第一話 突然の出会い
―――ここまで何十年かかっただろうか。
あの日から、ただこの計画のために人生を費やしてきた。
お前を助けるために。
ようやく、ここまで来た。と男がそんな感慨にふけっていると、
「さあ、後のことは私に任せて始めてください」
仮面を付けた人物が男に声をかけて催促する。
「…わかっている」
男はしわがれた声で返事をし、重い体を引きずりながらも地面に複雑に描かれた図形の中心に立つ。
「後のことは頼んだぞ」
「もちろんでございます」
返事をでる仮面の人物は胡散臭く笑う。
最後まで素性の知れない奴ではあったが、奴の協力なしではこの計画は実現できていなかっただろう。
ひと呼吸し、男は覚悟を決める。
杖を地面に突き立て、魔法を行使する。
―――必ずお前を助ける。
こうして世界は魔法に包まれた。
・・・・・・・・・・・・・
俺、夫馬皆良はごく普通の家庭に生まれた。
これまでの人生、何をするでもなく社会の流れに沿って生きてきた。要領が良かったため、たいして勉強せずともテストではそこそこの成績がとれ、高校も大学も何も考えずに進学した。
ところが、退屈な大学生活も四年目を迎えるころ、留年した。あれやこれやと理由はあるが最終的には自身の怠慢が原因に落ち着くだろう。これが人生一番の衝撃だったといっても過言ではない。
にも拘わらず人とは変われないもので、これまで通り、いやこれまで以上に怠惰な生活を送っている。大学ではこの一年とる授業がほとんどなくバイトこそしているが、半ニート状態だ。
そんな退屈な日常から逃げ出すように今日も深夜に夜道を歩いていた。この生活になってから数か月が経ち、時折こうして深夜に徘徊することがある。
静まり返った夜の街並みは日中とは違い独特の雰囲気を漂わせる。空には月といくつもの星が美しく輝き、夜道を街灯が照らす。
「今日はこの道を進もう」
そう呟きながら、海の方へ続く道に足を進める。
見慣れた街並みの見慣れない姿を眺めながらただ歩く。少なくともこうしている間は今抱えている問題や将来の不安を忘れることができる。
少し歩くと、波の音が聞こえてきた。静かなためかいつもより大きく聞こえるその音だけが響く。
海が見えたところで海岸沿いを道なりに進んでいると雑木林が見えてきた。
「そろそろ帰るか」
雑木林に着いたところでアパートからはそれなりに距離がある。頃合いも良いため帰路につく。
アパートへ向け歩き出したとき、遠くから羽ばたくような音がした。
振り返ってみると月明かりに照らされた鳥の影が海の方に見える。
「なんだあれ」
そう口から漏れる。
距離が離れているにもかかわらず明らかに大きなそれに違和感を感じ、視線を注ぐ。
瞬く間にその影が大きくなっていく。
――やばい。そう思った時にはもう遅かった。
カイラの目の前に迫った巨影が街灯に照らされその姿が露わになる。
見た目でいうなら鷹だろうか。こちらを凝視するような眼と目が合い、飛ぶ勢いのままに鋭い爪が迫りくる。
目の前に迫る死の恐怖が体を支配し、その場に倒れこんで動けない。
鷹がカイラを掴もうとする。
――その瞬間。
「―ッ!」
目前の鷹に高速で何かがぶつかり、衝撃と共に横へ吹っ飛ぶ。
鷹は地面を滑り、止まったところでピクリとも動かなくなる。
突然の出来事に頭が追い付かない。
状況を理解できず、鷹の方を見ていると、そばで何かが動いている。
「嘘だろ・・」
それは人だった。信じられないことに先ほど鷹にとてつもない速度でぶつかったように見えたのは人だったのだ。
完全に停止した鷹を見届け、その人物がこちらへ歩いて来る。
それは腰に剣を差し、簡素な鎧を身に着けている女性だった。
後ろで一つにまとめた金髪は長く垂れ、街灯の光で輝いている。
その顔は美しくも凛々しく、こちらを見る青い瞳は宝石のようだ。
そんな現実離れした状況を目の当たりにして止まっていたカイラの頭がようやく動き出し、とりあえず立ち上がろうとするが、腰が抜けて力が入らない。
そんな様子を見て、女性がカイラに寄り、手を差し出す。
申し訳なく思いつつも、ありがたく手を借りて立ち上がり、
「ありがとうございます」
明らかに日本人ではないが、ひとまずは日本語で礼を伝え、手を離そうとしたとき、
『ひとまず君が無事そうでなによりだ』
「!?」
カイラの頭の中に届いたそれは今まで感じたことのないものだった。
『驚かせてしまったな、これは魔力を介した意思疎通法で‥』
そう言うと彼女は手を離し、喋り始めた。が、聞いたことのない言語で何を言っているか全くわからない。
一通り喋り終えたのか、再びカイラの手に触れると、
『私が何を言っているかわからなかっただろう? だが、こうして触れることで言語に関係なく会話できるというわけだ』
理解の及ばないことが続き、頭がついていかない。
さっきの鷹のことすら何が起こったのかわかっていないのだから。
『鷹のことなら大丈夫だ、一撃で仕留めた』
そんな心を読まれたような返答にカイラはギョッとする。
『もちろん、そちらの思考も読み取ることができるぞ』
よくわからないが、このままおろおろしていても意味がない。
こちらからも伝えようと頭で念じてみる。
『こんな感じで伝わりますか?』
『ああ、問題ない』
どうやら通じているらしい。
いろいろと聞きたいことはあるが、
最初の疑問をぶつける。
『あなたは一体何者なんですか?』
『私はセリエル・フォーゼット。ラヘルド王国の騎士だ』