第6話:転入生
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「ごきげんよう皆さま」
私が教室に入ると、周囲から挨拶が返ってくる。
いつものように席に座り、そっと左手の黒い指輪を眺める。
(……にへへへ)
「ごきげんようメルフィナ――あら、その指輪、あたらしくステファン殿下から頂いたの? とても嬉しそうですわね」
「へっ?! いや! これは違うの! 古い友人からの頂き物!」
「あら、そうでしたの……それにしては、お顔が緩んでいらしてよ?」
リアンは不審な顔で私と指輪を見比べていた。
(あちゃー、そうだよな。婚約したばかりで、他人からもらった指輪をニタニタ眺めてたら駄目だよね)
とんだ失敗である。気を付けよう。
そっと膝の上で両手を重ね、右手で指輪を撫でる。
「メルフィナ嬢、頬が緩んでるぞ?」
ベルンハルトが背後からそっと耳打ちしてきた。
「うひあ! ……あ、おはようベルンハルト。お兄さんは?」
「まだだ。……どこにいるんだかな」
ベルンハルトは窓の外を眺めている。でもきっと、見ているのはもっと遠くだ。
(みつかるといいね、と言ってはいけないんだろうな)
だが主犯のサラ様が王都追放で済むのだ。共犯も同様の処罰で済むのではないか。そう期待した。
――ふと見ると、ステファンが既に席に居た。
(おや? いつもの挨拶は?)
またベルンハルトが耳打ちしてくる。
「なぁメルフィナ嬢、ステファンと何があったんだ? 妙に元気がないんだが」
「あー……ちょっと私の古馴染みと色々あって、落ち込んでるみたい」
「そうか。大丈夫なのか?」
「うん……きっと、私たちの問題だから。大丈夫だよ」
ベルンハルトは「そうか」と頷いた後、自分の席に戻っていった。
(まぁ、ステファン用の魔道具が届いたら、少しは元気になるのかな?)
授業の準備をしてると、いつもより早めに教師が入ってきた。
教師は教壇に立ち「今日は大事なお知らせがあります」と伝え、教室の外に「入ってきなさい」と声をかけた。
教室の入り口から現れたのは――
「ケーニヒ?! なんできみがここに居るの?!」
思わず立ち上がり叫んだ私に、ケーニヒはニヤリと笑い返した。
「ようメルフィナ。今日も美しいな。期間留学生として、しばらく世話になる」
そう言って、教壇に向かって歩いていた。
教壇に立ったケーニヒは口を開き
「ケーニヒ・ラインハルト・ヴィシュタットだ。第一皇子なんてものをやっている。そこのボンクラと紛らわしいだろうから、ケーニヒと呼んで構わない」
と言い放った。
(ボンクラ?! まさかステファンのこと?!)
実に手厳しい。だけどまぁ確かにどちらも「だいいちおーじ」で「殿下」だ。どちらが譲るか、というところでケーニヒが譲ったのだろう。ここ、ステファンの国だし。
(うわぁ、ステファンの顔が面白いことになってる……)
実に形容しがたい。睨んでいいのか、驚いていいのか、悔しいのか。よくわからない表情をしていた。
そのままケーニヒは、私の所へ来た。なぜ?
「どうした? 何を驚いている?」
「聞いてないよ?! というか同い年だったの?!」
「言ってなかったか? 俺も十五だ」
「きみみたいな十五歳が居てたまるかーっ!」
私の手刀がケーニヒの脳天にさく裂していた。
******
ケーニヒの席は、教室の一番後ろに追加されていた。私の席からはちょっと遠い。
そして、先ほどの光景を見たクラスメイトが、ひそひそと噂話をやめない。ご令嬢たちは、ちらちらとケーニヒの顔を盗み見ていた。
(まーあの美貌だから、ご令嬢方の反応はしょうがないけど)
そしてステファンはとても機嫌が悪い。多分「俺のアドバンテージがなくなった」とでも思ってるんだろう。
ケーニヒは普通に授業を受けていた。――視線は私に固定されていたが。
私を見ながら教科書を読んで見せる技は中々に高度だと思うよ、うん。額にも目がついてるのかな?
授業が終わると、ほとんどのご令嬢がケーニヒを囲み始めた。そしてリアンが、案の定こちらにやってきた。
「ねぇメルフィナ! あの方とお知り合いでして?」
「あーうん、古い友人。この指輪をくれた奴だよー」
「まぁ……なるほど。それで殿下の機嫌が悪いのね」
さすがリアン、これだけですべての関係性を把握したらしい。
「失礼、道を開けてくれ」
という声が後ろから聞こえた。振り向くと、ケーニヒがご令嬢方をかき分けて私のところに歩いてきた。
「どうした? 俺の顔に何かついてるのか?」
「期間留学生ってどういうことさ!」
「そのままだが? 期間限定で帝国から留学してきた」
「いつまで?!」
「さぁな。決めていない」
「自分のことだろーーーーーー!」
私の手刀がケーニヒの顎をとらえた。
「なに、目的を達成したら帰るさ」
「……念のために聞いておくけど、その目的ってまさか」
「ああ。お前を幸福にすることだ。俺は『お前だけの味方』だからな」
これを聞いていたご令嬢方の、黄色い歓声がすごかった。教室が割れるかと思ったくらいだ。
私とケーニヒは、耳を抑えて声が収まるのを待っている。会話どころではなかった……
「メルフィナ! 今の発言はどういうことでして?!」
リアン……この大歓声の中でも声が通るってすごいな。
(……あ、そうか)
”私”は遮音の結界を周囲に展開した。
「ふぅ。やっと静かになったー」
「ねぇメルフィナってば! 説明してくださらない?!」
いつの間にか近寄ってきていたリアンも暴走気味だ……
「えーと、あれはケーニヒの口癖だから、気にしないで……」
「口癖?! いつもあのように言われてらっしゃるのですか?!」
「あー、うん。そう。いつも言われてるよ」
「殿下というものがありながら、さらに隣国の殿下からも?! どちらですの?! どちらを選ばれますの?!」
私はそのあたりで限界に達し、リアンを回れ右させた。
「あーもう! そういうのは後で説明いたしますから!」
リアンの背中を押して結界の外に押し出した。リアンは「約束ですわよ?!」と言い残して席に戻っていった。
「ふぅ。――ケーニヒ?」
じろり、とケーニヒに振り返って睨む。
「なんだ? メルフィナ」
涼しい顔しやがってー!
「あんなことをこんなところで言ったら、こうなるのはわかるだろー?!」
「それがどうした? いつもお前に言っているだろう?」
ふふん、と不敵な笑みを浮かべて言われた。
「きみの美貌と美声であんなセリフ言ったら、お年頃のご令嬢には刺激が強すぎるんだよ!」
「関係ないな。興味がない。それに、お前だって年頃の令嬢だろうに、平気じゃないか」
「私は慣れてるから平気なの! 伊達にきみと旅をしてないんだよ! それに旅の最初は私だって大変だったんだぞ?!」
「おや、お前をときめかせることができていたのか。それは是非、その時に聞いておきたかったな。惜しいことをした」
「反省の色が見られませんね!」
「反省などしていないからな」
(本当にこいつはああああああああああああ!!)
割れんばかりの黄色い声が響き渡る教室。その中央で、無声のドツキ漫才が繰り広げられていた。――傍から見たら、きっとそう見えたことだろう。
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昼食――食堂でもケーニヒは囲まれていた。さすがに近寄るご令嬢は少なかったけど、一定距離をびっしり、ご令嬢が陣取っていた。
「ケーニヒ、あんなに視線にさらされてるのによく平然と食事できるな……」
実に図太い神経をしている。旅をしていた時は風貌を隠していたから、あまりこういうことはなかったんだけど。
「あれほどの美貌ですもの。目の保養として見学にこられる方も、いらっしゃるみたいですわよ?」
リアンの視線も例に漏れずケーニヒに注がれていた。
「でもあいつ、性格は悪いよ?」
「あら、でもケーニヒ様とお話している時のメルフィナは、とっても生き生きしてますわよ? 仲がよろしいのね」
リアンは器用にケーニヒを見つめながら、こちらに話しかけている。
「そうかな? 昔からああだったから、よくわかんないや」
「……気づいてらして? ケーニヒ様のことを話す時、メルフィナは素が出てますわよ?」
「…………ごほん、気を付けますわ」
前世――令嬢になる前の”私”が出ちゃうんだろうな。本当に気を付けないと。
「そ・れ・で!」
急にリアンがぐりんと振り返ってこちらを見た。
「どちらですの?! どちらを選ばれるんですの?!」
「あーと……リアン? 私、ステファンの婚約者でしてよ?」
「でも、ケーニヒ様からの指輪を嵌めてらっしゃいますよね?」
「これはお守りですの。私を守ってくださるものですのよ」
「まあ! ケーニヒ様からお守りをいただいたんですの?! それで嬉しそうに撫でまわしていらしたのね?!」
(やっべ、隠して撫でてたの、しっかり見られてた)
その後も、必死にリアンの追跡を躱す努力を続けていた。
「――メルフィナ、食べ終わったら少しいいか?」
背後から聞こえるケーニヒの声を、耳を塞いで聞こえないふりをした。
「おいメルフィナ。……そんなことをしていると、夜の話に応えてやらんぞ」
「ごめん! 付き合うからそれだけはやめて!」
マッハで食い気味に振り返りすがりついた。今の私には、アレが必要なのだ。
リアンが「夜の会話ってどういうことですの?!」とか叫んでいるけど、聞こえないふりをした。そのままケーニヒの背中を押して、足早に食堂を出た。
食堂から離れて廊下を歩いていても、ケーニヒは視線を集めていた。
「――それで、用事ってなに?」
「なに、あそこにいたら、お前が辛そうだったからな。お前を連れ出したかっただけだ」
その代償として、リアンの猛追撃が確約されてしまったのだけれど、こいつに言ってもわかんないだろうなー……
ため息をついて、ケーニヒに聞いてみた。
「あんまり時間ないけど、どこか行きたいところある?」
「……とくにないな。お前以外に興味がない。教室に戻ればいいだろう?」
(他に行くところも時間もない、か。しょうがない)
大人しく教室に戻ると、昼食を終えた生徒がちらほら帰ってきていた。ステファンは――まだ、か。
私が自分の席に座ると――目の前に、ケーニヒの腰があった。
私はケーニヒの腰を見つめながら言った。
「ケーニヒ? そこ、私の机なんだけど?」
「そうだな。知っている」
「机は腰を下ろすところじゃないんだよ?」
「腰を下ろせる場所ではあるだろう。問題ない」
「……そこに腰を下ろして、きみは何をしたいんだい?」
「お前の顔を近くで眺めているだけだ。お前は気にせず、好きに過ごしていろ――それとも、何か話したいことがあるか? 聞いてやる」
頭痛を覚えて額に手を当てた。
「……きみさ、もう少し目立たないように行動すること、できないの?」
「する必要を感じないな。何故だ?」
私は立ちあがってケーニヒに抗議をした。
「周りがやかましくて落ち着かないんだよ! 気が休まらないの!」
「だがお前は元気そうだぞ? 昨日と比べても雲泥の差だ。すっかりいつものお前に戻ったな」
言われて、はたと気がついた。そういえば、完全にいつもの私だ。
「なんだ、自覚がなかったのか。まあいい。お前がお前らしいなら、それでいい」
「う゛ー。なんでだろう、すごい負けた気分」
「俺は負かしたつもりはない。気にするな」
私たちのやりとりは、昼休みが終わるまで続けられた。
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どうやらケーニヒは、自分が私の席に近づくと、ご令嬢方が自分に近づいてこないのを学習してしまったらしい。――ご令嬢方が、興味津々で私たちを観察し始めるからだ。
授業が終わるたびに、ケーニヒは私の机に腰かけていた。
「……さすがのケーニヒも、ご令嬢方に囲まれるのは鬱陶しかったのかな?」
「ああも囲まれては、お前が見えないからな」
(そっちかーい!)
心の中で突っ込みを入れた。
「ケーニヒ、ちょっといいか」
(ステファン?)
振り返ると、私の隣にステファンが立っていた。目はケーニヒを睨んでいる。
「メルフィナは俺の婚約者だ。そうみだりに近づくな」
「そうか。知っているが、それがどうした? 嫉妬するくらいなら、お前もそばに居ればいいだろうに」
「…………」
「あのー。二人とも? どうして私の席で睨みあうのかな?」
「お前は気にするな。このポンコツ王子がお子様なだけだ」
「誰がポンコツだ!」
ケーニヒの胸倉をつかもうとした手は、やはりケーニヒの防御結界ではじかれていた。
「……ここはメルフィナの席だ。そんな場所で乱暴はやめてもらおう。メルフィナに迷惑だ」
「それがわかってるなら、私の席から降りてくれないかな?!」
「そんなことをしたら、取り囲まれてお前の顔が見れないだろう? それはお断りだ」
「じゃあせめて、ステファンと喧嘩するのはやめて?!」
「俺は相手をするつもりはない。ステファンが勝手に突っかかってきているだけだろう。俺の忠告が届いたと思ったのだが、どうやら勘違いだったようだな」
それを聞いたステファンは、歯噛みをした後、自分の席に戻っていった。
私は席を立って、ステファンに駆け寄った。
「ステファン、ごめん! ケーニヒが騒ぎを起こして。なんとかして躾けるから、それまで待ってて!」
「……いや、メルフィナが謝らないでくれ。頼む」
ステファンは、なんだか悔しそうな顔で目を伏せてしまった。
「――放課後、貴賓室に行こう。そこで話そう?」
ステファンはそれを聞いて、顔を上げてくれた。
「来て……くれるのか?」
「うん。今なら、行ける気がするから」
「……わかった」
それだけ言うと、ステファンはまた目を伏せてしまった。
私はステファンの方を見ながら、自分の席に戻っていく。
「お前が気にすることじゃない。あの男が自分で解決しなければならないことだ」
席についてから、思いっきり目の前のお腹にパンチした。
「きみがステファンの心を乱してるんだろおおおおお!!!!」
私の叫びは、教室にこだましたという。
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「ほう、ここが貴賓室か。名前だけはたいそうなものだな」
貴賓室には、いつものメンバーに加えてケーニヒが居た。
「ごめんステファン。なんか背中に張り付いてきて……」
「いや、いいんだ。……メルフィナは謝らないでくれ」
ステファンの隣にベルンハルト、そしてステファンの向かいに私。そしてベルンハルトの向かい――つまり、私の横にケーニヒが座っていた。
ベルンハルトは「なんでこいつがいるんだ?」という顔をしている。まぁそう思うよね普通は……
「ステファン、魔道具の件だが――」
ケーニヒの言葉に、ステファンが反応する。
「次の休日に、メルフィナの家まで取りに来い」
「なんで私の家なのかな?!」
「俺がお前の家に行くからだ。ついでに渡せば、手間が省けるだろう?」
「……わかった。そうしよう」
ステファンが頷いた。
「ごめんね、ステファン。今日一日で分かっただろうけど、ケーニヒは昔から、こうやって周りをめちゃくちゃに引っ掻き回すのが趣味なんだよ。ほんと性格悪いんだから!」
「――昔はそうだったが、今は単純に、お前以外に興味がないだけだ」
「嘘つけええええ!! 昔とちっとも変わってないじゃないか!」
「ふむ……だとしたら、もう魂に刻み込まれたものだろう。なにをどうやっても変えることはできないと思え。諦めろ」
どうやら、躾けるのは無理のようである。
私はどっと疲れて椅子に倒れこんだ。
「明日以降もこんなのが続くのー?!」
「そうだな」
「なんで他人事なんだよ?!」
「お前が勝手に疲れているだけだからな。お前も気にせず、好きに生きろ。周りを気にしすぎだ」
「気にするよ! これでも私は第一王子の婚約者なの! その傍にケーニヒが居たら、醜聞なんてものじゃないでしょー?!」
「答えは出たのか?」
「う゛……まだです」
私の声はしりすぼみだ。
「ならば問題あるまい? ――さぁ、俺のことなど気にせず、ステファンと話したかったことを話すがいい」
(こいつ、ぜってー全部わかってやってるな?!)
「……ごほん。えーと、ステファン。私はここに来たよ? きみは、なにを話したい?」
「……本当に、元に戻ったんだな」
「ふぇ?」
「あの夜以前のメルフィナだ」
「あー……うん、そうだね。なんか、心のバランスが崩れてたのを、ケーニヒに直してもらったみたい」
私は頭をかきながら、紅茶を一口飲む。
「ステファン。お前も、この程度のことはできるようになっておけ。前世のお前にはできていたことだ」
「……そうなのか?」
ステファンが私を見て聞いてきた。それに私は応える。
「……うん、勇者と魔術師は、小さいころからの幼馴染だったからね。相手が何を求めていて、何をしたらいいのか。顔を見るだけで分かったんだよ」
「そうか……」
そういってステファンは、手の中にある紅茶に視線を落としていた。
「俺とメルフィナが一緒に旅をしたのは、ほんの一年くらいだ。お前は前世の絆を気にしているようだが、アドバンテージなどその程度のものさ。勇者と魔術師の絆に比べれば、些細なものだ」
「うーん、でも、命がけの魔王退治の旅だったからなー。絆の深まり方も、今の平和な世界とじゃ比べ物にならなかったと思うよ?」
「俺にとっては親父殺しの旅だったがね。――まぁ魔族にとっての親子など、大した意味もないものだが」
「……ちょっと待て。今、親父、と言ったのか?」
ステファンの顔が、ケーニヒを見ていた。
「言ったが何か? 俺の前世は魔王の息子だ。つまり、魔王は親父だ」
「あー、そうか。ステファンにはそこ説明してなかったっけ」
頭をポリポリとかく。すっかり説明した気になってた。
「一回、魔王の息子のケーニヒが勇者に襲い掛かってきてね。死闘の末に、なんとかケーニヒ以外の魔族は倒したんだけど、ケーニヒがやっぱり強くてね……」
「親父に命令されて、精鋭100名で勇者を殺しに行ったんだがな。三日目で俺一人になって、俺一人になってからは……何日かかったんだ?」
ケーニヒが私の方を見て聞いてきた。
「確か、七日は戦い続けたよね。それ以上は数えてないからわかんないや――そうして必死に抵抗してるうちに、ケーニヒが急に戦いをやめちゃってさー。『お前を気に入った』って”私”に言ったの」
「メルフィナの指揮と機転、魔法があまりに見事でな。途中から見惚れていたぐらいだ。『こいつを殺せば、勇者一行は瓦解する』と思って攻めていたんだが、のらりくらりと躱されてな」
「やっぱり狙われてたのか……”私”も必死で逃げ回って勇者たちに指示出して……ほんと、生きた心地がしなかったよー。――それでまぁ、ケーニヒが『俺はお前だけの味方だ』って言い始めたってわけ」
私は肩をすくめた。――こうして思い返すと、結構歴史の深い口癖だ。
ステファンは呆然としてる。
「ステファン? どうしたの?」
「ああいや、まるで叙事詩みたいな話だな、と。圧倒されて」
「あーあれねー。割と描写は合ってるし。半分くらいは」
「……百万の魔王軍を勇者一行の六人だけで突破した話は?」
「さすがに百万もいなかったよー!」
私はアハハ、と笑い飛ばした。
「あの時は既に、八十万くらいにまで魔王軍を減らしていたからな。それに勇者一行は俺を含めて七人だ。その辺は大げさにされているな」
「……八十万も百万も、大差ないんじゃないか?」
「ステファン?! 二十万の魔王軍の精鋭を倒すのに何日かかると思ってるの?! 十日はかかるんだよ?!」
「八十万を潰すのに一か月半ぐらいだったから、まぁそんなものだったろうな」
「そこから幹部連中の相手をして、魔王を倒したころにはえーと……」
「確か、半年ぐらいはかかったと思うぞ」
「そうして考えると、ケーニヒと旅をしたって言えるの、実質半年弱くらいだよね」
「魔族を蹴散らしてる間も旅にカウントしていいなら一年だ。まぁ命のやりとりを延々と続けるんだ。それなりに絆は深まるさ」
ベルンハルトがようやく口を開いた。
「すまんが……それは人間の戦いだったのか?」
「え? 神々に選ばれ祝福された勇者や聖女と魔王の息子が、魔王軍精鋭を相手どって縦横無尽に駆け巡る戦いだよ? 普通の人間なんて、荒れ狂う波間に漂う木の葉みたいに蹂躙されちゃうよ」
あはは、と私は笑った。
「――そんな中、ただの人間だったメルフィナをはじめとした四人が生き残っていたのは、全部メルフィナの手腕だ。どれだけ見事だったか、想像もつくまい?」
「全部ケーニヒのサポートがあったからこそ、だけどね。”私”ひとりじゃ、四人ともすぐに死んでたと思うよ?」
ベルンハルトの顔が青ざめているみたいだ。
「だが俺がかばわなくとも、メルフィナの防御結界を抜けられる魔族はいなかっただろう?」
「そりゃあ、あの中で食事とか睡眠とかとってたんだもん。結界を突破されてたら話にならないよー」
私はまた、あはは、と笑っていた。
「……俺は、魔王軍精鋭八十万の猛攻を退けた防御結界で守られていたのか」
ステファンが呆然としながら呟いていた。
「そうだね。まー今はあのころと比べて、神様の力がほとんどなくなっちゃってるから、昔ほど頑丈ではないよ?」
ベルンハルトが疑問を投げかける。
「なんでそんな凄腕魔術師が、叙事詩でわき役なんだ?」
「んー、最初に物語の編纂を指示したのが聖女だったんじゃないかな。聖女と魔術師は勇者と三角関係だったし。魔王を倒した後に勇者は魔術師を選んだんだけど、嫉妬に狂った聖女が魔術師を殺しちゃってね。そのあとのことは”私”は知らないけど」
私に続いて、ケーニヒが補足してくれる。
「――聖女は恋敵の魔術師を引き立て役に、俺の存在をなかったことにして最初の叙事詩を編纂していたはずだ。それを複製していった後の世の叙事詩は、お前たちが知っての通りだ」
ステファンが、「私の言葉を信じられない」とでも言うように口を開く。
「聖女が魔術師を……殺した? その凄腕魔術師を?」
「魔王も強かったからね。倒した時にはもう、魔法なんて使えないくらい疲れ切って。でもみんな、帰り道でお祝いしたい気分になったから、宴会を始めたんだよ。――で、崖の上で酔い覚まししてたところで、”私”は聖女に突き落とされたってわけ」
ケーニヒがニヤリと笑いながら口を開く。
「実に間抜けな話だな。メルフィナのドジは昔から変わらない、ということだ」
ステファンが口を開く。
「確か、聖女の生まれ変わりは――」
「そう、サラ様だね。”私”はサラ様の前世に殺されたんだけどさ。夜会でサラ様が私に襲い掛かって来た時の顔が、”私”を殺した時の聖女そっくりで……いやほんと、女の嫉妬は近寄りたくないよね……」
「前世と今生で、同じ女に嫉妬で殺意を抱かれるなんて、お前くらいだろう。よほどお前たちは相性が悪いんだな」
「しかも前回も今回も同じ男を取り合ってるんだよ? どんだけって感じだよほんとー」
その日の貴賓室は、ずっと昔話に花が咲いていた。
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次の日も、学校は大変騒々しかった。
放課後、私はそんな中で、リアンに引きずられるようにお茶会に連行されていった。
「――それで、どうしてこのメンバーなのですか?」
私が聞いた。
「むしろ、これ以外のメンバーがありえまして?」
リアンといつものご友人、私、ステファン、そして――ケーニヒである。
「やはり近くで見ても、眼福ですわね……」
リアンとご友人方はケーニヒの顔を、ただ静かに目に焼き付けていた。
ケーニヒ見守り隊とやらを結成したと聞いた時は、さすがに頭痛を覚えたけど。こうして静かにしていてくれるなら、ましなのかもしれない。
「ケーニヒ、どうしてあなたがここにいらっしゃるのかしら?」
「――見えていなかったのか? お前についてきただろう。見たままだ」
「……なぜ、私についてきたのかしら――そう聞いているのですわ」
「メルフィナ。性に合わない言葉遣いはよせ。お前らしくない」
「私だって使いたくて使ってるんじゃないの!! 貴族令嬢の嗜みとして覚えたんだよ!」
「口調が戻ったな。――そうだ、それがお前だ。もっと気楽に生きろ」
「メルフィナ様、落ち着いてくださいませ」
リアンのご友人のアドバイスが飛んできた。はっとして口を押さえる。危ない、ケーニヒのペースに飲まれるところだった……
「――こほん。ケーニヒ? あなたも貴族ならわかっているでしょう? その場に応じて守るべき作法がある、ということを」
「いや? 俺は国に居る時からこのままだが?」
「自由人かああああああああああああ!!」
私の怒りの手刀がケーニヒの眉間にヒットした。
「男だからってずるいぞ! 女子がどんだけ血のにじむ努力をしてると思ってるんだ!」
「いや、俺以外の兄弟はきちんとしているようだが? 親父もそうだな。一族で好きに生きてるのは、俺くらいだろう」
「きみ、第一皇子だろおおおおおお! そんなんで帝国大丈夫なのか?!」
「なに、すでに諦められている。皇帝は、弟の誰かが継ぐだろう」
「きみはどうするのさ?」
「放っておけば、適当な辺境の領地を与えられるんじゃないか?」
「それでいいわけ?」
「特に構わんが? 言っただろう。俺はお前にしか興味がないし、『お前だけの味方』だ。帝国がどうなろうと、知ったことじゃない」
「……ちなみに、今の君は、どのくらいの強さが残っているんだい?」
「昔の強さを測ったことがないから、そんなことを言われてもな……まぁ、昔に比べれば塵芥みたいなものさ」
「……まあそっかー。私だって、昔に比べたら信じられないくらいに弱くなってるしなー」
ん? ステファンが手招きしてる? どうやら耳打ちしたいらしい。
(「昨日調べたんだ。真偽は不明だが……帝国の第一皇子と言えば、一人で一軍に匹敵する魔術師として一部で噂されているらしい」)
ステファンに耳打ちをし返す。
(「……一軍って、どれくらい?」)
(「帝国基準だと、一万人くらいじゃないか?」)
「一個師団?!」
「ん? ああ、今の俺の戦力なら、そのぐらいらしいな」
「そんな化け物戦力、帝国がみすみす地方に封じるわけないでしょー?!」
「そうか? 俺は『好きにしていい』と言われているぞ?」
「それは『好きにさせるしかない』っていうんだよ! 誰だって一個師団のおもりなんてやりたくないよ!」
「そうはいってもな。昔なら一瞬で皆殺しにできただろう人数を殺すのに、数時間もかかるんだぞ? 数万人に囲まれたら体力が尽きて死ぬだけだ。こんな弱い力しか持たぬ奴など、使い道あるまい」
(あ、だめだこいつ。”魔王の息子”基準で考えてる)
「――顔を見れば、何を考えているかわかるぞ?」
「じゃあいってみなさいよ?」
「戦況をひっくり返せない程度のわがままな人間が一人いるより、統制の取れた大軍の方が、戦争では強いに決まっているだろう。俺一人で他国を占領できるわけじゃないし、ましてや統治も不可能だ。命令を聞くわけでもない。そんな戦力を、どこに使えというんだ? 軍事行動の邪魔にしかならん」
「……逆に、考えて見なさいよ。一人で一万人に匹敵する人間が好き勝手に先頭をつっきってきて、そのすぐ後ろには統制の取れた大軍が控えてる。きみに構えば背後や側面を大軍に襲われるし、大軍に備えれば、きみが好き勝手に暴れて戦線を蹂躙され崩壊する。――どちらにせよ、きみの前に立てば待つのは死だけ。それがわかってて逃げない兵士がいると思うの?」
「……なるほど、それは盲点だったな」
「『盲点だったな』、じゃなあああああああああああい!!」
私の手刀がケーニヒの喉にさく裂した。
「ぐっ……さすがに、喉に手刀はきついな」
どうやら私の攻撃は、甘んじて受けているようである。
「……メルフィナ、とても生き生きとしてらっしゃいますのね」
リアンがぼそりと言った。――あ、お茶会だった!
「ごほん! ……いえ、はしたなく取り乱してしまいましたわ」
「私たち、一人で一万人に匹敵する大魔術師様とお茶をしてるのですわね……」
ご友人の一言が嘘みたいである。
「なに、今の俺の全力でも、メルフィナの防御結界を崩すのは無理だ。それに、今のお前でも全身全霊の一撃なら、一瞬で千人くらいは燃やし尽くせるだろう?」
「あー、私、攻撃魔法使ってないからわかんないんだよー。むやみに撃てるものでもないし。防御結界なら大丈夫だと思うんだけど」
「お前ならば、一個師団が相手でも負けはしないさ。――つまりお前の戦力も、一個師団相当、ということだ。むしろ、人間には攻略不可能な防御結界を張れる分だけ、お前の方がたちが悪い」
「私たち、そのような方と今までお茶をしてまいりましたのね……」
「……ごほん! いえ、そのような野蛮なこと、私、いたしませんわよ?」
「よかったなステファン。痴話げんかで本気でキレられたら、秒で骨すら残さずに火葬してもらえる相手で」
「しないっつってんだるおおおおおっ?!」
その日のお茶会は、大変賑やかだった。
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「……夜会でも、なのか」
「ん? どうしたステファン。なにか不満があるなら、言ってみたらどうだ」
休日を前に控えた夜会に、リアンのご友人から私とステファンが招待されていた。
「ですから、どうしてケーニヒがいらっしゃるのかしら?」
「お前たちの乗る馬車に同乗しただろう。いまさら何を言っている」
ケーニヒはここでもついてきた。
しかし、帝国第一皇子である。当然、夜会でもモテた。だが――
「すまないが、興味のない相手の顔も、名前も覚える気がない。挨拶するだけ無駄だから、こなくていいぞ」
ケーニヒはやっぱりケーニヒだった。
だが見た目はいいので、視線は集める。実に面倒くさい奴である。
「ステファン。ケーニヒは居ないものとして、振る舞いましょう?」
「……そうだな。というか、それしかなさそうだな」
私たちも馬鹿ではない。この一週間でなんとなく、ケーニヒの扱い方を覚えて来てはいるのだ。
「まぁ! ステファン殿下、ようこそおいでくださいました!」
「ミーシャ嬢、今日は楽しませてもらうよ」
「メルフィナ様も、どうぞ楽しんでいってくださいね」
「ええ、ありがとう。ミーシャ様」
最初、主催者のミーシャ様こそ挨拶をしてくれた。
だが、それ以外には遠巻きにされていた。原因のほとんどはケーニヒである。
「ケーニヒ、少し離れませんこと?」
「断るが? 俺はお前のそばに居る」
そう、第一王子とその婚約者に、帝国の第一皇子(しかも愛想が一切ない)がぴったり固まっているのである。
『挨拶しづらい』し『醜聞の臭いがする』ということで、周囲はひたすら観察を続けていた。
「なんか、ひそひそと噂話まで飛び交ってるみたいね……」
「どうみても三角関係だしな……」
「なにか間違っているのか? 一人の女を取り合っている仲じゃないか」
私たちは慌ててケーニヒの口を塞いだ――が、遅かった。
周囲のひそひそが騒然とした波になっていった。
「はぁ。だめだこれ。完全に噂が流れた」
「事実だろう? それに、流したい奴には好きにさせろ。人の口に戸は立てられん」
「だ・い・た・い・き・み・の・せ・い・な・ん・だ・け・ど?!」
「メルフィナ、おさえて! みんなが見てる!」
私がケーニヒの胸に指を突き刺しまくっていると、ステファンが背後から引きはがしにかかった。
そう言われ、慌てて微笑みをたたえてステファンに寄り添う。
「……セーフかな?」
「……アウトじゃないかなぁ」
「どちらでも構わんだろう?」
「だから! 原因はきみだ!!」
その日の夜会の様子は、瞬く間に社交界を駆け巡ったという。
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