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第5話:私たちの前世

******


 その日の朝は、おじさまと食卓を囲んでいた。


「ねぇおじさま。クラウスの行方は見つかった?」


「いや、どこに潜伏しているのかすら、わかっていない」


 おじさまの顔は暗い。懐刀に裏切られたのだ。それはそうだろう。


「そっかー。なんで私に毒なんて盛ったんだろう?」


「クラウスはここに来る前、ノウマン侯爵家に居たんだ」


 つながりがあった、ということか。


「じゃあ前の主人に頼まれてなのか、自発的になのかはわからないけれど、動機はあったんだね?」


「可能性はあるな」


「サラ様はどうなっちゃうの?」


「王家からの急な婚約白紙撤回と、間をおかないメルフィナとの婚約が原因だ。気持ちに整理が付けられなかったのだろう。陛下も温情を与えて、サラ様の王都追放で済ますつもりらしい。どちらにせよ、あんなことがあってはもう、社交界には帰ってこられまい」


「そっか……」


 その日の朝ご飯は、なんだかおいしくなかった。




******


 午後になり、今日もステファンがお見舞いに来た。


 私はソファでステファンを迎えた。


「もう寝てなくてもいいのか?」


 そう言いながら、ステファンが向かいに腰を下ろす。


「そりゃあもう! 昨日だって別に寝てる必要はなかったくらいだしー」


 私はニコニコと微笑んで返した。


「今日は昨日より元気そうだな」


「うん! なんかね、毎日少しずつ元気になってる気がする!」


「……ケーニヒのおかげか?」


「……そうだね」


 私の元気が、どこかへ抜けていった。


「俺では、お前を元気にすることはできないのか?」


「……今は、まだわからない」


「明日は学園にこられそうか?」


「そうだね……行けると思う」


「また、放課後の貴賓室に……集まってくれるか?」


「……なにをしに?」


「…………」


 しばらく無言のあと、ステファンはゆっくり口を開いた。


「……目的がなければ、集まれないのか?」


「……貴賓室で、こうして気まずい沈黙を味わうの?」


「そうだな。目的があった方が気がまぎれるか!」


「宰相の方は、どうにかなりそうなのかな?」


「ああ、父上が密偵を動かしている。宰相が動きたくても、次に動いた時が終わりだ。うかつには動けないだろう」


「じゃあ、ステファンの暗殺もひとまず落ち着くんだね」


「そうだな」


「集まる理由、ないね」


「……そうだな。だが俺たちは婚約者だ。そのうち二人で出席しなければならないものもでてくる」


「その時は、頑張って微笑むよ」


 にっこりと笑って見せた。


「……俺にはまだ、そんな笑顔しかさせられないのか」


 仮面が零れた。


「……そうだね」


「じゃあ、また明日、学校でな」


「うん」


 ステファンが立ち上がった。――そこにカタリナが焦って部屋に入ってきた。


「ケーニヒ第一皇子がいらっしゃるそうです」




******


「俺も、ここに居ていいか?」


 ステファンが聞いてきた。


「……いいよ」


 私は少し悩んだけど、頷いて答えた。




 しばらく待っていると、不敵な笑みを浮かべたケーニヒが部屋にやってきた。


「よう、天気のいい日に辛気臭いな」


 あらわれたケーニヒは、いつものように飄々としていた。


「どうしたメルフィナ。お前にそんな顔は似合わん。笑え。いつものように」


「……ほんと、ケーニヒは変わらないんだからー」


 あはは、と笑ってしまった。


 ステファンの眉が歪んだように見えた。


 ケーニヒはステファンの隣に腰かけた。


「それでー? 今日は何の用事なのかな?」


「なに、どうせステファン第一王子のことだ。お前を困らせているだろうと思ってな」


「ねぇケーニヒ。それとステファンも。どっちも「だいいちおーじ」で紛らわしいから、お互い呼び捨てにしてよ」


「いやだ」

「ああ、お前が言うのなら」


 二人の答えが殴りあっていた。


 私は思わず吹き出して笑っていた。久しぶりの大笑いだ。


「あはは、ほんとそういうところ、二人とも昔と変わらないんだから」


 私が心底楽しそうに笑っていると、ステファンは動揺していた。


「俺とこいつが、昔から? どういうことだ?」


「ああ、貴様はメルフィナからまだ聞かされていないんだな」


「お前は聞かされているとでもいうのか?」


「聞かされるまでもない。俺は、知っているだけだ」


 んー、二人が火花を散らしているな。


「ステファンは知ることができなかった、けどどこかで覚えていること、だよ」


「どういう意味なんだ?」


 私はゆっくりと言葉を紡いでいく。


「ステファンは最初に『どこかで会ったことがある気がする』って言ってたでしょ。それがそう」


「……だからそれは、どういう意味なんだ?」


「今は忘れられてしまった、とっても昔の話。人は死ぬと、創世神様の元に召し上げられてから、また地上に戻されると信じられていたの」


「…………」


 ステファンは黙って耳を傾けている。


「それは生まれ変わりの概念。人は生まれてくる前、死んでしまった別の人だった。……死ぬと、新しい人として生まれてくるの。人じゃないものに生まれ変わることも、あるらしいんだけどね」


「どこでそれを? また夢の中の話か?」


「……そう、夢の中の話。そしてそれは、私が生まれる前の、別の”私”だった時の話」


「じゃあメルフィナは、生まれ変わりだというのか?」


「私だけじゃなく、今生きてる人、みんながそうだっていう話。でも生まれ変わるときに、創世神様のところに記憶は置いてくるみたいなの。だから、生まれてくる人は、真っ白な状態で生まれるの」


「なのに、その置いてくるはずのものを、夢で見たのか?」


「そういうこと。私は前世で、ケーニヒと一緒に旅をしてた。そういう記憶があるの。ケーニヒにもね」


 ステファンがケーニヒを見た。すぐには信じられない。そんな顔をしていた。――ケーニヒは不敵な笑みを浮かべていたけれど。


「そしてステファンは、その記憶を創世神様のところに置いてきた人。でも、欠片だけは持ってこれた。だから私を『どこかで会ったことがある気がする』って思ったんだよ」


「……俺も、お前たちと旅をしてたのか」


「してたよー。ステファンが大好きな勇者の叙事詩、覚えてる?」


「ああ……まさか、その中の人物なのか?」


「そう。さっき確信したんだけどね。ステファンが勇者の生まれ変わり。私が魔術師の生まれ変わり。――サラ様が聖女の生まれ変わりだよ」


「…………ケーニヒは?」


「ケーニヒは、叙事詩に登場しないんだ。多分、ケーニヒを嫌っていた聖女が、後世に残させなかったんだと思う。――ケーニヒは、勇者に同行してた魔族だよ」


「魔族が?! 勇者と同行? ありうるのか? だって、魔族の王が魔王だろ?!」


 ケーニヒが鼻で笑いながら口を開いた。


「ありうるもなにも、眼前にある事実だ。物語など、大なり小なり歪んで伝わるものだろうが」


「さっき、『人が生まれ変わる時』といったじゃないか。魔族なのに、神の元へ召されるというのか?! 神と魔族は、敵対する存在だろ?!」


「実際、召されてこうして生まれ変わった。いや、俺たちにも、創世神を見た記憶などないがな。少なくとも魔族だった俺は生まれ変わり、今こうしてここに居る」


「…………」


 ステファンはまだ、私たちの話を受け入れがたい、と思ってるみたい。


「ほらね? 全部話しても、信じてもらえないでしょ?」


 あはは、と私は困ったように笑っていた。――思っていた通りとはいえ、突きつけられてしまうと、やっぱりつらい。


「メルフィナ、だからお前にそんな顔は似合わない。ステファンの器が小さいだけの話だ。俺ならお前の言うことを疑いなどしない。昔も、今もな。俺は『お前だけの味方』だ」


「……そうだね。ケーニヒはいつも、どんな時も信じてくれてたね」


 今度は自然と、微笑みが零れてた。


 ステファンが敵意を持った眼差しでケーニヒを睨んだ。


「俺はお前に呼び捨てにされる覚えはない!」


「俺は貴様の事を呼び捨てにしろ、とメルフィナに言われているんでな。メルフィナが望むなら、そうするまでだ。貴様も俺のことを呼び捨てにして構わんぞ」


 ステファンが歯噛みしている。……あー、これは意地になってるな。


「……ケーニヒ、本当にメルフィナの言うことならすべて信じるのか」


「当たり前だろう。貴様とは違う」


 その言葉を受けたステファンは、一度、目を瞑って深呼吸をした。そして、1つの薬瓶を取り出した。


「毒薬だ。自害用のな。これを俺たちの紅茶、どちらかに入れさせる」


 毒薬?! ――透明なその薬はでも、そんな危険なものには見えなかった。


「メルフィナは『どちらにも入れてない』と言え。それを信じて飲み干せたなら、ケーニヒ、お前の言うことも信用しよう」


「いいだろう」


 馬鹿馬鹿しい、といわんばかりに肩をすくめてケーニヒは了承した。


「ではケーニヒ、壁際に行って後ろを向け」


 ケーニヒは言われた通り、壁際に行って背中を見せた。


(……薬を入れたふりをすればいいのかな)


 私がそう思っていると、ステファンが耳打ちをしてきた。


(「メルフィナ、この薬は無害だ。両方のカップに入れろ」)


 ステファンは言い終わると、壁際に行って後ろを向いた。


(……ケーニヒを試したいだけか)


 ステファン、それはちょっと卑怯じゃないかなぁ?


 やれやれ、男の子はこれだから――そう思いつつ、二人のカップに薬を数滴たらしていく。


「入れたよー」


 二人がこちらを向いた。


 ステファンが困ったように笑った。


「『入れたよー』じゃない。『どちらにも入れてない』、だ」


「あ、そっか。じゃあ『どっちにも入れてないよー』」


 えへへ、と照れ笑いを浮かべた後、私は号令をかけた。


 ステファンは素早く近づき、さっと紅茶を飲み干した。


(おっと、これだと「残るカップ、つまりケーニヒの方に毒が入ってる」ように見えるぞ?)


 ステファンはニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべている。


 私は


(……ステファン、ケーニヒの事、何にも知らないからなぁ)


 と、茶番劇の予感というか、わかり切っている未来が見えていた。


 かくしてケーニヒは席に着いた後、私にニヤリと笑い、一息でカップを空にして見せた。


「馬鹿な……」


 驚愕するステファンとは逆に、ケーニヒは腕を組んで平然としていた。


「どうした? 何が馬鹿なんだ?」


 ケーニヒは侮蔑の表情でステファンを見ていた。


「貴様も俺もこうして平然としているということは、『毒はどちらにも入っていなかった』か、『毒ではなかった』、どちらかなのだろう?」


 ステファンはまた歯噛みしている。


「そしてメルフィナは『入れてない』と最後に言いきった。ならば最初から毒など入っていなかった。それだけの話だ。――なにをそんなに悔しがっている?」


 そんな理屈、普通は通らない。


 私は最初に『入れた』と断言してしまった。そのあと取り繕って『入れていない』と言ったのだ。つまり、『両方に入っていない』はあり得ない


 ならば、先に飲み干して平然としているステファンの後で、残った自分のカップには毒が入っているはずなのだ。瞬時に躊躇なく飲み干せる訳がない。


 あるいは、毒でないことを見抜いていた可能性もあるかもしれない。だけどそれすら、迷いなく飲み干すには判断材料が足りないはずなのだ。


「――つまり、ケーニヒは私の言うことなら疑わないんだよ」


 ほーらね、と私は自慢げに胸を張っていた。



「……いや、さっきの話が本当なら、ケーニヒとメルフィナは旧知の仲だ。メルフィナが毒なんて入れられない性格なのは知っててもおかしくない」


 ステファンの意地がさらに吹き上がってしまったようだ。頭に血が上って冷静に判断できていないみたい。


「じゃあ、どうすればケーニヒの言葉を信用するの?」


 ステファンは別の薬を取り出した。今度の薬は、中身の見えない瓶に入っていた。


「同じことをする。今度こそ自害用だ。メルフィナは『入れてない』と大きな声で言った後、薬をどっちかにたらせ」


「できるわけないでしょ?! どっちかが死んじゃうよ!」


 今度はちゃんと抗議した。そこにステファンが耳打ちをしてくる。


(「さっきと同じ薬だ。同じように入れろ」)


(懲りないなー……)


 やれやれ、と思いつつ、「わかった」と了承した。二人のカップに紅茶を注いでいく。


 ケーニヒとステファンが再び背中を向けた。


「入れてないよー!」


 そう言って両方のカップに薬を垂らした。――紅茶の色が変わった?!


 驚いてる私にステファンが素早く駆け寄り、口を押さえつけられてしまった。後ろを向かされ頭を覆われているので、目で合図はできない。両腕も拘束されている。


(「何考えてるのステファン!」)


 ステファンはケーニヒを睨みつけているようだ。


 振り向いたケーニヒの目の前には、毒々しく変色した紅茶が二つあるはずだ。普通なら飲まないだろう――常人ならば。


(だめー! 飲んだら駄目!!)


 黒い指輪への祈りも届かない。なんで?!


 そしてケーニヒの足音が素早くテーブルに近づき、カップを持ち上げる音の次に――紅茶を飲み下す音が聞こえた。


「馬鹿な……」


 ステファンの声と共に、ケーニヒがその場に崩れ落ちる音がした。


(ケーニヒ!!)




******


「ケーニヒ! しっかりして! 今お医者さん呼ぶから!!」


 私は泣きながら、慌てて部屋の外に居たカタリナに医師を手配するよう指示し、ケーニヒの元へ急いで戻った。


「ケーニヒ! 死んじゃダメ!」


 必死に肩を揺さぶるが、ケーニヒは目を瞑ったまま反応はない。


「ステファン! 何を考えているの!!」


 私はステファンに振り返り、殺意を込めて睨みつけた。


「なんでケーニヒを殺したの!」


「……飲むとは思わなかったんだ」


「なんで……」


 私は崩れ落ちていた。毒を入れたのは私だ。私がケーニヒを……殺した。殺してしまった。


 私の肩をステファンが触った。――汚らわしく感じて払い落とした。


「ケーニヒなら、毒とわかっていても飲むのよ……」


 私の涙は零れ続けていた。




「……それは睡眠薬だ」


(――え?)


 慌てて振り向いた。ステファンはバツが悪そうにしていた。


「長旅の時、不眠で困っている兵士に渡される、即効性の魔法薬だ。間違えて飲まないよう、毒々しい色をしている」


 あわててケーニヒの呼吸を確認すると、胸が上下に動いていた。


 カタリナが連れてきた医師にも確認したけど、確かに睡眠薬で、効果はだいたい三時間ほどで切れるらしい。解毒剤を注射してもらったので、三十分もすれば起きるとのことだった。




******


 私はケーニヒが目覚めるのを待った。


 ステファンが何度か話しかけてきたが、応えなかった。


 そろそろ三十分経つ……ケーニヒの瞼が、僅かに動いたように見えた。


「う……」


「ケーニヒ!」


 ケーニヒが目を覚ました時、私はその胸に飛び込んでいた。


「よかった! 死んじゃったかと思った……!」


 私はケーニヒの胸の中で泣いていた。そんな私をケーニヒはそっと包み込んでくれた。


「あー……心配するな。お前は言っただろう? 『入れてない』と。ならば毒など入っていなかった。それだけだ。お前が自分を責める必要など、微塵もない」


 泣き続ける私の背中から、ステファンの声が聞こえる。


「何故、飲んだ」


「貴様の耳は飾りか? 今言っただろう? メルフィナが『入れていない』と言ったから、それを信じただけだ」


 私が押さえつけられ、もがいているのが見えたはずだ。そして見るからに毒々しい二つのカップ。それでもケーニヒは私の言葉を信じた。――そうだ。こいつはそういう奴だ。


「人間の身体なのに、無茶なんてしないで!!」


 私の涙は止まらなかった。




 ようやく私が泣き止んだころ。


 私は席を移っていた。――ケーニヒを真ん中にして、ステファンと反対側に居た。


(私がケーニヒを殺しちゃったかと思った……本当に生きた心地がしなかった)


 当分、ステファンを許せそうになかった。私はそっぽを向いて、ステファンを視界に入れないようにしていた。


 そんな私を見ていたケーニヒが、突然大笑いを始めた。


「どうしたの? ケーニヒ。やっぱりなにか薬の影響が――」


「ククク――いや、随分あっさりと幻滅したものだ、と思ってな」


 そう言われると、私はステファンをけっこう邪険に扱ったような記憶がうっすらあった。一瞬、殺意すら覚えていなかったか。


「どうだメルフィナ、まだ俺を選ぶ気にはなれないか?」


(…………)


 ケーニヒの重さは前と変わらない、と思う。私の大切な友達だ。


 一方で、明らかにステファンの存在が軽くなっていた。以前ほど彼を魅力的な人間だとは思えなくなっている。私の心が求めている人として、即答できなかった。


 二人を心の天秤に乗せたとき、ケーニヒ側に僅かに傾いたような気さえした。


「そっか、これが幻滅するってことなんだ……」


「待ってくれ! 確かに悪ふざけが過ぎたのは謝る!」


 ステファンが慌てて私に謝罪してきた。


「……ステファン、謝るのは私だけ?」


 私は冷ややかにステファンを見た。見たくないけど――そう思った自分に、密かに驚いた。


「……ケーニヒ、すまなかった。悪ふざけが過ぎた」


 ステファンは素直に謝罪した。


「いや構わんよ。おかげでメルフィナが俺のそばに来た。感謝したいくらいだ」


 ケーニヒは余裕だ。


「まぁ、前世の信頼関係が続いている俺たちと貴様では、どうしても差が出る。――メルフィナ、これくらいの悪ふざけは大目に見てやれ。どうせ俺も、死ぬとまでは思っていない」


「あ、うん――えっ?! どういう意味?!」


 ケーニヒがにやりと笑う。


「ステファンに俺を殺す度胸などあるものか。せいぜい下剤か睡眠薬だろうと踏んでいた。ならば、躊躇なく飲んで見せるさ。メルフィナは、俺が本当に毒くらい平気であおるのは、前世で知っているからな。今更証明して見せるまでもない」


 そう、ケーニヒは前世で実際にそうやって死にかけた。なんとか生き延びたけど、その時私に、証明して見せたのだ。


 それにしても……ケーニヒも人が悪い。いや、元魔族だからしょうがないのかな? いっつもこうやって引っ掻き回すんだから。


「だから、今回のはステファンに思い知らせるためのデモンストレーションだ。メルフィナは演技ができないからな。すべてを知らせることができなかった。泣かせたのは、すまない」


 そうしてケーニヒは、私に頭を下げた。


「そんなこと!! ケーニヒが無事ならそれでいいんだよ!」


「なら、俺に免じてステファンも許してやれるか?」


「えっ……うん、ケーニヒがそういうなら、ステファンも許す……」


「じゃあ元の席へ戻るんだ」


 そう言って、ケーニヒは笑顔で元の席へ私を座らせた。――最後にぽん、と私の頭を優しく叩いた。


 今、私からは二人の顔が良く見える。


 余裕の笑みを浮かべるケーニヒと、穴があったら入りたそうなステファンだ。


「――で、どうだ? 前世の話、少しは信じられたか?」


「少なくとも、ケーニヒとメルフィナの間に強い信頼関係があるのはわかった。――本当に生まれ変わってからの二人の出会いは、あの日の夜会なんだな?」


「まだ疑うなら、好きにすればいい」


 うーん、大人と子供の喧嘩だな……


「ステファンはあれだけ試してもまだ、心の底から信じ切れていないでしょ? 私からただ聞かされただけで信じるなんて無理だろうなって、そう思ったから話せなかったんだよ」


「……理解はした」


 『納得はしていないが』と言いたそうな顔だなー。


 ステファンは続ける。


「だが、どうして今日、いや今、話したんだ? 信じてもらえると思っていなかったんだろう?」


(うーん? なんでだろう?)


 私も自分でわからなくて困っていると、ケーニヒが助け舟を出してきた。


「俺がメルフィナの傍に居るからだ。だからメルフィナは、安心して貴様に前世の話をする気になったんだ」


「……それは『俺たちにはそれほどの信頼関係がある』と言いたいのか?」


 またケーニヒが楽しそうに笑った。


「ククク……そういう意味もあるがな。もっと気楽に考えろ。――前世の記憶を共有する俺が、目の前にいる。貴様が信じられなくても、メルフィナが一人で疎外感を受けることはない。受けるとしたら貴様だけだ。だから安心することができて、やっと口に出せたのだ」


(なーるほど!)


 私はポン、と手を打っていた。


「もう少し、メルフィナの気持ちを考えて行動してみろ。次に幻滅されたら、もう後がないと思え」


 ケーニヒは笑みを止め、真剣な目でステファンを睨んでいた。


(んー? なんかケーニヒの言動っておかしいな?)


「……わかった。今度こそ肝に銘じる」


 ステファンも真摯に受け止めたみたい。



「じゃあ、話をつづけるね。――えーと、どこまで話したっけ?」


 ケーニヒが応える。


「俺たちは勇者一行の生まれ変わりだ、という話だな。そしてそれはもう終わった」


「それじゃあ、もう話すことはないんだっけ?」


「いや? お前たちにはあるだろう?」


「私とステファンに?」


「『まだ婚約を続けるのか』、だ」


「――!!」


 私とステファンが言葉を失った。


「どうだ? メルフィナ。婚約を続けられる気はするか? ――ああ、さっき言ったように、悪ふざけの事は忘れてやれ。ステファンには、前世の記憶がないことを考慮してやるんだ」


 ――今のステファンと共に婚約を続けるのか……続けられるのか。


 いつか、彼との信頼を修復できる日はくるのだろうか。できなかったとして、私に婚約を白紙に戻す度胸などあるのか。――信頼できない相手との婚約や婚姻など、耐えられる自信はなかった。


「……まだ、わかんない」


「――ステファン。貴様はどうだ? 婚約を続ける意思はあるのか?」


「……ある。俺は必ず、メルフィナを手に入れて見せる」


 決意を新たにしたステファンの目を見て、ケーニヒはまた楽しそうに笑っている。


「ククク……弱々しいが、ギリギリ及第点だな。言い切るだけの気概は残っているか」


「ねぇケーニヒ。どうして『及第点』なんて言葉を使うの? ケーニヒは私に幻滅させて、自分を選ばせたいんじゃないの?」


 ――そう、言動に矛盾がある。


「あの夜も言っただろう? 俺はお前の幸福だけが目的だと。お前を確かに幸福にできる男たちが、二人して自分を取り合う――どうだ? 女冥利に尽きると思わないか?」


「ケーニヒ? 私、そんな趣味持ってないんだけど」


 ジト目でケーニヒの笑顔を睨む。私は、望んだ相手に選んでもらえれば、それでいいタイプだ。――もっとも、今もステファンを望んでいるのか、その自信すらなくなっているのだけれど。


 まだ楽しそうに笑うケーニヒが、私に質問する。


「では聞こう。『まだわからない』ということは、お前はステファンに惹かれる心が、まだ残っているんだな?」


 だいぶすり減った気がするけど、まだ残っていると思うので頷いておく。


「では、俺に惹かれる心はあるか?」


 ……いっつも私を引っ掻き回す、困った奴だけど――不安な夜、指輪で語りかけて安心させてくれた。危ないときに守ってくれた。どんなに無茶な言葉も信じてくれた。ケーニヒは、いつでも、どこまでも私だけの味方だった。


「……ある」


 そう口にして、我ながら目を瞠った。そんな――いつのまにそんな気持ちになったんだろう? ずっと友達だと思っていた。”私”にはなかった心だ。


「メルフィナ。今お前が俺に抱いている気持ちは、前世の分を加点している。だが本質はそこじゃない。――あの夜から今この時まで、積み重ねてきた信頼の重さだ」


 そしてケーニヒはステファンに振り向いた。


「メルフィナに渡した指輪だが、護身用でもあり、着用者が望む時、俺と言葉を交わすことができる魔道具でもある」


 ステファンの顔に驚愕が走った。『会話できる』とは知らなかったのだろう。


「俺はメルフィナが望む時、話し相手になっていた。使われたのは二度だがな。そしてあの夜、介抱した時と今している会話。たった四回だが、俺はメルフィナの心に寄り添うことで、信頼を育んだんだ」


 ステファンは「寄り添う……」と呟いて、耳を傾けていた。


「前世のメルフィナは、俺に惹かれてなどいなかった。あの夜、再会した時もな。――貴様にこの真似ができるか? 貴様の方が、機会は圧倒的に多いはずだ」


「…………」


 ステファンは応えない。深く考え込んでいた。


「できなければ、メルフィナの心は俺のものだ。悔しかったら、俺に張り合うのではなく、メルフィナのために生きて見せろ――俺よりも、な」


 ケーニヒはそうして不敵に笑った。「簡単に追い越されてはやらん」と言いたげな笑顔だ。


「ケーニヒ。いつでもメルフィナと会話できるのは、あまりに卑怯だと思わないか?」


 ――そこ?! 思うところがそれなの?!


 ケーニヒはまた楽しそうに笑う。


「ククク……さっき言っただろう? メルフィナが俺と話したいと望まない限り、互いの声は届かない。そこは単に、お前への信頼が足りないだけの話だ」


「どちらでもいいから、話を聞いて欲しいときだって、あるかもしれないだろうが」


「ハハハ! わかったわかった! 一週間後、会話だけできる同じような魔道具を用意しよう。――それでいいか?」


「……代償は?」


「そうだな……今は貸しにしておこう。そのうち返してくれ」


「わかった」


「――よし。これ以上ここに居ても、メルフィナを疲れさせるだけだ。今日はいろいろあって、へとへとだろう。俺たちは帰るぞ」


「え、もう帰っちゃうの?!」


 私は、立ち上がったケーニヒの顔を見つめていた。


「なんだ? 寂しくなったのか? ――俺の助けが欲しければ、いつでもその指輪に願え。俺は『お前だけの味方』だ」


 そう言ってケーニヒは私の頭を撫でた後、ステファンと共に部屋を去っていった。




******


「……つかれたー!」


 私はベッドに倒れこんでいた。お日様はまだ高いけど、今日ほど心臓に悪いことは、生まれ変わって初めてだな。


「お嬢様、少し休まれてはいかがかと」


 カタリナが紅茶を入れなおしてくれた。


「うん、ちょっとお茶を飲んだら少し休むね。ご飯になったら起こしてー」


 カタリナは嬉しそうに微笑んだ後、お辞儀をして退出した。




 お茶を一口。そして今日の出来事を振り返る。


(やっぱりケーニヒの言動、なんか矛盾してるんだよなー?)


 前世でも、何を考えてるのかわからない奴だったけど。今生はさらにわからない。


 ポリポリとクッキーをかじっていく。――美味。紅茶で流し込む。


「うーし! 寝るかー!」


 そして私は着替えて、いそいそとベッドにもぐりこんだ。




******


 暗闇の中、ベッドの中で寝返りを打つ。――目の前には、また黒い指輪があった。


(…………)


「――ねぇケーニヒ」


『――なんだ? 今夜はどうした』


「うーんとね。なんでもなーい」


『フッ、指輪の無駄遣いはやめろ、と言ったはずだ』


「無駄遣いじゃ、ないんだなー」


『――ああ、そうだろうな。声が楽しそうだ』


「……今日は、ありがとう」


 ステファンに、前世の事を打ち明けられた。ケーニヒが来てくれなければ、今夜もどこか不安な夜を過ごしていたと思う。


『なに、気にするな。大したことじゃない』


「……じゃあ、おやすみ」


『ああ、いい夢を』




 そうして私は、ゆっくりと目を閉じた。





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