ショート 牛と番兵
空が青い。鳥も自由に飛んでいる。何も起きないのは良いことだが、何もなさすぎるのも困ってしまうのが、人間というやつだろう。
農道を牛が横断し、畜舎へと戻ってくる姿をのんびりと眺めていた。春の日差しはどうにも眠くなってしまう。
何人か通り過ぎるかもしれないが、こんな農村を襲う魔物や盗賊など居るまい。傍らの干し草に身を預けて、目を閉じる。
少し酸味を帯びた草の香りが、畜舎から放たれる匂いを緩和してくれる。このまま目を閉じていればすぐにでも眠れるだろう。
首筋が、かゆい。普段から寝ているが、今日に限って首筋に藁が入りこんだようだ。起き上がり篭手を外し、兜を脱いで首筋を掻く。
ああ、もっと寝やすい何かはないのか。マットや敷物の類はこの村に売っていないし、持ち場を離れる訳にもいかない。
そうか、なければ作ってしまえばいいのだ。村の裁縫士へと頼み込み、針と糸を譲ってもらった。
何回も寝て丁度よい硬さとなった干し草の山を、剣で人よりも一回り大きく斬る。
剣筋は鈍ってないが、少し歪んだ長方形となってしまった。たしか、町で見たマットはこうやって、表面が縫われていたはずだ。
記憶を頼りに糸を巡らせると、一枚の大きなドアのような、板状のものが出来上がってしまった。
しまった、案外と単純作業が好きだったのか、無心でやっているうちにやりすぎた。しかし、これならば細かい藁も首筋に入らないだろう。
出来上がった板の上に寝てみると、思った通り首筋は痒くならない。
しかし、何かが足りない。まだ地面のゴツゴツとした感触が気になってしまう。
「魔物が出たぞ―!」
久しぶりの叫び声に身を強張らせるが、この辺りに出る魔物などそうそう強くないだろう。やや小走りで叫び声の元へとたどり着くと、やはりそこに居たのはスライムだった。
ばさりと一刀両断し、その躯を処理していると……この感触は何かに使えそうだ。
板を挟み込むように塗りつけ、改めて寝てみると地面の凹凸は気にならなくなった。しかし何かが鎧の隙間からじんわりと染み込んでくる。これでは寝られたものではない。
持ち場を離れないよう、ぐるりと村の外側を一周すると、魔狼の一群が目に止まった。小石を投げて挑発すると、こちらへ向かってくる。
剣を数度振り下ろし、その皮を少し分けてもらう。このあたりなら別の魔物が食べてくれるだろうと、残りの肉は置いておく。
川の水で汚れを洗い流し、焚き火で乾燥させ、剣の柄でごつごつと叩いている内に平べったく、そして柔らかくなってきた。
これならばスライムも染みないだろう。剣を振り形を整え、スライムまみれの板の上へ、引っくり返してもう一枚を置いた。
うっすら獣臭い。そこまで悪い匂いではないが、恐らく加工が甘かったのだろう。
何か良さそうなものはないかと考えていると、この前釣りをしていた時に良い香りのする草が生えていたのを思い出した。
ふん、と横に一薙ぎすると、両手で抱えるぐらいの草を刈り取れた。剣を鞘に戻し、草を運ぶ。
まるで珍しいものでも見るかのように、住人たちが立ったままの状態で固まっているのが見える。
藁をまとめた要領で手早く縫い上げ、裏側にしても眠れるように、両面へと貼り付けた。
これなら獣臭さも気にならないだろうと横になってみると、確かに良い香りがする。我ながら良い草を見つけてしまった。
しかし、何やら変な、ぶじゅう、という音がする。縁の部分を見てみると、スライムが漏れ出している。
「魔物だー、魔物が出たぞー!」
今度は魔蛇だ、二匹をそれぞれ頭からしっぽまで裂いてやると、動かなくなった。
中身は鍋にしてみたが、案外と食えるものだなと感心してしまった。
皮の部分はつややかで、水を弾きそうだ。これを板の側面に貼り付けて、糸と針で縫い付ける。これで漏れ出すことはないだろう。
雪がちらつく季節となり、警備中に外で寝るのも厳しくなってきた。
折角作った板が濡れてしまっては眠れないので、詰め所へと運び入れることにした。
しかし、ドアから入れようとしてもつっかえてしまい、どうやっても入らない。
仕方なくそれを剣で半分に割り、うっすら埃の積もったベッドの横へと並べた。
持ち運ぶのには良いが、両手でそれぞれ掴むとドアを開けられない。
いや、開けたままにしても良いが閉めにくるのも面倒だ。片腕で持ち運ぶには……。
片面を糸で縫い合わせ、ドアのように開いたり閉じたり出来るようにしてやると、持ち運ぶのには便利になった。
雪の降る季節が終わり、ようやく外で安心して眠れる季節となった。遠くで牛の鳴き声が聞こえる。陽射しもゆるやかで、このまま目を閉じていればすぐにでも……。
「あの、すみません」
なんだ、こちらは寝るのに忙しいというのに。仕方なく体を起こすと、行商人がこちらを覗き込んでいた。
「その、下に敷いているものはなんですか? 見たことがないものですので」
どうやら道を訊きたい訳ではないらしい、しかし、これの名前をどう伝えれば良いかなど考えていなかった。
「うーむ、なんと伝えれば……マットではない、敷物には違いないが分厚い、折り畳める敷物……」
「え? 今なんと。オリタタミ?」
「ああ、この通り畳めるのだ」
二つ折りにしてみせると、商人が目を輝かせる。
「なんということだ、これは売れますよ、番兵さん!」
臨時収入が入り懐は暖かくなったものの、冬になると外で立っているだけでも辛い。
景気が良くなったのか番兵も追加されてしまって眠れない。折角オリタタミを作ったのに、これでは使えないではないか。
黒い雲から白い雪が落ちてくる。雨の日も辛いが、雪の日はもっと辛い。鼻先を伝う雪解け水を払った。
どうにか濡れずにすむ方法は無いか。遠くを歩く牛を見ながら、今日も考えていた。
「魔物だー、魔物が出たぞー!」
お題:いぐさ・番兵・畜舎