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第3話:再会

******


 その後のお茶会で、私はリアンに事の顛末をかいつまんで話していた。


「――と、まぁそういう約束で婚約を了承したのですわ」


 リアンたちは目を輝かせていた。


「それはもう、ほぼ確定コースなのではなくて?」


「確定では! ありません!」


 私はむきになって否定してしまった。


「いや、確定だ。問題ない」


 ――もちろん、お茶会にはステファンも来ている。


 私はじろり、とステファンを横目でにらんだ。


(本当に、約束の意味が解ってるのかな……)


 リアンがくすくすと笑いながら口を開く。


「でも、メルフィナが切った啖呵は『既に惚れています』とおっしゃったようにしか聞こえなくてよ?」


「……ステファンは少し強引過ぎるのよ。それに私の心がついていけてないだけ」


「でも、その力強さが良いのでしょう?」


「う゛っ……」


 ”私”は、そして私もそうなのだが、考え過ぎていまいち決断力に欠けるところがあった。


 そんな私たちに、考えなしに無鉄砲に迷いなく最善手を選択していける勇者やステファンはまぶしく映った。


「そして殿下のような方には、きちんと考えて、言うべきことを言って補佐してくれるメルフィナのような人がそばにいるべきですわよね。――お似合いなのでは?」


「ぐっ……」


 リアンの友人が続く。


「サラ様は、どちらかというと殿方を立てて、ご自分の意見をおっしゃる方ではありませんでしたし、そうなると殿下としても『本当に今の選択肢で問題ないのか』と不安になることがあったのではございませんこと?」


 ステファンは苦笑いを浮かべて答える。


「そうだな。己の決断を曲げることこそしなかったが、『何か大切な視点を見落としてはいないか』という不安が付きまとうことが多かった。失敗した、と後悔したこともある。そんな俺に欠けているものを、メルフィナは持っているんだ」


(――聖女は確かにそういう性格だった。サラ様もそうだったのか。なら”私”の死後、勇者の人生は常に不安と隣り合わせだったのかな)


 小さいころから”私”と勇者はデコボコがかみ合っていた。勇者が引っ張り、”私”が軌道修正する。そして勇者に引っ張られた仲間がその方針に力を添えてくれていた。


(そういえば勇者一行には、そんな中で勇者の決断に疑問を呈し、場をかき乱すトリックスターもいたっけ。私の決断だけは尊重してくれていたから、なんとかまとまっていたけど)


 彼はそんな役回りでありながら、”私”の力強い味方だった。口癖のように『俺はお前だけの味方だ』と言っていた。勇者の叙事詩に出てこない、歴史の裏に埋もれた陰の功労者。



「――では、今夜の婚約披露パーティー、楽しみにしておりますわね!」


 記憶の海を漂っていた私を、リアンの一言が引き戻した。


 そう、今夜は盛大な夜会が開かれることになっていた。


「そうですわね……今から気が重たいですわ」


 ノウマン侯爵家はさすがに出席しないだろうが、ほとんどの上流貴族が顔を出す盛大な夜会になる予定だ。


 婚約の時に顔を合わせたステファンのご両親――両陛下は、とても人柄がよかった。無理に無理を重ねた婚約だというのに、『ステファンがそこまでいうほどの女性であれば』と、私を歓迎してくれたのだ。


 両陛下も、ステファンへの信頼が篤いようだった。ステファンの立太子も近々考えていると。


(ほっとくと王太子妃、そして王妃か)


 実に気が重たい未来だ。すでに急ピッチで私の教育は進められている。


 ステファンが拗ねるように呟いた。


「……最近のメルフィナは、『忙しい』と言って、あまり俺と一緒に居てくれないんだよな」


「誰のせいだと思ってるのかな?!」


 各種作法に加え、隣国を筆頭とした諸外国の事も勉強しなければならなかった。そして学園との両立である。


 ”私”の知識欲が貪欲に物事を吸収していくのでなんとかなっているが、かなりのハードスケジュールだ。


 この後も夜会の準備で慌ただしい。


「はぁ」


 ため息も出よう、というものである。




******


 婚約披露パーティは案の定、多数の貴族が集まっていた。


 もちろん、裏で眉をしかめている人もいるだろう。だけど表向きは和やかに進行していた。


 私は苦手ながらも、必死に顔と名前を憶えていった。なんなら”私”の魔法を使ってすらいる。そうでもしないと、この人数を覚えるのは無理だったから。


 そばに居るお父様は、娘が王子を射止めたということでたいそうご満悦。――まぁお父様なら、権力欲に目がくらんで悪いことをしよう、などとは考えないだろう。



「メルフィナ、頬引き攣ってるぞ」


「どんだけ微笑んでると思ってるの……」


 既に夜会は1時間以上。ひっきりなしの挨拶を捌くのに精いっぱいでご飯も食べていない。


(おなかすいた……)


 我慢も限界、というところである。


(「ねぇステファン、少しバルコニーに出ない?」)


 私がこっそり耳打ちした泣き言に「しょうがないな」とステファンは応じてくれた。


 その場の挨拶を手早く切り上げて、私をバルコニーまでエスコートしてくれる。




 「……ふぅ。つかれたぁ~!」


 やっと素に戻れた私は、夜空に向かって吠えた。


 それを見たステファンは、微笑みながら「お疲れさん」とねぎらってくれている。


 私の手には、様子を伺っていたクラウスがバルコニーに向かう私にさりげなく持たせてくれた軽食がある。それをひとかじりして、やっと人心地。


(クラウス、おじさまの言う通り本当に優秀ね)


 よく見ているし、相手の求めているものを見抜く眼力。こんな従僕が控えていれば頼もしかろう。


 そんな私を見たステファンが楽しそうに言った。


「ほんと、そういうところは小動物みたいだな」


(誰が小動物かー!)


 私は口に物が入っているので反論できない。仕方なく、視線で威嚇しておく。



 ステファンが空を見上げると、そこには綺麗な満月が浮かんでいた。


「……あの晩も、こんな月夜だったな」


(あの晩?)


 私のきょとんとした顔を見たステファンが続ける。


「初めて会った夜会の晩だよ」


(ああ、ステファンの暗殺を、初めて私が防いだ日か)


 ごくんとごはんを飲み込んだ。


「ちょっと前の話なのに、随分昔に感じるねー」


「あの時受けた印象と今のお前。不思議なんだが、まったく変わってないんだ」


(おかしい。あの時はきちんと公爵令嬢として振舞っていたはずなんだけどな……)


「言っただろう? 『初めて会った気がしない』と。今のお前を、俺はどこかで知っていた気がするんだ」


(それは、もしかして……)


 ステファンと目があった。


(だけど、ステファンがもしそうだとしたら……)



「失礼するよ。ジルケ公爵令嬢はこちらかな?」


 二人の間に、バリトンの美声が響き渡った。


 声の方を見ると、ひとりの背の高い青年が立っている。二十代くらいだろうか。――だがその姿には見覚えがあった。


(あ……)


 黒く長い髪、金色の瞳、震えるほど人間離れした美貌――


 手に持っていたお皿が、バルコニーの床に落ちて砕けた。


「なんで、きみが……」


 声が震えた。私の様子を見てステファンが(「知合いか?」)と耳打ちしてくるが、それに反応できない。


 ステファンが青年に向き直り、名を聞いた。


「あなたは誰だ? 失礼ながら初対面と思うのだが」


「ケーニヒ・ラインハルト・ヴィシュタット。――ケーニヒと呼んでくれて構わないよ。メルフィナ」


 ステファンに応じて名乗りながらも、言葉の後半は私だけに向けられていた。


(ヴィシュタット……西の帝国! ってことは皇帝の一族がなんでここに?!)


 無遠慮に私に近づいてくるケーニヒを、険しい顔をしたステファンが遮った。


 ケーニヒは、それを見て楽しそうに笑った。――いや、”嗤った”。


「今は……ステファン第一王子だったか。相変わらずだな貴様は。そういうところはちっとも変っていない」


「ケーニヒ、といったか。以前に俺と会ったことでもあるのか?」


 ステファンの苛立ちが伝わってくる。


「貴様は覚えていないのか。まぁいい。貴様に興味はない。用があるのは――メルフィナ。お前だけだ」


 そう言うとケーニヒは、腕を大きく横に薙いだ。その動きに合わせて、ステファンが横に吹き飛ばされる。


「ステファン!」


「案ずるな。邪魔者を風でどかしただけだ」


 ケーニヒは私の目前まで来ていた。その手が私の顎を持ち上げる。


「――メルフィナ。お前は今も美しいな。そして相変わらず、見ていて飽きない女だ」


「……ケーニヒ。きみも、そういうところは変わらないね」


 お互いが”今の名前”で呼び合う。だけど、わかってる。


「ああそうだ、俺は変わらない。今も昔も『お前だけの味方』だ」


(ああ――やっぱり。こいつは)


「今回は……”人間”なんだね」


 ケーニヒの気配を”私”の魔法で探って出た結論だった。


「創世神の考えることはわからん。だが、望みはかなったので良しとしよう」


 ケーニヒは肩をすくめて笑った。


「きみも生まれ変わっていたとは思わなかったよ。それも人間だなんて」


「死ぬ前に奴に願ったのさ。創世神は俺の功績を鑑みて、願いをかなえることにしたらしいが――」


 ケーニヒが、じろりとステファンを横目で見た。


「こんな、余計なおまけまでつけてくるとはな」


 言っている意味が解らなかった。ステファンが余計なおまけ?


「どういうこと?」


「気づいていないならいい。そのうち教えてやる」


 ステファンから興味を失ったケーニヒの瞳が、再び私の目を射貫いた。


「……きみの功績って、もしかして」


「そうだ。お前の味方をしたことだ」


 一人蚊帳の外のステファンが、苛立ちながら立ち上がった。


「ケーニヒ! メルフィナも! お前たちは知り合いだったのか?!」


 ケーニヒが再びステファンを嗤う。


「滑稽だな。嫉妬は見苦しいぞ? ステファン第一王子」


 カッとなったステファンがケーニヒの胸倉を掴もうとしたけど、壁に阻まれたように手が弾かれた。


(これは防御結界!)


「この魔法はお前の得意技だったな。見様見真似だが、少しは様になっているかな?」


 ケーニヒは、おどけてウィンクして見せた。


「生まれ変わって、俺は名前をすべて見失った。――お前もそうだな? お互い、昔の名前で呼び合えないのがもどかしいところだな」


「……そうだね」


 ステファンの手が、ケーニヒの防御結界を激しく叩いた。


「メルフィナ! こいつを知っているのか!」


 私は目を伏せて答えた。


「……いいえ。ケーニヒ様とお会いするのは、今夜が初めてよ」


「では、なぜ昔なじみのように話をしている!!」


(話すべきか。どうするか。――話したところで、信じてもらえるだろうか)


 私は逡巡していた。


 ケーニヒが、嗜めるようにステファンを睨みつけた。


「貴様は、嫉妬で愛する女を責めるのか? 伴侶にすると決めた女の言うことすら信じられないのか?」


「ケーニヒ! 言い過ぎよ!」


 誰だって、こんな状況なら不安になる。


「俺は違う。お前の幸せが他の男にあるというのならば、それを祝福して見送ろう。お前が”初めて会った”と言えば、それを信じよう」


 事実、彼は”私”と勇者を祝福し、見送った。どんなに無謀な作戦も、私が『できる』と言い切れば彼は愚直に遂行した。


 彼が”私”の言葉を疑ったことは、一度たりともなかった。


「だがなメルフィナ。俺はお前が死んだとき、一度だけ後悔をした。――せめて、お前を預ける男ぐらいは……俺がきちんと見定めるべきだった、とな」


「それは、どういうこと?」


「この男では、お前を幸せにはできまい」


 ステファンが叫ぶ。


「どういう意味だ!」


 ケーニヒがやっと、ステファンに顔を向けた。


「貴様とメルフィナの、約定の話を耳にした。『在学中にその気にならなければ、二人の婚約を解消して構わない』、だったか」


「それが……どうした?」


「貴様は、この国の将来を盾に、メルフィナを脅したのだ。『この国の未来と自分の未来、どちらかを選べ』、とな。自分よりこの国を、メルフィナは優先するだろう。そういう女だ。――貴様は選択肢を与えたようでいて、ただメルフィナを縛り付けただけだ」


「そんなこと! そんなことない!」


 私も叫んでいた。


「いいや、ある」


 私の言葉を即座に否定し、ケーニヒは続ける。


「貴様のこの婚約が白紙になってみろ。まともな伴侶を見繕うのに、国を逆さまにした大騒ぎになる。そのうえ、二度も婚約を白紙に戻すような瑕疵物件が王太子になるのだ。外交上も問題が出る。まず信用などされまい。信用を取り返すには長い時間が必要になる。王になればなおさらだ」


 ステファンが、反論できずに唇をかみしめている。


「つまり、メルフィナはもう、婚約を白紙に戻すことなどできはしない。自分より国を尊重するメルフィナに、その選択肢を選ぶことなどできない。貴様は本能でそれがわかっていたのだ。――実に卑しい男だよ」


 軽蔑するようなケーニヒの視線に耐え切れず、ステファンの目が伏せられた。


「そんなことない……ステファンはちゃんと私の事を思ってくれていた……」


「いいや? メルフィナが自分に心惹かれ始めているのを知った。その時からこの男の中ではもう、お前を手に入れたも同然だという確信があったはずだ。『こう言えば、お前は婚約を受けるだろう』とな」


 私の弱弱しい主張は、ケーニヒに簡単に跳ね返されてしまった。


「メルフィナ、お前の言うことならば、俺は信じよう。ステファン第一王子であれば幸せになれるというのなら、それを祝福もしよう。――だがもう一度言う。お前を預ける男は、俺が見定める」


 ケーニヒの目には、激しい後悔の情念が燃えていた。


 ――彼はあの後、どれほどの時間を後悔に苛まれたのだろうか。


「そして見定めた結果は――メルフィナ。お前にこの男は相応しくない。そういうことだ」


「どうして……」


 「こんなことを」と続けたかったが、いつのまにか涙が溢れ、声が出なくなっていた。


「言っただろう? 俺は『お前だけの味方』だ。お前ならばこの男を立て、ささやかな幸せを得ることもできるだろう。だが、お前のような宝玉に、路傍の石を添えるような真似は我慢がならん」


「そんなささやかな幸せを願っては……いけないの?」


 かすれながらも、なんとか言葉にできた。


「お前が磨り潰される様など、黙って見過ごせるものか。この男はお前を使い潰すだけだ。お前のためを思って行動できるなら、ああも身勝手な選択肢など突きつけまい?」


 ケーニヒが侮蔑を込めた瞳で、ステファンを睨んだ。


「なぁ? そうだろう? 貴様は、自分が気持ちよくなりさえすればいいだけのエゴイストだ。そのためにメルフィナが必要だから求めた。それだけだ」


「それは違う!!」


 ステファンが叫んだ。


「俺はそんなつもりじゃ……」


 ステファンの言葉には、どこか自責の念がこもっていた。


 私も必死にステファンをかばった。


「そうだよ! ステファンはそんな人じゃない! いつも自分勝手で、自信過剰だけど……彼はいつだって最善の選択肢を選び続けてきた! あの”長い旅の日々”も! 今までも、そしてこれからも!」


「なんだ、気づいていたのか――だがその最善の選択肢の結果が、お前の死だ。あれが本当に最善だったと思うのか?」


(それは……)


「俺ならお前を幸せにできる。宝玉のお前を、より輝かせることができる。真にお前を思いやれるのは俺だけだ。だから――今度は俺を選べ。もちろん、考える時間は与えよう」


 そういって私の左手を取り、人差し指に黒い指輪を嵌めた。その指輪には彼の瞳のような、金色に光るトパーズが輝いていた。


「当然、期限などない。俺はいつまでも待つ」


 当てつけのように言い放った。


 そっと黒い指輪に唇を落としながら、ケーニヒは囁く。


「俺を必要としたとき、その指輪に願え。それで願いは届く」


 最後にもう一度、私の目を瞳で射抜いた後、ケーニヒは室内に戻っていった。




******


 風の音が聞こえていた。


 二人の間を、春を過ぎたにしては冷たい風が通り抜けている。


「……なんだったんだ」


 ステファンが苛立って吐き捨てた。


「わからない」


 そう言って私は、左手の黒い指輪を見た。その宝石の輝きは、まるでケーニヒに見つめられているかのような錯覚を、私に覚えさせた。


『俺はお前だけの味方だ』


(なら、なんでこんなことをするの……)


 黒い指輪を見つめていた私の様子に、苛立ったステファンが近寄ってきて、それを取り上げようとしてくる。


「そんなもの! 受け取るな!」


「やめて!」


 とっさに指輪をかばってしまった。――なぜ、かばってしまったたのだろう。こんなことをすれば、ステファンを苛立たせるだけだというのに。


「……あいつが好きなのか?」


 ステファンが、私を疑いの目で見ているような気がした。私は目を伏せ、首を横に振って答えた。


「……彼は、いつだって私のためを思ってくれている。ならばきっとこの指輪も、私にこれから必要なものとして渡したはずよ。彼は考えなしにこんなことをする人じゃないもの」


「……初めて会ったのに、信頼しているんだな」


「……そうね、ステファンと同じくらいに信じているし、頼りにしていた人よ」


 いつも場をかき乱していた。でも最後はちゃんと私の言うことに耳を傾けてくれて、事態が良い方向に向くよう動いてくれた人。


「きっと彼には考えがあるはず。ステファンを煽ったことも含めて。その真意までは、今の私にはわからないけれど」


「…………」


 夜の冷えた空気が、私たちの心まで冷やしそうだった。


「戻ろう。体に障る」


「ええ……」


 私たちは、バルコニーを後にした。




******


 窓辺にはカタリナが控えていた。


「ケーニヒ殿下から伺って、準備は済んでおります」


 泣いてしまって崩れた化粧を直しに、私はステファンと別れ一度控室に戻った。




 私はカタリナに化粧を直してもらっている間も、ぼぅっと考えていた。


(彼の言っていたことは――きっと半分は真実)


 ステファンが出した選択肢。『婚約をいつでも破棄できる』というのは空約束。彼の言う通り、私にはこの婚約を白紙に戻す度胸などない。


 でも、私が彼を選んだとしても、幸せになれる未来は見えない。私の心は、ステファンを求めているのだから。


 ”私”の時も、そう彼に伝えたはずだ。でも彼は諦めなかったのか。


 いや、聡明な彼の事だ。そんなことをわかっていてなお「自分なら私を幸せにできる」と言った。なぜ? どうやって?



「――お嬢様、終わりました」


 私は目を開けた。鏡に映った自分の顔を見る。崩れた化粧はきちんと直っていた。でも、その瞳には生気が感じられなかった。


「ひどい顔ね」


 自嘲して呟いた。


「お嬢様……」


 カタリナは何も聞かない。聞きたいだろうに、私が口にするまで、ずっと耐えている。彼女はいつもそうだった。


 私は、一つの決意をする。


「ねぇカタリナ」


「はい、なんでしょうか」


「ステファンをここに呼んできて」


「……わかりました」


 そう言ってカタリナは、私を一人残し、控室から出ていった。


(すべて話さないと。伝えることは伝えなきゃ、不信が不信を呼んで、私たちの関係は終わる)


 私が鏡を見つめながら覚悟を決めていると、控室のドアがノックされた。


(……誰かしら?)


「どうぞ?」


 ドアを開けて入ってきたのは――サラ・ノウマン侯爵令嬢だった。


(来ていたの?!)


 その目はどろりとした嫉妬にまみれ、手にはナイフを持っていた。


 その顔つきは、私が崖から落ちていくのを見届けていた聖女と同じに見えた。


「あんたさえ……」


 サラ様がナイフを構えた。


「あんたさえいなければ!!」


 私を目掛けて駆け寄ってくる――


 咄嗟に私は立ちあがり、瞬時に防御結界を展開――できなかった。突然、激しい眩暈に襲われていた。


(なにこれ?!)


 魔力を練るどころか、まともに立っていられなかった。


(まずい!)


 サラ様の持つナイフが、私の心臓目掛けて迫ってきているのが見えて、私は死を覚悟した。





私の脳内では、ケーニヒの声は諏訪部順一さんで再生されています。

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