14 ラリーの失落
「一体どういう事だ」
どうしよう……どうする!? どうしたらいいんだ!!
我が家に向かう馬車の中で、ラリーは頭を抱えていた。
シャーロットとの婚約が決まった時、三男で継ぐ領地のない自分に、舞い込んで来た転機だと思った。
しかも、相手は侯爵。1人娘で兄弟はいない。
侯爵家当主が約束されたのだと、舞い上がっていた。
だから、父がその後、何を言っていたか良く聞こえなかった。
父は、シャーロットとの婚約が決まった時、確かこう言っていた筈だ。
『お前には、明日から侯爵家の当主になるべく、勉強をする事になった』
頑張りなさい。確かにそう言った筈。
だから、自分は侯爵家の当主になるんだと、確信したのだ。
ーーだが。本当にそう言っていたか?
ラリーの額に冷たい汗が、流れ始めた。
兄2人が「ラリーが、次期侯爵当主だって!?」羨ましいと声を次々と上げるものだから、兄達を出し抜いたと歓喜に震えていたがーー。
『当主になるシャーロット嬢を支えるため、お前も当主の勉強をする事になった』
みたいな事を、本当は言っていなかったか?
『すごいな、ラリー!! シャーロット嬢は美人だって聞くし、羨ましいよ』
『お前が次期侯爵家当主かよ。ラリー』
『『よ! 次期当主様!!』』
シャーロットとの事を話したら、友人達にそう言われた気はする。あれは今考えれば、他人事でただ面白可笑しく囃し立てだけの話なのではないか?
会うたびに次期当主と言われ、次第になれる気でいたが……そもそも、アイツらは自分を揶揄して楽しんでいただけに違いない。
侯爵家の婚約者に選出された自分に嫉妬した、ただの嫌味や嫉み。
ラリーは冷静になればなる程、悪友に持ち上げられたのだと気付かされた。
その気になって勉強をしなかった自分が一番悪いのだが、勝手になれると勘違いして放棄した自分は、余りにも愚かなのでは? と今になってやっと気付いたのだ。
全ては後の祭りだ。
だが、考えずにはいられない。
あの時、友人の揶揄に気付き、逆に『羨ましいか』とでも返してやれば良かったんだ。
いずれは、出し抜けるのだから兄2人にも『確定じゃないよ』と、余裕を見せれば良かったんだ。
ロランナの言葉にしたってそうだ。
『シャーロットお姉さま』
とロランナがいつも呼んでいるから、勝手に姉妹だと思ったんだ。
年上の女性を慕っていれば、赤の他人でも "お姉さま" と呼ぶ事もある。
大体、シャーロットはロランナを従妹だと言っていた筈だ。
なのに、何故信じなくなったんだ?
あぁ、そうだ。
ロランナに「従妹だろう?」と訊いた時、意味あり気にこう言われたからだ。
『体裁上はね?』
貴族ともなれば、愛人がいても普通の事だ。
現に父にも2人はいる。
だから、ロランナに言われた時、妙にしっくりきたのだ。
愛人親子を邸に入れるのは、愛妻家で通っていたセイバールにとっては世間的には良くない。
苦肉の策で、亡くなった弟の嫁娘と言う体で迎えたのだと、納得してしまったのだ。
それをシャーロットは認めたくないために、従姉妹だと言い張るのだと。
大体、シャーロットがいるのに、妹のロランナの夫が侯爵家を継げる訳がないんだ。
セイバールがロランナに権利を移すなんて話、当人から聞いてないしロランナ親子がほざいていただけだ。
あの親子の絵空事の与太話に、乗せられただけの事なのだ。
「クソ!! クソ!! クソ!!」
ロランナ親子に騙され乗せられた。
ラリーは憤りを感じ、馬車の中で頭をガシガシと掻き毟っていた。
家に帰れば、父には見捨てられるに違いない。
兄達には、馬鹿にされるに違いない。
父に勘当を言い渡されるだろうと考えると、先の見えない事態にゾッとする。
だが、兄達に小馬鹿にされた目で見られると思うと、悔しくて怒りしかない。
「どうしたらいい。どうしたらいいんだ!! クソ!!」
帰路に向かう馬車の中、ラリーは1人自分の末路を考え、活路を探すのであった。