36.母親
それから数日後に、トーリは、シュカとリクロの住居を訪ねる。
そこでは、リクロの膝の上に、甘えるようにリンリが乗り、リクロは、そんなリンリを愛おしそうに抱きしめている。
それを、少し距離を置き、座る、シュカが見つめていた。
するとシュカは、入ってきたトーリに気がつき「あら、トーリちゃん」と、少し、疲れ気味の声をかける。
トーリはシュカの隣に腰掛け、胡坐をかくと、リクロとリンリを見て「楽しそうだね」言うと、次にシュカを見る。
「リンリが居なくなる前から、リクロは、あんな溺愛っぷりだったんかい?」
シュカは、少し細長い顔で、トーリを見返すと「そうでもなかったんだけどねぇ」と言い、次にリクロとリンリの方を見る。
「あの人ったら、今まで冷静だったけど、やっぱり一杯いっぱいだったのね。それなら、まぁ、仕方ないわよねぇ」
そう言いながら、シュカは、困ったように、自らの頬に手を添える。
「それでも、私を、ずっと支えてくれて。ホント、私にはもったいない夫。今は、少しでも、長く幸せでいて欲しいの」
そんなシュカの言葉に、トーリは「ふぅん」と呟く。そして、自らよりも、少し座高の高いシュカを、トーリは、顔を傾けるようにして見あげる。
「でも、ちょっと寂しそうだよ、シュカ?」
そして肩をシュカに寄せると、トーリは、少し、わざとらしくからかうような、いたずらっぽい声で言う。
すると、シュカは、少し、大げさな困ったような表情をして、「あら、分かっちゃった?」と苦笑しながら言う。
そんなシュカを、トーリは、しばらく横目で見つめると、「よいしょ」と呟きながら、怠そうな、鈍い動きで立ち上がり、シュカの膝の中に納まるようにして、座りこむ。
「シュカには、私がいるじゃん。まぁ、本物の娘には、及ばないだろうけどさ。でも、少しくらいの穴埋めくらいには、なれないかな?」
そしてトーリは、シュカにもたれ掛かりながら、言う。
そんなトーリに、シュカは「トーリちゃん」と呟く。
「そんなことないわ。トーリちゃんは、もう、私たちの娘よ」
呟きの後に、そう続け、シュカは、トーリの絡むような癖がついた長い黒髪を、梳くように撫でる。
それにトーリは「そっかぁ」と呟き、少し黙りこむと、続けて口を開く。
「私にとっても母さんはシュカだけかなぁ」
トーリは、シュカにされるがままの状態で、そう言う。
そんなトーリの言葉に、シュカは、小首を傾げる。
「あれ、じゃあトーリちゃん、ご両親は?」
「ん? あぁ、まぁ、母親みたいな人はいたけどねぇ」
シュカの疑問に、つまらなそうな力のない無表情で、トーリは答える。
「でも、あの人にしたら、私は、誰でも使える、従魔しか扱えない失敗作、だってさ。ホント冷たい人だよね」
そしてトーリは、少し俯き、そう続けて言う。
そんなどこか陰りのある表情を、シュカは見つめ、「トーリちゃん」と呟くと、少し腕に力を入れて、トーリを抱き寄せる。
そのまま、しばらくトーリとシュカの間に、沈黙が流れる。




