18 結局、似た者親子
「結局、お父様は優しいのよね」
シャーロットはロビーで、執事長マイクにダンスを教わるロランナを見て笑っていた。
口ではなんだと言いながら、父セイバールは身内には甘いのだ。
監視だと言いながらも、ロランナのデビュタントは父が付き添ってあげる予定みたいだし、結婚相手も探してあげているみたいだ。
その候補の中に、勘当を免れたラリーもいるって言うから大甘を超えて極甘である。
勘当寸前のラリーまで、再教育のチャンスを与える様にマイリー伯爵にまで話をつけてあげたなんて、信じられなかった。
勿論、侯爵家当主としてではなく、どこへ行っても困らない様にしてあげる教育だけど。
マイリー伯爵は、その提案に上辺ではしかし……と言葉を濁して見せていたらしいけど、最後には父にもの凄く感謝していたとか。
やはり、実の息子。しかも、末の息子は可愛い様である。
バーネット侯爵の手前、口で勘当にすると言ったものの、マイリー伯爵の心は土砂降りだったみたいだった。
しかも、自分の身内のした事でもあると、伯爵家に一切咎はなかったから驚きだ。
マイリー伯爵は、益々バーネット侯爵に足を向けて寝られないと、感謝するのであった。
「なんだか、わたくしだけが割りを食ったみたいだわ」
シャーロットは、ボヤかずにはいられない。
ラリーを好きか嫌いかはさておいて、婚約者は取られたのだ。挙げ句に、好き放題していたロランナは、お咎めというお咎めはないし。
リンダ叔母様は、なんだか色々必死過ぎて面白いけど、我慢を強いられてきた自分はなんだったのかと、思いたくなる。
父に言わせれば、次期当主として何かアクションをすれば良かったと、言うのだろうが……。
次期であって当主ではないのだ、ならば権限を先に下さいと文句を言いたい。
が、それすら、早く言えば良かっただろうと言われそうで、シャクに障る。誰でもイイから、一発殴らせて欲しいくらいである。
「グレよう、かしら?」
いっそのこと、グレてやるかとシャーロットは呟いた。
ラリーの教育が遅いから、シャーロットとまだ結婚していなかったのだ。
父がどれだけラリーを買っていたかは知らないけど、待つ程の価値はあったのか、シャーロットには分からず仕舞いである。
大体、ラリーがいなくなって次はどうするのよ、勝手に探してイイのかと、さらにブツブツとボヤきが漏れていた。
「独り言を言う娘だけど、良いかな?」
そんなシャーロットの背後から、面白そうな父の声が聞こえた。
どうやら、ボヤいている間に、父が来たらしい。
「構いませんよ」
続けて、聞いた事のない美声が1つ。
「………リュゼル様」
振り向いたシャーロットは、その姿に驚いてしまった。
ラリー同様に婚約者候補に上がっていた1人、伯爵家の長子リュゼル=ローエンだったからである。
「どうしてココへ?」
父が呼んだからだろうとは想像はつくけれど。
「お前の婚約が決まった」
「え?」
「まぁ、まだ、婚約者候補だけどね」
父がサラリと言うものだから、シャーロットは目を丸くしていた。
そんな直ぐに決まるのかとか、娘に顔合わせはないのかとか、勝手だなと色々である。
「彼は長子なので、早々に振るい落しませんでした?」
彼は父のお眼鏡に適い候補に上がってはいたが、長子なので真っ先に落としたのだ。
シャーロットと仲は良く、侯爵家を支えるには良い人だった。だが、彼は伯爵家長子なのだ。
だから、次点のラリーが選ばれ、彼は落とされた筈だった。
「強く振ったつもりなんだけど、ザルの縁にしぶとくくっ付いていたんだよ」
父は揶揄すると、面白そうに笑っていた。
ラリーに決まったから、もう縁などないと思っていたが、そう思っていたのはシャーロットだけらしい。
「キミを諦められなくて、ザルの縁に隠れる様に必死にくっ付いていた甲斐があったよ」
そう言って、リュゼルが父と同じ様な表情で笑っていた。
父に落とされていても、彼は彼なりに他に道がないかと、もがいていたらしい。
「伯爵家は、どうしたのよ?」
「ラリーが胡座をかいてくれたおかげで、なんと私には弟が2人も出来たんだ。なら、伯爵家は弟に継がせれば良いって話に落ち着いた」
リュゼルは愛おしそうに、シャーロットを見ていた。
1度離れてしまった好機が、今ここに落ちてきたのだ。拾わない訳がなかった。
「え? あぁ、そう?」
伯爵家としたら、長子リュゼルが継がなくとも、弟のどちらかが継げば問題がない。
それどころか、長子が侯爵家に婿入りする。こんな願ってもない好機を逃す手はないのだろう。
シャーロットは、全く考えてもいなかった相手に頭が働かない。
「ツレなさ過ぎだろう? シャーロット。私の事がそんなにキライ?」
頬を赤らめるどころか、眉間にシワを寄せるシャーロットには、苦笑いしか出なかったリュゼル。
父がいなかったら、愛おしそうに髪の1つでも触っていたに違いない。
「キライではないけど」
考えた事がない。
シャーロットの表情は、如実に語っていた。
「なら、大丈夫だ。私はラリーみたいな浮気心はないし、シャーロットだけを大切にするよ」
リュゼルの嘘のない笑顔に、シャーロットは困惑する。
悲しい事にラリーは、こうあからさまに自分に好意を向けた事は、ほとんどない。
慣れていないため真っ直ぐな好意に、シャーロットは戸惑うばかりである。
「とりあえず半年間、リュゼルと婚約者候補として過ごしてみなさい。合わないのなら、他を探すから」
シャーロットの心を読んだ様に、父セイバールが頭を優しく撫でいた。
どうやら彼は、最終候補ではないらしい。
「頑張らせて頂きます。侯爵」
リュゼルはここで本当は "父" と呼びたい旨も伝え忘れない。
「節度を超えたらすぐ消すからね?」
と随分と意味深な表情をすれば、
「御意に」
リュゼルはわざとらしく、恭しくお辞儀をしてみせていた。
娘の前で、何て会話だとシャーロットは苦笑していた。
「あ〜。お姉ぇさま〜! その方だぁれ?」
ダンスを習っていた筈なのに、ロランナのイケメンサーチに掛かったのか、リュゼルを目敏く見つけた。
その言動は、懲りないロランナらしい。
「あぁ、キミが噂のロランナか」
ロランナの非常識な態度に、リュゼルは気にもした風もなく、ロランナにゆっくり歩み寄っていた。
「初めまして、えっとぉロランナです」
「えっとぉロランナ嬢か、面白い名前だね」
名前を言うのを吃った事を、リュゼルはわざと揶揄していた。
「酷いわ、揶揄うなんて」
相変わらずの上目遣いを忘れないロランナ。
リュゼルはそれすら面白そうに笑っていた。だが、ラリーとは異なり目に好意は微塵も見られない。
「そう? 従姉の婚約者を奪う程、酷くないだろう?」
「え?」
リュゼルはクスリと、楽しそうに返した。
さすがのロランナも、初めての返しに目を丸くしていた。
真っ向からの悪意に驚いたのだ。
「キミがラリーを唆してくれたおかげで、私にも再び好機が回ってきた。キミには感謝しかないよ、ロランナ嬢」
そう言って、さらに笑うリュゼル。
ラリーとは違って、彼は随分と性格は "良い" らしい。
「ふんっ、そう? なら、わたくしに感謝すれば良いじゃなくて?」
そう笑って髪をかき上げ返したロランナも、負けたモノではなかった。
本当に逞しいし、大した子である。
「お礼に、是非、後妻を探しているハゲデブ男でも紹介してあげよう」
「ワマウンドなら、間に合ってるわよ!!」
それがワマウンド男爵だと感じ取ったロランナは、身体を震わせ叫んでいた。
「ワマウンド男爵じゃないよ。スマキングル子爵だよ」
「し、信じられない!! 貴族にはそんな男しかいないの!? ワマウンドもスマなんとかも、いらないわよ!!」
リュゼルの手を払い退けると、ロランナはあかんべと舌を出し踵を返した。
「ロランナお嬢様、口、そしてその態度。もう一度初めから教育致さなければならない様ですね」
執事長マイクがそう言って、ロランナの襟首を捕まえた。
もう、執事長達は容赦などないらしい。
「あれは、あの男が!!」
「1から言わねば分からないとは、鞭の許可さえあれば叩けたものを……」
執事長マイクが、思わず舌打ちしていた。
マイクも大概である。
「ロランナ、余り困らせる様なら体罰もやむを得ないから、頑張りなさい」
引き摺られて行くロランナの背に、父が面白そうに手を振っていた。
やると言ったら、やるのが父だ。
ロランナもそれを知っているのか、身を竦め大人しくなるから、少しばかりは成長したようだ。
「では、リュゼル。キミにはまだ、勉強の続きがあるから、先に書斎に戻りなさい」
「はい」
じゃあね? と、リュゼルはシャーロットの頭をポンと叩いて去って行ったのである。
「弟の忘れ形見を切り捨てられなかった私を、甘いと怒るかい?」
去るリュゼルの背を見届けてから、父セイバールはシャーロットの頭を優しく撫でていた。
放り出す事はいつでも出来る。だか、彼女達が不幸になっても嬉しくはない。病弱な弟を多忙を理由に構わずにいたのは、自身のせいだ。弟の死に、自身も少しは関係があるのだと、父は今もずっと後悔しているのだ。
だから、リンダ親子を放り出すのは弟に申し訳がなく、罪悪感が残るのだと父は言う。これは贖罪なのだと。
ロランナは弟の娘だから、まだ分かる。
でも、父がリンダに甘いのは、彼女がマイセンとの結婚指輪をまだしているからだろう。
叔父マイセンは奮発したのか、妻になるリンダに高価な結婚指輪を贈ったらしい。だが、マイセンが亡くなった今、あのリンダなら真っ先に売りそうな物だ。
しかし、リンダは他の物はセイバールに言われるまま換えたのに、あの結婚指輪だけは頑なに拒否し続けていた様だ。
その理由は、まだ夫マイセンを愛しているからなのか、その頃の日々や思いを捨てられないのか、それはリンダしか知らない。
しかし、その指輪のおかげで、リンダは僅かに首の皮が繋がったのだから不思議なものである。
「この屋敷の主はお父様ですから、それに従いますわよ。ただーー」
「ただ?」
「これ以上の温情は、誰のためにもなりません」
受けたロランナ達も、それを見るだけしか出来ない自分もだ。
甘いだけで何もしないのは、必ず何処かに弊害が起きる。
「分かっている。だから、リンダ、ロランナがこれで変わらないというのなら、有無を言わさずワマウンド男爵に渡す手筈にしてある」
「え?」
リンダ親子を揶揄うための口実ではなく、今度は本気で譲り渡す密約を交わしているらしい。ついでを言うなら、元伯爵家の使用人達もだろう。
その事を本人には教えないから、やはり父はタチが悪い。絶対に愉しんでいるのだ。落ちそうで落ちないリンダ親子や使用人達を。
また、きっと落ちる罠を仕掛けるかもしれない。
リンダはともかく、ロランナは可哀想だなとシャーロットは同情する。
自業自得かもしれないが、あの家はない。
「何も知らないって怖いよね? リンダは順調にワマウンド男爵夫人になりそうだ」
父セイバールは、まだ反発してみせるリンダを見て、仄暗い笑みを浮かべていた。
時間が経てば忘れるのか、リンダはコッソリ宝飾品に手を出し始めているとか。
街にでも行って買って来たのか、引き出しの奥に隠してある指輪を見つけた侍女マリアは、呆れたらしい。
娘ロランナの支度金として貰ったお金まで、自分の物とし一切渡す気もないらしい。
侯爵家のモノに手を付けた訳ではないから、見て見ぬ振りをしているが、どうなる事やら。
ロランナが見限って母を切る方が、案外早いのかもしれない。
「リュゼルが気に入らないのなら、とりあえず次もいる。それが嫌なら、自分で探して来なさい」
勿論、精査はするけどね?
と微笑む父に、シャーロットは溜め息を1つ吐いた。
今も昔も、父の手の平で踊らされている気しかしない。
半ベソをかきながら、再びダンスの練習をし始めたロランナを、シャーロットは優しく見守っていた。
何のしがらみもなく生きているロランナは、自由で羨ましいなと小さく笑っていたのだ。
結局、彼女達には蔑ろにされたりもした。オマケに婚約者を奪われた。
だが、そんなロランナがバカ過ぎて可愛いなと笑うのだから、シャーロット自身も大概甘いのだと、肩を竦める使用人達なのであった。
お読み頂きありがとうございました。
( ´ ▽ ` )ノシ