9 ラリーの誤算、人はそれを勘違いと呼ぶ
「継いでいく? 何を?」
父セイバールは、わざとらしく首を傾げていた。
「勿論、この侯爵家を!!」
ラリーはもう継いでいるかの様に、興奮した様子で言っていた。
彼の頭の中には、輝かしき未来が見えているに違いない。
それは、儚い幻想だとしても。
「何故、キミが、当家を継ぐのかね?」
父セイバールはラリーの言葉が面白過ぎて、笑いが漏れてしまった。
盛大な勘違いに呆れていると、言ってもイイ。
隣にいたシャーロットも、非常識な勘違いに呆れていた程だ。
「え?」
「この侯爵家を継ぐのは、我が娘シャーロットを於いて誰もいない。なのに、何故キミが継ぐのかね?」
父セイバールは、呆れた様に言った。
ラリーはロランナと結婚するのだ。シャーロットとはもはや何も関係がないのだ。
「え? だって、妹のロランナと結婚しようが、当主として学んだ僕が侯爵家を継ぐ事に……」
侯爵家の誰一人も賛同していない事に、不安になり始めたラリー。
勘違い? そんなハズはと言葉を漏らしていた。
「ラリーは、この侯爵家当主の勉強をしているって聞いてました!」
「そうですわ! それに私達を家族だと認めて下さったから、資産を自由に使わせて下さったのですよね!?」
リンダとロランナが何故か、父セイバール自身の言葉を信じられないと反論する。
父自身が、目の前で言ったにも関わらずである。
「何をどう勘違いしているのか、理解に苦しむが……キミは、当主となる娘シャーロットを支えるため、延いては共同経営者としての素質を見るために、マイリー家に了承を得て仮の婚約者として、教育をしていたんだよ。だから、キミがこの侯爵家を継ぐためではない」
初めから、そう伝えていた筈だった。
マイリー家としては、息子が侯爵家の教育を無償で受けられる。上手くいけば、そのままシャーロットと結婚し、侯爵家の親族となる訳だ。
万が一シャーロットと結婚出来なくとも、侯爵家で学んだ事は今後に活かせるだろう。どちらにせよ、伯爵家に損はないと心良く了承したのである。
それ故に、ラリーは侯爵家当主の勉強を学んだと言っても、当主を支え共に歩むための学だったのであった。
それをラリーは、自分の都合の良い方へと解釈を変えたのだ。
だが、実のところ、シャーロットはラリーとの婚約が"仮" だという事を、今知ったのだ。
そんな大事な事を、父から聞いてなかったと愕然としていた。結局、自分も父の掌の上の様である。
「では僕は? どの領地を継ぐのですか?」
現実がまだ理解出来ないラリーは、ロランナと侯爵家を継ぐ事は白紙に戻ってしまったが、ロランナが受け継ぐ領地があるだろうと思っていた。
だから、まだ希望があると楽観視していた。
「そんな事は、マイリー家当主に聞きなさい」
なのに、セイバール侯爵から返ってきたのは冷たい言葉だった。
「父に? ロランナと結婚するのに何故」
まだ理解出来ないラリーは、さらに父に詰め寄っていた。
いや、縋ると言った方がいいだろう。
「はぁぁぁ」
とうとう、父は深い溜め息を吐きこめかみを揉んでしまった。
何故か理解しないラリーに、ほとほと疲れた様だ。
「父に代わり、わたくしがご説明致しましょう。ラリー様」
父に彼が仮の婚約者だと教えて貰えていなかった事に、衝撃を受けてはいたが、同様に踊らされていたラリーが、ミジンコ程には可哀想になった。
シャーロットは、自分の肩に乗る父の手を叩いて前に出た。
「シャーロット」
「まず、わたくしとの婚約は解消したのですから、以後わたくしの事は、呼び捨てで呼ばれない様お願い致します」
縋る様なラリーを一蹴し、シャーロットはにこやかに言った。
良識どころか、常識も怪しい。
「わ、分かったよ」
何故か渋々了承したラリー。
やはり、幻想世界から帰って来てはいない様だ。
「父、セイバールが今言った様に。この侯爵家を継ぐのはラリー様でもロランナでもありません。わたくしなのはご理解してます?」
子供に諭す様に、ゆっくりと丁寧に説明するシャーロット。
側から見れば、バカにしている様にも取れるのだが、ラリーにしたらそれ処ではないのである。
「あ、あぁ」
「わたくしの夫となる男性が、共同統治者。父の言った共同経営者になりますの」
「みたい……だな」
「わたくしとの婚約を白紙撤回致しましたラリー様は、我が侯爵家とは一切関わりを持つ事はございません」
「……一切って、ロランナはキミの妹だから、少なくとも……」
ロランナをシャーロットの実妹だと信じているのか、ラリーはまだ希望があると縋っていた。
「ロランナがあなたに、何をどう伝えたのかは知りませんけど、ロランナは実妹ではないのよ?」
ロランナに言われたからと言って、全く聞かない調べないラリーが悪いのだが、ますます可哀想に思えたシャーロットは、つい他人行儀の敬語を緩めていた。
「え?」
「従妹なのよ?」
「なっ!?」
「だから、結婚したところで、あなたは当家と関わりはないのよ」
ラリーは今頃知ったのか、今度こそ絶句していた。
やはり、ロランナは妹だと嘘を吐いて近付いた様である。
シャーロットも聞かれなければ、わざわざ従妹だと言う事もなかったし、使用人達も同様だろう。
ただ、ロランナやその母リンダ。一部の使用人達はわざと言わなかったに違いない。
「お前、騙したんだな!?」
地に這う様な声を出したラリー。
シャーロットからしたら、騙すロランナもロランナだが、騙されたラリーもラリーである。
「……ち、違うわ。お姉さまが、お姉さまと呼んでもイイって言ったから!!」
どういう理屈なのだと、シャーロットは眉を寄せていた。
「 "お姉さま" と呼んで良いと許可を出したからといって、何故そこで実の姉妹になるのよ」
幼い時のロランナが、自分を慕う姿が可愛かったから姉と呼ぶ許可を出したのである。何を言い出したのだロランナ。
そんな事を言い始めたら、姉と呼んで良いと許可しただけで、兄弟姉妹が増産するではないか。
シャーロットは、父の様にこめかみを揉んでいた。
「その理屈だと、私は実父になるのか」
「はい!!」
「キミは呆れる程に、教養がないのだね」
ロランナが、元気良く返事をするものだから、父セイバールは頭を抱えてしまった。
そこまで、理解出来ない娘だとは知らなかったのだ。
「まぁ、とにもかくにも、ラリー君。キミはロランナと新たに婚約を結んだんだ。今後の事はロランナとリンダ、そしてキミの3人で決めなさい」
「で、ですが!」
「ロランナの母リンダには、3人くらい慎ましく暮らしていけるだけのお金を渡してある。それを使って暮らすなり、活用して自分の力で成り上がるなり、好きにしなさい」
共同経営者としての学が役に立つだろうと、セイバールは疲れた様に言った。
そしてもう、関わりたくないとばかりにロビーから、応接室に行こうと踵を返した。
後は将来を誓い合うロランナと、義理の母リンダと決めればいいと。
父セイバールのその言葉に驚愕して、声を上げたのはリンダだった。
「お金を渡してあるって、何の話ですか!?」
その声に、父セイバールは至極嫌そうに振り返った。
「去年、ロランナがもうすぐ成人になるからと、お金を渡しただろう? ロランナの成人、それはつまり約束の日だ」
冷ややかな視線を叔母リンダに向ける。
その言葉でシャーロットは、やっとあの金の意味が分かった。
あの金は、叔母リンダとロランナの生活資金であると。
だが、出所はまだ分からない。
「あ、あれは、成人のお祝いとか、私達を家族と認めてくれたのでくれたんじゃ」
まだ、都合の良い話にしたいのか、リンダが焦る様に笑顔を引き攣らせていた。
「何故、我が娘シャーロットを虐げて来たお前達を、家族と認めてやらねばならんのだ?」
「……っ!」
いつも飄々としていて穏やかなセイバールが、地鳴りの様な声を出したのでリンダは堪らず後退っていた。
シャーロットに対して、どう接していたのかなんて、当然執事長マイクや侍女達に報告されている。
それを黙認していたからといって、容認していた訳ではない。
いずれ侯爵家を継ぐシャーロットの裁量を、見ていただけの事。いつ倒れるかも分からない父に代わり、どこまでやれるか1度見たかったという親心である。
余りにも酷い様ならば、いつでも切る用意はあったのだ。
「都合の良い解釈をするのは、相変わらずだなリンダ。路頭に迷うロランナとお前を引き取る時、私が言った事を忘れたのか?」
「な、何を?」
「何も知らない幼いロランナが、成人するまでの間だけ、侯爵家で養ってやると」
「……」
「その期間中に、住み込み先を探すなり、他へ移る算段を付けるなりしろと言った筈だ。その約束の期間が終わるのを忘れていたのか? 都合の良い頭だが、約束は約束だ。早々に出て行って貰う」
「な、な、何ですって!?」
「当然だろう。娘を虐げ我がモノ顔で暮らし続けた人間達を、何故ずっと置いてやらねばならんのだ。お前なら、娘を虐げる人間を同じ屋敷に置くのか?」
「……」
今頃になって、リンダは立場が理解出来たのか、震えていた。
ここで頷いてしまえば、虐げても可だという証明になる。そうなれば、セイバールから相応の裁きが下るだろう。
リンダは自分のやる事をセイバールが黙認しているのは、実娘のシャーロットより、父の様に慕うロランナが可愛いからか、或いは自分を後妻に迎えてくれるからだと勝手に解釈していたのだ。
なのに、それは大きな間違いだったと、やっと今気付き絶望し始めていた。
「お前達が立場や身の程を弁え、愛娘シャーロットを少しでも立てる仕草が見て取れていたら、ロランナのデビュタントから数年くらいは置いてやってもと考えてはいた。だが、蔑ろにしただけでなく、娘の婚約者を奪い、それを詫びるどころか悪びれる様子もない。良識以前に人として恥ずべく事だとは思わんのか?」
「……」
「ラリー君もラリー君だ。例えロランナから言い寄ってきたとしても、非常識にも程がある。もし、それでも本当にロランナを好いて結婚したいと思ったのなら、シャーロットに誠意を見せるのが先で、ロランナとの逢瀬を楽しむのは後だろう」
それでも、如何とは思うがなと、父は言ったのだった。
ラリーはもう、何かを言った処で駄目だと、全てを諦め床に膝を落としていた。