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H//iraeth  作者: 呟貝
第二章:ネスト
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第10話:猟犬の咆哮/後編

『…指示をくれ、ファルシア』


俺の決意を込めた声に、ファルシアは短く応えた


『まず、ギャレスを回収する

 リース、後方から援護を頼む

 ブライン、俺に続け』


ファルシアのヘブリンが、鋭く降下を始める

俺も、機体の軋む悲鳴を無視して、必死にその背中を追った

眼下の森は、まるで意志を持ったかのように、俺たちを拒絶している

木の葉一枚一枚が、センサーの目を塞ぎ、風の音が、敵の気配を掻き消す


『ファルシア、右翼前方、三時の方向!熱源反応!』


リースの緊迫した声が飛ぶ

その瞬間、俺たちの側面から、数条の光が迸った

ファルシアは、それを予測していたかのように、ヘブリンの機体を鋭く反転させる

翼を巧みに使い、ありえない角度で急制動をかけながら、ビームの雨を潜り抜けた


『ブライン!』


俺は、ファルシアほどの芸当はできない

迫り来る光条に対し、咄嗟に機体を横にスライドさせ、同時にミサイルを放つ

爆炎が、一瞬だけ敵の影を照らし出した

低く構えた、多脚のシルエット

森の中を、障害物などないかのように滑るように駆け抜けていく、異質な機動

旧時代の亡霊…

それが、木々の間を滑るように移動し、次弾を装填しているのが見えた


『奴ら、一斉に動いている!

 まるで、一つの群れだ!』


ギャレスが墜落した地点は、もう目前だった

だが、そこは敵の巣の、ど真ん中だった

俺たちの周囲から、次々と多脚戦車が姿を現す

その数は、ギャレスが報告した通り、10機を優に超えている

完全に、包囲されていた


『ちっ…!』


ファルシアが、初めて焦りの声を漏らす

彼のヘブリンが、敵の一機にクローを叩き込む

だが、別の戦車が放った砲撃が、ヘブリンの体勢を崩した

その隙を逃さず、数機の戦車が、ヘブリンに群がっていく


「ファルシア!」


俺はクレセントのビーム砲を乱射し、彼を援護する

だが、多勢に無勢

俺の攻撃も、厚い樹冠に阻まれ、決定打にはならない

木々の間を自在に動き回る敵に、俺たちは翻弄されていた

空の戦いに慣れすぎた俺たちにとって、この森はあまりに分が悪すぎる


『ブライン、ギャレスを連れて、ここから離脱しろ!』


ファルシアが叫ぶ

彼のヘブリンは、数機の戦車に組み付かれながらも、必死に抵抗していた


「馬鹿を言うな!あんたを置いていけるか!」


『これは命令だ!お前達だけでも、ネストへ帰還しろ!』


その言葉に、俺は息を呑む

仲間を見捨てて、自分だけが生き残れ、と…

組織にいた頃なら、迷わずそうしただろう

それが、最も合理的な判断だからだ


「断る!

 俺はもう、誰かの犠牲の上で生きるのはごめんだ!」


俺は操縦桿を握り直し、ヘブリンに群がる戦車の一機に突っ込んだ

クレセントのクローが、敵の装甲を切り裂く

だが、同時に俺の機体にも、別の戦車からの砲撃が突き刺さった


《WARNING! 左翼、被弾!》


機体が大きく傾き、視界が赤く染まる

もはや、これまでか…

そう思った、その時だった


『ファルシア!ブライン!聞こえる!?』


リースの声

だが、その後ろから、今まで聞いたことのない、甲高い飛行音がいくつも響いていた


『カイの置き土産、しっかり届けに来たわよ!』


次の瞬間、森の木々の間を、小さな光の群れが、超高速で駆け抜けていった


それは、リースの機体「ネイスダール」が操る、二機のドローン…


いや、数が違う 二機どころじゃない 数十の光点が、森の中を縦横無尽に飛び交い、多脚戦車を次々と貫いていく


『な…なんだ、これは…!』


俺は、信じられない光景に目を見張る リースのドローンは、本来二機、開けた空間でその真価を発揮する武器だ


こんな複雑な地形で、これほどの精密機動ができるはずがない


『カイが、最後の力を振り絞って、この森の完全なマップデータを遺してくれたのよ!』


リースの声が、誇らしげに響く

カイのコロメンが持つ、超高性能なマッピング機能 彼が死の間際に遺した希望

それが今、リースのネイスダールに、森を支配する翼を与えていた


ドローンの群れは、まるで意思を持ったハチドリのようにホバリングし、敵の死角を正確に突き、その装甲を、砲塔を、脚を、次々と破壊していく 今まで地の利を活かして俺たちを翻弄していた敵が、今度は逆に、見えない攻撃に怯え、混乱に陥っていた


『ギャレス!まだ動ける!?』

『…リース!お前…!ああ、やってくれるじゃねえか!』


ギャレスの、歓喜の声が響く

彼のヴァウルが、残されたウィンチアンカーを射出し、近くの多脚戦車の脚に絡みつかせた


『こいつが、リーダー機だ!こいつを止めれば、他の奴らの動きも鈍る!』


「…了解!」


俺とファルシアは、同時に機首をリーダー機へと向けた

ファルシアのヘブリンが、隠し武器である頭部のビームシールドを展開する

機体そのものが、一本の光の槍と化し、リーダー機へと突っ込んでいく


『うぉぉおおおお!』


ファルシアの雄叫びと共に、ヘブリンの突撃が、リーダー機の分厚い装甲を貫いた

凄まじい爆発が、森の一部を吹き飛ばす

それを合図に、残った戦車は蜘蛛の子を散らすように、森の奥深くへと撤退していった


戦いは、終わった

俺は、大きく息を吐き出す

コクピットの中は、汗と、焼けた匂いで満ちていた

だが、不思議と、気分は悪くなかった


カイの遺した希望

リースの援護

ギャレスの執念

そして、ファルシアの覚悟


俺は、一人じゃなかった

この温かい繋がりこそが、ネストの本当の強さなのかもしれない


俺は、回収されたギャレスのヴァウルの隣に着陸すると、コクピットから降りた

そこには、互いの無事を喜び、肩を叩き合う仲間たちの姿があった

その光景が、なぜか少しだけ、眩しく見えた

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