表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/43

32.病床

 暴れている患者が、馬陸に拘束され、寝かされている部屋の前で、フードを降ろしたトーリは、シュカとリクロから、お盆に乗ったペースト状の食料を、受け取る。

 すると、そのペースト状の食料を見つめながら「ほんとは、点滴とかが一番いいんだけど」と呟く。


 そしてシュカとリクロに、向き直り、口を開く。


「じゃ、これまで通り、私の方で、彼らの世話はしとくから。二人は帰っていいよ。持ってきてくれて、ありがとね」


 トーリが、そう言うが、二人は帰ることなく、少し、何か言いたげに、互いに見つめ合っている。


 そんな二人に、トーリは「ん? どうかした?」と問いかける。

 その問いかけに、シュカとリクロは、険しい表情で、互いに頷くと、二人は、トーリに向き直り、シュカの方が口を開く。


「あの、ね。私たち、思ったの。このままトーリちゃんに頼りっきりなのも、どうなのかな、って」


 そう言うと、シュカは、またリクロを振り向き「ね?」と短く同意を求める。

 そんなシュカに、リクロも、しっかりした動きで頷き、トーリを見つめる。


「あぁ、これは、私たちの問題で。任せっぱなしにする、というのも情けないし。何より、これ以上、お客様であるトーリちゃんの負担が大きいのは、申し訳がないしね」


 リクロが、そう言うと二人は、トーリの目を、真剣な表情で見つめる。


 トーリは、困ったように眉が下がった、弱々しい表情を浮かべ、視線を泳がせるようにして、二人を見る。


「そぉだねぇ、でもさぁ? 私はここの人間でもないし、こういう状況にも慣れてるから、あまり精神的にもきつくないし。仲間と娘の、ひどい姿、見ることになるんだよ?」


 そして二人に、上目遣いで「まだ、いいんじゃない?」と小首を傾げながら、言う。

 見上げてくるトーリに、困ったようにシュカは、頬に手を添える。


「それは。確かにトーリちゃんに任せたら、楽だけど」


 そう言うと、シュカは、リクロに横目を向けながら、続けて口を開く。


「でも、仲間が苦しんでるのに、何もしない、なんて嫌なの」


 シュカが向けてくる視線に、リクロは頷き返す。

 そんなリクロに、シュカは微笑み返し、また困り顔のトーリに向き直る。


「ありがとね、トーリちゃん。皆が、心の準備ができるまで、治療、引き受けようとしてくれてたのよね? でも、私たちは、大丈夫よ」


 そして二人は、また改めてトーリの目を見つめてくる。

 トーリは、そんな二人に困ったような表情を浮かべ、顔を逸らす。


 三人の間に、少し沈黙が落ちる。


 やがてトーリは、力なくため息をつくと「任せとけばいいのに」と呟くと、気怠るそうな鈍い動きで、顔をあげ、リクロを見ると、次にシュカに向き直り、口を開く。


「辛くなったら、すぐ出てくんだよ」


 そう短く告げると、トーリは、さっさと部屋に入っていく。


 そんなトーリに、シュカとリクロは頷くと、二人はトーリの後について部屋に入っていく。





 三人が入っていった部屋の中では、獣のような唸り声をあげる、何人かの男女が、布団の上で、馬陸に拘束された状態で、並んで、寝かせられている。

 寝かせられている男女は、馬陸の拘束を何とか抜け出そうと、もがいている。


 そんな寝床でもがく仲間の姿を、シュカとリクロは、悲し気な表情で見つめる。


 シュカとリクロの姿を、横目で一瞬見ると、トーリはお盆を置き、その中にある、いくつかのペースト状の食料が入った器の一つとスプーンを、手に取る。


「二人とも、彼らに、ご飯、食べさせてから、布団変えてってくれない?」


 トーリは、二人に、手に持った器を見せると、布団で寝かせられている男女の内の一人の所に座りこむ。

 そして器の中のペースト状の料理を、もう片方の手に持つスプーンで掬うと、目の前のもがく女の顔を抑え、スプーンで掬ったペースト状の料理を、無理やり押しこみ、食べさせる。


 シュカとリクロは、トーリの、その一連の動作を、おぼつかないまでも真似る。


 やがて三人は、ペースト状の料理を食べさせ終えると、今度は、寝かせられている男女の布団を変えていく。

 全員の布団を変え終えると、トーリは隅に置いてあった水の入った桶を持ってくる。そして寝かせられている内の、一人の少女の元に歩いていく。


 少女は、中学生くらいで、幼さのある顔立ちをしており、しかし発育が良く、背は、同年代の平均より高い。


「じゃ、体、拭いてくねぇ」


 少女の傍らに座りこむと、トーリは桶に手ぬぐいを浸し、絞ると、少女の服に手をかけ、めくる。


 少女の白い肌には、多くの治りかけの傷と、いくつもの傷跡が入っている。

 そして傷跡は、どれも深い傷を自然治癒したためか、肉は、歪に変形している。更に骨も、歪に変形しており、不自然な箇所に骨が浮いていたりもしていた。


 トーリは、特に反応を示すことなく、少女の体を、手ぬぐいで拭いていく。


 少女は、まだ治っていない傷口が開くのにも構わず、馬陸の拘束を抜け出そうともがいている。


 シュカとリクロは、そんな少女の体を見て、呆然と立ち尽くす。シュカは、呆然と開く唇から「リンリ」と力ない呟きを漏らす。

 トーリは、そんなシュカとリクロに、一瞬横目を向けると、すぐにリンリと呼ばれた、少女の体を拭く作業に戻る。


 しばらくして、トーリが全員の体を拭き終えるまで、二人は何もできず立ち尽くしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ