32.病床
暴れている患者が、馬陸に拘束され、寝かされている部屋の前で、フードを降ろしたトーリは、シュカとリクロから、お盆に乗ったペースト状の食料を、受け取る。
すると、そのペースト状の食料を見つめながら「ほんとは、点滴とかが一番いいんだけど」と呟く。
そしてシュカとリクロに、向き直り、口を開く。
「じゃ、これまで通り、私の方で、彼らの世話はしとくから。二人は帰っていいよ。持ってきてくれて、ありがとね」
トーリが、そう言うが、二人は帰ることなく、少し、何か言いたげに、互いに見つめ合っている。
そんな二人に、トーリは「ん? どうかした?」と問いかける。
その問いかけに、シュカとリクロは、険しい表情で、互いに頷くと、二人は、トーリに向き直り、シュカの方が口を開く。
「あの、ね。私たち、思ったの。このままトーリちゃんに頼りっきりなのも、どうなのかな、って」
そう言うと、シュカは、またリクロを振り向き「ね?」と短く同意を求める。
そんなシュカに、リクロも、しっかりした動きで頷き、トーリを見つめる。
「あぁ、これは、私たちの問題で。任せっぱなしにする、というのも情けないし。何より、これ以上、お客様であるトーリちゃんの負担が大きいのは、申し訳がないしね」
リクロが、そう言うと二人は、トーリの目を、真剣な表情で見つめる。
トーリは、困ったように眉が下がった、弱々しい表情を浮かべ、視線を泳がせるようにして、二人を見る。
「そぉだねぇ、でもさぁ? 私はここの人間でもないし、こういう状況にも慣れてるから、あまり精神的にもきつくないし。仲間と娘の、ひどい姿、見ることになるんだよ?」
そして二人に、上目遣いで「まだ、いいんじゃない?」と小首を傾げながら、言う。
見上げてくるトーリに、困ったようにシュカは、頬に手を添える。
「それは。確かにトーリちゃんに任せたら、楽だけど」
そう言うと、シュカは、リクロに横目を向けながら、続けて口を開く。
「でも、仲間が苦しんでるのに、何もしない、なんて嫌なの」
シュカが向けてくる視線に、リクロは頷き返す。
そんなリクロに、シュカは微笑み返し、また困り顔のトーリに向き直る。
「ありがとね、トーリちゃん。皆が、心の準備ができるまで、治療、引き受けようとしてくれてたのよね? でも、私たちは、大丈夫よ」
そして二人は、また改めてトーリの目を見つめてくる。
トーリは、そんな二人に困ったような表情を浮かべ、顔を逸らす。
三人の間に、少し沈黙が落ちる。
やがてトーリは、力なくため息をつくと「任せとけばいいのに」と呟くと、気怠るそうな鈍い動きで、顔をあげ、リクロを見ると、次にシュカに向き直り、口を開く。
「辛くなったら、すぐ出てくんだよ」
そう短く告げると、トーリは、さっさと部屋に入っていく。
そんなトーリに、シュカとリクロは頷くと、二人はトーリの後について部屋に入っていく。
三人が入っていった部屋の中では、獣のような唸り声をあげる、何人かの男女が、布団の上で、馬陸に拘束された状態で、並んで、寝かせられている。
寝かせられている男女は、馬陸の拘束を何とか抜け出そうと、もがいている。
そんな寝床でもがく仲間の姿を、シュカとリクロは、悲し気な表情で見つめる。
シュカとリクロの姿を、横目で一瞬見ると、トーリはお盆を置き、その中にある、いくつかのペースト状の食料が入った器の一つとスプーンを、手に取る。
「二人とも、彼らに、ご飯、食べさせてから、布団変えてってくれない?」
トーリは、二人に、手に持った器を見せると、布団で寝かせられている男女の内の一人の所に座りこむ。
そして器の中のペースト状の料理を、もう片方の手に持つスプーンで掬うと、目の前のもがく女の顔を抑え、スプーンで掬ったペースト状の料理を、無理やり押しこみ、食べさせる。
シュカとリクロは、トーリの、その一連の動作を、おぼつかないまでも真似る。
やがて三人は、ペースト状の料理を食べさせ終えると、今度は、寝かせられている男女の布団を変えていく。
全員の布団を変え終えると、トーリは隅に置いてあった水の入った桶を持ってくる。そして寝かせられている内の、一人の少女の元に歩いていく。
少女は、中学生くらいで、幼さのある顔立ちをしており、しかし発育が良く、背は、同年代の平均より高い。
「じゃ、体、拭いてくねぇ」
少女の傍らに座りこむと、トーリは桶に手ぬぐいを浸し、絞ると、少女の服に手をかけ、めくる。
少女の白い肌には、多くの治りかけの傷と、いくつもの傷跡が入っている。
そして傷跡は、どれも深い傷を自然治癒したためか、肉は、歪に変形している。更に骨も、歪に変形しており、不自然な箇所に骨が浮いていたりもしていた。
トーリは、特に反応を示すことなく、少女の体を、手ぬぐいで拭いていく。
少女は、まだ治っていない傷口が開くのにも構わず、馬陸の拘束を抜け出そうともがいている。
シュカとリクロは、そんな少女の体を見て、呆然と立ち尽くす。シュカは、呆然と開く唇から「リンリ」と力ない呟きを漏らす。
トーリは、そんなシュカとリクロに、一瞬横目を向けると、すぐにリンリと呼ばれた、少女の体を拭く作業に戻る。
しばらくして、トーリが全員の体を拭き終えるまで、二人は何もできず立ち尽くしていた。




