40.方針
次の日、トーリは、ロクの住居に訪れていた。
トーリとロクは、向かい合って、床に、胡坐をかき座る。
トーリはロクの出したお茶を飲み、ロクは、沈痛な表情で黙りこんでいる。
それから、しばらくその場には重い沈黙が流れる。
やがて、トーリはお茶を、床のお盆に置くと、おもむろに口を開く。
「昨日の暴れてた彼だけど、ありゃ、やっぱ〔ブレイン〕だろ、ねぇ」
トーリが、そう切り出すと、ロクは「やはり、そう、か」と重々しい声で言う。
「だがしかし、なぜこのタイミングで?」
「まぁ、可能性としては、二つくらい考えられるかな?」
ロクの疑問に、トーリはそう言うと、人差し指を立て、ロクの注意を引く。
「一つは、外から忍びこんできた〔ブレイン〕に襲われた、だけど」
そう言うトーリに、ロクは、縦に首を振り「あぁ、それはない」と言う。
そんなロクの言葉に、トーリは頷くと、少し姿勢を前に倒し、胡坐を組む太股に、肘を突き立て、顎を、手の甲で支える。
「そうだね、たぶんだけど、君の能力で、この一帯を覆ってるんでしょ? 《刻印》の、特に〈包囲〉かな? どの程度かは分からないけど、侵入者くらいなら分かるんじゃない?」
トーリの疑問に、ロクは、まず「あぁ」と呟き、胡坐を組む、脚の上で、手を組む。
「物質を取りこんでいるわけではないが、一族が住んでいる範囲に〈包囲〉の力だけを纏わりつかせている。だから侵入者があれば〈包囲〉に反応が出て、すぐに分かる」
ロクの、その返答に、トーリは一言「なるほどねぇ」と呟き、顔を伏せ、少しの間、黙りこむ。トーリの頬に浮く、陰りが、深くなる。
「そうなると結論は一つだ。はなから〔ブレイン〕は紛れこんでいた」
やがて口を開いたトーリは、ロクに、そう告げる。
そんなトーリの言葉に、ロクは「それで?」と言い、小首を傾げる。
トーリは、前かがみになっていた姿勢を戻し、ロクに向き直る。
「まぁ、そうだとすると〔ブレイン〕は、私が、君たちの仲間を連れて帰ってきたとき、その体内か、どこかに、紛れこんでたんだろうね」
トーリは、そう面倒くさそうに言いながら、頭をかくと、続けて口を開く。
「つまり、この状況を招いたのは、私ってわけだ。どうとでも責めるといいさ」
そう言うと、トーリはわざとらしい動きで、肩を落とし、口元をひん曲げる。
そんなトーリに、ロクは相変わらずの険しい表情で、少し顔を伏せ、顎をなでると、「そうだな」と頷くと、トーリを見つめ、口を開く。
「だが、お前は大切な仲間を連れ帰ってくれた。そんなお前を責めるなど、そんな恥ずかしいこと、できるものか。我が一族には、そう思う者たちしかいないさ」
ロクの、その言葉を、トーリは鼻で笑うと、姿勢を崩し、お盆を挟むようにして脚を伸ばし、後ろに手を突いて体を支える姿勢になる。
そして、しばらく面倒くさそうに仏頂面で、宙を見つめると、やがて意地の悪い笑みを浮かべ、ロクに顔を戻す。
「でも、私が連れ戻ってさえなければ、君たちはもっと動きやすくなったはずでしょ? 君たちは全員が戦えるけど、でも戦闘が得意じゃない仲間を置いて、新しい拠点を確保に動けないわけじゃん。なに、女、子ども、老人、全員連れて戦場にでも行くつもり?」
トーリは粘着質なニヤつきを浮かべながら、湿った棘のある口調で言う。
そんなトーリに、ロクは困ったように眉を下げる。
「お前は。なんでそう敵を作るようなことを。恨まれるのが好きなのか?」
「まぁ、本当に優秀な運び屋ってのは、いつの世も嫌われ者さ。こんな面倒な荷物を運びこむくらいだからねぇ」
トーリはヘラヘラと笑いながら答え、その答えに、ロクは困ったように頬をかきながら「いや、笑えないんだが」と呟くと、一回ため息を挟み、続けて口を開く。
「そんなことより、こうなって来ると、お前の計画に乗る、と言うのもな」
ロクは、今度は申し訳なさそうな表情を浮かべ、少し肩を落とし、そう言う。
その言葉に、トーリは「確かにねぇ」と言う。
「でもさぁ、〔ブレイン〕は狡猾だ。懐に入られた時点、あぶり出すのは困難なんだよ? まぁ、例えば。それでも、なんとかなったとするじゃん? だとしても、すっごい時間がかかるし、たぶんその頃には、【セキコ】の大規模ギルドを相手に立ち回るほどの余力は、ぜぇったいに残せない」
トーリは伸ばした脚の先の、両足首をリズミカルに揺らしながら、そう言い切り、続けて口を開く。
「それなら、侵入した〔ブレイン〕って言う、不安要素はあるけど、余力がある今しか、【セキコ】から君たちが生き残る条件を、引き出すことは、不可能だよ」
「だが、それだと【セキコ】に〔ブレイン〕が」
そう言い淀むロクに、トーリは軽くため息を吐きながら、立ちあがる。
「そんな余裕、君たちにはないでしょ? なに、安心しろよ。侵入さえしてしまえば【セキコ】だって〔ブレイン〕は見つけられない。君たちが〔ブレイン〕を引き入れた、って気取られることだってないさ」
トーリは、そう言い聞かせるように言いながら、ロクに近づいていき、その細いが広い肩に、手を置く。
そんなトーリの言葉に、ロクは「そう言うことじゃないんだが」と困ったように言うが、しかし続けて「だが、そう、だな」と呟くと、自らの肩に手を置くトーリを、真剣な表情で見あげる。
「分かった、準備を始めておく」
そう言い、頷くロクに、トーリは微笑み「うん、そうするといいよ」と言い、ロクに背を向けると、住居の扉に向かう。
そんなトーリの背中に、ロクは「そう言えば、息子、レクと遊んでくれたんだってな」と声をかける。
その言葉に、トーリは神経質な動きで脚を止めると、嫌そうに口元をひん曲げ、ロクを振り向く。
「あんの悪ガキ、ロク、てめぇの息子かよ」




