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三本目

 近くのファミレスに移動した一行。安くて美味しいと評判の店だが、茅乃は落ち着かなさそうにしていた。

 笑萌と莉桜は平然としている。莉桜はノートパソコンを開きながら、まだ何も決まっていないのにぴんぽーんと呼び鈴を鳴らした。

 はい、ただいま参ります!という店員の朗らかな声。昼時で忙しいだろうに、店員はすぐ注文を取りに来た。

「ポテトフライの大盛りを一つ」

「ポテトフライ大盛り一つですね。他にご注文はございますか?」

「以上で」

「かしこまりました」

 笑萌と茅乃を一顧だにせず、莉桜は店員を返してしまう。なんて子なのかしら、と茅乃は非常識に思ったが、笑萌がにこにことグランドメニューを差し出してきた。

「はい、メニューをどうぞ。追加注文はいくらしてもかまいませんので」

「ええ。……でもちょっと非常識じゃない?」

 茅乃がちら、と莉桜を見て言うが、莉桜はといえば、パソコンとスマホを操作し、こちらの話など耳に入っていないよう。

 笑萌はにこにこと説明した。

「小川くんのこれはいつものなんですけどね、私は別に悪いとは思いませんよ。ほら、居酒屋とかで『とりあえず生』ってビール注文するのと一緒です。何か注文するまで、なんとなく落ち着いてお話しできないでしょう? なので、とりあえず大盛りポテトフライを頼んで、作業に入るっていうのが小川くんのスタンスなんですよ。ワイファイ使わせてもらっているし、その料金と考えたら安いものだと思っています」

 わからないでもないが、依頼人は私なのだぞ、と茅乃は思ってしまう。まあ、依頼人だからどうしたと言われてしまえばおしまいなのだが。

 確かに、店のフリーワイファイの使用料として何か一つ頼むのは礼儀かもしれないが……とまで考えて、彼がまだ高校生である、ということに気づく。パソコンとスマホを駆使して何かを探っているようで、二十代から三十代に見えようとも、社会経験は少ないのだ。自分の子なら窘めるべきだろうが、今日初めて会ったのだから、そこまで言う必要はないだろう。

「あ、ランチメニューいける時間ですね。どうします?」

「ランチメニューも見せてもらえるかしら」

「どうぞ!」

 それにしてもこの少女、笑萌は笑顔を絶やさない。笑う以外の表情を茅乃は今のところ見ていない気がする。

 一応莉桜の上司にあたるのだから、礼儀を欠いたら謝罪をし、正すべき立場のはずだが、礼儀を欠いているとは思っていないらしい。意見がはきはきしていて、笑顔に屈託がない。

「あの」

「はい」

「彼は何をしているんでしょう?」

「調査です。茅乃さんが持ってきてくださったメモの謎が解けたので、それの裏を取ると言っていたでしょう?」

「失礼ですが、そんな簡単に解けるものなんですか? 高校生に」

 茅乃の問いかけに、笑萌はふふん、と自慢げに胸を張る。

「小川くん、滅茶苦茶頭いいんですよ。もううちには欠かせないブレーンって感じです」

「では、所長さんは何を……」

「事情聴取係ですよ」

 立場が逆なのでは、と思うが、経営方針に口を出すのはおこがましいだろうか。

「適材適所ってやつです。愛想のいい小川くんなんて見たら私笑っちゃう」

「……それ、失礼じゃないですか?」

「自分の顔見てから言ってよ」

 莉桜は少々憮然としてしまったが、すぐに作業に戻る。気の置けない仲なのだろう。

「お待たせ致しました。ポテトフライ大盛り、お持ち致しました」

「ありがとうございます」

「ご注文は以上でお揃いですか?」

「はい」

「では、ごゆっくりどうぞ」

 店員が去っていくと、笑萌は茅乃を覗き込んだ。ぱちりと目が合うと、茅乃はどきりとする。笑萌の目は全く笑っていなかった。青みのある黒い目がただ真っ直ぐに茅乃を覗いている。その心の奥まで見透かすように。

 この人は探偵なのだ、と思った。これまで会ってきた探偵たちとは一味も二味も違う。いたいけな少女に見えるから、と侮ってはいけない。人を見る目を持っている。

 席も向かいではなく、茅乃の隣を選んだ。事情聴取なら通常は対面が普通なのに。きっとその方が近いから。

 ……と、何故かとてつもなく警戒している自分に気づいて茅乃は戸惑った。考えすぎだ。

「さて、では事情聴取を始めますね。調査資料にするため、録音するのでご了承ください」

「はい」

「では、始めます。

 まずは改めて、依頼主さまのお名前を教えてください」

「榎本茅乃です」

「ご依頼の内容は?」

「息子……榎本優樹の遺品を探してほしいのです」

 さもないことを聞かれているはずなのに、何故か緊張する。笑萌が笑っていない。所謂仕事モードというやつなのだろうが、笑顔が消えただけで、これほどまでに雰囲気が変わるものなのだろうか。

 次の質問に茅乃は息を飲んだ。

「遺品探しの目的は?」

 一拍の間を置き、茅乃は答える。

「遺品が息子の大事なものであるなら、仏壇に供えてあげたいからです」

「なるほど。けれど、棺に納める考えはなかったのですか?」

「そのときは身の周りのものをまとめていたのですが、優樹がこれといって大事にしていたものもなかったので。……スマートフォンに残された『遺』というフォルダが遺品の在処だとも思わず」

「そうですよね。『遺』の一文字だけではそれが何を示すかもわかりませんものね。では、それが『遺品の在処』を示すものだと考えたきっかけはなんですか?」

 笑萌は上手く合いの手を打ちつつ、次々質問を重ねていく。その話の流れの組み方はまるで最初から台本でもあったかのように精密でスムーズだった。

 予想外のスピードで尋ねられることに茅乃は舌が追いつかなくなりながら、必死に答える。

「『遺品の在処』と思ったのは、中身の画像を見てからです。先程もお見せしましたよね、『3ばんめのさくら』と書かれた画像」

「ええ、でも、それが場所を示すというには謎が多いと思うのですが」

「どうしてですか?」

 茅乃が訊くと、笑萌はきょとんとした。

「お忘れですか? あなたは小川くんの名刺を見て『あなたは何番目の桜なの?』と問いかけました。小川くんのフルネームは小川莉桜。小さな川、草冠に利益の利、桜、でおがわりお、です。男性でこの字を使っているのは珍しいかもしれませんが、桜という漢字は名前にもよく使われます。『りお』という女の子も同じ字でいるでしょうし、『さくら』とそのまま使ったり、『さくらこ』『みお』など桜が名前の中に入っている方は少なくないでしょう。『さくらい』といった苗字なども存在します。

 なるほどここまで見ると確かにメモの『さくら』は人物名を指すこともあるかもしれません。ですが、発言を振り返ってみてください。

 あなたは『3ばんめのさくら』のメモを『遺品の()()』を示すものとして認識しています。在処とはつまり場所です。人物ではありません。場所のことだというのなら、人物名より該当する『桜の木』を探すのが順当、と思ったのですが」

 とても丁寧に説明されたが、これだけの情報をこんな短時間、人の言葉尻を捉えて整理してまとめているというのだろうか。早口というわけではないのに、気圧されてしまう。

 茅乃が答えられずにいると、笑萌はあっと声を上げて、ポテトの皿を引き寄せた。

「すみません、いきなり喋りすぎましたね。ポテト食べながらでいいので、ゆっくりお話ししましょう」

 そう言って笑う笑萌は妙な言い方にはなるが、元に戻った感じがしてほっとする。奇妙な少女だ。いや、二十五歳だったか。

「口挟んでいいですか」

 テーブルの向こうから、愛想のない莉桜の声が聞こえた。笑萌はどうぞー、とポテト皿を莉桜にも向けながら言った。

 莉桜はポテトを一つ、ひょいと摘まんで口に放る。しっかり咀嚼して、ごくり、と喉仏が動いたのがわかった。お冷やを一口飲んでから、発言する。

「桜って言ったって、たくさんあるでしょう。病院に咲いていたり、学校に咲いていたり、街並みの中にあったり、個人宅だったり。『3ばんめのさくら』と称される有名な桜があるんだったら、結城探偵事務所を訪ねるまでもなく解決する案件です。国中探せば桜なんて途方もない数ありますよ。この街の外だったらどうするんですか?」

「うーん、小川くんのそういう着眼点すごいと思うよ。もう答えわかってるのに、途中経過を省かないところ、探偵としても人としても大事だと思うね」

「えと、あの……」

「ああ、茅乃さん、失礼致しました。でもいい助手でしょう?」

「はあ……」

 こほん、と咳払いをすると、笑萌は話を戻した。

「では質問を変えますね。何故茅乃さんは『遺品の在処』を示すメモに書かれた『さくら』という文字が人物名に関わると考えたのでしょう?」

「木の本数は一本、二本……と数えていくものでしょう? 書かれていたのは『三番目』です。それなら木ではないのでは、と思ったんです」

「ほう、それは確かに。で、小川くん、口挟む?」

「その言い方やめてくださいよ……」

 莉桜はちょうど、作業の手を止めたところだった。笑萌の話題の振り方には文句を垂れつつも、ちょうど言いたいことがあったようだ。

 彼がくるり、とパソコンを茅乃たちの方に向ける。

「確かに、桜は一本、二本、()()って数えますよね」

 その画面にはメモと同じ「3ばんめのさくら」の文字。紙色がグレーになっており、「ば」の部分に一本、白い線が引かれている。まるで、「は」を「ほ」に書き換えるかのように。

「これ、優樹くんのありとあらゆるアカウント情報から探っていって見つけたメモの原画です。探すのに苦労しましたが、優樹くんがアカウント消してなかったのが幸いですね」

「ええと……」

 茅乃の理解が追いつかない。つまり、どういうことだろうか。

「デジタル肉筆っていうところがポイントですね。背景がグレーになってるのは透過って言います。紙色を白の上に白いペンで書けば当然その白いペンで書いた部分が見えなくなりますが、透過を使うとあら不思議。別な文字が浮かんでくるではありませんか」

 つまり、優樹はこの技法を使って、もう一つメッセージを残していたということである。

 白い線を含めて読めば、それは「3ぼんめのさくら」──「三本目の桜」となるのだった。

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