15 元伯爵家の失落
「さて、キミ達も荷物を纏めて近日中には出て行きなさい」
「え?」
「は?」
喚くリンダやロランナを、セイバールは部屋に連れて荷造りする様に伝えると、最後は使用人達に矛先を変えた。
勿論である。断罪はリンダ親子だけではないのだ。
「出て行けと言ったんだよ」
「な、何故ですか!?」
「そういう約束だっただろう?」
「「「【約束】」」」
いくら弟が可愛かったからといっても、セイバールとて無償で雇う訳がない。
リンダ親子同様に、引き受ける時に契約していた筈なのだ。
皆の頭が、大変おめでたく忘れてしまっただけで。
「リンダがリンダなら、お前達もお前達だな。本当に良く似ているよ」
おめでた過ぎて、笑いも出ないとセイバールは溜め息を吐いていた。
リンダ親子にさえ条件があったのに、使用人が無条件な訳がない。
次の雇い主を探すか、シャーロットに必要とされるしかなかったのだ。なのに、リンダ親子が可愛がって貰っていると勘違いした使用人達は、自分達もそのまま雇って貰える筈と胡座を掻いたのだ。
セイバールがこの日が来るまで、放置していただけなのだが。
「わ、私共は、何も!!」
「リンダ様にただ言われるがままだっただけです!!」
「私共は何もしていません!!」
先程縋ったリンダを、他人事の様に見ていた使用人達は、我が身に起こり慌て焦っていた。
リンダがやっていた事。
自分達は、それに倣っただけだと。
セイバールはそうかと、冷めた目で人を呼んだ。
「マイク、マリア」
「「はっ!!」」
「私が姪達を蔑ろにしていたらどうした?」
「「勿論、諫めるか、シャーロット様に陳情致します」」
執事長マイクと侍女頭のマリアは、声を揃えて答えた。
それが、執事や侍女、使用人達の役目でもあるのだと。
主人は神だとしても、間違いはある。それを黙認するのではなく諫めるのもまた、使用人達の仕事でもあるのだ。
「分かったか。それが家令達の役目だ。だが、お前達はリンダの顔色だけを窺い、間違いを正そうとはしなかった。それどころか唆し、さらに焚きつけた。これが何もしなかったと? 私に言わせれば同罪だ」
「「「……」」」
「寧ろ何故、キミ達は、自分だけは咎がないと思っていたのか」
理解出来ないと、セイバールは肩を落として戯けて見せた。
それもそうである。
リンダとロランナに拍車を掛け、油を注いだのは、元伯爵家使用人達である。
身分や立場を弁えなかったのは、使用人達も同じである。
「「「……っ!!」」」
現状把握が遅過ぎる使用人達。
震える身体に鞭を打ち、今更ながらに平伏し謝罪をし始めた。
「今更と言う言葉も初めて知れて、良かったじゃないか。さて、キミ達の紹介状を書くのは面倒だ。それに、他家に紹介するのも恥ずかしいから書けない。自業自得だろう。まぁ、私も鬼じゃない。3日猶予を与えよう」
セイバールは無下もなく言い放っていた。
今日と言わないだけ、優しいとさえ笑った。
「そ、そんなっ!」
「私達は、リンダ様に逆らえなくて」
と今更ながら、涙を流してセイバールに縋った所で、父が許す訳がない。
リンダに逆らえない訳がないのだ。
現に分を弁えた伯爵家の使用人数名は、リンダを持ち上げたりはせず、侯爵家のやり方に従っていたのだ。
彼女達は出来ないのではなく、やらなかっただけなのである。
「大体、先程からリンダリンダと、この侯爵家の主人はいつから、私ではなくリンダになったんだね?」
「「「っ!!」」」
「今まで、お前達に自由を許していたのは、私が腑抜けか優しさからだったと思うかね? だとしたら本当におめでたい。残る使用人の選別ついでに、リンダを持ち上げる駒になってもらっていただけの事」
そう言ってセイバールは、今まで見た事がないくらい悪どい笑みを溢した。
「選別?」
「駒?」
耳を疑う様な言葉に、思考が追いつかないでいた。
残る使用人の選別、それはロランナが成人となり出て行く時まで、自分達の姿勢を見ていたという事だ。
「我が侯爵家には役立たずは必要ない。私がいない時、お前達がどの程度仕事が出来るか、精査していたに過ぎない」
「「「……」」」
「こ、駒というのは?」
リンダを持ち上げる駒とは、どういう事だろうかと、恐る恐る口にした。
「お前達がリンダを放任するのは分かっていた。だから、出来るだけ上へ上へと持ち上げて欲しかったのだよ……」
「落ちた衝撃をより強く、するためですか?」
だから、リンダには沢山の "飴" を与えていたのだ。
父はそういう黒い部分がある人物だったと、シャーロットは思い出していた。
気を許した相手にはとことん甘いが、敵と1度判断した相手には悪魔な一面を見せるのだ。
侯爵家の主人であり、政務にも携わっている父が、ただ優しく穏和な人間な訳がなかった。シャーロットは父が自分には、優し過ぎて忘れていた。
父は人の悪そうな笑みを浮かべ、シャーロットの頭を優しく優しく撫でていた。
「アレは1度、思いっきり手酷い目に合った方がいい」
それでも人の痛みが分かる様になるかは、分からないがと、セイバールは微苦笑していた。
正直、セイバール自身も更生するとは思っていない様だった。
「それに付き合わされた人達の身にもなって欲しいわ」
シャーロットは堪らずに呟いた。
リンダやロランナ、使用人達を精査していたにしても、10年は長かった。
シャーロットは愚痴が漏れてしまった。
「お前の当主としての手腕も試していたんだがな」
「でしょうね」
薄々気付いていた。
基本、娘に極甘な父ではあるが、それはソレである。
現にシャーロットの預かり知らない所で、ラリーとの婚約を決められたのだから。
リンダ達を使って、ラリーの当主補佐としての資質。使用人達の資質。そして、シャーロットの当主としての資質を見ていたに違いない。
「なら、わたくしは失格ね。早々に叔母様たちの事を諦めてしまったもの」
当主なら、早々に父に陳情するか、態度を改めさせる体裁を見せなければならなかった。
なのに、しなかったのだ。当主としては失格だろう。
「諦めた理由があるだろう?」
「お父様に、お考えがあると思ったからよ」
そう言ったら、父が少し面白そうに笑った。
「ほぉ?」
「だけど、読みきれなかった」
「リンダへの資金繰りまで調べたのにか?」
父は小さく笑っていた。
シャーロットがリンダの金の出所を調査していたなんて、お見通しなのである。
「アレ、どこから出てたの? 家の資産ではないわよね?」
そうだと分かっていても、シャーロットには不思議でしかなかった。
「リンダの物かもしれないし、違うかもしれない」
まるでクイズの様に言う父は、実に面白そうにシャーロットの髪をいじっていた。
意外に考えていた娘が、可愛くて仕方がないのである。
「あ、宝石や、ドレスね!!」
シャーロットが、やっと分かったと声を上げれば、父は「正解」と言って娘の頭をクシャクシャと撫で回した。
シャーロットは思い出していた。
叔母リンダは、借金があったにも関わらず、多くの宝飾品をこの屋敷に持って来ていた。
その宝飾品が、ある日を境に豪華な物へ変わっていた。
ーーのだが、父が新しいのを買い与えていた訳ではなく、言葉巧みに古い物は奪っていったのだ。
追い出す時に、自分の "渡した" 物を返させるために。
「でも、何故リンダ叔母様の私物を売ったそのお金を返したの?」
その真意までは分からない。
どうせ与えたって、またこうなる事は父の目には、見えていたに違いない。
「さて、な」
そう言って再びシャーロットの頭をクシャリとした父は、少しだけ悲しそうだった。
ひょっとしたら、父は復讐という罠を仕掛けながらも、リンダが変わる事を願っていたのかもしれない。