6 衝撃
「シャーロット様。リンダさんの下に、今度は宝飾品を扱う方が屋敷に来ました」
侍女にそう伝えられたシャーロットは、デザイナーとパタンナーの次は、宝飾品かと溜め息を吐いた。
「良くそんなお金があるわね」
何処から湧いてくるのかしら? と言いたいところだけど、どうやら我が父が渡したらしい。
何故父はそんな額を、あの親子に与えたのかと思う。全く意味が分からないし、理解したくもなかった。
「セイバール様は本当に何故そんなお金を?」
侍女達もそう思うのか、疑問を投げかけた。
「知らないわよ。私、いえ、わたくしが知りたいわよ」
呆れる余りに、つい友人といるつもりで言ってしまった。
「相当な額でしょう」
冷ややかな目をした執事長が、父の書斎にいるシャーロット達の会話に加わった。
リンダの呼んだ客人を、執事長が自ら招き入れるのを嫌ったためだ。
「幾ら貰ったのか知らないけど、あんな高価なモノを幾度も買ったら、すぐ底を尽くと思うけど」
「侯爵家の資産額から云えば、端金ですが」
「ヤメてくれる? 端金とか言うの」
執事長マイクが平然と言うものだから、シャーロットは嫌そうに返した。
確かに侯爵家から見たら、端金かもしれないが、ソレはそれだ。
「まさか、食い潰さないでしょうね?」
何処からの資金かも分からないのだ。
まさか、侯爵家の資産を任せたのではあるまいと、シャーロットは一瞬だが冷や汗が出てしまった。
「我が侯爵家の総資産額は、あの親子だけで食い潰せる程度の少額ではありませんよ」
「だから、容認しろと?」
堪らず侍女マリアが口を挟んだ。
言える立場ではないと分かってはいても、何もしていないあの親子に、侯爵家の資産の一部でも使われるのは許容出来ない。
「容認なんて、わたくしがさせないわよ。でも、しばらくは黙認しておいて」
「「「御意に」」」
シャーロットがそう言うと、家令達はものすごく不服そうだが頷いてみせた。
シャーロットに考えがあるのだと、理解したからだ。
シャーロットは、父の周りを調べさせて、仮説を立てていた。
それが、間違いでないのなら、リンダが何をしようとどうでも良い事だった。
ただ、良くも悪くも父は期待を裏切るのが好きな人だ。
リンダ親子を、本当の家族にすると言い出したら、覚悟を決めようと、シャーロットは1人心に誓ったのだった。
ーーだが、その数日後。
そのシャーロットの予想を遥かに超える事態が、急速に動いたのである。
「ラリー様。足繁く通うのは宜しいのですが、当主としての勉学は進んでますの?」
毎日とは大袈裟だが、週2で通うラリーにシャーロットはさすがに呆れていた。
百歩譲って自分に会いに来ているならまだしも、従妹ロランナに会うためだ。立場を忘れていたとしたら、呆れてモノも言えない。
「相変わらずウルサイな、キミは。しているから来ているのだろう!」
シャーロットに苦言を呈されれば、ラリーはあからさまに嫌な顔をした。
「あ、ラリー様ぁ!」
誰も呼んでもいないのに、ロランナが足早にやって来た。
手紙のやり取りの報告も上がっている事から、2人は今日家で会う約束をしていたに違いない。
「危ないから走るんじゃーー」
「きゃっ」
「ほら、言わん事じゃない」
転ぶ事を想定していたのか、ラリーは転びそうになったロランナを素早く支えた、
側から見れば、この2人が婚約者同士の様である。
「ふふっ、ありがとうラリー」
「気にするなロランナ」
2人はシャーロットがいるにも関わらず、イチャついていた。
しかも、呼び捨てする程の仲である。もう、確定も確定であった。
「ラリー、ロランナ。中庭の薔薇が見事に咲いたのよ? 2人で見に行ってらっしゃいな」
それを咎めるどころか、容認して2人に勧めるリンダ。
侯爵家の家令達の視線が、冷ややかになったのが見えていないらしい。
「お母、いえ、リンダ様。シャーロットに話がありますので」
今、ラリーがリンダを母と言い掛けたのをシャーロット達は、呆れつつ流してあげていた。
「えぇ、そうね。そろそろ伝えないとね?」
リンダは意味あり気に、しかも嘲笑う様な笑みを溢した。
ラリーはそう言って、シャーロットに向き合う。
久々に正面から、真面目な視線を向けられているなと、こんな空気の中シャーロットは思う。
ラリーは、少しだけ躊躇いを見せたが、1度ロランナをチラッと見てこう続けた。
「シャーロット、キミには悪いが。僕との婚約を破棄……いや、解消して貰った」
「 "貰った" ?」
いつも冷静であったシャーロットは、余りの言葉に目を見張っていた。
ラリーが、直に婚約の破棄を伝えるとは予測はしていた。
だから、薄々その言葉を言うのだと思っていた。
なのに、ラリーは婚約を"破棄" ではなく解消して"貰った" というのだ。
と言う事は、父セイバールとの間には既に話を伝えており、了承も得て白紙になっていると言う事。
シャーロットは、その事実に今までにない衝撃を受けていた。
「あぁ、バーネット侯爵には先日僕から伝えた。そして、キミの妹ロランナとの婚約が新たに決まったよ」
ラリーが続け様にそう言っていた時には、既にシャーロットの頭の中は真っ白になっていたのであった。