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二本目

 ドアの先にいた女性の姿に青年は僅かに息を飲む。事務所のドアからひょこっと顔を覗かせていた少女がその様子を見ていた。

「……榎本さん?」

「え? 私たちどこかでお会いしたことありましたか?」

 女性はきょとんとする。メイクが施されて幾分か大きく見える目だが、このメイクを落とすとだいぶきつめの吊目に見えることを青年は知っているようだった。

 だが、青年は自分の発言を取り下げた。

「いえ、失礼しました。中へどうぞ」

「はい」

 女性はオフィスへ案内される。大きな窓には「結城探偵事務所」と印字されていた。そう、ここは探偵事務所なのである。

 来客用のソファへと案内された女性は、背筋をぴん、と伸ばして座り、対面に座した青年を真っ直ぐ見る。そこへ少女がお茶を持ってきた。

 青年は少し呆れたような目で少女を見てから女性に向き合い、話を切り出す。

()()に来られたということは、それなりの用向きなのでしょうか。ただの探偵事務所なので、もちろん普通のペットの捜索や浮気調査でも承りますが」

結城(ゆうき)探偵事務所さんのお話はかねがね伺っております」

 結城探偵事務所。青年の言った通り、普通の探偵業を請け負う事務所である。ただ、知る人ぞ知るといった探偵事務所ではあった。

 ここに浮気調査が回ってくることは少なく、迷子の捜索、ペットの捜索と探し物案件が多く入ってくるのだが、その探し物の発見率が百パーセントを誇ることで有名なのである。故に、ペットや迷子以外にもちょっとした紛失物の依頼が届いたりする。

 中には財布や通帳など、そもそも紛失しないでほしいものも含まれ、時には詐欺や強盗などが絡み、刑事事件に発展する場合もある。

 暇そうにオセロをしていた二人だが、それなりに仕事は得ているのである。

「ということは、探し物のご依頼ですか?」

「そうですね。探してほしいものがあります。ただ、ペットや迷子、紛失物ではありません。というか、それがどういう形をしている何なのか、私にもわからないのです」

 妙な話になってきた。何なのかわからないものを探してほしいというのは何事か。

「私が探してほしいのは優樹(ゆうき)の……息子の遺品です」

 青年はほう、と溜め息を吐く。遺品を探してほしい。それは通常ならいくら探偵とはいえ安易に承れる案件ではない。故人のものは遺族で探してほしいところだ。

 だが、大体の事情は察していた。青年はちらりと少女と目配せをする。少女はにっこり笑って返した。

「ご依頼承りました。では詳細を伺う前に、こちらをどうぞ」

 少女が女性に差し出したのは名刺である。そこには「結城探偵事務所所長 結城笑萌」と書いてある。

 女性は目を白黒させた。それもそうだろう。「笑萌」というのは読めないが、どう考えても男性名とは思えない字面だ。そもそもこの名刺は少女から渡された。

 戸惑って青年を見ると、青年も懐から名刺を出したところだった。

榎本(えのもと)茅乃(かやの)さん、俺は助手としてここでアルバイトをさせていただいております、小川(おがわ)莉桜(りお)と申します。お見知り置きを」

「どうして、名前を……」

「故人の榎本優樹くんとは同級生で、親しくさせていただいておりました。改めてお悔やみ申し上げます」

「ゆ、優樹と同級生? 優樹は生きていれば高校生ですが……」

 そう、莉桜と名乗った青年の見た目はどう見ても高校生には見えない。まず背が高く、でかいというのがあるが、どちらかというと、茅乃の方に年齢が近いのではないか、と感じさせる貫禄がある。所長と名乗った少女の方が高校生に見えるのだが。

 莉桜は苦笑した。

「よく言われるんですけど、俺ってそんなに老け顔ですかね。まあ、成長期というのは早めに来る人だと小学生のうちに訪れ、高校生になる頃には成熟してしまうらしいです。おそらくそれに該当するのでしょう。信じられないのでしたら、生徒手帳をお見せしましょうか?」

「え……いや、待ってください。今日平日ですよね? 学校は?」

「所謂不登校というやつです。ここでは少し早めの社会勉強をさせてもらっています」

 物は言い様である。

 不登校を「所謂不登校」で済ませていいものか、些か疑問ではあるが。

 戸惑う茅乃をまあまあ、と宥めながら、少女が莉桜の隣に座る。

「人には人の様々な事情があります。私もこう見えて二十五歳ですし」

「え」

「小川くんはとても優秀な子ですよ。今ではうちに欠かせない存在です。──さて、そろそろ本題に入りましょう。あ、私は結城笑萌(えめ)って言います。正真正銘、ここの所長ですよ」

 笑萌がにこりと笑うと、茅乃は何も言えなくなる。威圧感があるわけではないのだが、何を言ったらいいのかわからなくなる笑顔だった。

「あと、小川くんの名刺、受け取っていただけると嬉しいです」

「あ、すみません」

「いえ」

 莉桜は能面のような顔で短く答え、名刺を差し出す。それを受け取り、茅乃は目を見開いた。

 次の瞬間には、ばん、とテーブルを叩いて、こちらに乗り出し、ともすれば莉桜に掴みかからん勢いだった。

 茅乃が叫ぶ。

「あなたは一体、何番目の桜なの!?」

「……え?」

 突飛な質問に莉桜は戸惑う。が、茅乃は名刺を見た途端に取り乱した。「何番目」がどういう意味かはさておき、「桜」という文字は莉桜の名前に入っている。

「落ち着いてください。優樹くんは何を残したんですか?」

 莉桜の言葉に茅乃ははっとする。笑萌がにこにこと笑ったまま、それを眺めていた。

「お子さんのことだから、取り乱してしまうのですよね。思うに、桜というのが息子さんの遺品に何か関係があるのですか?」

「はい、そうなのです……失礼致しました」

 おずおずとソファに戻る茅乃を二人は黙って見ていた。茅乃が座り直したところで、莉桜が切り出す。

「桜なら、街を巡れば様々な場所にあると思うのですが、何故人物名の『桜』という文字に反応したのでしょうか?」

「それが、優樹の残したメモに『三番目の桜』とありまして……」

 詳しく話を聞いていくと、それが遺品の在処を示す唯一の手掛かりらしい。優樹のスマートフォンに「遺」というタイトルで入っていたフォルダがあったという。そのメモ一つだけで、他には何も残っていない。

 遺品探しなんて遺族のすることだ。警察にしてもらうようなことでもない。探偵もいくつか回ったが、手掛かりがこれ一つではお手上げのようで、どこも断られたそう。

 そんなとき、探し物発見率百パーセントの結城探偵事務所の噂を聞いて、ここにやってきたらしい。別に、発見率百パーセントを看板に掲げているわけではないが、界隈での評判を落とす理由もない。

 笑萌はにこにことした顔を崩さず、茅乃に告げた。

「わかりました。お引き受けしますよ」

 莉桜からするとなかなかの難事件のような気もするのだが、笑萌が所長なのは事実。依頼を承る全ての決定権はそもそも笑萌にしかない。何せ、結城探偵事務所には今のところ、笑萌と莉桜しかいないのだ。

「そのメモ、お持ちですか?」

「はい。ええと……」

 茅乃は鞄からスマホを取り出す。細かい傷はあるが、比較的状態のいいものだ。莉桜は見覚えがあった。

「優樹くんのスマホ、お持ちだったんですね」

「解約等の手続きは致しましたが……遺品を探したかったので、手掛かりや思い出のものがないか、と探っていたのです」

「お借りしてもよろしいですか?」

「はい」

 莉桜はスマホを起動させる。それから、なんでもない顔でパスワードを突破し、中身を開いた。本当に何事でもないかのようにスマホのパスワードを解いてしまった莉桜に、茅乃はぎょっとした。

「……本当に優樹の友達だったんですね」

「疑ってらしたんですね」

 まあ、最悪三十代のおじさんと間違えられる莉桜である。年齢詐欺の見た目に罪はないが、受け入れがたいことは事実だろう。

 それから、画像フォルダを探し、「遺」というファイルを見つけた。

 開くと、そこには「3ばんめのさくら」というメモがある。見たところ紙に書いたものを写真で取り込んだというわけでもなく、フォント入力でもない。つまりはデジタルで書かれた肉筆である。

「茅乃さん、今日時間ってありますか?」

「夕飯を作りに戻るのが五時なので……」

「では、わりとすぐに解決しそうなので、お時間ちょうだいしてもよろしいでしょうか」

「えっ? すぐ?」

 茅乃は思わず時計を見る。現在時刻は午前十一時半。

「三時間ほどお時間をいただければいいので。あ、お昼はどうされます?」

「朝が遅かったので……」

「駄目ですよー、一日三食食べないと。すぐそこのファミレスでお話ししましょう。いいよね、小川くん」

「ええ。このメモのことは大体わかったので、あとは裏を取れれば。ファミレスならフリーワイファイありますし」

「よーし、決定! 費用は私たちで持ちますんで、茅乃さんも一緒に行きましょう」

「え、あ、はい……」

 笑萌の強引さと莉桜の有能さに圧されて返事をしてしまう茅乃。

 一体あの謎のメモを見て何がわかったというのだろう。適当なことを言われているのではないか、という不安とひょっとしたらという期待が綯交ぜになった状態で、茅乃は二人と共にファミレスに向かった。

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