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六本目

 桜生診療所に行くことは決まったが、せっかくなので昼食を済ませ、事情聴取の続きをすることにした。

 といっても、事情聴取は別に行う必要はないのだ。ただ、今回のように謎解きのヒントになることもあるため、結城探偵事務所では事情聴取を行うようにしている。些細なことからでも情報を得ることで、依頼達成率を上げるのが結城探偵事務所の今のやり方だ。

「事情聴取というか、雑談になるのですけど、優樹くんの他にもお子さんがいらっしゃるんですか?」

「はい。亡くなった息子が一人、優樹と、あと娘がおります」

「優樹くんが一番上ですか?」

「はい。優樹は長男らしくすごくしっかりした子で……」

「そうなんですね。娘さんは今どんな様子ですか?」

「中学生で、きちんと学校に通っていますよ。優樹がいた頃は優樹に甘えている節があったので、ショックを受けるのでは、と思ったのですが、むしろ優樹が亡くなってから、自立するようになったので、皮切りにはなったのでしょうね」

「甘えていた、というと?」

「学校に行きたがらなかったのですよ。むずがる娘を優樹が宥めて連れていってくれていたのです」

「最近は学校行くのってストレスなんですかね」

 笑萌が適当に打った相槌に、莉桜がぴくりと反応する。笑萌がこっそりウインクを送ってくるので、莉桜は深く溜め息を吐いた。

「別に学校っていう学習機関があることに文句はないですよ。ただ、学校独特のコミュニケーションスタイルというか、対人関係がフラストレーションに繋がるんだと思います。頭がいいとどうしても、頭の悪いやつらは格下に見えますし、格下に見られているのがわかるやつはそういうやつらを嫌味だと思って陰口叩きますし。デリカシーのない真性の馬鹿は人を救いもするけど貶めもするんですよね。最大級にダメージのある方法で。自覚がないから質が悪い」

 そう語る莉桜を笑萌は心配そうに見つめた。

「小川くん、もしかしていじめられてた?」

 莉桜は零下の眼差しを笑萌に投げる。

「いじめられていたら、泣き寝入りで不登校なんかしないで法的な報復をしますよ。社会的に立ち直れないところまで叩き落とします」

「おお、怖」

 莉桜は精神的に強いとかそういうのではなく、正当防衛で相手を叩きのめして返り討ちにするスタンスらしい。

 そもそも、不登校の原因はいじめなどではなく、たった一人の友達を亡くした傷心なのである。

「娘さんが学校に行くようになってよかったですね」

「ふふ、優樹がいなくなって、ようやく甘えてばかりもいられないと気づいたのかもしれませんね」

 茅乃が微笑ましく発した言葉に、笑萌はおや? と疑問符を浮かべる。が、そこで莉桜からアイコンタクトがあり、笑萌は疑問を口には出さなかった。

「そうですね。甘えられる相手がいなくなったから、独り立ちする決心がついたんでしょうかね。まあ、独り立ちって、決心してすぐできるようなことじゃないですから、すごいことですよ」

「そうですよね! 甘えていたお兄ちゃんが亡くなったばかりなのに、ちゃんと立ち直ってるのえらいです」

「そうですか」

 とても不思議な会話だったが、誰もそれを指摘しない。頼んだメニューがやってきて、食べながらの雑談となる。

「桜生先生ってどんな方ですか?」

「子ども好きで優しい先生だそうです。しばらく会っていないので今はどうかわかりませんけど。年齢に関わらず、分け隔てなく接してくれるいい先生だと評判ですよ」

 ん、と笑萌は莉桜にアイコンタクトを送ったが、莉桜はふい、とそっぽを向いた。代わりに、こう切り出す。

「優樹くんは桜生先生と長い付き合いになると言っていました。よほど気にいっていたようですが、桜生先生が主治医だったのって、どれくらい前のことですか?」

「優樹が小学生の頃ですから、もう何年でしょう……八年以上前かしら……」

 小学生も低学年の頃の話らしい。

「ああ、でもなんだかわかりますね。桜生先生が優しい先生だっていうのもあるんでしょうけど、そのくらいの年頃ってまだまだ無垢だから、自分に合う人についていってしまう感じ、ありますよね」

 笑萌がうんうんと頷く。莉桜はひっそりとお前は一体どこから目線なんだ、と思ってしまった。言わないが。

 小学校も入りたての頃だと、自分なりの小さな倫理観しか持てていない。世の中なんて自宅の中くらいの狭さの時期である。そこで自分の価値観に問いかけてくれる人との出会いはとても尊いもののように思えて、すがる気持ちもわかる。親と合わなかったなら、尚更だ。

 優樹が親と合わなかったかはわからないが、桜生という主治医はそれだけ優樹に寄り添ってくれる医者だったのだろう。

 莉桜はくるくるとスパゲッティをフォークに巻きつけた。特に何の感情も抱かずにぱくりと口に放る。

「桜生診療所ができたのは確か五年前でしたね。その前に優樹くんの担当医師は変わったのでしょうが、それからも優樹くんと桜生先生に交流があったのはご存知でしたか?」

「え」

 茅乃が固まる。知らなかったようだ。笑萌は莉桜と茅乃を交互に見て、事がどう運ぶのか見守った。

「病気がちで通院や入院もあったので大変だったようですが、優樹くんは桜生先生と仲良くしていたようで、時間があれば診療所まで会いに行っていたそうですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。優樹から直接聞きましたし、俺もお会いしたことがあるので確かです。だから、優樹が桜生先生に何かしらを託していてもおかしくはないと思ったんですよ。

 だから、『3ばんめのさくら』のメモを見たときから、桜生先生が関わっている予感はしたんです。ただ、根拠なく行くと、先生のご迷惑になると思いましたので、裏を取る、というか、謎解きをしたんです。優樹はよく頭が回りますから、何か確信に繋がることを残していると思いまして」

「そうだったんですね……」

 これで莉桜の異様に早い対応の訳はわかった。友達だったのなら、母親でも知らないようなことを共有していてもおかしくない。

「偶然とはいえ、探偵事務所に優樹の友達がいてよかったです。本当にありがとうございます」

「それは無事に遺品が見つかってからにしてください」

 少し、茅乃の表情が強張ったのを笑萌は見逃さなかった。おそらく莉桜も見ている。だが指摘はしない。

 莉桜と笑萌はこれまでいくつかの依頼を達成し、いくつかの事件を解決してきた。その経験則から、莉桜の行動一つ一つにはそれなりに意味があることを笑萌は悟っている。それは「何もしない」という選択肢も。

 笑萌は切り替えるように微笑んだ。オムライスの最後の一口を口に含み、美味しい、と大袈裟なくらいリアクションをしてから、紙ナプキンで口元を拭く。

「そうだ、依頼料金のお話ですが、うちには相場というものがありません。探し物の場合は捜索料金と時給をベースにお支払いいただくことになります。今のところ、すんなり解決しそうですので、時給三時間分に少し色をつけて支払っていただくことになりますかね。具体的にはこれくらいになります」

「時給なんですか」

「事細かに記録を取るのは時給換算のためでもあります。例えば、捜索に三日かかったとしても、七十二時間探しているわけではないですし。この事情聴取という名の録音も、録音時間で仕事に費やした時間を測るためのものなんです」

「なるほど」

 結城探偵事務所はこうして稼いでいる。だが、捜索に時間を無駄に費やすことはない。録音は真摯で誠実な対応ができているかどうかの判断材料になる。

「こんな探し物の正体もわからないのに、探してくださって、料金も良心的で、本当に結城探偵事務所さんに来てよかったです」

「それは見つかってからにしてくださいね」

 笑萌は莉桜が先に放った言葉を繰り返した。

 確かに、この案件、半ば終わってしまったようなものだが、まだ推測だけで、現物は見つけていないのだ。ただ、茅乃は安心しきっている。これまで頼ったところで、何も得られず、お金ばかり飛んでいたのなら、仕方のないことなのかもしれない。

 ランチを終え、バスで桜生診療所に向かう。

 昼の十二時半。この時間はちょうど診療所の昼休みであることは莉桜が事前に把握済みだった。

 電話でアポイントメントを取れば、桜生はすぐに会ってくれるという。準備は万端だ。

 受付に事情を説明すると、診察室とは別の奥の個室に通された。そこには眼鏡をかけ、長髪を項で一つに括った女性が待っていた。

「お久しぶりね、小川くん。榎本さん……優樹くんの件、誠に残念に思います。私でお力になれることがあると聞きました。結城さんははじめまして。三人共お掛けください」

 揃って対面のソファに座ることとなった。莉桜が真ん中で、桜生の真正面になる。

「桜生先生。単刀直入に伺います。優樹くんから『三本目の桜』について、何か聞いていませんか?」

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