37.リンリとリクロ
「まぁ、私の母親の話しはどうでもよくて。それよりリンリの、あの口調なんだけど」
しばらくの沈黙の後に、トーリは、いまだにリクロと身を寄せ合っている、リンリを見つめながら、シュカに声をかける。そして続けて「元からあんな幼い喋り方だったのかい?」と問いかける。
そんなトーリの疑問に、シュカも首を傾げながら、リンリを見る。
「いいえ、年相応だった、って言うか。同年代よりも、少し大人びてた方だったはずで」
シュカの返答に、トーリは「そう」と呟き、リンリから目を逸らす。シュカも、リンリから目を逸らすと、腕の中に納まる、トーリのつむじを見おろす。
「正直、私は、リンリだけは絶対に助からない、って考えてたんだけどねぇ。未成年が麻薬、使うみたいなものだからさ」
そう言うと、トーリは顎をさすりながら、思案気な顔をして、続けて口を開く。
「考えられるとしたら、依存症のストレスからの防衛のために記憶喪を消して、後遺症として幼児退行してしまった。もしくは〔ブレイン〕がリンリの脳の回路か、何かを破壊したことによる後遺症で、こんな状態になったか」
そしてトーリは、続けて「まぁ、でも、私は専門家でもないからなぁ」と言い、更に「なんで回復したかは、分からんなぁ」と言い、首を、横に振ると、少し顔を伏せる。
シュカも「そう、なのね」と呟くと、またトーリを引き寄せ、その少し脂ぎったテカリの浮く、長い髪で覆われた後頭部に、顔をうずめ、目を閉じる。
しばらく、そのまま状態で黙りこむと、やがて目を開くと「トーリちゃん、最近ちゃんと体、拭いてる?」と、じっとりとした目で、トーリに問いかける。
トーリは「あぁ、えっと」と、しどろもどろに呟き、シュカから離れようと体を動かす。
しかしシュカは黙りこんだまま、トーリが逃げないように、抱きつく力を、更に強める。
「ダメよ。トーリちゃんだって女の子なんだから。綺麗にしないと」
そんなシュカの言葉に、トーリは弱々しい動きで、頬をひっかく。
「今どき、男とか女とか、関係ないじゃん」
「いや、男の人とか女の人とかじゃなくてね? ふつうは綺麗にしておくものよ?」
嫌そうに言うトーリに、そうシュカは言い、トーリを抱いた状態のままで膝から降ろし、立ちあがる。そして抱きしめているトーリを、引きあげるようにして、立ちあがらせる。
そんなシュカに、嫌そうにしながらもトーリは、逆らうことなく立ちあがる。
「えぇ、だ、だって、水、冷たいまんまじゃん。寒くてさぁ。せ、せめて風呂に」
トーリは、そう弱々しい顔で、シュカを見ながら言う。
シュカは、トーリを抱く、腕の、片方を解くと困ったように、解いた方の手を、困ったように頬に当てる。
「お風呂とかは、ぜいたくはできないんだけど。でもトーリちゃん、お風呂あっても入るのかしら?」
そう言うと、シュカはうっすらと浮く、ほうれい線の掘りを深め、困り気味の微笑みを浮かべ、トーリを抱きしめる腕を完全に解く。
そんなシュカの微笑みに、トーリは気まずそうに視線を逸らし、黙りこむ。
トーリの、その態度に、シュカは困ったように小首を傾げ、トーリの手首を掴む。そしてトーリを引き連れ、二人は部屋を出て行こうとする。
そんな二人の後ろ姿を、リンリが、リクロの腕の中で、静かに見つめていた。




