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まちゃもちゃ物語

「あ〜、退屈。暇だよう」

 布団に寝転んだまちゃが独りごちた。

「何か面白いこと起きないかな〜……ま、起きないカ」

 涙ぐむ。

「これといった趣味もなく、生き甲斐もない。このまま寿命を迎えるまで、だらだらと過ごすのかなあ。僕は何のために生まれてきたんだ。もうやだ、泣きたい」

 ネガティブなものだった。しくしくと泣き続けた。

「ハァ〜、せめて何かひとつでも世の中の役に立つことをしたいなぁ……」

 体を丸めて、窓を見ながらしょんぼりしている。窓の向こうで雲が泳いでいた。

「…………」

 お腹空いた……。

「あ〜、美味しい! パクパク」

 ピーナッツを食べ出した。

「生きてるって素晴らしいなー! パクムシャ」

 そこへ家のドアがノックされた。

「はいどうぞ〜」

 食べながら言う。

「よ! まちゃ。遊びに来たよーん」

 あらわれたのは「もちゃ」だった。

「あ、もちゃ! ちょっと太った? ムシャパク」

 そう訊ねるまちゃは嬉しそうだ。

 もちゃは山盛りのピーナッツを見て、

「お、昼食⁉︎ ラッキー⭐︎」

「え」

「少しちょうだいよーよこせ」

「まあ少しなら……イイヨ」

 するともちゃはピーナッツをすべて放り投げて、

「いただきまーす‼︎」

 浮いたピーナッツが、大きくあけた口の中へと入っていく。頬をリスのように膨らませ、すぐにも食べ終わる。

「あ〜美味しかったーゲプ」

「…………」

 まちゃは、呆然としていた。泣いていた。

 それからふたりはテレビゲームをした。

「ハイ! また勝った〜」

 そう喜ぶもちゃと、

「ぐすん」

 泣いてばかりのまちゃだった。


 外にて。

 まちゃの家を、怪しげな連中が眺めている。

 サングラスをかけて、微笑しながら、

「あの家だ」

 などと話している。


 まちゃはゲームをしながら思っていた。

『なんて平凡な日々……でも、これはこれで幸せなのカナ……』

「うっほほ〜い」

「あ、また負けた」

 そこで突然、家が爆発した。

 ふたりは吹き飛ばされて、前後不覚となった。

「え、何が起きた⁉︎」

 もちゃが叫ぶ。すべてが真っ黒になり、煙が上がっていた。

 サングラスの集団が、ふたりの目の前にあらわれた。その中のひとりが言う。

「我々は、この町にお宝が眠ると聞いて、破壊して廻っている。ハハハ」

 彼らはナイフやダイナマイトを所持していた。

『最近この国、治安が悪化していると思っていたけど……まさかこんな武装集団までいるとは……』

 そうもちゃが思っている後ろで、まちゃは「家ガァ」と泣き叫んでいた。

「爆弾を食らって生きているとは……貴様ら、何者だ?」

「…………」

 まちゃはあまりに突然の出来事に、意識が飛んでしまっていた。

 頭の中は次のようになっていた。

 ………………

 △二×年、ピーナッツ星の千歳町にあるひとりの男がいた。それは……

 コイツ‼︎

「え、僕?」

 そう‼︎

 この物語は、この男「まちゃ」を中心に動きだす。

「うれしいよう」

 一方、今この国は危機に陥っていた。大企業やグループの間で争いが絶えない。暗殺、武力行使、洗脳などが頻繁に起こっていた。

 そこで……

「出番きた!」

 この危機の打開策を、まちゃは考えた。そして気づいたのだ。すべての企業とグループを倒し、自分で国を運営していけばいいのだと……。

「簡単じゃん」

 ほくそ笑むまちゃ。

 今の敵数は五〇〇一。果てしない旅になるだろう。

 でも!

 今、歩みはじめろ、まちゃ‼︎

「行くぞー」

 とことこ歩くまちゃだった。


「貴様ら、何者だ」

「ただの一般人よ!」

 サングラスともちゃの問答の間も、まちゃは気絶し続けた。

「そうか……なら用はない。やれ!」

「ハ!」

 サングラスたちが一斉に動く。

「逃げるわよ!」

 もちゃはまちゃの手を引いた。

 そこでようやく、まちゃに意識が戻ってくる。

『わかったぞ……』

 まちゃは、もちゃに握られた手に力を込めた。

「まちゃ……?」

 もちゃは訝しそうにまちゃを見た。

「宣戦布告!」

 鬨の声が響いた。

 もちゃは呆然とした。この状況で、まちゃの頭がおかしくなったのかと……。

 サングラスがふたりに近づいた。


「号泣ストリーム‼︎」

 まちゃは涙の激流を放出する。

「飛鳥文化アターック‼︎」

 もちゃは前転して衝撃波の塊となる。

 サングラスたちはスクラップにされ、次々と気絶していく。

「オラァ!」

「セィ!」

 まちゃともちゃの発声は楽しげにさえ聞こえた。

『え……?』

 遠くから見ていたひとりが唖然とする。

「う〜……」

「くるしい……」

「イタイ」

『俺以外、みんなやられた……』


「案外弱かったわね」

「それな」

「貴様ら……本当に何者だァ⁉︎」

 最後のサングラスが泣き叫んでいた。

「あら、まだ残ってたの」

「泣き疲れたよう」

 すでに夜、空は真っ暗で満月だけあかるかった。

「別にただの一般人よ。まあ……」

 もちゃは一呼吸置いて、続けた。

「昔は〈鬼〉って呼ばれていたけどね……」


        ⁂


 昔、ある家族ありけり。

 長女もちゃ。

「バプー」

 長男ちゃむらい。

「ぜよ! ぜよ!」

 父と母。

「ただいま〜」

「おかえり、あなた」

「お、何してるんだ? 我が息子よ」

 ちゃむらいは刀を振り回していた。

「せっしゃ、将来はお侍になるのだ! そのための修行なのだ! せい! ぜよ」

「パパー」

 尻もちついたもちゃが呼んだ。

「ただいま、もちゃ」

 父はもちゃに笑いかける。それから再びちゃむらいに向かって言った。

「侍か〜。どっちかっていうともちゃのほうが向いてるかもな。ハハハ」

「えっどうしてぜよ⁉︎」

「まだ生後間もないのにこんなに大きくなってな! 生まれた時から歯も生え揃っていたし、もちゃの成長が楽しみだ‼︎ ハハハ」

「バブー」

「うう……」

 父の言葉にちゃむらいは泣きそうで、すぐに母がたしなめた。

「コラッあなたあんまりちゃむらいをいじめないでください!」

「ひどいのだーしくしく」

「ハハハ! 悪かった悪かった。ゴメンな、ちゃむらい」

「ぜよ……」

「まったくもう……」

 母は半ばあきれて、それからもちゃを抱き上げて言った。

「それにもちゃはお侍なんて恐いものじゃなく、今のまま可愛く育ってほしいわ!」

「キャッキャ」

 もちゃは幸せに笑っていた。

 そんな一幕を、微かに憶えている。


 もちゃには才があった。

 頭脳、身体能力、容姿、すべてが凡人を遥かに凌いでいた。

 成長するにつれてそれが顕著にあらわれてくる。もちゃの評判は広く知れ渡った。


 ある日、学校にて。

「もちゃちゃんスゴイね! 全教科満点! どうやって勉強してるの?」

「え」

 もちゃは困惑したが、すぐに笑って取り繕う。

「特にしてないわ。授業を聞いてるダケ」

「そうなの⁉︎」

 それから友達は思い出したように、

「隣のクラスのまちゃって子、知ってる? 全教科〇点‼︎ 笑っちゃうよね」

 と笑った。

「え⁉︎ そうなんだ……」

 もちゃはまちゃを思い浮かべた。

『あの子、たまに見かけるけど話したことないな……どんな子なのカナ……』


 放課後。

「マジムカつくよ!」

「それな!」

 もちゃが教室を出てすぐに、そんな声が後ろから聞こえた。

『何だ?』

 耳を澄ませる。

「あのもちゃってやつ、死ねばいいのにな!」

「それな!」

 そんな声が、聞こえ続けた。


 下校中。

「…………」

 もちゃはひとり歩いていた。

 圧倒的な才。最初は尊敬されるだけだったが、次第に悪く思う人が出てきたのだ。それは仕方ないことかもしれない。だが、その事実はもちゃにとってひどく重たかった。

 もちゃの行手に、何やら騒いでいる集団がいた。

『何だ?』

 様子を窺う。

「死ね! ゴミ虫!」

 そう言われながら、まちゃが殴られていた。

 わんわんと号泣し、頭には犬の糞らしきものが載っている。

「おまえみたいなおちこぼれ、目障りなんだよ‼︎」

「クソが!」

『いじめ⁉︎ 助けなきゃ‼︎』

 もちゃは、今にも駆け寄ろうとした。

 しかし気づいてしまった。

 時々見かけた彼らは、以前は仲がよかったはず。なのにどうしてこんなことになっているのか……その理由を。

 彼らは、きっと親から褒められずにいて、それはまったく自分のせいなのだともちゃは思った。もちゃがあまりにも優秀すぎて、彼らの親は「もっとあの子のようになりなさい」と叱るだけで、決して褒めることはない。そうして溜まった不満が、彼らをしてまちゃをいじめさせるのだ。まちゃは、もちゃとは真逆の存在で、何にもできない落ちこぼれ。それが彼らの目にどう映るか、考えるまでもない。

 もちゃは歯を食いしばり、そして……見て見ぬふりをした。まちゃを助けるなんて、そんな真似はただの偽善だと思いながら……。


「ただいま」

 もちゃが暗い面もちで帰ってきた。

「あらおかえり〜もちゃ〜」

 母は笑顔で出迎える。

「学校はどうだった?」

 もちゃは何も答えない。逃げるように自分の部屋へと去った。

「……もちゃ……?」

 母は不思議そうに呟いた。

 しかし、それだけだった。

 幸福な者に、不幸な者の気持ちなどわからないのだ、家族でさえ。


「アイツぜったい火星人でしょ!」

「それな」

 もういつのことだったかもおぼろげだ。

 ただそんな声が聞こえ続けて、もちゃは立ち尽くし、泣いていた。

 つらくて、寂しかった。

 みんなに対して申しわけなく、殊にまちゃのことが、もちゃの心を締めつけていた。

 自分とまちゃはどこか似ていると感じた。まちゃは今もきっと悲しんでいる。そう思った瞬間から、ひとつの決意が生まれていた。

『偽善でもいい……こうなってしまえば、ほかに手段はないんだわ。だから、もう思い悩むのはやめよう。自分を我慢するのはやめよう……』

 もちゃは教室に入った。みんなに謝るために。

 しかし、そこにとんでもない光景が待っていた。

 黒板には「もちゃ死ね」と大きく書かれ、たくさんの人々が集っていて、その中に……

『スゴイね! もちゃは』

 かつてそう言ってくれた友達がいた。

 一番仲のよかった子。あろうことか教壇に立ち、全員に向かってもちゃを罵っていた。

 まことに大きな、溌剌とした声。それだけでもちゃには、悪口の筆頭が彼女だとわかった。

 もう耐えられなかった。嘘がもちゃの一番嫌いなことだった。謝ろうという気も失せた。そこに残ったのは怒りだけだった。もちゃは暴れた。教室は粉微塵になった。


 あいもかわらず、悪童たちはまちゃをいじめていた。誰かが近づくのを察して一斉に振り向く。その気配はほとんど殺気で、恐ろしい形相をしたもちゃが迫ってきていた。

「うわああああああ」

 みんなは逃げていく。

 まちゃだけが動かなかった。

 目を瞑って涙を流し、まだ殴られていると思っていた。

 暴力が止んだのにようやく気づいて、目をあけた。

「…………」

 そこに鬼が立っていた。

 まちゃはオロオロと震えだし、おしっこさえ漏らした。

 もちゃは、笑った。義務は果たした。もう立ち去ってよかった。けれど、気づいたらこう尋ねていた。

「一緒に来ないか?」

 返事はない。

 まちゃは気を失っていた。


        ⁂


 時は流れて形なき今に至る。

 今、時代はクライマックス。

 五〇〇一もあった企業・グループ数は今や残りふたつ。そのどちらかが勝った時、世界にようやく平和が訪れる。

「風見」率いる「風見電機」。

 兵士の数はおよそ五千。高度に発達したロボット技術でのし上がった。

 もちゃ率いる「みんな仲よくしてね」。

 兵士の数は十万を超える。敵を倒すだけでなく、味方につけることでも規模を拡大。人材が豊富で国民の期待も大きかった。

 今、まさに戦争中で、もちゃたちのほうが厳しい戦局だった。このままでは、〈みんな仲よくしてね〉は負けてしまうだろう。


 激戦区にて。

「うおー!」

 ボム隊長が爆弾を投げて敵兵を吹き飛ばす。

「ひるむなー! 進めえー!」

「おー‼︎」

 その多様な人材は〈みんな仲よくしてね〉の軍勢だった。例のサングラスも紛れ込んでいる。

「プププププ」

 フランダー兵長が海底から奇襲をかける。

 魚雷が口から発射され、敵戦艦に命中、撃沈する。

 かように陸はボム隊長、海はフランダー兵長に任せられていた。


 一方、もちゃは最後の作戦を考えていた。

 このままだと〈みんな仲よくしてね〉は敗北する。犠牲も多く出る。その打開策をようやく思いついたのだ。

 それは……

 まちゃ、もちゃ、ちゃむらいの三人だけで敵の本拠地に忍び込む‼︎

 今、両グループ共にほとんどの兵力を戦地に送っている。それゆえ、本拠地の護衛は手薄になっており、そこを少数精鋭で突くというのだ。勝算は十分にあるし、もし三人が負けても、この戦争は終わり、犠牲は少なくて済むという寸法だった。

 何という奇策、こんなものを考えるなんてと、みんなはもちゃを称賛した。ほとんど畏敬の念さえ抱いて。

「さすがですね!」

「ワー! ワー!」

「すごい!」

 しかしもちゃはなぜか、居心地が悪く感じた。そんなもちゃを、まちゃも心配そうに眺めていた。

 ……。


 そして。

 敵本拠地の中にて。

「案外余裕だったわね。潜入なんて」

 もちゃは瓦礫を踏んだまま言った。

「まったくぜよ!」

 ちゃむらいは得意げに笑った。

「出れないよう……」

 まちゃは入口の穴に挟まって泣いていた。

 まちゃを引っ張り出そうと、もちゃとちゃむらいが唸っているそばで声がした。

「ククク……気配を感じて来てみたら……貴様らだったのか……。まったく、何を考えているのかさっぱりだ」

「ゴドー‼︎」

 もちゃが驚く。

「クッ……」

 ちゃむらいも焦る。

「イテテテテ」

 まちゃは痛がっている。

「ゴドー」は手強い相手だ。風見の右腕として、これまで多くの者を殺してきた。風見には思慮深い一面もあるが、ゴドーにはそれがない。ほとんど狂っていて容赦がないのだ。

「わざわざ負けに来おって……今ここで斬る‼︎」

 ゴドーは吼えた。

 ようやく穴からまちゃが脱出する。すぐに顔を上げて、

「もちゃ! ここは僕に任せて‼︎ 先に行って‼︎」

「まちゃ……」

 もちゃはためらったが、

「わかったわ‼︎ 待ってるからね‼︎」

 そう言って、ちゃむらいの手を引いて走り抜けていった。

 にわかに何も聞こえなくなる。ちゃむらいの「もちゃどの⁉︎」という声だけが、余韻のようにかろうじて響いていた。

 ゴドーは機械義手をきらめかせて言った。

「驚いたな……貴様のような見すぼらしい男がたったひとりで……。まさか俺を知らぬでもあるまい? なぜだ?」

「なんとなく」

 まちゃの気の抜けた態度がゴドーを怒らせた。

「そうか、なら死ね‼︎」

 義手は伸縮自在で、硬い拳が伸びてまちゃを殴った。そのまま倒れ伏す。

「練習にもならん」

 ゴドーはまちゃを心でも見下し、そしてもちゃを思い浮かべて言った。

「虚無のような貴様など眼中にない。あの天才と名高いもちゃと手合わせしたかったものだ。彼女は噂では、風見様と並ぶほどの実力者らしいからなァ。まあいい、今からでも追いかけるとしよう。おっとその前にこのゴミの掃除を……」

 言いかけたところで、ゴドーは目を見ひらいた。

 なんとまちゃが光っていたのだ。

 その透明の輝きは、まちゃの涙にほかならなかった。どこまでも澄んだ、水のきらめき。

 それは見ていると不安になり、ゴドーの矜持は傷つけられた。見くびった相手に恐れを抱くのは大きな屈辱だ。

「今度こそ死ねー‼︎」

 物凄い速度で伸びた拳は、しかし涙にはじかれた。

 実力は互角で、勝負の行方はどちらにもわからなかった。


「本当によかったんぜよか……」

 闇を駆け抜けながら、ちゃむらいがその不安を思わず呟く。

「何がよ?」

「何がって……まちゃどのをひとり置いていったことぜよ‼︎」

 もちゃは恐い顔をした。

「よかったに決まってるじゃない‼︎」

 その余裕のない様子にはちゃむらいもぞっとして、

『もちゃどの……珍しく焦っているぜよ……。ここはせっしゃがもちゃどのをサポートするしかないぜよ……!』

 などと思案していた。

 もちゃは、まちゃがどうなったのか、考えずにはいられなかった。こんなにも生きた心地がしないのははじめてだった。


 さらなる闇を求めるようにふたりは走る。

 やがて、「立入禁止」と書かれた扉の前にたどり着く。

「……ここは?」

 もちゃは警戒しつつ中へと入った。

「あっ‼︎」

 突然ちゃむらいが声を上げた。

 視線の先、丁寧に「BOSS」と書かれた扉が用意されていた。

「遂に風見を見つけたぜよ‼︎」

 もちろん、罠だった。

「侵入者発見、侵入者発見」

 アナウンスが突如として鳴り響く。壁が降りてきて四方を取り囲んだ。

「閉じ込められたぜよ⁉︎」

 ちゃむらいはうろたえている。もちゃは壁を叩いてみたが、なかなかに頑丈だ。

「あかない……そのようね」

 その時、床に震動が走った。

 何かが落ちてきたのだ。

 電灯が室内をぼんやりと照らす。ふたりの目の前に、ロボットが屹立していた。

 豆腐に手足が生えたような見た目で、無表情の顔がおまけみたいに付いている。何だか聞き取れない電子音を発しはじめ、ひどく耳障りなので、音波による攻撃かと思われた。

『何コイツー‼︎』

 ふたりはあっけにとられた。雑音はまもなく機械音声に切り替わる。

「私ハ風見ノ頭脳ト身体能力、ソノ精神マデモコピーシテ造ラレタ〈風見電機〉ノ最高ノ軍事用ロボットデアル‼︎」

 ロボットは真円の目をもちゃとちゃむらいに向けて、続けた。

「タッタ今オマエ達ヲ殺ス方法ヲ演算シタ。モウオマエ達ニ勝チ目ハナイ。今スグ降参スレバ命ダケハ許シテヤロウ」

「降参なんてするわけないぜよ‼︎」

 ちゃむらいは毅然として言ったが、もちゃはオロオロした挙句に、

「降参します」

 そう言って土下座した。

「えー⁉︎ ぜよ」

 ちゃむらいは仰天する。

「どうしてぜよ⁉︎ なんで⁉︎ もちゃどのオオ」

「だって命は惜しいじゃない?」

「たしかに……ってオイ‼︎ ぜよ」

 ふたりの漫才を、ロボットは冷ややかに見下ろしていた。

「っつーわけで」

 もちゃは唐突に微笑んで、

「飛鳥文化アターック‼︎」

 跳び上がり、空中で前転してエネルギーの球体になる。そして無防備なロボットに体当たりを食らわせた。

『なんだ……ウソだったぜよか……』

 ちゃむらいも安堵する。

 もちゃはゆらゆらと着地して、得意げに言った。

「未来は計算できないのよ!」

 しかしロボットには疵ひとつなく、キラキラと金属光沢を放っていた。

『飛鳥文化アタックを耐えた⁉︎』

 もちゃは驚くしかなかった。ロボットは口だけを不自然に歪ませて言った。

「ヤハリ天才同士……考エルコトガ似テイルナ」

 もちゃの顔が強張った……。

「天才……? どういうことよ?」

「ナアニ。タダ私モ甘イ言葉デ不意ヲ打トウトシタダケヨ」

 その不自然な口の歪みは、どうやらロボットなりの笑みらしかった。

「『タッタ今、マチャガ死ンダ』コレハドウカナ?」

「⁉︎」

 虚をつかれ、しかしすぐ自分に言い聞かせる。

『おちつけ私……嘘に決まっているわ……』

「ハハハ。マア天才トイウノハツマリ……私ノオリジナル『風見』ノコトヨ。風見モ昔、オマエト同ジヨウニ周リカラハブラレテイタ。ソノ〈才〉ノセイデ。オマエニモ分カルダロ? 彼……ツマリ私ノ気持チガナ」

「ごちゃごちゃとうるさいぜよ!」

 刀を振り上げ、ちゃむらいが斬りかかった。

「あっ! ちゃむらい!」

 もちゃが止めようとするのも虚しく、

「ぜよォー!」

 あっけなくやられていた。

「うう……」

 呻いているちゃむらいを指して、ロボットは言い放つ。

「コイツノヨウナ凡人タチノセイデ……ドレダケ傷付イタコトカ……‼︎ 何モ悪イコトヲシテイナイノニ‼︎」

 そして、今までで一番大きい声を出した。

「ダカラ私ハナルノダ……国ノトップニ‼︎ ソシテ誰モ逆ラエナイヨウニ支配スルノサ‼︎」

「…………」


 もちゃは昔の記憶に呑まれていた。

 ………………

 ただただ悲しかった。そして申しわけないと思った。

 それでもまちゃは、ニコッと笑いかけてくれた。

 可愛くて……ちょっと馬鹿っぽい笑顔だったけれど。

 私はそれが大好きだった。

「ふたりで一緒に、生きていこうね」

 まちゃが、そう言ってくれた。

「……うん」

 ずっと一緒にいよう。

 そう思って、私は頷いたのだ……。


 もちゃは歯を食いしばり、そして声を張り上げた。

「でも‼︎ そんなの、自分の間違いを見なおすことから逃げてるだけだわ‼︎」

 ロボットは睨み返す。

「……取リ消セ」

「自分は正しい、自分は悪くない。そう思うのは簡単だし傷つかない。でもね‼︎ いつかは自分の咎と向き合わないと、取り返しのつかないことになるのよ‼︎ それに……」

「取リ消セ取リ消セ取リ消セ取リ消セ取リ消セ取リ消セ取リ消セ取リ消セ‼︎」

 もちゃは唖然とした。ロボットが故障したのではないかと思われた。

「モウイイ……」

 それは静かに言う。

「オマエヲ……殺ス」


 天才同士の戦いは長く続いた。それは何だか美しかった。

 ふたりとも、努力したことなどないのだろう。その規格外の存在は、凡人の共感を一切拒絶している。だから、反感もあれば恐怖もある。それなのに美しいのだ。孤独同士だから、うつくしかった。

「ぐぅ‼︎」

 もちゃが床に打ちつけられる。その衝撃で、ちゃむらいが目を覚ました。

「もちゃどの⁉︎」

 が、ちゃむらいは動けない自分の体に絶望するしかできない。もちゃを助けたいのに、凡人の無力に打ちひしがれていた。

 そしてもちゃはもう、意識を保つのもやっとなのだ。

「所詮、天才ト言ッテモ私ニトッテハ凡人ニ過ギナイノダ……」

 お互いに力の差はなかった。ただ痛覚の有無が勝負を分けた。ロボットは片目が潰え、ボディの塗装も剥がれて疵だらけだが、レーザービームの機能だけ、切り札に残していた。もちろん現実の風見にそんなものはない。しかしそれが何だというのか。このロボットは冷酷な殺戮兵器にすぎない。だから、すぐに撃つ準備をはじめた。


 もちゃはもう、目も見えていなかった。

 ひとり真っ暗闇のなかにいた。

 寂しかった。走馬灯さえ見れずに、きっと最後に見る景色は、レーザーの閃光なのだ。そのまっしろな闇が恐ろしかった。

「今、楽ニシテヤル。……ADIOS」

 レーザーが照射される。

 もちゃに死が迫ってくる。

 瞬間、うす暗い室内から、まばゆい日の下にでも出たような気がした。もちゃの目にあかるさが戻る。

 無性にまぶしかった。光りはあたたかに、世界を包んでいた。

 もちゃには覚えがあった。それは、そのやさしいきらめきは……

 間違いようもなく、まちゃの涙なのだった。


        ⁂


「ハァ〜、暇だなァ〜」

 深夜だった。まちゃは退屈そうに独りごちた。

「…………」


 長かった大冒険……。忘れかけていた「生きてる」っていう感覚も思い出して……けっこう楽しかったけどなぁ……。これでまた、もとの生活に元通りかァ〜……。

 まあ、もうもちゃはいないけどね……。

 いまごろ国のために「本拠地」にこもって働かされてるんだろうな……。


 まちゃはしょんぼりしていた。得意げにウインクしたもちゃを思い浮かべていた。

 壁時計を見る。途端に眠かったことを思い出した。

『もう零時だし寝ちゃお』

 オヤスミィ…………。


 戦争の終わったあの日、まちゃがもちゃの前にあらわれて、ロボットを倒した。

 しかし、そのすぐあとに、スペアのロボットが入ってきた。

 なすすべはなかった。三人は負けた。

 意外にも命は取られなかった。それこそは風見の才覚といえた。分裂したふたつの勢力を統合するため、もちゃを組織の中枢に据える。そういう判断を、風見は瞬時に下してみせたのだった。

 戦争が終わって、あっけないほどにすぐ、平和が訪れた。国民の不満はほとんどない。一体、何のためにあれだけの冒険をして、まちゃたちは戦っていたのだろうか。


 まちゃは夢を見た。

 むかしの、ひどく懐かしい夢だった。

 目が覚めると、凄まじいエネルギーを体の中で感じた。

 じっとしていられなくて外へ出た。

 夜だった。

 ぼんやりと空を見上げたりする。月が出ていた。

 長いこと眺めていた。

 思っていた。

『この月、なんだかもちゃに似てるなァ〜』


 本拠地にて。

 サーチライトがあちこちを照らし、大きい建物のまわりを兵士たちが囲っている。

「フア〜アン」

 建物の中には、欠伸をしているちゃむらいがいた。

「ちゃむらいさん! きちんと警備してください!」

 隣で叱っているのはボム元隊長だ。ちゃむらいは聞く耳も持たないで、

「今時こんな所に侵入してくるやつなんているわけないぜよ〜」

「おい……」

「だいたい二十四時間勤務とかブラックすぎぜよ」

 そう言っていびきをかきだす。呑気なものだった。


 本拠地から遠い場所にまちゃは立っていた。全身は影におちている。

 大地を強く蹴り、ふわっと空中へ跳躍する。前転しつつ本拠地めがけて一直線に吹っ飛んでいく。

 それはもちゃの「飛鳥文化アタック」にほかならない。

 窓ガラスが割れて、警報音が夜気をつんざいた。

「もちゃを……連れ戻しに来た‼︎」

 鬨の声を張り上げた。

「えー⁉︎」

「何⁉︎ ドロボウぜよ⁉︎」

「その通りさ〜僕は新手のドロボウ〜」

「えー⁉︎ ぜよ」

「違いますよ。……まちゃさんですよ」

 ちゃむらいは夢でも見ている心地がしていたが、

「と……とりあえず……」

 息を呑んで、ようやく言う。

「侵入者をとらえるぜよー‼︎」

「オー!」

 兵士たちは一斉にまちゃに襲いかかった。

 囲まれたまちゃは不敵に笑う。

 力が充ち満ちていて、殴り倒すというよりも、ほとんど蹴散らしていくのだった。

「ぐおー‼︎」

 目の前で味方が次々にやられていくのを、ちゃむらいは呆然と眺めた。

「まちゃどの……」

 すっかり青ざめているところへ、まちゃが迫った。

「強すぎるぜよォォォォォ⁉︎」

 顔面に足蹴を食らって、ちゃむらいは倒れる。

 警備員、全滅。


「あとはココだけだ!」

 いつぞやの立入禁止エリアにまちゃは来ていた。

「⁉︎」

 反射的に避ける。レーザーの当たった後ろの壁はバリバリと轟いていた。

「マタ倒サレニ来タノカ? コノ凡人ガ……」

 ロボット二号がいた。

「マアソノ度胸ダケハ褒メテヤル……ン?」

 それは殴られて、一撃で砕け散った……。


 司令室にて。

「風見頭首‼︎ 大変です‼︎ 侵入者『まちゃ』によって警備員が全滅、そして立入禁止エリアも突破されました‼︎」

 秘書がPCを見ながら無線機で話していた。

「やつはロケットの中にいるんだろう?」

「ハイ! そうですが」

「いいだろう。やつをロケットで『上』へ飛ばせ。私が直接相手してやるわい…………」


 まちゃはロケットの窓から、外の宇宙を眺めていた。

 ただの夜空にしか見えない。

 自分がどこへ向かっているのか、何をしているのか、そんなこともお構いなしに、のんびりしているのだ。

『ピーナッツ星がどんどん小さくなっていくのに……不思議ともちゃに近づいてる気がする……』

 そんなことを思っていた。


 やがてまちゃはどこかの衛星へ振り落とされた。

『どこココ……』

 すぐ上に月が……。

 周囲には夜空が広がっていた。闇のなかに小さな星々が点綴としている。

「かくごー‼︎」

 風見がどこからか飛んできた。

「イェーヘーヘーホ‼︎」

 叫びながら手を構えた。戦う気満々である。

 まちゃも逃げるつもりはなかったが、少し困惑していた。

『この人、誰だろう……』

 大きい月の下にふたりは対峙する。

 いきなり接近してぶつかり合った。

 すれ違った先で、血がまちゃの拳と風見の口からそれぞれ噴き出す。

 ふたりはすぐに振り向いて、ふたたび衝突する。

 本気の殴りあい。物凄いエネルギーだった。それはたしかに互角に見えた。

 ひときわ大きい太刀合いのあと、距離を取って風見は言った。

「まだ私と戦える者が残っていたとはな」

 不敵に笑って、続けた。

「おまえは一体、何がしたいんだ。今やピーナッツ星は平和になった。それをどうしてまた、壊そうとする? 星中のみんなと敵対したいのか? おまえはまったくの悪だな」

 オッホォーォォォウ‼︎

 まちゃに蹴り上げられた風見はそう叫びながら飛んでいった。

「難しい話はよくわからないけど……」

 まちゃは言葉を紡いだ。

「僕、またもちゃに会いたいんだ。それだけなんだ」

 その声は誰にも届かずに、宇宙に溶けて掻き消えていく……。

 真上に月を控えながら、まちゃは夜空のなかに地球を見つけた。

 美しい星。青と緑の光りを放っている。まちゃはなぜだか泣きそうになる。

『ん⁉︎ 何かを感じる……』

 目を瞑った。


 ………………

 もちゃ……

 そこに、いるの?

『まちゃ……まちゃ……』

 夢をみていた。

『もし私が……どんな状況に陥っても……』

 元気がない頃のもちゃ。言葉は続かない。

 続きが聞けたのは、もっとあとだった。

 よく見馴れた、いつものもちゃ。元気なもちゃ。

 ああ、思い出した。

 あんなふうに笑ってた。

 ちょっと馬鹿っぽい。

 でも、やさしい笑顔で、僕に言ってくれたんだ。

「私を連れ出してくれる?」


「…………」

 まちゃは泣きながら地面を蹴った。どんどん加速していく。束の間のほうき星。すべてがまぶしさに包まれた。体が燃えても、目が見えなくなっても、めざす場所を見失うことはなかった。

 もちゃはたしかに、あの星にいるのだ。


「フンフフーン♪」

 鼻唄を唄いながらエコバッグを片手にもちゃは歩いていた。

 夜だった。その頭上で何かが光る。


「予告通りもちゃを連れ戻すのさ‼︎」

 まちゃは宇宙を泳いでいった。その後ろを、風見がしつこく追いかけてくる。

「そうはさせぬぞ貴様ァァァァ‼︎」

 風見はピーナッツ星の新たな脅威に目を離せずにいた。それでもまちゃは、宇宙を泳いでいくほかない。

 ……。

 そして。


 北海道千歳市の上空にて。

『あ! もちゃだ‼︎』

 まちゃはもちゃを見つけた。

「フフーン♪」

 もちゃの鼻唄は轟音に掻き消されていた。

 ほとんど爆発のような衝撃を携えて、まちゃはもちゃのすぐそばに着地した。

「キャアーチカン‼︎」

「グエッ」

 驚いたもちゃに蹴られた。

 全身真っ黒焦げのまま、煙をゆらゆら立ち上らせたまま、まちゃは「しくしく」と泣いていた。

「僕だよ……?」

 ようやくもちゃに言えた。

「え、まちゃ⁉︎ なんでここに⁉︎ あとつい……てへ」

 もちゃは驚き、しみじみとした感情よりもおかしさが込み上げてきた。湿っぽい再会にはなりそうにない。でも、きっとそれでいいのだろう。もちゃは陽気に笑っている。それが一番、もちゃに似合っているのだから。

「暇だったからもちゃに会いに来たの」

「とんだ行動力ね……」

 そこへ風見が走ってきた。

「貴様ァ〜……」

「ア、また来た」

「え……」

「今度こそ勝負じゃい……まちゃァ‼︎」

「まちゃ、風見とたたかってたの⁉︎」

「ウン」

 もちゃはあっけにとられた。

 ま、何はともあれ……

 そうふたりは声をあわせて、たたかいのポーズを取り、

 一緒に叫ぶ。

「宣戦布告!」

 真上に月が浮かんでいた。

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