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四本目

 だが、茅乃からすると、それがどうした、という感じだった。

「メモが本当は『3ぼんめのさくら』だったとして、どうなるんですか? 先程仰っていた通り、桜の木なんてたくさんありますよ? どれが『3ぼんめ』かなんてわからないじゃないですか」

 それはその通りである。例えば、公園の桜の木を数えるとしよう。右から数えて三本目と左から数えて三本目が同じ桜になるパターンは桜が五本のときにしか成立しない。数え方もその時々によって違う。例えば自分が今立っている桜の木から数えて三本目だったり、その隣から数えて三本目だったり。どこからどの向きにどう数えて三本目なのか。これだけで三本目の在処は変わってしまう。

 莉桜も笑萌も、もう在処はわかっている風なことを話していたが、茅乃にはちっとも進展しているように見えない。

「んと、事情聴取を再開してもいいですか?」

「それで何かわかるのですか?」

「もちろん。些細なことが重要な手掛かりになるんですよ。息子さんについてお聞きしますね」

「……ええ」

 茅乃はややなげやりに頷いた。莉桜は作業を止め、こちらを見ている様子だ。裏とやらは既に取れたらしい。

 この意味不明な画像を出して得意げなようだが、一体何の意味があるのか。

「改めて伺うことになりますが、息子さんのお名前は?」

「榎本優樹です」

「お亡くなりになられたのですよね。お悔やみ申し上げます。おいくつだったのでしょうか?」

「中学三年生だったので十五歳です」

「亡くなった理由をお聞きしても?」

「……病気です。幼い頃に優樹の他にも息子がいたのですが、それから優樹は病気がちになり、学校には通っていましたが、通院で休むこともありました」

「それは痛ましい……幼い頃からというと、長い間通院していたのですね。病院でお世話になっていた先生も、何人か変わられたりしました?」

 そこで茅乃は考えるように顎の辺りに手を当てて、そうですね、と告げた。

「始めは小児科にかかっていたのですが、きちんとした先生に診てもらった方がいい、と大きな病院に紹介状を書いてもらい、大きな病院で検査を受け、そのままそこに通院するようになりました。人事の関係か、何度か担当医が変わることはありましたね」

 莉桜は平坦な目で茅乃を見つめていた。息子の死に関わることを根掘り葉掘り訊かれるのは嫌だろうに、茅乃はそういった素振りを全く見せない。調査に協力的なのは、こちらとしても助かる。

 それだけ、息子の遺品を見つけたいのだろう。

 笑萌は聴取を続ける。

「ちなみに、担当医の方の中に『桜』という漢字が名前に入る先生はいらっしゃいましたか?」

「ええ。息子がいたく懐いていた先生が『桜生(さくらぎ)』という苗字だったのは覚えています」

「……口挟みますね」

 ここで、黙っていた莉桜がぼそっと言った。発言許可を求めるものではなく、発言をするという意思表示だ。茅乃は胡乱げに見るが、笑萌はにこにこと先程同様どうぞー、と莉桜の言葉を待つ。

「その先生、『桜生つくも』って名前じゃないですか?」

「え、どうして名前を……」

 茅乃の疑問に答えるように、莉桜はパソコンの画面を示した。そこには相変わらず、白で一本線が足され、「3ぼんめのさくら」と読めるメモが。莉桜が示したのはその中でも書き足された白い線の部分だった。

「まず、透過っていうものについて説明しますね。最近では一般的になってきたんですけど、主に絵で使われる用語ですね。これはデジタルならではのシステムなんですが、例えばスタンプががあるじゃないですか」

 莉桜が今度はスマホを差し出してくる。莉桜のスマホらしい。スタンプクリエイターズという画面が開かれている。

「え、小川くんラインスタンプ作ってるの?」

「自分用ですけどね。色々役に立つと思って」

 それで、と説明を続ける。作成中のスタンプ一覧の「+」部分をタップし、フォルダから画像を選択する、を選ぶと画像一覧が表示された。

 画像フォルダから、莉桜はこけしのような絵をタップした。笑萌が堪らず噴き出す。

「っ、小川くん、こんな絵描くんだね……」

「絵柄は重要じゃありません」

「はーい。くくっ」

 肩を震わせて笑う笑萌を放置し、莉桜は説明しながら画面を操作していく。

「これにフレームをつけたり、加工を施すことでスタンプを作っていくんですが、もちろん何もしなくとも、この絵だけでスタンプにすることは可能です。さて、ここで切り取り加工という操作が出てくるんですがこの加工をせずにそのままスタンプにします。すると、最終チェックとして、デフォルト画面が出てきて、この画像はトーク画面でこのように四角い絵で表示されて出てくるということが確認できます」

 その画面を莉桜はスクリーンショットし、そのまま戻るボタンを押して、画像選択の画面まで戻った。

 それから、一見同じにしか見えないこけしのような画像を選択し直し、同じように操作していく。

「あっ」

「気づきましたか。これが透過画像です。必要以外の部分を切り取る作業、わりと面倒なんですが、透過というのは『色の塗られていない部分』を『透明にする』というものです。透過しておくとこのように、デフォルト画面ではキャラクターのみが写るようになります」

「なるほど……」

「また、透過を使った特殊な画像作成するイラストレーターもたくさんいます。『タップ推奨』や『ダークモードをオフにしてください』などの注意書きがある絵をタップすると、白くしか見えなかった部分から絵が浮き出てくることがあります。この画像をタップして見てください」

 莉桜が素早くスマホを操作して出したのは少女のイラスト。茅乃が恐る恐るタップすると、笑っているように見えた少女のイラストは目の下に隈を作り、涙しているものに変わった。一瞬ぞっとする。

「通常、色をつけていない透明な部分は透過状態で保存すると、表面上は白に見えるんです。それを利用して、逆に紙を全部白で塗り、該当箇所に消しゴムをかけて透過することでこういう画像を作れたりします。まあ、詳しくはないので、消しゴム以外の処理も必要なのかもしれないですけど」

 つまり、とパソコン画面を指差す。変わらずそこには「3ぼんめのさくら」とある。

「これは透過を利用した隠れたメッセージというわけです。が、それだけでは当然、どこの三本目の桜かなんてわかりません。それなら、ここから何をどうやって特定するのか。

 ここからは推測ですが、このメモ、『3ばんめ』と『3ぼんめ』のダブルミーニングではないか、と思うんですよね」

「ダブルミーニング……」

 言い置くと、莉桜はパソコンの画面を一旦自分側に戻し、スマホのSNSから「#塗り絵」と「#線画」を検索入力した。

「線画……絵の輪郭線は大抵の場合、黒で書かれています。では、透過画像を黒背景で表示するとどうなるか。……こうなります」

 検索結果から出た画像の中から一つをタップし、表示する。黒の線画は黒い背景に溶け込んでしまい、そこに何が書いてあるのか全くわからない。ただ、タップ前に戻すと、確かにそこには線画がある。

「これを優樹くんのメモに適用するとですね」

 いくつか操作をし、再びパソコンの画面を茅乃たちの方に向ける。

 茅乃は驚いた。真っ黒な紙の中に浮かぶのは白で書かれた線のみ。

「こうなります。

 これが『つくも』という名前を割り出すヒントです」

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