17.蟲・龍・獣
そしてトーリは、どんな悪路も進めそうな、大人数を収容できる大型車に乗り込む。車内では、向かい合う車窓に沿って、かなり雑な造りの座席が取付られている。
座席はほとんど埋まっているが、しかし多少の広さの余裕はあった。
それでもトーリの背負うリュックは大きく、他の同乗者に、けっこう当たってしまう。
リュックが当たった同乗者は、皆、嫌そうな顔をする。
しかしトーリは、それに一切気付くことなく、なおも同乗者にリュックをぶつけながら、乱雑な動きで中に入っていく。
埋まる座席の中で隙間のように空いている席を見つけ、背負っていたリュックを降ろすと、入り込み腰掛ける。座席は少し空いてる程度であったが、トーリの華奢な体からしたら、それなりに余裕を持って座れる広さであった。
そしてトーリは持っていた大きいリュックを、足元に置く。リュックは座席に挟まれた通り道を、かなり塞いでしまう。
トーリの向かい側に座っている、ローブの中年男性の少し伸ばしていた脚にリュックが当たる。
中年男性は、迷惑そうにトーリを見ながら、脚を引っ込める。
トーリは苦笑し、目の前で手を合わせ、微かに頭を下げると、隣に座るローブを着崩した青年に、何回か肘を当てる。
「ねぇねぇ、今、どうなってんの? これ?」
そんな急に肘を当てられ、かけられた声に、青年はトーリを見下ろすように、横目を向ける。
「ん、《テイマー》か。でも、なんだ、嬢ちゃん、見ない顔だな? 別の支部からの応援か?」
「まぁ、そんなとこだよ」
その言葉に、青年は「ふむ」と呟くと、思案気に視線を鋭くする。そしてすぐに向けていた横目を逸らす。
するとトーリと青年と、その他の何人かが乗る車が走り出す。
「見ての通り、けっこう前から、ここら辺に住み着いてた、厄介な〔尻尾付きのブレイン〕の対応に、〖致命の熱〗が本腰入れてくれてな。で、数だけは多い俺ら〖展開する手〗は、その補助のために、ついていく、ってとこだ」
そう言うと、青年は向かい側の車窓から広がる景色に視線を向ける。
車窓には、破壊された建物がいくつも立ち並び、粉々になり、ところどころ土と混ざり始めている瓦礫の隙間からは、植物が生い茂り始めていた。
少しすると、青年は車窓の景色から、車内に視線を戻し、身を少し前に屈める。
「〖致命の熱〗の人たちが来てくれた、ってんなら、俺らの出番はないんだろうが」
そして青年は、前に向き直ると「だが、奴らは、狡猾だ」と呟くと、横目でトーリを見て、続ける。
「しかも、今回の相手は分体なのは分かってるが、それでも、最も狡猾で、厄介とされる〔〘尻尾〙のブレイン〕だ。確かに〖致命の熱〗だけでも、問題はないんだろうが。それでも一応、誰でもいいから、人手はとにかく確保しときたい」
青年は言い終わると、トーリに向けていた横目を逸らす。
トーリは青年を見上げていた顔を前に向け直しながら、「なるほど」と呟く。
「それで、嬢ちゃんは《蟲》と、他の《従魔》はなんだ?」
青年は、トーリが首に巻く芋虫を見ながら、聞く。
トーリは、すり寄って来る芋虫の頭の、額ら辺を、軽く突くように押す。
「ん? 私が使うのは、《蟲》ちゃんだけだよ」
「それは、なんとも。渋いな」
トーリの答えに、青年は驚いたように言う。
「あぁ、なんだ。まさか、≪蟲≫だけを使う《テイマー》が居るとは、思わなくてな。いや、確かに《蟲》は、いろんな〈スキル〉使えるわけで。珍しい〈スキル〉持ってたりするから、隠し持つ、とかはあるんだが」
青年は気まずそうに芋虫から目を逸らす。
「だが、これから討伐に向かうのは、分体とは言え、〔〘尻尾〙のブレイン〕が相手だ。〔〘尻尾〙のブレイン〕の一部を取り込んだ、〔尻尾付きのブレイン〕だぞ? なんていうか、戦えるのか?」
続けて問いかけて来る青年に、トーリは芋虫を小突くのを止め、自らの足元に顔を向けると、その脚を大きいリュックに乗せる。
「まぁ、主流の《従魔》は、《龍》や《獣》で。《龍》が多いんだっけ?
《獣》は、一個体が持てる〈スキル〉の数は多いけど、使える〈スキル〉の種類は少ないから、汎用性が低い。
で、《龍》は《獣》に比べると、少ないけど、それなりの数の〈スキル〉が扱えて、かつ《獣》よりも多様な〈スキル〉が扱えて。だから汎用性と継戦能力を、兼ね備える」
そしてトーリは、芋虫の額を小突いていた手を降ろし、腹の前で手を組み、うつむく。
「だから、持てる〈スキル〉の数が圧倒的に少ない《蟲》ちゃんたちは、どうしても継戦能力が低くなる。今の主流の《従魔》の戦い方は、〈スキル〉同士で力を引き出し合う、組み合わせを作ることだからねぇ」
そう言いながら、トーリは、うつむいていた顔を上げ、微かに横顔だけ青年に向ける。
「でも《蟲》ちゃんたちは、存在してる、ほぼ全ての〈スキル〉を扱うことができる」
そのトーリの言葉に、青年は頷く。
「あぁ、《蟲》は、手数は、めっちゃ多いからな。初心者が使ったり、補助には、スゲェ有用だ」
「そうだよねぇ。でも、全て使えるから、ありとあらゆる組み合わせを作れる、とかじゃなくてさ」
そんな言葉に、青年は不思議そうにトーリを見る。
トーリは口の端を、鋭さを持った角度で、釣り上げる。そしてガタつく脆さを持った細い手を持ち上げ、指先の反りが目立つ人差し指を立てる。
「〈スキル〉の使い方は、必ずしもそれだけじゃない、ってことだよ」
青年は、なんとなくな動きで、トーリの立てた指先を見る。
するとその瞬間、車が止まる。
カクヨム様でも掲載させていただいています
URL
https://kakuyomu.jp/works/16818093079582354496




