九本目
莉桜は観念したように両手を上げる。
「っていうか、最初からわかってたでしょう?」
「まあね。茅乃さんの反応見て、変だなって思ったから黙ってたけどさ。莉桜ちゃんだってわかってたんでしょ?」
笑萌の言葉に莉桜は苦い顔をする。
笑萌は直感力、洞察力が鋭い。超能力を疑われそうなほどに。実際、超能力のようなものだろう。見ただけでほとんどのことがわかる。
笑萌は莉桜が来る前からこの探偵事務所を切り盛りしていたのだ。それくらいはできて当たり前なのかもしれないが、初めて会ったとき、色々見抜かれたのは驚いた。
「ま、俺は今回たまたま友人のことだったからわかってただけですよ。口を挟まないでくれて助かりましたよ、笑萌」
「ふふふ、どういたしまして」
「それで、なんで俺が『三番目』って思ったんです?」
「まずは勘だね」
笑萌は探偵らしい推理などを披露せず、端的に述べた。普通ならがくっとなるところだろうが、莉桜は笑萌の勘が一級品であることは知っていたため何も言わない。
それに笑萌は「まずは」と言った。ということは裏付けがあるのだろう。
「『三』という数字が出たところで、一と二があるのは明白だよね。問題は番号をどういう基準で振っているか、だと思うんだ。
順番をつけるにも色々な基準がある。例えば『好きな順』まあランキングが大好きな人間たちはこれでよく番号を振るし、そういう文化としても根付いてる。
でもメモとして残すなら、そんな主観的なものでは真実は闇の中だよ。だって、自分が一番好かれてると思う人が何人もいるかもしれないし、ランク外だと自覚している人が一番かもしれない。優樹くんが桜生先生と莉桜ちゃん、どっちの方が好きか、なんて優樹くんにしかわかんないし。薄情なことを言うと、死人に口無しだからね。もう確かめようがない」
好き嫌いというものは個人の嗜好が表れるところである。個人の嗜好を完全に理解するのは難しい。家族でさえわからないこともあるのだ。家族どころか何の関わりもない笑萌に優樹から見た桜生と莉桜の優劣などわかるはずもない。
それでは何をもって順序をつけるか。
「優樹くんはたぶん、誰かしらが『三番目の桜』について調べることを予想していた。で、私は調べたんだけど、調べられた範囲で、優樹くんと関わりのあった『桜』って名前に何かしら入ってる人はもう一人いた。井上さくらさんっていう看護師さん」
「あ、井上さんってそういう名前だったんですね」
莉桜も知る人物だ。優樹の通っていた病院で看護師をしている人物である。とてもお喋りな印象があったのを覚えている。
「優樹くんの名前出したらそれはまあ色々と喋る喋る。女の人はお喋りが好きっていう範疇に留めておけないタイプの人だね」
「その人が三番目の可能性は考えなかったんですか?」
すると笑萌は悪戯っぽく笑った。
「莉桜ちゃん、茅乃さんが莉桜ちゃんに最初に言ったこと覚えてる? 名刺渡したときの」
「ああ、ええと、『何番目の桜なの!?』でしたっけ」
あのときの剣幕はものすごいものだった。それだけ必死だったということもあるだろうが。
「茅乃さんは一本、二本って数え方じゃなかったから、『三番目』は人物名を指すって思ったと言っていたけれど、それなら私たちのところに来なくたって、桜生先生のところに凸すればよかったじゃない?」
それはそうである。担当から外れ、個人で診療所を立ち上げても尚、息子が懇意にしていた人物である。会いに行っていたことまでは知らなかったようだが、「桜生」という名前はすんなり出てきたのだ。メモの「さくら」を人物名だと思っていたのなら、探偵など雇わずとも、一旦桜生に話を聞きに行くだろう。
先日伺った桜生は茅乃とは久々の対面のようだった。そもそも、事前に莉桜が優樹の遺品のことでアポを取ったときも、特に何のアクションもなかった。茅乃が凸していたら、そもそも遺品は桜生の手元にはなかっただろう。
「人ってわりと直近に言われたことを咄嗟に口走るものなの。だから、私はこう考えた。遺品云々はさておき、井上さんに会って、『私は三番目じゃないですよ』みたいに言われたっていうこと」
仮定として笑萌は話しているが、さくらと話したのなら、この話も既に聞いて真偽のほどは定かなのだろう。
「案の定、井上さんは茅乃さんからメモを見せられて『私は三番目じゃないですよ』って答えたみたいだよ。でも誰が三番目なのかは井上さんも知らないんですって。『お喋りだから警戒されていたんだろう』って井上さんは言ってたけどね」
自覚はあるらしい。
「けど、それだけじゃ、俺と桜生先生のどちらが三番目なのかはわかりませんよね?」
「んーん、わかるよ。答えはものすごく簡単」
笑萌はずいっと莉桜に顔を寄せ、にこりと笑った。
「ずばり『出会った順番』だよ。看護師さんと桜生先生は小学校の頃からのお付き合いで、莉桜ちゃんとは中学からの付き合い。これがわかれば、一番目と二番目が誰かなんてわからなくていい。必然的に莉桜ちゃんが三番目ってことになる」
「出会った順番……」
確かに、出会った順番なら、一番目と二番目、どちらが桜生でどちらがさくらかわからなくても、一番最後に出会ったのが莉桜というのは動かぬ事実になる。
それに、出会った順番なら、誰が三番目なのかは家族でもわかる、という寸法だ。
「『3ばんめのさくら』っていうメモは目眩ましだったんだよ。特に謎なんて隠されていない。本当に三番目の桜の人を探せばいいだけだった。でも優樹くんは遺品なんて見つけてほしくなかった。だからあんなに堂々と答えを書いて、憶測を巡らせるように仕向けたんだね」
「それをあのメモを一目見ただけで見抜いたんですか」
「そう。まあ、茅乃さんの様子、玄関にいたときからおかしかったし、きな臭い感じしかしなかったからね」
それで防犯カメラの映像を見直していたというわけである。
笑萌の勘は百発百中だが、探偵である以上、根拠は得ておかなければいけない。そういう確認を笑萌はしていた。
「それで、莉桜ちゃんは何を預かったの?」
「……それは」
莉桜は僅かに表情を曇らせた。気持ちはわからなくもない。それが「遺品である」ということを認めるのは、大切な友人が死んだという、莉桜が受け入れ損ねている現実を受け止めなければならないことだから。
莉桜が探偵事務所に入り浸っている理由の一つは大切な友人が亡くなったから、というのは確かなことだ。大切な友人から預かった、最後の役目がこうしてこの探偵事務所に舞い込んできたのには因果を感じる。
その友人が望む通り、莉桜はメモのミスリードを読み解き、桜生から茅乃へ、優樹が遺したものを手渡させた。
「……言っておきますけど、桜生先生が預かっていたあれが偽の遺品というわけではありません」
「REVERSIって言ってたね。オセロのことでしょ? もしくは、盤面が大きくひっくり返ること」
莉桜は深く頷いた。
「優樹は何年もかけて機会を伺っていたんです。自分の変えたい未来のために」
「何を変えたかったの?」
それはあの何気ないアルバムの中に全て詰まっているのだが、説明しようとしたとき、呼び鈴が連打された。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!
「うるさ……」
「来ましたね」
玄関に出るとそこには鬼の形相の茅乃とスーツ姿の男性。
「結城探偵事務所へようこそ。今日はどういったご用件でしょう?」
「あんたたちを詐欺罪で訴えてやるから!!」
茅乃の開口一番に驚くこともなく、笑萌はにこにこと顔を出した。
「立ち話も何ですし、中へどうぞ。お話、詳しくお聞かせくださいな」
「とのことです。こちらへどうぞ」
あまりにも冷静な態度の二人に、客人二人は呆気にとられるのだった。