2 ロランナとラリー
「なんなのよ!! お下がりって!!」
ロランナは自室に戻るなり、クッションを壁に投げつけた。
欲しいと強請り渋々、時には嫌そうにくれるシャーロットの姿を見るのは、ものスゴく気分が良かった。
侯爵家の当主の娘というだけで、何でも与えて貰えるシャーロットには嫉妬しかなかった。
父がたまたま弟に生まれただけで、格下の伯爵家になったのだ。伯父セイバールがいなければ、この屋敷も領地も自分の物だったと思うと悔しくて仕方ない。
だが、好機と考えれば好機である。
父が亡くなり、運良く侯爵家に迎えられた。
侯爵家の使用人達は、自分よりシャーロットに従ってはいるが、伯父のセイバールは違う。
ロランナにも、分け隔てなく愛情を注いでくれていた。
たまに帰った時には、シャーロットだけでなく必ずロランナにも土産を買って来てくれる。
欲しい欲しいと強請っても、そのたびに買ってくれる事はないが、それはシャーロットも同様である。どちらが、多くて少ないと差別的な事はなく、どちらかと言うとロランナに甘いのだ。
娘には、家庭教師や躾には厳しいセイバールも、ロランナが「先生が苛めるんです」と泣き落とせば、その都度家庭教師を辞めさせてくれた。
この調子でいけば、シャーロットよりロランナをこの侯爵家に残すに違いないと、ロランナは算段し始めていた。
シャーロットはさっさとどこか、格下の家に嫁げば良いのにとロランナは考えていたのだ。
そんな邪魔なシャーロットに、婚約者がいる事を知ったのはロランナが14になった時だった。
婚約者である方は、全くバーネット家には来ないし、侯爵家でも話を聞かないので、存在を全く知らなかったのだ。
シャーロットは既に18なのに、まだ婿がないのかと驚いた程だ。
母リンダや侍女達にそれとなく聞いたところ、婚約者のラリーは次期当主の勉強をしている最中で、忙しいとの事だった。
そのラリーは伯爵家の息子らしい。シャーロットには格下の爵位で似合いではないかと、ロランナはほくそ笑んでいた。
「うっそ!?」
ラリーの噂をチョコチョコと聞いていたある日、彼が婚約者シャーロットに会いに来たのだ。
夜会の迎えに来たらしく、ロビーの見える階段上から見ていたロランナは、すぐに目を奪われ視線を釘付けにされた。
ロランナは再来年にデビュタントの予定だった。
それ故に、ドレスコードを着こなした年頃の男性を間近で見るのは、初めてだった。
金髪で碧眼。鼻筋はスラっとしていて、目は切れ長。
身長も高くその麗しいラリーの姿に、ロランナは瞬く間に心を奪われたのである。
それは、ラリーの姿になのか、シャーロットの婚約者だからなのか分からない。
「そちらの可愛い子は?」
迎えに来たラリーが、目敏くロランナを見つけると、シャーロットに訊いた。
服装からして、この屋敷の使用人ではなさそうだ。
数年前に屋敷に引き取った娘がいると、耳にした気がしたなとラリーは記憶の底から引き出した。
「あぁ、あの子はーー」
「妹のロランナです!!」
シャーロットが応える間もなく、ロランナは勝手に言い階段を駆け下り始めていた。
この時、シャーロットや家令達が、ロランナの言動に呆れて沈黙してしまったため、ラリーはロランナの言った "妹" を、都合の良い方へ解釈してしまったのだが、シャーロット達は知らない。
セイバールが外に作った異母妹なのだと、ラリーは記憶をすり替えインプットしたのである。
「きゃあ!」
はしたなく階段を駆け下りたロランナは、裾を踏んでしまい階段を踏み外してしまった。
「大丈夫か? えっとロランナ嬢?」
颯爽と駆け寄りロランナを支えたラリーは、まさしくロランナの王子様のようだった。
容姿端麗でキラキラと光る金髪、自分を支える逞しい腕。
ロランナは自分を助けてくれたラリーに、頬を赤めると目を潤ませ上目遣いでお礼を言った。
「あ、ありがとうございます。ロランナで宜しいですわ。ラリー様」
「い、いや」
ラリーはその仕草と可愛らしさに堪らず、目を逸らせ頬を染めていた。
貴族やシャーロットにはない、素朴で可愛らしい女性がそこにいたのだ。
見つめ合う2人。
その姿を、色んな表情で見る家令達。
シャーロットは、そんな2人を冷めた目で見ていたのだが、それに気付いた人は誰もいなかった。