのために使わせる

 それが、俺のやり方だ」


その言葉には、誰も反論できなかった

ファルシアは、山賊たちに「生きる場所」と「償う機会」を与えようとしている

それは、組織のやり方とは全く違う、厳しくも、温かいやり方だった


数日後、ネストと元山賊たちによる、共同警護任務が始まった

もちろん、すぐに信頼関係が生まれたわけではない

互いに不信感を抱き、ぎこちない空気が流れる

だが、ファルシアは、何も言わずにただ、彼らと共に村を巡回し、共に汗を流した


その背中を見ながら、俺は考えていた

これが、ファルシアの「心の強さ」

これが、ネストの「流儀」

俺は、この場所で、一体何を見つけられるのだろうか


降り積もる雪の上に、俺たちの足跡が、いくつも、いくつも続いていた

それは、決して交わることのなかった者たちが、同じ未来へ向かって歩き始めた、最初の軌跡だったのかもしれない

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