4 歪な関係
我が侯爵家の家令と一緒くたに言っても、態度には明確な違いがある。
元伯爵家の使用人達は、まだ侯爵家としての気概がないのか、叔母を慕うのか、半数が変な拘りを持っていた。
その証拠に、叔母のリンダや従妹ロランナには未だ"様" を付け呼んでいる。
侯爵家の家令達は叔母の事を "リンダさん" 。ロランナの事を "ロランナお嬢様" と呼んでいた。
それは、リンダは元が平民の出だから……という訳ではなく、リンダを侯爵家に迎えた "家族" ではなく、"客" だと位置付けているからだ。
ロランナは、一応は侯爵家の血を引く女性である敬意と、従えない抵抗という名の葛藤により"お嬢様" と揶揄しているのだと侍女から聞いた。
リンダはさん付けで呼ぶ侯爵家の家令達を、良くは思ってはおらず時折ぶつかっている姿を見る。
そんな葛藤など全く知らないロランナは、お嬢様と呼ばれている事にものスゴく満足気で、シャーロットより自分をこの家の娘だと認めている証拠だと、都合良く解釈している様だ。
我が侯爵家では、そんな歪な時間が過ぎていった。
初めは隠れるように、従姉妹との逢瀬を楽しんでいた婚約者ラリーは、最近では人目を憚らない様になっていた。
どうせ、忙しいとシャーロットが自室に行くのも読んで来訪するだけでなく、街で2人でデートをしている姿を見たと友人経由で耳にする。
友人といっても、心底心配してくれている者もいれば、他人の不幸は蜜の味と、愉快に教えてくれるのが貴族の"友人"だ。
抱き合っていたとか、キスしていたとか、何処までが真実であるのか。または、全てが真実なのかさえも定かではない。
その婚約者ラリーまでが、男友達にシャーロットの悪口を吹聴していると耳にした。
本人は酒を飲んで気を大きくし、友人だけだと気分も乗せられ冗談半分で、言ったつもりなのかもしれない。
だが、そこでは友人だけだと思っても、友人にはもれなく婚約者がいるし、違う友人もいるのだ。
何も言わずとも、酒の場だと聞き流して黙っていろと言うには、まだ親友としては構築されていなかった。
それ故に、違う場所で違う友人に会えば、面白可笑しく伝えていく。
ラリーの友人から、その違う友人へと繋がって行き、自然とシャーロットの友人や、侯爵家であるシャーロットに恥を掻かせたい者にも伝わっていった。
そして、最終的にシャーロット本人にも悪口は、尾ヒレ背ビレ胸ビレまで付いて、酷く脚色されて伝わっていたのである。
「シャーロット、あなたこのままでいいの?」
とある日、親友と呼べる伯爵家のアンジェリカが来訪した。
元から人目が苦手な上に、婚約者が出来たため、夜会にも余り顔を出さなくなっていたシャーロット。
夜会では、ラリーとロランナの話が噂話として、話題に上がる事も多々あるのだと、教えてくれた。
「良くはないけど、ロランナのデビュタントまでは沈黙を続ける予定よ」
「あぁ、ロランナって、あの出来の悪い従妹」
数回会った事はあるが、アンジェリカに対する態度がとにかく悪いのだ。
アンジェリカが4歳も年上な上、同じ伯爵家の令嬢にも関わらず、何故か上からモノを言う。
その態度を注意すれば、タカが伯爵家の娘のくせにと鼻で笑うとか。
それでも度々、アンジェリカが注意するので、ロランナはアンジェリカが来るのを知ると、自室から決して出て来ない様になった。
「何で、あぁなってしまったのかしらね」
小さい頃は可愛かったのに、とシャーロットは紅茶を飲みながら漏らした。
本当にお姉さま、お姉さまと後を付いて来るロランナは可愛かったのだ。
「あなた達が甘やかしたと言いたいところだけど、素質があったと思うわよ?」
「え?」
「今まで言わなかったけど、随分前にロランナに初めて会った時、わたくしの顔を見てあの人、鼻で笑ったのよ?」
今思い出してもイライラすると、アンジェリカはクッキーを口に放り込んだ。
シャーロットが初めてロランナを従妹だと紹介した時、彼女はアンジェリカを見て笑ったのだ。
その時は、クスリと漏らした笑いの意味が分からなかった。
だが、最近久々に会った彼女がアンジェリカに言った言葉で、やっと分かったのだ。
『あら、ソバカス、まだあるのね?』
そう言って笑ったロランナの顔は、あの時の顔そのものだった。